ポルトガルの食べ物、生活、観光情報


by caldoverde
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プリン天国

ケルースのポザーダのレストランのねっとり系プリン
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 子供の頃、給食やおやつに出る小さなカップに飽きたらず、好きなだけプリンを食べたいという欲望を持っていた人は少なくないだろう。そんな人はぜひポルトガルに来ていただきたい。ポルトガルの代表的なデザートはプリンである。どのレストランのデザートのメニューにも大抵プリンがある。ガラスケースの中に直径30cm、高さ15cmくらいの巨大なプリンがたっぶりとカラメルソースを絡めているのが見える。子供の夢がまさしく形になったものだ。これを成人男女が目を細めながらスプーンですくっては口に運んでいる。なんとも幸せそうな光景だ。

 安食堂の個別にカップに入っているプリンの中には、プリンの素のようなもので作ったものもあり、水っぽくてあまり美味しくない。でも巨大プリンのほうはちゃんと牛乳や卵を使っているので外れがない。大抵ドーナツ型で蒸してあり、切り分けてサービスされる。切り口を見ると細かい気孔が沢山入った「すだった」状態のものも多い。中学校の家庭科の時間で、プリンや茶碗蒸しを加熱しすぎると「すだって」なめらかさが失われ舌ざわりが悪くなると学んだ。家庭科のテストにも「すだつ」とはどんなことかという問題が出た。私は正解したが、大部分の生徒は「鳥のひなが大きくなって巣から出て行くこと」と回答した。ところが大雑把なポルトガルは鳥が巣立とうが、穴が開こうがそんなことはお構いなしである。ポルトガル人にとって、デザートは甘ければいいのだ。などと言うとポルトガル人から、そんなことはない、我々にもプリンに対するこだわりがある、我々のプリンは奥が深いのだ、と抗議を受けるだろう。
典型的なポルトガルのすだったプリン
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 プリンの基本は卵、牛乳、砂糖であるが、ポルトガルのプリンはその配合や材料によって様々な種類がある。まず、一般的な日本のプリンタイプのものはpudim flanと呼ばれている。卵は全卵を使い、牛乳との配合はだいたい同じくらいで、比較的あっさりしている。
 ところが中には見るからにこってりねっとりとした不思議なテクスチャーのプリンもある。Pudim francês(フランス風プリン)は通常のプリンより卵黄を多く使い、小麦粉を少し加えてねっとり感を増強し、香り付けにポートワインやレモンを加える。フランスにこういうプリンがあるのかどうかは知らない。また牛乳の代わりにコンデンスミルクを使ってねっとりするプリンも良くある。ただでさえ甘いコンデンスミルクのプリンにカラメルソースがたっぷり。歯が溶けそうだ。

 さらに恐ろしいのは、卵は黄身だけで大量の砂糖と豚の脂身を使うpudim abade de priscosという高血脂症の方には絶対お勧めできないデザートがある。アバデとは修道院長のことであるが他に非常に太った人という意味もある。このお菓子を創った14世紀の当時最高の料理人ブラガのプリスコスの修道院長は自慢の腕をふるい国王や外国の貴賓、芸術家たちをもてなし、その名声は国の内外に響き渡っていた。こんなものを食べていたのでは太るのも当然である。昔の修道僧たちは一般庶民よりもはるかにいいものを食べていた。税金も徴収されぬ広大な農園を持ちそこで収穫したものを料理し、今のポルトガル料理やポルトガル菓子の原型が出来上がった。ポルトガルのお菓子の大部分は修道士や修道女が作っていたものである。世界遺産のアルコバサ修道院の食堂には、修道士の太りすぎをチェックする穴がある。それだけ問題になっていたのだろう。

 さらに基本材料に様々なものを加えプリンのバリエーションは広がる。オレンジ、シナモン、コーヒー、紅茶などで香りをつけたプリンは親しみやすい味だ。リスボンのアソーレス料理屋の紅茶プリンは私のお気に入りである。アソーレス諸島はポルトガル唯一のお茶の生産地でまた酪農の盛んなところでもある。
 ブラジルの影響と思われる、ココナッツプリンやマラクジャ(パッションフルーツ)のプリンはエキゾチックな南国の味。大きな白いプリン、モロトフは卵の白身で作るふわふわとしたメレンゲである。

 ありそうであまり見ないのがチョコレートのプリン。チョコレートはムースやチョコレートケーキになっている場合が多い。ところが昔高価なヤツメウナギのリゾットを食べたミシュランの星つきレストランのデザートに、ホールのケーキ程の大きさのチョコレートプリンのようなお菓子があった。店の人にこれは何ですかと尋ねたら「豚の血のプリンです。」と衝撃的な答えが返ってきた。豚の血が甘いデザートになる?!今でこそ豚の血のチョリソは好物のひとつではあるが、そのときの私にとってはヤツメウナギのリゾットを凌駕するグロテスクな、この世のものとは思えない食べ物だった。今ならデザートがビュフェ形式で好きなものを数種類選べるのなら、この豚の血のプリンも他の当たり障りのないものとともに、試してみようと思う。でも1つしか選べないとしたらあえてこれを選ぶことはないだろう。でもどんな味なのか気になる。誰かが食べたら味見させてもらおう。
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by caldoverde | 2007-10-29 09:05 | お菓子・カフェ | Comments(8)

栗の季節

シントラ王宮前の焼き栗屋さん
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 季節感に乏しいポルトガルではあるが、街のあちこちに白い煙を上げる焼き栗の屋台が出ると、どんなに暑くても、もう秋なんだと感じる。電話帳を破いて丸めたメガホン状の入れ物に、熱々の焼き栗が10個程入っている。これを歩きながら食べる。栗には切れ目が入れてあり、片手でもむくのは容易である。軽い塩味が栗の甘さを引き立てる。熱いうちが美味しい。冷めると味が半減する。リスボン市内でも、地方の町でもどこでも見られる焼き栗であるが、では、栗を使ったお菓子や料理はというと、店ではほとんど見ない。ポルトガル人は焼き栗以外の食べ方を知らないのだろうか?

 11月11日はサン・マルチーニョの日というカトリックのお祭りで、新酒のワインと栗を食べて、冬の到来を迎える。この日に食べる栗はエルヴァ・ドースという香草を入れてゆでた栗だ。香草を入れると甘くなるそうだ。

 これでもまだ食べ方は2種類だけだ。一度ブラガンサのレストランで雉に栗を詰めて焼いた料理を食べたことがある。他には料理の本で豚肉と栗を煮込んだものの写真を見たことがある。知っている限りの栗料理はこれだけだ。中世の昔はポルトガル人の主食は栗だったそうだが、毎日焼き栗ゆで栗で飽きなかったんだろうか?

 お菓子にいたってはリスボンのカフェやお菓子屋で栗を使ったものにはお目にかかったことがない。マロンシャンテリー、モンブラン、栗きんとん、栗饅頭、栗羊羹が恋しい。なぜ、なぜないんだ!とうとう耐え切れず自分でモンブランを作ることにした。冷凍むき栗をゆで、砂糖やバニラエッセンスを混ぜてつぶしてざるで裏ごしし、生クリームを飾る。多分こんな手順だろう。冷凍栗は1kgも入っている。ところがアパートに備え付けの小型冷蔵庫は冷凍室がない。保存する場所がないので仕方なく全部ゆでた。栗をゆでたお湯を捨てようとしたところ、手元が狂って流しでないところにこぼしてしまった。料理台やガスコンロ、流しの下の棚の扉、床にまでゆで汁が流れた。余計な仕事を作ってしまった。悲劇はそればかりではなかった。翌日栗のいい匂いに引かれて蟻が大量にアパートに侵入したのだ。三階のコンクリート造りの部屋にどこから湧いてくるのか、黒い帯が栗をゆでたガス台目指して行進している。よく掃除したつもりだったが、まだ栗のゆで汁が残っていたのだ。捕っても捕っても出てくる。出所を突き止めようとしても判らない。部屋から蟻が完全にいなくなったのは1週間ぐらい後だったろうか。蟻と戦って作ったモンブランは自画自賛の味であったが、何せ大量に出来上がったので、半分近所の友人家族に分けても二,三日食べ続けなくてはならなかった。

 アレンテージョ地方のカステロ・デ・ヴィーデやマルヴァンは栗の産地で、ここでは例外的に色んな栗のお菓子が作られる。マルヴァンでは秋に栗祭りなるイベントが行われ栗のお菓子コンクールも開かれる。春の復活祭の時期だったと思うが、カステロ・デ・ヴィーデの町の広場にお菓子の屋台が出て、素人の主婦が作ったような栗のタルトとか栗のパウンドケーキなど素朴な栗菓子が何種類か並んでいた。全部試してみたいところであったが、栗は結構どっしりと重いしポルトガルのお菓子は甘みが強いので2種類が限度だった。確認できなかったが村のレストランをよく調べれば、栗をフィーチャーしたメニューもあるのかもしれない。黒豚に栗を組合せた料理など、あればぜひ食べてみたい。この二つの村はアレンテージョ地方、いや、ポルトガルの中でも最も眺めの美しい所なので、11月11日の栗の日、または春の復活祭の時期に訪れてみてはいかがでしょうか。
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by caldoverde | 2007-10-22 18:09 | 野菜・果物・キノコ | Comments(6)

ヒヨコマメ

 ある食堂のその日のメニューに「鱈の顔、ヒヨコマメ添え」なるメニューがあった。食べている人を見ると、大きなステンレスの楕円形の皿からはみ出んばかりの鱈のカマといかにもほくほくとうまそうなヒヨコマメがこぼれそうに盛られている。鱈の頬肉など食べたことがなかったので、身とはまた違ったうまさがあるに違いないと思い、注文した。巨顔を誇る私も顔色なからしめるでっかい鱈の顔が来た。ところが食べるところがちっともない。廃棄率70%である。しかもなんとかこそげ取った頬肉は苦味を感じ、干鱈特有の臭いが鼻につき、あまり美味しいものではなかった。いくらひっくり返しても食べるところはもうない。見かけの量はほとんど変わっていない鱈の顔を虚しくつつくのは止め、ヒヨコマメを全部平らげることでリベンジした。

 日本にはいろんな種類の豆があるが、このヒヨコマメはポルトガルで初めて食べた。文字通り、黄色くてとんがったくちばしのような突起がある可愛い形の豆は、サラダによく登場する。外国人がおそらく日本の甘い煮豆に抱く感情を、私たち日本人は油と酢であえた豆のサラダに抱くと思う。しかし、このヒヨコマメはもともと日本ではあまり見ないものなので、どんなふうに味付けされてようが、これはこういうものなのだと納得することができる。一見とうもろこしのような黄色い粒がプチッとではなくもろっと崩れるのは意外であるが、なかなか美味しい。

 また顔だけでなく、ちゃんと食べるところがある茹で鱈の付け合せにもよく登場する。この場合はあっさり塩茹でなので、ポルトガル人は鱈と豆にドボドボとオリーブオイルをかけて食べる。
 ポルトガルにも豆を甘く調理するものはある。クリスマスの時期にアゼヴィアスという半月型の揚げパイのようなお菓子が出現する。中身はヒヨコマメのあんこである。
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 ヒヨコマメを使った料理に「牛の手」(マォン・デ・ヴァカ)というものがある。ヒヨコマメと牛の手ならぬ牛の脚をトマト味で煮込んだシチューみたいな料理だ。ぶよんぶよんしたゼラチン状の軟骨が不気味に美味しい。以前狂牛病が騒がれた頃は決死の覚悟で食べたが、今は気にせず、むしろコラーゲンの美肌効果を期待している。これもホルモン(放るもん)料理の一種なのだろう。赤身の肉はほとんど入っていない。

 作り方を調べようとインターネットで検索したら、別の意味の用例ばかりが出てきた。ポルトガル語で「牛の手」とはけちな人。牛の手は閉じているので持っているものを手放さない=けちだそうな。確かにこの「牛の手」料理は材料費がかかっていなさそうだ。けちな人が食肉工場で廃棄される牛の脚先を持ち帰り豆と一緒に煮込んで食べ、煮ても焼いても食えない牛の脚の爪の先に火を灯して蓄財した結果、億万長者になった、そんなサクセスストーリーが隠されているのかもしれない。

 私も懐寂しい月末にスーパーで1ユーロ74セントの「牛の手」の缶詰を買って食べた。缶詰を皿に開けてラップをかけレンジでチン!食費が浮いたわいと喜びながら、蒸気で風船のように膨らんだラップを取ろうとしたら、蒸気がわずかな隙間から突如噴出し、指を直撃した。指は赤く腫れ、ひりひりと痛む。水や氷で冷やしても痛みは治まらず、薬局で薬を買う羽目になった。安物買いの銭失いであった。
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by caldoverde | 2007-10-17 22:10 | | Comments(5)