ポルトガルの食べ物、生活、観光情報


by caldoverde
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カテゴリ:豆( 3 )

ソラマメ(ファヴァス)

 
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ステンレスの楕円皿にはもっきりのワインがよく似合う

 日本ほど季節感のないポルトガルであるが、やはり時期にならないと流通しない野菜・果物がある。春から初夏にかけて登場するソラマメもその一つである。爽やかな薄緑色の平べったいソラマメを色や形を綺麗に残しながら料理するのは難しい。ヒスイのように美しいソラマメご飯を作る自信は私にはない。ポルトガル人にそれを求めるのは無理があろう。しかし彼らは鼻からそんなことは気にしない。色や形がどうであろうと、腹が膨れてうまければOK、ソラマメは季節の風物詩ではなく、季節のエネルギー源に過ぎない。そんな春のスタミナ料理にファヴァス・ア・ポルトゲーザ(ポルトガル風ソラマメの煮込み)がある。これはフェイジョアーダ(豆と肉類の煮込み)の赤豆や黒豆や白豆をソラマメに替えたものである。皮付きのソラマメを豚のバラ肉とチョリッソ数種類と一緒に煮込んだものだ。黒いブラッドソーセージやピリッと赤いチョリッソがアクセントをつけているが、ソラマメの緑色は失われ、豆は実が半分溶け出してでかいおからになり、くたくたのあまり見栄えのよいものではない。賄い料理か田舎の家庭料理みたいなもんである。
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豆も肉もソーセージも渾然一体となっています

 スパイスの効いたチョリソや塩気のあるあばら肉にニンニクやコリアンダーが、繊細なソラマメをパワーフードに変える。豆は結構お腹が膨れるので、少量の肉でも満足できる。しかも安い。バイシャ地区の観光用ゴーカートレンタル屋の隣の、注意しないと通り過ぎそうな、昔ながらの大衆食堂の本日のメニューがファヴァス・ア・サロイア(サロイア風ソラマメ)5ユーロ也であった。サロイアとはリスボン近郊の田舎、またはその住民のことで、要するに田舎者である。体格のいいシェフのふるさとのお袋の味なのだろう。

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味はほとんど上のものと同じですが、私のイメージに合うのはこちらです

 3月末から4月の初めにアルガルヴェを旅行した時も、エストイのポザーダの裏にあるレストランで、ファヴァス・ア・アルガルヴィア(アルガルヴェ風ソラマメ)を食べた。こちらはソラマメの色や形もとどめ、クルトンやミニトマトをあしらい洒落た盛り付けになっている。でも味はやはり田舎のチョリッソ風味だった。
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by caldoverde | 2013-05-21 03:23 | | Comments(6)
 ブラジルの代表的な料理フェイジョアーダは、黒豆に豚の耳や鼻など捨てるような部分を混ぜて煮込んだ、ずっしり重い、力のつきそうな料理である。かの地では水曜だか木曜の昼に食べる。夜に食べると胃がもたれてよく眠れなくなるそうだ。昔は文字通り放るもんを使った奴隷用の食べ物だったが、今は立派なレストランのメニューになるまで出世した。
 考えてみれば豚の耳や鼻は全体から見るとわずかな量しか取れない珍味である。品種改良して耳が6つある品種とか象のように鼻が長い豚が生産されれば、レストランでも毎日フェイジョアーダを出すだろう。
 ポルトガルでも豚の耳や鼻を使ったコジード・ア・ポルトゲーザは週の1,2回しか登場しない。店によって水曜か木曜、土曜か日曜のいずれかで、その日は店の入り口に「本日コジードあります」と張り紙してある。

 ポルトガルにもフェイジョアーダはある。むしろこちらがルーツだろう。フェィジョンは豆のことで、豆の煮込み料理はフェイジョアーダになる。使われる豆は赤豆や白いんげん豆が多い。フェイジョアーダ・デ・ショコスという料理はモンゴウいかと豆を煮込んだもの。Chocosと言ってもチョコレートではない。また季節にはカタツムリのフェイジョアーダが登場するレストランもある。いくら季節ものと言っても、食べようと言う気はあまり起こらないが。ポルトのトリパス・ア・モーダ・ド・ポルトもフェイジョアーダの1種と考えられる。

「モアンバ」を食べたアンゴラ料理店の木曜日のメニューはトラス・オス・モンテス風フェイジョアーダ。洗面器のような巨大なボウルに入っている。
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 ポルトガル北東部のトラス・オス・モンテス地方はリスボンからバスで5~6時間もかかる山また山の、9ヶ月の冬と3ヶ月の灼熱地獄と言われるような自然環境の厳しいところである。延々と続く山に自然の森はほとんどなく、みな人の手が入ったブドウ畑やオリーブ畑になっている。いかに人間が長い間自然と闘って荒野を開拓していったかがしのばれる。このような過酷な労働にはやはり力のつくものを食べないことにはやっていけないだろう。
 やせた土地でも収穫でき保存もきく豆を主に、冬は家の床下に入れて暖房機の代わりにした豚を余すところなく利用して、人参やキャベツなどそこらにある野菜を放り込んだ、スタミナたっぷりのフェイジョアーダ・ア・トランスモンターナは、リスボンという(田舎の)都会に住む私たちにとって、食べた後プールで泳いでジムでエクササイズしてショッピングセンター・コロンボをくまなくショッピングして階段を登ってマンションに帰り家中雑巾がけをするか、すぐに横になって食べたものが消化されるのを静かに待つかどちらを優先すべきか悩ませる食べ物だ。
 悩んだ末私が出す結論は、常に後者である。
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上の写真の拡大図。色んな腸詰入り。
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by caldoverde | 2008-05-25 08:45 | | Comments(11)

ヒヨコマメ

 ある食堂のその日のメニューに「鱈の顔、ヒヨコマメ添え」なるメニューがあった。食べている人を見ると、大きなステンレスの楕円形の皿からはみ出んばかりの鱈のカマといかにもほくほくとうまそうなヒヨコマメがこぼれそうに盛られている。鱈の頬肉など食べたことがなかったので、身とはまた違ったうまさがあるに違いないと思い、注文した。巨顔を誇る私も顔色なからしめるでっかい鱈の顔が来た。ところが食べるところがちっともない。廃棄率70%である。しかもなんとかこそげ取った頬肉は苦味を感じ、干鱈特有の臭いが鼻につき、あまり美味しいものではなかった。いくらひっくり返しても食べるところはもうない。見かけの量はほとんど変わっていない鱈の顔を虚しくつつくのは止め、ヒヨコマメを全部平らげることでリベンジした。

 日本にはいろんな種類の豆があるが、このヒヨコマメはポルトガルで初めて食べた。文字通り、黄色くてとんがったくちばしのような突起がある可愛い形の豆は、サラダによく登場する。外国人がおそらく日本の甘い煮豆に抱く感情を、私たち日本人は油と酢であえた豆のサラダに抱くと思う。しかし、このヒヨコマメはもともと日本ではあまり見ないものなので、どんなふうに味付けされてようが、これはこういうものなのだと納得することができる。一見とうもろこしのような黄色い粒がプチッとではなくもろっと崩れるのは意外であるが、なかなか美味しい。

 また顔だけでなく、ちゃんと食べるところがある茹で鱈の付け合せにもよく登場する。この場合はあっさり塩茹でなので、ポルトガル人は鱈と豆にドボドボとオリーブオイルをかけて食べる。
 ポルトガルにも豆を甘く調理するものはある。クリスマスの時期にアゼヴィアスという半月型の揚げパイのようなお菓子が出現する。中身はヒヨコマメのあんこである。
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 ヒヨコマメを使った料理に「牛の手」(マォン・デ・ヴァカ)というものがある。ヒヨコマメと牛の手ならぬ牛の脚をトマト味で煮込んだシチューみたいな料理だ。ぶよんぶよんしたゼラチン状の軟骨が不気味に美味しい。以前狂牛病が騒がれた頃は決死の覚悟で食べたが、今は気にせず、むしろコラーゲンの美肌効果を期待している。これもホルモン(放るもん)料理の一種なのだろう。赤身の肉はほとんど入っていない。

 作り方を調べようとインターネットで検索したら、別の意味の用例ばかりが出てきた。ポルトガル語で「牛の手」とはけちな人。牛の手は閉じているので持っているものを手放さない=けちだそうな。確かにこの「牛の手」料理は材料費がかかっていなさそうだ。けちな人が食肉工場で廃棄される牛の脚先を持ち帰り豆と一緒に煮込んで食べ、煮ても焼いても食えない牛の脚の爪の先に火を灯して蓄財した結果、億万長者になった、そんなサクセスストーリーが隠されているのかもしれない。

 私も懐寂しい月末にスーパーで1ユーロ74セントの「牛の手」の缶詰を買って食べた。缶詰を皿に開けてラップをかけレンジでチン!食費が浮いたわいと喜びながら、蒸気で風船のように膨らんだラップを取ろうとしたら、蒸気がわずかな隙間から突如噴出し、指を直撃した。指は赤く腫れ、ひりひりと痛む。水や氷で冷やしても痛みは治まらず、薬局で薬を買う羽目になった。安物買いの銭失いであった。
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by caldoverde | 2007-10-17 22:10 | | Comments(5)