リスボンの小さなワンルームで魚を調理しようものなら、しばらく部屋から魚臭さが抜けないどころか、アパートの階段ホール全体にまで臭いが充満してしまう。炭火焼きなどもっての他である。たまにセトゥーバルに行く機会があれば、なんの変哲もない住宅地の、普通の食堂で地元の人々に混じって焼魚を食べるのが楽しみである。最近は「魚の家」が贔屓であったが結構高いので、近くの町食堂「タスカ・ドス・プリモス」に行ってみた。「魚の家」同様、普通の民家風の飾り気のない、エアコンさえもないモグリっぽい店構えである。客筋は地元の労働者のお得意さんがほとんどで観光客はいない。メニューはマダムがポケットから出す紙切れである。それによると、イカ、スズキ、クロダイ、魚卵、なんかよく分からない魚が本日のメニューである。その何だか分からない魚は、先客のカップルが食べている小さな鯛の炭火焼きで、ステンレスの皿にぎっしり10匹ほど並べられ、なかなか美味しそうである。リスボンではこんなサイズの鯛は見たことがないので、その小鯛を注文した。
この店のハウスワインは残念ながらシーフードによく合うヴェルデ(緑)はないので、マダムおすすめのロゼを選んだ。微かな炭酸ガスの含まれたやや甘めの爽やかな飲口で、軽い塩味のオリーブに合う。他の客が注文した大きなイカや、少なくとも6~7腹ある魚卵が運ばれて来るのを横目で見ながら、一皿に色んな種類の魚をちょっとづつ盛り合わせたメニューがあれば良いのになあと思った。
ステンレスの皿にぎゅうぎゅう並んだ小鯛は程よく焦げ目がついたミディアムな焼き加減。柔らかく脂肪の少ない淡水魚と海水魚の中間のような淡白な味を、粗塩がきゅっと引き締める。一口サイズなので、魚にオリーブオイルをたっぷりかけて、皮付きのジャガイモと一緒にどんどん食べられる。
この小さな鯛はアルコラースと呼ばれ、セトゥーバルの名物の一つらしい。数年前は12月にアルコラース週間というイベントも催されていた。セトゥーバルはモンゴウイカのフライが有名であるが、季節ごとに様々な魚が市場に出回るので、その時期ならではのメニューを味わうのも一興である。淡白な魚にはロゼワインもよく合うのを知ったのはちょっとした収穫だった。そろそろ色んな花が咲きだす季節、桜を連想させる可愛い魚とピンクのロゼワインで乾杯!