ポルトガルの食べ物、生活、観光情報


by caldoverde
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<   2007年 09月 ( 4 )   > この月の画像一覧

幻のブーム

 2004年はポルトガルでサッカーのユーロカップが開催され、日本人のサッカーファンが大挙して訪れ、いよいよポルトガルブーム到来か?と期待した。しかしサッカーを見に来る人はサッカーファンであって必ずしもポルトガルファンではなかった。それでもこの頃はマスコミにしばしばポルトガルが取り上げられ、テレビを見て興味を持ったという観光客も結構いた。この年をピークにポルトガルを訪れる日本人のツアーの数は横ばいまたは下降気味の感がある。このブログの野望はポルトガルの認識を高め、関心を呼び起こし、親近感を持っていただき、ひいては一人でも多くの日本の方にポルトガルに来ていただくことである。
 親近感は容易に持てると思う。失礼ながらポルトガル人は日本人並みに脚が長くない。垢抜けない。正直言ってどんくさい。(ポルトガルの方々ごめんなさい。でも、とってもいい人たちだ) 憧れの対象にはなりにくい。憧れの対象にならないところが、ヨーロッパの観光地としては弱点である。ポルトガルに行ったら絶対あれを買おうといった、購買欲をそそるブランド品がない。観光客からお金を使うところがないですねと言われることがある。よく見れば結構いいものもあるのだが、センスがフランスやイタリアなどに比べるといまいちの感は拭えない。ポルトガルの洋服のブランドを教えてくださいと聞かれて答えに窮してしまう。ない訳ではないが、名前がONARAである。特に意味はないそうだ。

 この番組で取り上げられればポルトガルのブレイク間違いなかったのが、例の「あるある×××」。実はポルトガルで取材が行われ、放映を待つばかりになっていたのに、あの納豆騒ぎを発端とするデータ捏造問題で番組自体が消滅し、幻の番組になってしまったテーマがあったのだ。それはイワシのパテであった。

 ポルトガルのレストランに入ると、まずテーブルにパンとバターが運ばれる。バターと共にチーズやイワシまたはツナのパテなども混じっていることがある。パテは直径5cmくらいの小さな容器に入って、パンに付けて食べる。大好きな人もいるし、それほど好きじゃない人ももちろんいる。好きじゃなければ無理して食べなくても良い。ところが日本は健康にいいとかダイエット効果があるとかプラスアルファを宣伝された途端、猫も杓子も買い求め店頭からその商品がなくなるという現象が頻繁に起こる。データを捏造してまで、実際にあるかどうか判らない効能を強調しブームを操作したこの番組の製作者は、ポルトガルではありふれた、この小さな副食物にいったいどんな奇跡を発見したのだろう。ポルトガルでの取材をコーディネートした通訳の方によれば、とても良い出来栄えだったそうで、もし放送されていればきっとポルトガルに来る人も増えて、イワシのパテがブームになったのに、と残念がっていた。私もその内容が嘘であれほんとであれ、ぜひ見たかった。
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 忘れかけていたこのイワシのパテを思い出すきっかけになったのは、やはりテレビの影響である。最近ツナのパテの新製品を宣伝するCMが盛んにテレビで流され、その美味しそうな映像に惹かれてスーパーに走り、2,3個買って食べてみた。バターナイフで薄いピンクのパテをたっぷりすくい、パンに塗りつけると、すーと滑らかに伸びていく、という映像は誇張ではなかった。レストランで出される一食分の小さいパッケージではなく、家庭用の大き目のサイズのツナパテ1缶を、数個のパンとともに1度に食べきってしまった。パテって美味しいものだったんだと改めて認識した。ツナパテがこんなにいけるなら、イワシも、他の種類のパテも旨いかも・・・と好奇心が頭をもたげてきたのだ。

 安くて軽いイワシのパテは、日本のお土産に買うことはあっても自分が食べるために買うことはほとんどなかった。ところがパテを送った友達から、ご飯のおかずに良く合うと言う報告が届いた。予想外の食べ方を知ったので、スーパーで数種類のパテを購入し、試してみることにした。奮発してポルトガル米でない、寿司米と銘うった短粒米でご飯を炊き、ポーションになったパテをその上に乗っけた。色、形、ねっとりとしたテクスチャー、なんとなくフォアグラに似ている。フォアグラもどきイワシパテとご飯を海苔で包んで食べると、おおっこれは・・・?!ほんの一瞬、遠い昔味わった幻の味が、塩釜の有名な寿司屋で食べたウニ丼の味と香りが感じられた。これは幻覚か?と2口目を食べたときはやはりイワシの味であった。でも不味くない。確かにご飯が進む味である。イワシの臭いを何かで解消することによって、ポルトガルのどこでも激安ウニ丼が食べられる可能性が生まれた。次回はマヨネーズとかわさびを加えて研究してみよう。ひそかなマイブームになりそうな予感である。
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by caldoverde | 2007-09-30 01:36 | 調味料・その他 | Comments(3)

ヤギと羊

 大学の町コインブラの郷土料理にシャンファナというヤギのシチューがある。ヤギの肉を赤ワインで煮込んだもので、黒い陶器の器でサービスされる。黒い土鍋に入った黒いシチュー。なんだかヤギの頭を持つサタンが執り行う黒ミサで悪魔の崇拝者たちが食べるご馳走のようである。この料理も決して見栄えのいいものではないが、見かけよりずっと美味しい。土鍋でじっくりと煮るので肉は柔らかく、想像するような臭みは全然ない。
 
 アレンテージョ地方には羊のシチュー、エンソパーダ・デ・ボレーゴがある。この地方は黒豚が有名だが、羊も沢山飼われている。羊は乳、毛、皮、肉と生まれてから死ぬまで人間に多大な貢献をしている。アレンテージョの羊飼いは羊の毛皮で作った上着を着る。この姿を羊たちはどう思っているのだろうか。自分たちを屠り皮をはぐ恐ろしい支配者、それとも自分たちと同じ毛皮を着ている仲間だと親近感を抱いているのだろうか。きっと後者だろう。アレンテージョの人たちはのんびり屋でよく冗談の種にされる、羊のように穏やかな人々だ。彼らは手塩にかけて育てた羊が食卓に上るとき、こいつはいいやつだったなあ、呼ぶとすぐにやって来たもんだ。毛を刈るときは暴れたが、その毛は玄関の敷物になっていつもオラを迎えてくれる・・・などと思い出を語りながら舌鼓を打っているに違いない。(多分)
 慎ましい暮らしのアレンテージョの人々は、少ない肉でも家族全員の胃袋を十分に満たすように工夫した。羊のシチューの具の半分を占めているのは揚げたパンである。この地方独特の、もっちりした拳骨のような形のパンをスライスして揚げた、巨大なクルトンが羊肉よりもその存在を主張している。上げ底だ、騙されたと怒らないで欲しい。肉やトマト、玉ねぎなどの野菜のうまみが凝縮されたスープを吸った揚げパン、これがうま~いのだ。肉も美味しいけど、私はパンのほうが好きなくらいである。
 羊の独特の臭いが嫌いだという人もいる。しかしほろほろと崩れるくらい柔らかく煮込んだ羊肉シチューはコリアンダーやミントをあしらって香りのアクセントをつけているので、臭いはそれほど気にならない。
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羊肉の下にはベッドのマットレスのように揚げパンが敷かれている。緑の葉っぱはコリアンダー。

 羊料理に合うのはやはりアレンテージョの赤ワイン。アレンテージョは良質のワインを生産していることでも名高い。エヴォラ、エストレモス、レゲンゴス、ボルバ、ポルタレグレなどの町には幾つものワイナリーがあってピンからキリまでの値段の、しかしどれもそれなりに美味しく飲めるワインを造っている。アレンテージョのワインは軽快で甘みを感じる飲み易いワインだ。高いものは重くコクがあるが、私はぐいぐい飲める安いもののほうが好きだ。私は食べるのは好きだが美食家ではない。食費に出せる金額には限界がある。少ない予算の中で旨いものを食べるということが最重要課題である。そして安くても旨いものに出会える機会の多いのがポルトガルである。特にポルトガルのワインは値段の割りに良質だと思う。
 ワインを選ぶ目安のひとつはラベルに醸造業者の名前があるかどうかである。自分の名前を出すくらいならそれだけ自信があるんだろうというやや薄弱な根拠である。しかし、この人が造っているワインならほぼ間違いないと思われるのは、JOÃO PORTUGAL RAMOS という醸造業者による、アレンテージョのワインである。ボルバのMARQUES DE BORBA や、エストレモスの LOIOS などの銘柄を手がけている。値段もスーパーで買えば6ユーロ程度の手ごろな値段である。もっとも普段は2~3ユーロのワイン愛飲者の私にとって、これらは臨時収入が入って奮発するときだけに買う贅沢品であるが。
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by caldoverde | 2007-09-26 07:23 | 肉料理 | Comments(4)

心温まる冷淡な話

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 あるスペイン人の留学生がスペインは「豚文化」だと言っていた。最近見た映画「ゴヤの亡霊」では、豚肉の嫌いな裕福な商人の娘がユダヤ教徒との嫌疑をかけられ宗教裁判所に捕えられる。豚を愛で食することが真のカトリック教徒であるスペイン人である証なのだ。

 隣のポルトガルでも同様、豚肉は乳飲み子から大人まで愛されている。ん、乳飲み子は豚肉を食べないって?いやいや、豚の乳飲み子、仔豚である。ちょっと大きめのスーパーの惣菜コーナーでは仔豚の丸焼きが売られている。レイタンという。口からお尻まで長い棒が貫通し、疾駆するがごとく短い脚をぴーんと伸ばし、意外と安らかな表情の、あめ色に焼けた仔豚ちゃん。まだ母親の乳しか飲まず、配合飼料や残飯を知らぬいたいけな幼豚は、汚れなきまま、我々の胃袋を満たすという崇高な使命を全うし、すぐ天国に戻ってしまうのだ。
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 コインブラの近郊のメアリャーダという町はレイタンの町である。街道沿いにレイタン専門レストランが軒を連ねている。日本の国道沿いにラーメン屋がずらっと並んでいるようなものか。1992年の夏コインブラの下宿に2ヶ月ほど滞在していたとき、同じ下宿にいた仙台の友人夫婦が旦那さんの誕生日にメアリャーダにレイタンを食べに行こうという話をしていた。どのレストランがお勧めかおばさんに聞いたところ、わざわざ遠くに食べに行くまでもない、近所にうまい店があると言う。しかも話をしているうちに彼女の誕生日と友人の誕生日が同じ日であることが判明。その日は下宿で2人の誕生日を祝うことになった。

 アフォンシーナおばさんと当時40歳くらいの娘のアイダ、2人の孫の男の子たち、下宿人の30代半ばの単身赴任中の女性教師という面々でささやかな誕生会が行われた。ご馳走は近所の肉屋で買ったレイタンである。頭はなかったが、丸一頭分はあったと思われる。四角いガラスのオーブン皿にカットした仔豚の丸焼きを重ねて、再びオーブンで暖めたものが出された。ぱりぱりのあめ色の皮の下から脂肪がぐつぐつ溶けて流れだし、白っぽい肉はいかにもジューシーで柔らかそうで、ミルクの味を連想してしまう。アフォンシーナが娘や女先生に脂肪のたっぷりついた皮の部分を皿に盛ろうとすると体型を気にする女性たちは、やめてやめていらない~と騒ぐ。ところがこの香ばしい皮ととろける脂肪こそレイタンの身上なのだ。アレンテージョの黒豚にも匹敵する、ほんのり甘みを感じるクリーミーな脂身。ほっぺたが落ちそうな味とは正にこのことだ。後に何度かレイタンを食べる機会はあったが、このテイクアウトのレイタンほど美味しいものには未だに出会っていない。

 生まれて初めて食べた子豚の丸焼きの旨さ、そして異国の下宿人たちを家族同様もてなし、親身になり世話をするアフォンシーナおばさんの優しさに私たちは感動した。ポルトガル人には稀な心遣いの細やかな彼女のことを、私たちは昔の日本人みたいだねと語り合ったものだ。昔ペンションで食事を作っていたという彼女の料理は、下手なレストランよりはるかに美味しかった。友人夫婦は毎日アフォンシーナから料理を習ってはレシピを書き留めていた。彼らの夢は仙台にポルトガルの家庭料理レストランを開くことであるが、いまだに計画の段階のようだ。名前は当然「アフォンシーナ」になるはずである。

 日本に帰って1、2年経ったころ流麗な字で書かれたアフォンシーナからの手紙が来た。病気で一時目が見えなくなったが今は回復したという近況であった。すでに70代半ばだった彼女はだいぶ体が弱くなっていた。そしてその数年後、娘のアイダから母親の死を知らせる手紙を受け取った。存命中の再会が果たせず本当に残念だった。

 コインブラの2ヶ月は私の人生の中で最も豊かな食生活を送った時期であり、旅行者の目から見た美しい景色としてのポルトガルとは別の、日本と30年ぐらい時差のあるような現実の生活に触れ、そして日本人が30年前に失くしてしまったような人情、親切、謙虚さ、思いやりなどをポルトガル人の中に見出すことのできた貴重な体験だった。もしアフォンシーナの下宿でなかったら、こんなにポルトガルが、ポルトガル料理が好きにはならなかっただろう。
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by caldoverde | 2007-09-17 03:05 | 肉料理 | Comments(5)
 こちらポルトガルでは、今日本食がブームになっているようだ。色んな雑誌で日本レストランや寿司の特集を組んでいる。本屋の料理本コーナーには寿司の作り方の本が何種類も並んでいる。寿司を出す店もずいぶん増えた。生魚に対する偏見が無くなりつつある。でもポルトガルの日本料理は高いので、私はほとんど行かない。誰かがご馳走してくれるのを待っているが、そんな幸運はほとんどないので仕方なく下手な太巻きや散らし寿司を自分で作る。日本料理店で出す冷奴やホウレンソウのおひたしや納豆とイカの和え物の値段には度肝を抜かれる。たかだか居酒屋のお通しじゃないか。それでもポルトガル人にとってはここでしか食べることのできないエキゾチックな珍味、日本人にとっては生存に必要な栄養素ともなれば、払う人もいるんだなあ。日本人のやっている日本料理店はどこも繁盛している。

 中華料理から日本料理に転向した店や、店名を聞いただけで明らかに日本人の経営ではないとわかる店もある。そういった店に入る勇気はまだ培われていない。やはり誰かがご馳走してくれるのをひたすら待つのみである。どんなものか食べてみたいような気もするが、外国人が生魚を扱うのは衛生的に大丈夫だろうかという偏見がある。生ものを選ばなければそれなりに食べられるのかもしれない。でも太巻きや焼きそばなら自分でも作れる。
 こういった日本(風)レストランは何とか日本風を演出しようと懸命であるが、それが逆に胡散臭さをかもし出している。赤提灯がさかさまに下がっていたり、意味不明の看板が掲げられている。
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「スカートが焼く」ミニスカートをはいた板さんが華麗に鉄板焼きを作るパフォーマンスが売り物か?
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「北海道は焼ける寿司」新鮮な魚介類のイメージのある北海道を店名にしたところまでは良かったが・・・それにしてもなぜ寿司に「焼く」という動詞を組み合わせるのか謎である。「茶」の文字入り赤提灯から私が想像するのは東海道中膝栗毛に出てきそうな団子屋であるが・・・
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「竹」と書いてCHIKU と読むかなあ、普通。ポルトガル人はCHIKUを「しく」と発音するし、日本人なら四苦八苦を連想する語感の言葉を店の名前にしないでしょう。この鳥居、プロポーションが変だ。
 
 アジアの食品や調理道具、食器などを扱う中華マーケットにも怪しい日本語の名前やロゴマークの入った中国製の食べ物が時々ある。買って食べてみたいのは山々だが、最近世界的に中国製品の安全性が何かと問題になっているので、これもちょっと手を出しにくい。
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「バナナがけら」かりんとうの仲間だろうか。食欲をなくすネーミングである。しかも2度も繰り返されている。
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「緑茶マシュマロ」 画期的新製品である旨を包装の中にちりばめている。でろ~んとマシュマロの中から緑茶シロップが流れ「新しり」、「緑茶」の上には「柔らかくとすばらしく風味がよい」と黄色い文字で書かれている。中身の個別包装の袋にはマシュマロではなく「マツュマロ」とカタカナで印刷されている。
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「清酒」「こまちヽた」 酒の名前が「清酒」ってこたあないだろう。「こまちヽた」っていったい・・・秋田小町が困っているんだろうか。 JAPAN SHUWA からライセンスを取り醸造しているそうだ。しゅうわ酒造って存在するのかな?
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「玄米こんにゃくロールー」ヘルシーな商品名と不思議な日本語の効能書きにだまされて買ったが、「海苔口味」というよりはアミノ酸味だった。

 他にも突っ込みどころ満載の不思議なものに満ち溢れた中華マーケットは、中国4千年の食文化の奥深さ、人口13億人のパワーを垣間見せてくれる。
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by caldoverde | 2007-09-10 01:38 | インターナショナル料理 | Comments(13)