ポルトガルの食べ物、生活、観光情報


by caldoverde
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黒豚の秘密

 太るものは例外なくうまい。特に脂肪と甘みの組み合わせは最強だ。どんぐりを食べて育ったイベリア半島産の黒豚はその2つを兼ね備えた食肉の王者である。ポルトガル南部に広がるアレンテージョ地方は、豚の黒真珠ともいうべきポルコ・プレットの産地である。リスボンから東のスペイン方面に向かうと延々とコルク樫の林が続き、その下の牧草地に時々小ぶりの黒豚の群れを見ることができる。見渡す限りうねうねと緩やかに波打つコルク林。柵もなく番をする人の姿も犬も見えない。のんびりとした雄大な眺め。こんなところで育った黒豚は屠殺されるまでストレスとは無縁の幸せ者だ。

 スペインから直線距離で30kmの位置にあるエストレモスは、緑の大海原にぽつんと浮かぶ白い小島のような、典型的なアレンテージョの小さな町である。丘はぐるりと城壁に囲まれ、てっぺんに今はホテルとなっている城があり、その周りに白い壁の小さな家が肩を寄せ合う。車と人がやっとすれ違えるほどの狭い道、レースのカーテンのかかった小さな窓、木の扉に付けられた手の形のノッカー、ベランダに下げられた鳥かご、広場で立ち話する老人たち。
 時が止まったかのような錯覚に陥るこの町で豪勢な食事をしようと言うのなら、古城ホテルのポザーダのレストランかその隣の有名なアレンテージョ料理店だろうが、美味い黒豚を食べるなら別に格式ばったところでなくても良い。友人の現地ガイドによると、この町で一番旨い郷土料理店は昔酒蔵だった居酒屋だそうである。町の中心の大きな広場から一本奥に入った路地にその店「アデガ・ド・イザイアス」はある。全く飾り気のない外観は余程気をつけないと通り過ぎてしまいそうだが、営業が始まれば店先に炭火焼のグリルを出して、香ばしい煙に燻されながら、むさ苦しいお兄さんが汗を拭き拭き肉を焼いているからわかるだろう。薄暗い店内の奥には大きなワイン樽が横たわっている。無骨な木のテーブルにベンチ。昼間からぐいぐいワインをあけているおじさんたち。ワインは言うまでもなく自家製である。

 注文するのは、SECRETO DO PORCO PRETO 黒豚のシークレットと言う名前の料理だ。いったい何が秘密なのかドキドキしながら待つと、案の定肩透かしを食わされる。要するに豚肉の薄切りをただ焼いたものだ。ところが食べてみると、これがとろけるような、微かに甘みのある黒豚の極上霜降り肉なのだ。マグロで言うと大トロである。赤身の中に脂肪が細いすじ状に入り込んでいて、切ると溶けた脂がじわあ~とにじみ出てくる。もう太っても良い、コレステロール値がどうなろうと構わないという気持ちにさせる。いや、この赤ワインがコレステロールと戦ってくれるはずだ。健康のために大いに飲もう。食堂で無料の水をサービスするときに使うようなコップになみなみ注いだアレンテージョワインがこれまた旨い。
 リスボンにもアレンテージョ料理店はたくさんあるし、普通のレストランでもこの黒豚の焼肉を出しているところは結構あるので、もはや「黒豚の秘密」は秘密ではない。しかし、この田舎町で食べる、この炭で焼いた黒豚がとりわけ美味しく感じるのは、きっと肉を焼くお兄さんのカン(勘・汗)が隠し味になり、それがこの店の味の秘密となっているからに違いない。

 エストレモスの中央広場には市場があり、その中に腸詰を売る店がある。ここで黒豚の、生食できるチョリソを買い、向かいの八百屋で羊のチーズとオリーブも買い、市場の前にある建物にあるお菓子屋でそこで作っているお菓子を買い、お土産にする。家に着いたら近所のスーパーでアレンテージョのワインを仕入れ、パン屋で拳骨のような形のアレンテージョタイプのパンをゲットし、我が家で再びアレンテージョの晩餐を楽しむ。

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 これはリスボンの近所のレストランの「黒豚の秘密」。ちょっと硬かった。香ばしくジューシーに焼くのは難しい。でもこの店の付け合せの菜の花の炒め物は絶品で、私はこれが食べたくて時々この店に足を運ぶ。
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by caldoverde | 2007-04-29 07:13 | 肉料理 | Comments(4)

かぼちゃの中のうさぎ

 トマールという町には有名なものが3つある。1つ目は世界遺産のキリスト修道院。「ダ・ヴィンチ・コード」で言及される、テンプル騎士団を前身とするキリスト騎士団の城郭を兼ねた修道院で、そういえばどことなく異端の雰囲気漂うミステリアスな建物である。2つ目は4年に1度行われるタブレイロス祭。高く積み上げたパンと花の飾り物を頭に載せた白装束の女性が男性を従えて何百人もパレードするとてもきれいなお祭りだ。

 3つ目はポルトガルのベストレストランリストの常連の「シコ・エリアス」。この店は日本のガイドブックには載っていない。なぜなら完全予約制だから。と言っても一見さんお断りの敷居の高い店というわけではない。最低前日まで予約を入れて食べ物を注文しないと作ってくれないからである。
 これには訳がある。季節によってメニューが変わり、この日はこれこれが出来ますと向こうからメニューが限定される。その中から選ぶのだ。しかも伝統的な調理法によって、中には薪で何時間も調理するものもあって仕込みに時間がかかるからなのだ。だから当日に予約なしで行っても断られる可能性がある。
 場所は町の中心から外れた、そばにワイン工場のあるような半分田舎、半分住宅地の場所にあるので、電車でトマールに着いたらタクシーで行ったほうが良い。そんな所にあっても評判を聞きつけたグルメが全国から来るのだろう、店の中には新聞、雑誌の切抜きがたくさん飾られている。その中に日本語の記事の切り抜きもあった。十数年前にポルトガル観光貿易振興局が日本で発行したパンフレットの表紙を飾ったのが、この「シコ・エリアス」のシェフのおばさんなのだ。私はそれを日本で見て以来ずっとこの店でこのおばさんの作ったこの料理を食べたいと夢見ていた。そしてついに夢は実現した!やっと4回目の来店でそのメニューに巡り会うことができたのだ!!

 それは、ウサギのシチューかぼちゃ詰め。一抱えもある大きなかぼちゃをくり抜いて中にウサギのシチューを入れて薪のオーブンでとろとろ煮込むものだ。なんせ見た目がダイナミックだ。こんがりとあめ色に焦げたかぼちゃがどでんと陶器のキャセロールの上に乗ってやって来る。うわーと歓声が上がる。上部が切られてそこから鮮やかな黄色いかぼちゃの断面、そしてぐつぐつ煮えているウサギのシチューがのぞいている。無造作に突っ込まれたお玉杓子。さあ、食いねえ!
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 で、お味は。実は、かぼちゃが登場する前にすでに鱈料理と豚料理2皿出てきてまして、これがまたおいしい~んですが、量が多いんですよ。おまけにポルトガルの料理屋の常として、メインが来る前に色々な前菜が出てきて、すきっ腹を刺激するわけです。女6人我慢できずにワインを飲みながらちょっとだけ前菜をつまんだり、まだ暖かいパンを1切れだけ食べてみるつもりが、あら、これも美味しいじゃないそれもいけるわねと結局出されたもの全てに手をつけてしまう訳です。あんなに堅く貞操を誓ったにもかかわらず、次々と誘惑の魔の手に落ちて、いつの間にか満腹しているところにウサギさんが来たちゃったもんだから、ビジュアル的にはものすご~くインパクトあったんですが、どうも味のほうは覚えていないんです。おばさんごめん。今度はウサギ一筋でいきます。
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by caldoverde | 2007-04-21 05:46 | 野菜・果物・キノコ | Comments(11)
 アソーレス諸島はとても美しいところだと言う話だが、嫌いな飛行機で行かなくてはならない。天気予報を見るといつも雨が降っているような気がする。「地球の歩き方」に載っていない。地震が多い。お金がない、暇がない、一緒に行く恋人がいない等の理由で未だ訪れたことがない。背中を押してくれるものが必要だ。それにはまず地元リスボンで情報を収集し、その魅力の一端に触れ、もっと知りたいという欲望を喚起させる。その具体的な方法として、アソーレスの料理を食べてみるというのは大いに有効に思われる。

 テレビのニュースで紹介していたアソーレスレストランのサイトを見ると、なかなか良さそうに思えたので、市バスの742番に乗ってアジューダ宮殿近くの市場に隣接したこのお店を訪ねた。この辺はチンチン電車の市電18番が行き交い、タイルのはがれた、壁の崩れかかった建物が並び、ジプシーが闊歩し、外を歩く男女の推定平均年齢67歳という、いかにも鄙びた過去の栄光の街リスボン情緒をかもし出している地区であるが、そのような所にありそうな郷土料理店といった雰囲気とはまったく違う、入り口のガラスのドアに大きな青い地球の写真が貼られた、モダンでクリーンな感じのレストランである。店内からはテージョ川が見える。

 バリトンのいい声の恰幅のよい支配人がメニューを持ってきた。知らない食べ物ばかりである。それでもアソーレスの名物はタコとまぐろという知識はあり、とりあえず重要なポイントは押さえることができた。3人のうち2人は決まり。残ったのは私で、肉料理から選ぶことにした。アソーレスにも私の好きなうにゃっとした腸詰、アリェイラがある。これにしようかなと心が動きかけたところに、衝撃の文字が目に飛び込んできた。LAGARTO MICAELENCE ミゲル風トカゲと書いてある。遠くヨーロッパ大陸から離れたアソーレス諸島のサン・ミゲル島にはコモドオオトカゲのような巨大な爬虫類がいて、食用にしているんだろうか?いったいどんな味か?どんな調理法なのか?疑問はつのる。バリトン支配人にこれはどんなものですかと尋ねると、ビフテキだという回答だった。なぜ牛肉がトカゲなのかは分からなかったが、アソーレスでは牛乳やチーズが生産されていることは知っていたので、牛は間違いなくアソーレス牛だと確信し、これを選んだ。焼き加減はミディアムを注文した。後から考えると、サン・ミゲル風に調理したステーキという可能性もないわけではないが。
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 さてトカゲ、もといステーキが来た。差し渡し10cm、厚みが5cmほどのいい焼き色のついた肉の上にはニンニクがのっていて、香ばしい匂いを漂わせている。付け合せはサツマイモのから揚げ。普通はジャガイモなので、ひょっとするとこれが「サン・ミゲル風」なのかも。肉にナイフを入れると意外なほど柔らかく、断面はピンクから赤の微妙な色合いが美しい。脂肪は見当たらない。牛のたたきのようなあっさりとした味わいだ。今まで食べたステーキの中で上位1,2位を争うおいしさだ。じわっと肉汁が滴り落ち、このソースをサツマイモにしみ込ませて食べるとまた美味である。サツマイモ自体は実は大して美味しくない(甘くない)もしこれがササニシキのご飯だったら激うまもんである。ワインはアソーレス産の赤ワイン。軽めの飲みやすいタイプで、マグロにも合いそうだ。

 デザートもめいめい3種類注文した。直径20cmくらいの赤土のキャセロールで焼いたプリンのようなお菓子。牛乳に酢を加えてカテージチーズ状にしたものに卵の黄身クリームとシナモンで味付けしたもの。写真のアソーレス特産の紅茶を使ったねっとりしたプリン。これが一番ユニークで気に入った。
 家に帰り辞書を引くとlagartoにはトカゲの他に牛のもも肉という意味もあった。これで納得。リスボンで美味しいアソーレス料理が食べられるので、わざわざ危険をおかして、彼氏を調達してまでアソーレスに行く必要はなくなった。
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by caldoverde | 2007-04-20 20:36 | 肉料理 | Comments(11)
 ポルトガル独自のファストフードにスープ専門店がある。ラーメンどんぶり大の器によそったスープがメインで、それにパンに揚げ物またはキッシュかサラダ、飲み物を組み合わせた簡単な食事を出すチェーン店がどのショッピングセンターにも必ずある。スープは日替わりと定番が5,6種類、安くてお腹いっぱいになること請け合い。

 スープによってはパンやサイドメニューの必要ないものがある。それはソパ・ダ・ペドラ(石のスープ)と呼ばれるものである。文字通り石がごろごろ入っていて、胃がズシーンと重くなり、しばらくは動けなくなる代物だ。
 石は美味しい石がたくさん取れることで有名なリバテージョ地方産がほとんどであるが、アレンテージョ地方では特産の良質のピンクの大理石をふんだんに使った石のスープを売り物にしているところもある。北部ミーニョ地方では上品な灰色の御影石が多く、同地方の典型的なスープのカルド・ヴェルデと双璧をなしている。ドウロ河上流ではブドウ畑に見られる黒っぽい片岩という石が使われ、この地方の名産のハムやソーセージと絶妙のコンビを組んでいる。南部では鉄分を多く含んだ赤っぽい石が豊富で、トマト味によく調和する。

 昔貧しかったポルトガル人は、道端に落ちている石ころも貴重な食材として工夫し、美味しいスープを作りそれを主食として生活してきた。大航海時代には、どんな荒地に漂着しようが、その地の石で生き延び、あのような人類の偉業を達成したのだ。ポルトガルに来たならば、その地方ならではの石のスープを注文しよう。スープをいくらかき回しても石が1個も見つからない場合は、責任者にクレームを付けるべきだ。石を持って来い!と大声で叱りつけよう。そしたら石のつぶてがあなたの頭に飛んでくるかもしれない。
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黒い粘板岩、赤い砂岩、灰色の花崗岩、白い石灰岩など、各地方の様々な石を使った石のスープ

 …冗談です。石のスープには普通は石は入っていません。
 この名前の由来には有名な伝説がある。一人の托鉢僧がある貧しい村に着いた。彼は家々を回って食べ物を恵んでくれるよう頼んだが誰一人食べ物を分けてくれず、仕方なく彼は道に落ちていた小石を拾い、さてこの石でスープを作ることにするかと独り言を言う。それを聞いた村の女が好奇心を持ち、彼に鍋を貸す。托鉢僧は鍋に湯を沸かし、小石を入れて煮立てる。彼は味見をし、うん、なかなかいい味だ、だがちょっと甘いな、少し塩をいただけんかねと訊ねた。女は塩くらいなら構わないと思い分けてやった。坊さんは、しかし何かが足りないな、そうだ奥さん、豆を2,3個もらえんかね。と頼む。また味見し、ふん、だいぶ良くなったが、コクが足りないな、もし豚の脂身があったらなあと坊さんがつぶやく。女はベーコンの切れ端を与える。ほう、かなりいい味だ、でも彩りが足りないなあ、菜っ葉の切れ端があればなあ、赤みが足りないから人参の尻尾があるとなあ、と次々と材料をせしめて、しまいには素晴らしく美味しい実沢山のスープが出来上がったということだ。
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 と言う訳で、石のスープは、赤豆、キャベツ、人参、豚肉、牛肉、チョリソ、人参、マカロニなど色んなものが入っていてそれ自体でひとつの食事になり得る、優れて栄養価の高いスープである。力仕事をしている人向けの食べ物である。ただしチェーン店のものは塩気が多いので高血圧の人は毎日取らないほうが良いかもしれない。その他にはキャベツの仲間の青菜の千切りとチョリソを入れたカルド・ヴェルデやら、色んな野菜が入って彩りのきれいな野菜のクリームスープやら、ポルトガル人が病気のときに食べる米やバスタの入ったチキンスープであるカンジャ(患者?)やら、海老蟹を使ったシーフードスープやら様々な種類のスープがある。
 スープは専門店やレストラン以外でも、カフェやバールの昼のメニューに一、二種類のスープは必ず登場し、ダイエット中の若い女性はよくパンとスープだけの昼ごはんを取っている。でも彼女たちは食後のデザートは欠かさない。効果あるのか?
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by caldoverde | 2007-04-13 21:40 | スープ・前菜・酒肴 | Comments(4)

スープの話 その1

 ポルトガルのレストランでは余程の健啖家でなければ、いわゆるフルコースを頼む必要はない。全部食べようものなら胃が破裂して死んでしまう。まず、席に着くとパンとバター、オリーブ、生ハム、チーズ、その店得意の前菜が出される。場合によってはこれだけで満腹してしまう。
 例えばパンにしても、カスカスの軽いカルカッサという丸いパンならそんなに腹は膨れないが、とうもろこしで作ったブロアや、もっちりしたマフラ地方やアレンテージョ地方のパンは結構ズンとくる。しかも美味しいときている。バターにも普通の塩味のほかに香草ニンニク入りのがあるし、イワシやツナ、海老のパテが小さなブラスチックの容器に入っているのを見たら、まだ食べたことがない人なら好奇心で手をつけてしまうだろう。チーズだって豆腐のようなケイジョ・フレスコは生ものなので日本ではまず食べられない。(写真)
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 今ここで食べなければ一生縁がないかもしれない。ガーゼの鉢巻を巻いたアゼイタンやセーラ・ダ・エストレーラのチーズは加熱しなくても中がとろとろのフォンデュー状態で、これをパンに付けて食べたら、もうメインは要らないくらいだ。

 追い討ちをかけるようにニンニクと香草で味付けしたオリーブ・海老の塩茹で・タコのサラダ・蟹味噌のカクテルソース・豚の耳のサラダ・ソラマメのサラダ・赤ピーマンのマリネ・イワシの南蛮漬け・イベリコ豚の生ハムと次から次へと色んなものがやって来る。もう泣き笑いである。あ、どのレストランでもこんなのが全部出てくるわけではないですよ。普通はこの中の何個か、でも店によってはこの何倍かの種類の前菜を常備しているところもある。
    
 だから、形式に従って、前菜、スープ、魚、肉、デザート、コーヒーに赤ワイン、白ワイン、食前酒、食後酒を全部摂取したら、日本人ならその日ばかりか翌日の必要カロリーまで十分満たしているはずだ。それどころかきっと消化不良で眠れぬ夜を過ごすであろう。少なくとも私はそうだ。ポルトガル人も皆が皆、底なしの胃袋を持っているわけではないので、大抵は飲み物と魚か肉料理を1品頼み、足りなければ後からスープを頼むという変則的な注文をする人もいる。

 ところが私が補足的な位置づけに追いやってしまったスープが、実は侮れない美味しさなのである。ポルトガルのスープは多くがポタージュタイプであるが、粉やバターを使わない、野菜ベースのヘルシーなスープである。基本はジャガイモとたまねぎ。これを茹でて軟らかくなったらオリーブオイルを加えてミキサーにかける。ミキサーはカップに移す必要のないハンドミキサーで、鍋に突っ込んでガーっと数秒。そうすると簡単に滑らかなポタージュになる。塩コショウで味付けし、具にほうれん草や、クレソン、菜の花、キャベツを入れて、はいできあがり。ベースはジャガイモ、たまねぎの他にポロ葱、人参、かぼちゃ、豆、蕪、トマト、栗など。コクを与えるためにコンソメや魚介類のだしを使う場合もあるが、良質のオリーブオイルと良質の塩だけでかなり美味しい。具はミキサーにかける前に少し取っておいた野菜や豆、チョリソ、肉、魚、海老、パスタなど無限の組み合わせがある。
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by caldoverde | 2007-04-13 06:21 | スープ・前菜・酒肴 | Comments(0)
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 ポルトガルの代表料理といえばイワシの塩焼きだ。ポルトガルを巡るツアーにも大抵1度は入っている。場所はナザレ。海の見えるレストランで食べるイワシ。典型的ステレオタイプのメニューだ。でもまずくはない、たとえ冷凍であったしても。これにあったかい白いご飯があれば最高だ。大根おろしが付いていればもう何も言うまい。でもここはポルトガル。郷に入れば郷に従えと言うではないか。せっかくだからポルトガル式に食べようではないか。

 大抵は1人前3,4匹のイワシにジャガイモを丸ごと茹でたのが2,3個ごろんと付いてくる。普通はレタス、トマト、玉ねぎのサラダがセットになっている。ジャガイモがご飯なら、サラダは大根おろしと考えれば良いだろう。日本から持参した醤油をかけるとしょっぱくなりすぎるので注意。イワシには十分すぎるほど荒塩がふってある。これに適宜オリーブオイルやビネガーをかけて食べる。しつこいと思ったら使わなくても良い。十分に味は付いている。 

 ナイフとフォークを使ってイワシを食べる。いったいどこから始めたら良いのか。頭が右側にあったり、背中が手前に、腹が向うになっていたりして、日本の魚の盛り付け方から見るとめちゃくちゃだ。まずこれから直さなければ始まらない。皿の向きを変えたり、魚をひっくり返たりして正しい位置に戻す。慣れないフォークとナイフを使うので、この時点でイワシはだいぶ形が崩れる。左手のフォークで胸びれのあたりを押さえて、右手のナイフを腹に差込み骨と身を分離させる。そのまま右手に力を加えてナイフを浮き上がらせると、皮がちぎれて身がはがれる。背びれが半分くっついてくる。頭としっぽのほうには若干身が残っているが、とりあえず大部分の身は取った。でもそのままでは一口で入らないので、半分に分ける。焦げすぎた皮はナイフでこそげ取る。背びれ、胸びれも取る。ワタも取る。取るとせっかくの可食部も廃棄する部分にくっついていく。イワシは、猫が盗み食いをしたような無残な姿となる。

 ふと、隣のポルトガル人の皿を見ると、実に美しく食べている。まず丁寧に焦げた皮を取る。まるでよろいか何かのようにかぱっと上手に外している。そして細心の注意を払いながら骨から身を外す。残った骨にはひとかけらの身もついていない。まるで額に入れて飾りたくなる程きれいに骨と頭と尻尾が残っている。外したイワシの身はまるで日本の板前さんが魚をおろしたように、皿の別の場所に完璧なフォルムを保っている。そして彼はオリーブオイルを魚の身にたっぷり注ぎ、ナイフで切り身を何個かに分け口に運ぶ。エレガントである。さすがに長い間イワシを食してきた国民だけあると感心したというか、器用な日本人というプライドが自分の食べたイワシの姿のようにぐちゃぐちゃに崩れたというか。いいんだよっ。どうせイワシなんて庶民の食べるもんなんだからそんなに気取る必要なんてないのさ!ところが日本では昨今イワシが高騰し、築地では一匹千円のイワシも登場したというではないか。そしたら高価なイワシはポルトガル人のようにきれいに無駄なく食べるのが正しいマナーになるかもしれない。

 ポルトガルを旅行する際、フォークやナイフの扱いに自信のない方は日本からお箸を持参しよう。更にチューブ入り「もみじおろし」も持って行くと、ポルトガル料理に飽きたとき油攻めにあっている胃をいたわることもできるし、日本料理店に行かずとも現地で手軽に日本の味が楽しめる。

 イワシを食べるときのワインは赤。なぜかと言うと赤ワインのタンニンがイワシの脂っこさをすっきりさせるので、というポルトガル人の解説である。背中の青い魚と赤ワインは健康にも良いような気がする。お試しあれ。
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by caldoverde | 2007-04-11 18:32 | シーフード | Comments(0)

ポルトガルのパスタ料理

 ポルトガル人は野菜やパスタを茹ですぎる。野菜は色が変わってくたっとなるまで、パスタはすくうと途中から切れるくらい茹でる。胃の弱い人、歯のない人向けの食べ物のようだ。両者とも肉や魚の副菜としての地位しか与えられていないので、野菜や麺類の歯ごたえや味、色、香りを生かし、本来の旨さを味わうという発想はポルトガルにはあまりない。日本のもりそばやかけうどんなどは食事とは見なされないだろう。だからポルトガル人の作るパスタはあまり期待できないのであるが、それでも旨いものはある。イタリア起源なのか、ポルトガル人の発明なのか、マッサーダというマカロニの煮込み料理がある。シーフード料理店によくあるメニューで、魚介類をマカロニとともにトマトベースのスープで煮込み、薬味にコリアンダーを散らしたものである。ポルトガル式のシーフードリゾットのマカロニ版だ。ポルトガルのリゾットはアルデンテではない。米はやわらかく、十分に煮えてなくてはならない。米に芯が残っていたら、文句をつけられるだろう。マカロニも然り。昔、ポルトガルの家庭料理を習っていた友人が、マカロニをどのくらいの硬さに茹でるのか訊いたところ「マカロニが開くまで」という回答だった。

 ところがたまには弾力のあるマカロニ料理を出すところだってある。近所のシーフード屋で食べた、マッサーダ・デ・マリスコス(魚介類とマカロニの煮込み)は珍しくアルデンテだった。スープに入れるような小さなマカロニ、海老が2、3種類、あさり、ムール貝、アンコウがアルミの小さな鍋にぐつぐつ煮立っていて、蓋を開ければコリアンダーの独特の香りが立ち上り食欲をそそる。ふうふう冷ましながら、つるんとしたマカロニを口に入れれば、プリンとした歯ごたえがある。この店のスペシャリティと自負するだけあって、結構いける。

 こういう料理は汁気があったほうが、食感に変化があっておいしい。バスタを食べたら、スープを飲んで、海老や蟹をつついてと。マッサーダやリゾットはちんたらちんたら食べていると、腹は満腹なのに鍋の中身はちっとも減っていないという現象が起こる。パスタや米が汁気を吸って嵩を増やすからだ。まあ、魚や海老の旨みを吸い自らも溶けかかってぶよぶよべろべろになったパスタもそれなりにうまいけど。

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by caldoverde | 2007-04-11 04:23 | シーフード | Comments(4)
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 ポルトガル料理における盛り付けのセンスのなさにはしばしば呆れる。ただ山盛りに盛って量をアピールしただけで、彩りやバランス、器との調和などどうでもいいようだ。逆にこれらの要素が十分配慮された懐石みたいなものは、ポルトガル人には、値段のわりに可食部が少ないと不評を買うであろう。とにかく実質第一だ。腹一杯になることが重要なのだ。
 
 しかしながら食べ物にはそれ自体に食欲をそそる様々な特徴がある。鮮やかな色、香ばしい匂い。立ち上る湯気、じゅっと焼ける音、ふつふつと現れては消えるあぶく。滑らかな表面に反射する光。そのような、味以外のチャームポイントの欠如した食べ物、第一印象で拒絶反応を起こしそうな、見て絶句するような外観の食べ物は世の中に少なからず存在する。そこを何とか取り繕ってお上品に見せるのも料理人の腕なのだが・・・

 もっと見栄えがよければより多くの人に愛されたはずのものに、雑炊系の料理がある。と言っても、日本の旅行会社のツアーメニューの常連である蛸リゾットとかシーフードリゾットはまだ良い。海産物のおじやは彩りが良く、食欲をそそり、味も見た目に一致する。
 問題は鶏肉、うさぎ、八目ウナギを使ったリゾットだ。これらのリゾットは肉や魚のほかにその血も使う。更に味付けに赤ワインも入れる。それがどのような結果を生じるか想像できるだろうか。


・・・こんなです。
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 八目ウナギは採れるところがポルトガルでは三つの河川だけだそうだ。昔は王様しか食べることが許されなかった貴重な魚なので、庶民はクリスマスなどの祝い事には本物の代わりに八目ウナギを模ったケーキを食べた。ひょっとするとこちらのほうが美味いかもしれない。

 昔、その八目ウナギの棲むモンデゴ河流域の小さな村にある「ミシュラン」推奨のとあるレストランで、その店の名物である八目ウナギのリゾットを食べたことがある。電車やバスを乗り継ぐこと数時間(どこでバスを降りるのか分からず乗り越し、終点まで行って戻った)ようやく星のついたレストランに着き、メニューの中の一番高い料理(当時の値段で約6000円)当店ご自慢のミシュランも推す八目ウナギのリゾットを注文した。待つこと数十分。上品な給仕によってリゾットがうやうやしく運ばれてきた。
 陶器鍋に入った、ぐつぐつ音を立てているリゾットは、まるで地獄の血の池だ。ほとんど黒に近いような暗褐色のドロドロの汁の中に米の粒がうごめき、真っ黒なぶつ切りにされたドジョウ程の太さのウナギが見え隠れしている。こんな不気味で高価な料理は後にも先にも食べたことがなかった。なぜ高価かというと、ただでさえ希少な八目ウナギを、地元の最高級ワインで煮たものだからだ。したがってまずいわけがない。これは美味しいものなのだと自分に言い聞かせながら食べた。食べながら、日本のウナギの蒲焼はなんて美味しいんだろうと思った。そしてこんなに小さいうちに捕獲され、最適とは思えない調理法で食われるウナギを不憫に感じた。

 もし今同じものを食べたら、また違う感想を持つだろう。ウナギの滑らかなゼラチン質の身の弾力、芳醇なワインの香り、うまみを吸った米に、ああ、これこそが王者の食べ物だと感涙にむせび泣くかもしれない。近所のレストランで「八目ウナギリゾットあります(4切れ入り)25ユーロ(約4000円)」という張り紙を見た。宝くじに当たったら、ウナギをもう4切れ追加して注文するつもりだ。いずれにせよ、見た目をどうにかすれば良いのにという意見は変わらないだろう。
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2012年2月12日リスボンのミーニョ地方郷土料理店で食べた八目ウナギリゾット。
不況のため八目ウナギが値崩れしていると漁師は嘆くが、庶民には嬉しい17ユーロでした。

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by caldoverde | 2007-04-09 23:38 | シーフード | Comments(1)

亀の手(ペルセベス)

 シーフードには不気味な形状のものが多く、そのために敬遠される向きもある。日本ならナマコやホヤ、ポルトガルなら亀の手であろう。何科に属するのか知らないが、黒いゴム管のような腕の先に、まさしく亀の手のような、蟹の爪のような白黒のまだら模様の硬い殻に包まれた突起が数個集まっている。ぶよんとした腕に触るのも、実際は動かないのだろうが見た目が挟まれそうな爪にも触るのもいやだ。その醜い姿は我が身の美味なる事を敵に知らせまいとする大自然の知恵のなせるわざなのかもしれない。ところがポルトガル人はこの禁断の海の果実が旨いことを知ってしまった。いかに効率よく食べるかを習得してしまった。而して亀の手は苦労して醜悪な外観を装っていたのにもかかわらず、シーフード料理店では堂々とイセエビや蟹とタイを張れるほどに出世したのである。

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 さて亀の手が盛られた皿が運ばれてくる。勇気を出して、ざらっとしたしわだらけの黒い腕を片手でつまむ。そしてもう片方の手で爪の部分をぐぎっと折る。このとき生きのいいのはギャアッと叫びながら最後の足掻きで汁をびゅっと出すので驚かないように。そして爪が取れると切り口にはこれまた不気味なものがうごめいている。蝕手の短いイソギンチャクのような中身である。これを今度は自分の爪でちぎれないようにそおっと引っ張り出す。これまた海のものにありがちなぬるっとした触感だ。まだ生きていればこの蝕手があなたの指先にちゅーと吸い付いてくるだろう。上手く引っ張り出すと、中身がびろーんと出てくる。これを口に放り込む。ゴムのような弾力のある歯ごたえ、広がる磯の香り。新鮮なものは口の中でかみちぎっても動いている。

 一つ食べるとさっきまであんなに不気味だったものが、なんと素晴らしい、美しいものに変わっている。最初は遠慮して小さめのものを恐る恐る選んだのに、次には一番でかいやつはどれか探している。小皿にはうず高く爪やゴム管が積みあがる。もう可哀想なほど小さいものしか残っていない。こんなに小さいのに食べちゃってごめんね、と心の中で謝りながら貪欲にも細い中身を慎重に引っ張り出す。もう十分食べたはずなのに、今度はもっと太くて大きいのが食べたいと人間の欲望はきりがない。その欲望を辛うじて押しとどめているのは値段だ。いくらか忘れたが結構高いものです。

※なお記述には誇張した部分もあります。
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by caldoverde | 2007-04-08 16:23 | シーフード | Comments(2)

ワインの腸詰

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 絶対普通の日本人の団体旅行の食事では出ないが、げてものを食うツアーになら出されるかもしれないものに、この腸詰が挙げられる。これはリスボン市内のあまり高級ではないアパートが立て込むダサい住宅地のどんづまりの、ある大衆食堂のある日のお勧めメニューである。この食堂では主人の出身であるベイラ地方の郷土料理が時たま登場する。いや料理というより、その土地で作られている食べ物をただ出すといったほうが良いか。ベイラ地方の名産は肉の加工品である。で、その日はラメゴ産のモイラという名前のワインレッドの長さ30cmくらいの腸詰だった。それをゆでて、多分同じ鍋に一緒に放り込まれ、ばらばらに崩れる寸前まで軟らかく茹でられたブロッコリーとどんなに茹でても煮崩れないジャガイモが何の芸もなく添えてあるだけだ。ソースも何もない。何年もつらい修行を積まなくとも、誰でも明日から料理店が開けるような究極の簡単メニューだ。

 いや、ひょっとしてそんな単純なものではないかも知れない。しばしば単純に見えるものほど奥が深いものだ。主人が長い経験と勘を頼りに自らの目で確かめた、選りすぐりの腸詰かもしれない。特別に肥育した豚肉と最高級の地酒ワインと、伝統的な秘法で作られた珍味かもしれない。もしくはゆで方にも秘訣があって、特別な構造のなべで、秘密の隠し味を加えたスープで火加減に注意しながら煮なくてはならず、1分でもゆで時間に狂いがあれば、形が崩れたり、味が落ちたりするような、微妙なテクニックを要するものかもしれない。

 そんな思索を巡らせる暇もなく、すぐに「ラメゴ産モイラ」は出てきた。やっぱり手間のかからないものだった。濃い赤紫色の、どてっと皿に横たわった腸詰。そこにはシェフの創意も繊細さも微塵だに感じない。さあ、食え、と言わんばかりにふてぶてしい、開き直った中年女のような腸詰の姿がそこにあった。で、味は。やはり中年女のように脂肪がたっぷりで、熟女のようなまったりしたコクがあり、鮮やかな緑が失われてほとんどべろべろになったブロッコリーといい相性である。無理やりワインレッドのビチビチドレスに体を押し込めたおばさんが腸詰なら、ブロッコリーは白髪が伸びた彼女のパーマ頭だ。これに文字通り自家製のどぶろくハウスワイン、オヤジがバールで立って飲んでるような安ワインを合わせて似合いの夫婦の出来上がり。
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by caldoverde | 2007-04-07 07:02 | 肉料理 | Comments(0)