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「快楽」との仁義なき戦い
プラゼーレス(快楽)行き市電28番

Part 1

 昨年の夏、アパートの一階に「プラゼーレス・ド・カフェ」(コーヒーの快楽)という飲食店がオープンした。アパートの住民は、数ヶ月間続いた、壁を壊したり床を叩いたりの凄まじい騒音から、やっと開放されるはずであった。ところが本当の問題は開店後だった。もともとこのカンポ・デ・オリーク地区は飲食店が過密気味の激戦区である。新参者は、隣がスーパーという、かなり有望な客数の見込める立地にあるアパートの店舗部分を買い取り、上をカフェ、地階をレストランに改装した。メニューはどうってことのない超平凡なポルトガル料理であるが、金曜日の夜の音楽のライブと大人数のパーティ可能を目玉に売り込みを始めた。ポルトガルの飲食店は基本禁煙だが、HPによると地下のレストランは最新の換気設備を備えた快適な喫煙席とうたっている。

 金曜日の夜はエレベーターホールに、魅了される程でもない歌声の聴きたくもない歌がエコーつきで響き渡り、拍手と歓声が各部屋に聞こえてくる。それが夜中の12時過ぎまで続く。飲食店を開くとは聞いていたが、音楽をやるとは聞いていない。当然住民は怒った。苦情が多かったのか、思ったほど集客効果がなかったのかは知らないが、そのうちライブはやらなくなった。それでなくとも特に週末は遅くまで営業し、入り口付近ではいつまでも客がたむろし大声で話すので、業を煮やした道路側の住民は何度か警察を呼んでいる。

 開店以来、浴室の中の換気口から、ニンニクや揚げ物の臭いが漂うようになった。私の部屋はそれほどひどくなかったが、7キロの巨大猫ガト君(ポルトガル語で猫)の飼い主の隣のおばさんは、部屋中充満する油とニンニクの臭いを少しでも軽減させようと換気口を雑巾で塞いだ。上階の住民からは、せっかく洗った洋服やシーツが臭くなったと苦情が出た。

 そして夜中にズォーンという重低音が壁や床はもとよりベッドマットや枕まで震動させ、眠ろうとしている頭と体にいらぬ刺激を与え睡眠を妨げるようになった。何かモーターのようなものが断続的に動いてそれが建物全体を震動共鳴させるのだ。しかも明け方の4時から開店の7時にかけてブォーンブォーンと音の波は大きくなる。数種類の機械が動いているようだ。全然熟睡できない。これは拷問である。
「夜眠れなくて昼寝してるんだ!」(ガト氏談)

 おまけに、夜中閉店後の掃除の音が階上に筒抜けである。椅子やテーブルを引き摺るギギギという耳障りな音やガタガタ動かす音が聞こえ、今どんな作業をしているのか手に取るように分かる。そればかりではない。ごみは市の清掃局が各建物や事業所に資源別の三つのごみ箱を貸与し、曜日によって今日はプラごみ、明日は普通ごみというように夜間に分別回収し、ごみ箱は日中は建物の中に仕舞うのがルールだが、この店の三種のごみ箱は建物の外に置きっぱなしになっていて、そこに通行人もゴミを突っ込んでいくので付近が見苦しく汚れている。

 アパートにこのカフェができる前はめったに騒音で悩まされることはなかった。空き店舗にテナントが入って良かった、いつでもコーヒーが飲めるようになって良かったと思ったら、とんでもない環境破壊を招いていたのである。

 何人かの住民は警察や市役所に苦情を申し立てた。管理会社と住民との会議も2月、3月、4月と3回も行われたが、いずれもカフェの関係者は現われなかったそうだ。会議はオーナーだけが参加するので、借りている住民に参加資格はない。しかし実際に迷惑を被っているのは住んでいる借り手だ。なぜ皆黙っている?!

 私は怪しいポルトガル語でアンケートを作り、エントランスにある各家の郵便箱に入れた。すぐに返事が来たのは15戸のうちたったの3軒だった。しかし40年このアパートに住んでいるガト君のおばさんが一軒一軒訪ねてアンケートの回収に協力してくれた。彼女も下のカフェには怒り心頭だったからだ。彼女は既にカフェ側と直接話をしているが一向に改善されず、あまりにも客が騒がしく騒音がひどい時に警察を呼ぶこと数回、役所にもメールで苦情を送り、知り合いの弁護士にも依頼していた。私たちは初め猫をきっかけに話をするようになったのだが、次第に共通の敵と闘う戦友になっていった。

 階下のカフェが発生源と思われる騒音と臭いに関するアンケートは、15戸中11戸から回答があった。中には怒りを顕にした答えもあった。どの家も騒音・震動か臭い、あるいは両方に悩まされていた。私はアンケートのコピーを管理会社とリスボン市警と市役所に持って行った。奇妙なことに、会議の前や、警察を呼んだ後は一旦静かになり、その後騒音がさらにパワーアップして再開する。偶然だろうか、故意だろうか。管理会社の人にそれを話すと、仕返しなのかしらと言っていたが、この問題に限らず、管理会社は、2台とも故障しているエレベーターやデジタル化後のTVアンテナの設置などの問題を、本腰を入れて解決しようとする姿勢が全然見られず、カフェの人間と通じているのではないかという疑いさえ生じてきた。
店の前で抗議活動を行う自転車おじさん
(実はプラカードの内容は「俺は死ぬまでベンフィカだ」)BENFICAはリスボンの名門サッカーチーム


 遂に先週、市の方から騒音調査に来たという人たちが我々のアパートにやってきたが、おバカなことに、最初にカフェに行って騒音を調べたそうだ。当然、機械のスイッチを切るとか出力を最小にするとか対策を講じたらしく、その日は特に問題なしという調査結果となった。また来るそうだが、ガト君のおばさんは次回は絶対に週末に居住部分を先に調べるようにと強く申し入れた。彼女は彼らがカフェの放った偽?調査員である可能性も視野に入れている。例によって彼らが来た後の3日間は、未だかつてない程のボリュームの騒音が部屋中に響き渡った。

 ガト君のおばさんが個人で依頼した弁護士の調査によると、あろうことかこのカフェは営業許可を持っていないらしい。屋上に設置された排気設備はその杜撰さを物語っていた。屋上の物置の屋根に上った私はとんでもないものを見た。大きなアルミの管がごろんと屋根の上に乗っかっている。その陰には大きなアルミの箱があり、蓋が床に投げ出された状態で中身が見えている。箱の中では大きな円筒状のものが轟音をたてている。排気用モーターだ。こいつが騒音の元凶だ。箱の上部はじょうごのような形の金属の筒が溶接されていて、その開口部からものすごい勢いで熱気と揚げ物の匂いが吹き上げている。調理場から吸い上げた空気だ。屋根の上に転がっているアルミ管はじょうごと結合してある程度の高さの煙突になるべきものが、文字通り途中で投げ出されている。日本でも手抜き工事が問題になるが、ポルトガルもすごい。

 今宵も眠れぬ夜を迎えることになるのだろうが、市役所は今後どのような検査や指導を行うのか、カフェはどんなリアクションを取るのか、そして我々住民は静かな夜のためにどんなアクションを起こすべきか考えると、最近はイライラは軽減し退屈しなくなった。それを「快楽」と呼ぶにはあまりにも隔たりがあるが、不快指数100%から99%には下がったと感じられる。

Part 2

 調査員が来た数日後、知らない番号から電話がかかってきた。男性がたどたどしく私の日本名を尋ね、市の環境課の者であると名乗った。近日中に騒音を測定するという知らせだった。まず夜20~23時の間、住居の最も騒音のひどい場所で2回測定をする。次にカフェには知らせず、抜き打ちで店の騒音を測る。その後店の機械を止めた状態で再度測定し、通常の騒音とミニマムの騒音の差を調べる。私の貧弱な聞き取り能力で理解できたのは大体こんな内容だった。

 私の部屋での検査は6月金曜日の夜9時半、翌週の土曜日の夜9時半に行われることになった。その後に行われる店の検査は、土曜日の検査時に日時を取り決めることになった。近所の人も立ち会ってよいか聞いたら、可能であるという。私の家の階は2階(日本式の3階)で、他の階の方がひどい騒音の可能性も大いにあるので、住民に声をかけてみようと思う。しかしどこから情報が漏れるか分からないので、時期と人は慎重に選ばなければならない。市の(委託?)調査員のペドロさんと女性の同僚の二人で来るそうだ。この前不在中に来た男二人の調査員は、市から来たと自称し身分証明書のようなものは提示しなかったそうなので、貴方達は身分を証明するものを携帯してきますか、と尋ねると、ペドロ氏は市の元で働いているという身分証明書を持って行く、また前日に確認の電話を入れる旨を述べた。前の調査員はますます怪しくなってきた。(たぶん続く)
古代ローマの遺跡のようなプラゼーレス(快楽)墓地
# by caldoverde | 2012-05-18 06:52 | Comments(6)
ベスト・オブ・パステル・デ・ナタ

 先日、日本ではエッグタルトの呼び名でおなじみのパステル・デ・ナタのコンクールがリスボンで行われた。最優秀賞に輝いたのは、私の家から歩いて3分のカフェ「アロマ」だった。カウンターと小さなテーブルが幾つかあるだけの小さな店だが、このカンポ・デ・オリーク地区で最も古いカフェだそうだ。向かいは取り壊されてマンションになる予定の映画館が恐竜の骨のような残骸をさらしているが、かつては映画の前後にコーヒーを飲む客で溢れかえった時代もあった。映画の黄金期は去り「アロマ」はTVもBGMも昼定食もない、町内のあちこちにある小さなカフェの一つとして地道に営業を続けていたが、再びスポットライトを浴びることになった。

 クリスマス時期にはボーロ・レイがウィンドウを彩り、時々クリームたっぷりのエクレアやサヴァランがあって私を引きずり込むことがある。でも突出して美味いお菓子があるとは思わなかった。
 ある日、朝の焼きたてのお菓子が並ぶ時刻にたまたま入り、エッグタルトはベレンのパスティス・デ・ベレンのものしか食べない私がこの店のエッグタルトを食べたところ、凄く美味しく感じられた。
 ベレンのエッグタルトは皮がやや焦げてバリバリに硬くて油っこいが、「アロマ」のパイ皮はサクサク感が歯に心地よい。カスタードクリームはベレンのほうが甘さは控えめで私の好みだが、ポルトガル人には物足りないのか、2~3個食べる人も珍しくない。「アロマ」のは甘さがやや強く、1個で満足できる。そのような点が評価されたのだろうか。
 元祖「パスティス・デ・ベレン」がこのコンペティションに参加したのかどうか知らないが、住宅地の小さな店が、 有名店「スイサ」や5つ星ホテルのレストランのエッグタルトを抑えての最高賞は快挙である。
生クリームが欲しくなるときは、「アロマ」のエクレア
 テレビのニュースで受賞が報道された翌日は、いつもは3~4人程度のカウンターに、お客が隙間なくぎっしりと列をなして順番待ちしていて、別のTV局も取材にきていた。突然殺到した人々に動じることなく淡々といつものペースで注文を受ける「アロマ」のおじさんに、今後もいつもの街角のカフェとして頑張ってくださいねと心の中で応援した。


別のカンポ・デ・オリークのカフェLomar(「鳥の巣」のある店)のパステル・デ・ナタも、軽い塩味が効いて美味。午前中の温かい内に行くべし。
# by caldoverde | 2012-04-22 22:20 | お菓子・カフェ | Comments(4)
廃駅の謎と鯉の家
 カステロ・デ・ヴィーデに着いた日は復活祭、翌日はこの村だけの休日だった。役所や金融機関は4連休になる。路線バスも運休だ。村に2つしかないATMは空っぽになり、私は手持ちの現金15ユーロの範囲内で1日を過ごさなくてはならない。予定していたマルヴァン行きは明日に延期となった。

 昔、カステロ・デ・ヴィーデから電車でリスボンに移動したことがある。その頃はリュックを担いで「地球の歩き方」を手にして旅をする若者が今よりも多かった。日本の鉄道の便利さや快適さに慣れていた日本人は鉄道を使いたがった。私もそうだった。ポルトガル鉄道(CP)の薄っぺらい時刻表を買い、ダイヤを調べ、乗り換えの駅や休日の運休なども良く確認したつもりだった。しかし駅の周りの環境は地図でおおよその位置が分かるのみで、実際に駅に到着すると愕然とすることがよくあった。町から数km時には10km以上離れた、野原あるいは山の中にある。周囲には店はおろか人家も人影も見当たらない。駅はもちろん無人駅。タクシーを呼ぼうにも公衆電話もない。

 確かカステロ・デ・ヴィーデ駅もそんな所だった。村人が駅まで10分か15分だと言ったその言葉を信じ、ゆっくり景色を見たり、切符を買う時間の余裕も持たせて1時間前に村を出た。この道を真っ直ぐ行けばいいという言葉に従って。行けども行けども畑ばかりでそれらしい建物も線路も見えてこない。4~50分歩いてようやく道の脇に「駅」という看板が現れた。そこから先は草の生い茂る車のわだち跡のような細い道だった。草を踏み分けて進むとやっと線路があらわれ、数百メートル先に小さな1両の電車が止まっていた。もう出発時刻は過ぎていた。この電車を逃したらその日じゅうにリスボンに帰れない。駅員に手を降りながら線路を必死で走って電車に乗ることが出来た。

 今となっては笑い話だが、村人は駅まで「車で」15分と言ったつもりを私は「歩いて」15分と解釈したのだった。あの時は焦って駅の建物に目をやる余裕はなかったので、どんな駅舎でどんな場所にあったのか確かめたくなった。ゲストハウスのマダムによるとCPカステロ・デ・ヴィーデ駅は今は使われていない。しかし建物はとても綺麗なアズレージョで飾られているという。お昼を食べたら車で連れて行ってあげるというありがたい申し出を受けたが、結果的に自力で行くことができた。
カステロ・デ・ヴィーデの風景を描いた美しいアズレージョと針のない時計

 途中までの国道は昔に比べ拡張され整備されたようだ。しかし廃線となった鉄道駅に向かう道は、通る車も殆どなく、もちろんすれ違う人も皆無だった。
 何もない草ぼうぼうの原っぱの中と記憶していたが、駅の近くに家がある。犬が数匹いて人が住んでいるのは確かだが、人の気配はなかった。なぜか「いらっしゃいませ」という看板が付けられている。ペンションだったのだろうか。庭先に牛の頭蓋骨が2つ置かれ、塀の上には置物が並べられ、畑の中に立てられたカカシは女の子のマネキン人形で、Tシャツを着せられズボンがずり落ちた状態になっている。非常に嫌な感じの薄気味悪い家だ。庭に煤で黒ずんだかまどみたいなものがありその上に花が置かれている。ヤバイ。この家は若い男女が行方不明となっている「ゴブリン王」事件の被疑者の家の雰囲気に似ていて気持ちが悪くなった。この辺りで電車で来た旅行者が行方不明になったという事件はなかったろうか?
ノスタルジーは恐怖に変わった。

 それにしてもCPがこのような場所に駅を作ったのはいかなる理由や目的があったのか。人目についてはまずいものを運搬していたのだろうか。それならばこんな辺鄙な場所の駅や信じられない不便なダイヤ、町までのアクセスがない事に納得がゆく。

 何かが起こっても誰にもさとられそうにない場所から、無事にゲストハウスVILA MARIAに生還できた。村からは900m離れているが、庭からの眺めが素晴らしく、朝食も豪華でインターネットのホテル予約サイトでは老舗のホテルを抑えて最高の評価を受けている。女主人は気さくでとても親切だ。実は彼女は、昨日私が羊のモツスープを食べたレストランの経営者だったが、数年前に辞めて、古い家を購入し改装してこのゲストハウスを開いた。インテリアや備品にはもてなし好きのマダムの心遣いがすみずみ行き渡った素敵な宿だった。おやつや朝食に出されたケーキも彼女のお手製である。
サン・マメーデ山系が目前に
セーラ・ダ・エストレーラ犬のオスカー君
食べ切れない朝食付きで1泊30ユーロだった
ベッドの上にはポルトガルの山岳地方で作られる手織りの毛布

 夕食は村からゲストハウスに向かう街道の途中にある「CASA DAS CARPAS(鯉の家)」というレストランでアシガンという淡水魚のグリルを頼んだ。頼んだ後インターネットで調べると英名ブラックバスだった。少し後悔した。生態系を壊す犯人と見なされているブラックバスは、日本料理の板前さんにはまな板が臭くなると不評だ。この地方の料理によく使われるポエージョという香草のソース添えのブラックバスの塩焼きやいかに?


「ええっ」と思わず声が出た。開いて凄い大きさになった魚と茹でジャガイモがオリーブオイルと香草とニンニクの緑色のソースにドップリ浸かっている。店の親父はニヤリと笑い「全部食べろ」と言い捨てた。
はっきり言って…美味い!魚は淡白で心配していた泥臭さはない。時折カリッと歯に当たる粗塩が味を引き締める。香草とニンニクをたっぷり使ったソースは魚の臭みをカバーするのみならず、ボイルしたジャガイモにつけて食べるとこれもまたやめられない美味しさ。
 ブラックバスに対する偏見が払拭された一品だった。
# by caldoverde | 2012-04-17 00:51 | ポルトガルの旅 | Comments(6)
カステロ・デ・ヴィーデの復活祭
 アパートの下のレストランが発生源と思われる騒音で熟睡できない日が続く。住民からアンケートをとり、管理会社や警察にも訴えた。しかし何の進展もない。遂にキレた私は静かな所で眠りたい一心で復活祭の日曜日に遠出を決行した。逃亡先はスペイン国境に近いカステロ・デ・ヴィーデとマルヴァンの2つの村だ。ここまでは冷蔵庫や空調のブォーンという不快音も追いかけて来るまい。

 カステロ・デ・ヴィーデは昔スペインから逃げてきたユダヤ人コミュニティがあったことでも知られ、その伝統の名残があちこちに見られる。何年か前にこの町に泊まった晩はたまたま復活祭の前の「ハレルヤの土曜日」と呼ばれる日で、真夜中に村人がカウベルをカランコロンジャランジャランと鳴らしながら通りを練り歩く「ショカリャーダ」という行事に遭遇した。人々は「神の子羊」となって鈴を鳴らしながらぞろぞろ歩き、クリスチャンはキリスト復活を喜び、ユダヤ人は祖先のエジプト脱出を偲び、誰もが春の到来を祝い、家族の再会や健康を神に感謝しつつ、しめたての羊の料理やお菓子をたらふく食べる日曜を迎えるのである。
 今度は自分も鈴を思いっきり鳴らしてストレス解消しようかと思ったが、聖金曜日と復活祭に挟まれた土曜日に空室のある宿泊施設を当日に予約するのは無理があり、値段の下がる連休最後の日曜と翌日の2晩を違う宿に泊まることにした。



 カステロ・デ・ヴィーデは波のようにうねる山の斜面に家がへばりついたような村で、最も高い場所には城があり、そこから見る景色は、山の緑、赤の屋根瓦、白い漆喰の対比が息を呑むほど美しい。村の中を歩くと、中世以来の不揃いの石を敷き詰めた狭い坂道を挟んで、白い小さな家が肩を寄せ合っている。玄関先の植木鉢に植えられた、あるいは敷石と壁の間のわずかな隙間にこぼれ落ちた種が咲かせた花々は長年の隣人にも見知らぬ旅人にも微笑みかける。
民家の白壁には「2001花一杯通りコンクール3位受賞」と記された楕円形のタイルが埋め込まれている。


 この日は異邦人の私も伝統に従って羊を食べると心に決めていた。カステロ・デ・ヴィーデの村役場が作った2012年復活祭プログラムの中に、レストランリストと復活祭期間の特別メニューが記されている。聞いたことのない料理ばかりだ。15軒のリストアップされた全ての店が特別メニューの筆頭に挙げている「サラパテル」が気になった。中央広場に面した村で最も有名なレストランで、サラパテルとはどういうものか尋ねると、羊の内臓を使ったスープだと言う。血も使うらしい。ヤツメウナギリゾットくらい見た目の悪い料理と想像できるが、珍しいものなので食べてみることにした。


 給仕は薄くスライスしたパン2枚にオレンジの輪切り、ミントの葉を小奇麗にあしらった皿を持ってきた。その上からせっかくの上品な配置をすっかり覆い隠すように、肉の細切れのごろごろと入った黒っぽいスープを注いだ。パンやオレンジやミントの葉はスープの上に乗せたほうが食欲が増すと思われる。これは肋骨が付いている、これはレバーだ、これは腎臓かもしれない、スポンジ状に細かく穴の空いたこれは…と分析してしまい、総合的な味はうまいともなんとも感想は湧いてこなかった。翌日に泊まったゲストハウスの女主人によると、このスープはその昔ユダヤ人がいけにえに捧げた羊を、余すことなく食べるように作られたものと言うことだ。


 メインディッシュは羊のシチューか山羊のローストか迷ったが、羊が重なるのもつまらないと思い、山羊のローストにした。これもいまひとつであった。今年は雨が少なく山羊も痩せていたのだろうか、骨ばっかりで実際に食べるところは見た目の25~30%だった。また付け合せはフライドポテトではなく肉と一緒にオーブンで焼いた皮付きの小ジャガイモだったら数倍良かった。皿にはポテトから落ちた揚げ油が溜まっていた。フライドポテトはどんなに美味しくとも店の格式を下げてしまうものである。

この日に食べた一番美味しかったものは、この村名物のボレイマというケーキ。リンゴと赤砂糖を使った素朴な菓子。
# by caldoverde | 2012-04-12 00:36 | ポルトガルの旅 | Comments(5)
宝くじと雄鶏とオリーブオイル
 宝くじが当たった。ユーロミリオンという数字選択式のヨーロッパ全域で発売される宝くじで、数字をぴったり当てた人がなければ賞金は次回に加算され、しばらく当選者が出ないと1等賞金はその辺の自治体の年間予算に匹敵するような巨額なものとなる。私にも遂に、今まで我慢していたものを大人買いするチャンスがめぐってきたのだ!!

 ちょうどオリーブオイルが切れかかっていたので、一番上等のヴァージンオイルを買うことにした。「GALLO」(雄鶏)というポルトガルで最も有名な銘柄の、2011年ー2012年にかけて収穫されたオリーブのみ使用したフレッシュ極まりない限定版で、値段は4.99ユーロ(約550円)である。今使っているオリーブオイルもヴァージンオイルなのだが、アラフォーのハイミスのようなトウのたった味なので、絞りたてのピチピチのオイルとどう違うのか比較してみたかったのもある。

 GALLOのオリーブオイルは全て同じ形の瓶を使い、品質の違いはラベルで区別されるが、この2012年ヴァージンオイルは独特のくびれのあるガラス瓶全体を白地で被い、社名である雄鶏を金色でプリントした高級感溢れるデザインで、しかも立派な紙箱に入っている。雄鶏はポルトガルでは幸運のマスコットでもあるので贈答用にぴったりだ。もし日本で売られるとしたら、2~3千円くらいになるのではないだろうか。

 オリーブオイルそのものを味わうために、パンも用意した。バターの代わりにオリーブオイルをつけて食べるのだ。白い皿に注いだオリーブオイルは緑と金を混ぜたような色で、芝を刈った後の庭のような青臭い、爽やかな香りだ。パンにオイルをたっぷり付けて食べると、ピリッとした刺激が感じられる。それは決してひりひりしたものではなく、スパイシーな心地よい辛味で、すぐに消えてしまう。この2012年版ヴァージンオイルは純真無垢な赤ちゃんではなく、鼻っ柱の強い、小生意気な娘だ。オリーブオイルの苦手な人には不向きだろうが、何にでもオリーブオイルをかけないと気がすまない地中海民族にとっては、彼らの理想の女性である聖母マリア(ヴァージン)の味に違いない。

 もう一つ大人買いしたものは、チーズである。私は最近くじ運が強い。アパートの下にあるスーパーのはす向かいにまた別のスーパーがあり、数歩遠いためにめったに行かないのであるが、たまにここで買うとレシートと共にクーポン券が出てくる。結構利用しているにもかかわらずクーポンをもらったことがないという顧客もいるというのに、私は一つしか買わなくても、様々な商品が割引になるクーポンが2~3枚出る事があり、捨てるに捨てられずいたずらに財布を肥やしている。たまたまPASTOR社のチーズが40%引きになるクーポンをもらったので、1個500gもある大きなチーズを気前良くポンと一個買うことにした。割引後の値段は2.99ユーロ(330円)だった。直径10cm高さ6cmの淡い黄色のチーズは、指で押せば押し返すような弾力があり、塩辛くはなく、ほんのり酸味のあるクリーミーなとても食べやすいチーズだ。一人暮しなので普段は小さなサイズやカットしたチーズばかりを買うのだが、当選に気を良くした私はファミリーサイズを買い、大人食いをするのだ。

 ちなみに私が受け取った賞金は12.25ユーロである。投資額は9ユーロなので3ユーロ25セントの利益だ。今までずっと9ユーロ分買っていたが、4回当たりが出た中で今回が一番ビッグな当選額。3ユーロ→9ユーロ→9ユーロ→12ユーロと順調に増えている。次回こそ大当たりに違いない。TVのインタビューを受けるかもしれないので、当たった時の心境を今からまとめておこう。
ゲットしたクーポン券の中にはニベア製品を買って100ユーロ分の商品券が当たるというのもあるけど、ニベアは使わないし・・・

 宝くじとは関係なく、近々NHKラジオのインタビューを受けることになった。4月7日17時5分から始まる「地球ラジオ」に生出演。リスボンやポルトガルの食べ物について話す予定です。
# by caldoverde | 2012-04-02 07:02 | 調味料・その他 | Comments(9)
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