ポルトガルの食べ物、生活、観光情報


by caldoverde
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物書きの二人の友

最近日本から嬉しい便りや来客が相次いでいる。

 近所に住む漫画家ヤマザキマリさんが、2010年のマンガ大賞を受賞した。昨年11月に上梓された「テルマエ・ロマエ」は、マイナー系の雑誌で短編の読み切りとして生まれ、好評を得て不定期連載となり、5話が1冊にまとめられたものだ。初版の発行部数こそ多くはなかったが、アキバ系ブログなどで紹介され評判になり、アマゾンの注文数ランキング10位以内に度々登場するに至り、増版を重ね、遂には大方の予想を覆す形でマンガ大賞を獲得した。私は時々アシスタントとしてあまり役には立たない猫の手を貸していたので、もちろん嬉しいのだが、実は既に予定されていたことが起こったに過ぎないのではないのか、とクールに捉える自分もいる。
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 幅広い知識と飽くなき好奇心、奔放な想像力、饒舌な語り口、人を引き込む話の展開や構成力、ユーモアや皮肉が利いていると同時に暖かさや思いやりなどの共感力も豊富なヤマザキさんの頭の中から湧き出すイマジネーションは、ペンとインクによって血肉を与えられ、紙上の人物は生き生きと語り始める。

 昨今はイラストや漫画のソフトを使いパソコンで精密な絵がいとも自在にしかも瞬間的に描ける時代になったが、フィレンツェでルネサンス絵画を学んだヤマザキさんは手描きにこだわる。あの壮大なスケールのローマの建造物や草木を丁寧に描写した風景は、数時間かけペンで描かれる。私は黒い部分を塗りつぶしたり、スクリーントーンを張ったりと、ごくわずかな部分を手伝っているに過ぎないのだが、かなり細かい根気の要る作業である。それを時には彼女は全部一人でやってのける。創造力豊かな作家であると同時に職人でもある。
 子供の頃の憧れの職業が漫画家だった私にとって、漫画制作の現場を垣間見る機会に恵まれたということは、生涯の夢を数%実現したようなものだ。と同時に漫画家という職業の大変さと才能の凄さを目の当たりにし、自分の能力ではどんなにがんばっても無理なことを痛感した。

 おそらく同年代の女性の数倍もの人生経験を積んできたヤマザキさんは、辛酸とそこから生まれる怒りのパワーを笑いに変換してしまう。「テルマエ・ロマエ」も、ポルトガルでは別段珍しくもない、しかし日本人には耐え難い、シャワーのみで浴槽のないリスボンの家から生まれるべくして生まれた作品だ。

「テルマエ・ロマエ」の衝撃は際立って大きく、何度読み返してもあっけに取られるほどの面白さであった。人生の中でこんなに笑った漫画は今までいくつあっただろう。間違いなく私のベスト3の中に入る。この漫画を日本の風呂文化礼賛ととらえる批評もあるけど、私には日本の消費文化独特のビンボー臭さとローマ文明のこけおどし的大袈裟さの対比がおかしかった。

 本人はこの漫画が大衆に支持され賞を取ることなど全く予測していなかったそうだが、私はわかる人々の間では高い評価を受けるだろうと確信していた。唐突な状況から生じるおかしみに力点を置いたギャグ漫画としてだけでなく、時代考証を踏まえた歴史風俗ものとしても優れている。そして何より登場人物の造形が(姿も性格も)魅力的だ。主人公はまじめだが飛びぬけた才能や創造性には恵まれていない建築技師のルシウス、豪放な友人の彫刻家マルクス、そしてその他大勢の爺さん婆さん達が非常に味わい深く描かれている。こんなに愛すべき中高年を描ける漫画家はあまりいないだろう。

 もう一人のもの書きの友人は、翻訳家の近藤紀子さんだ。コインブラのサラブーリョを食べ損ね、炎天下のドウロ地方のスパークリングワインの醸造所を訪ね、シャーベスの温泉が飲むためのものだったことにガックリした旅の仲間でもある。数年ぶりにリスボンで再会した彼女はポルトガル関係の訳書を3冊上梓している。ガイドブックの「ペソアと歩くリスボン」(彩流社)、伝記「アマリア・ロドリゲス 語るこのおかしな人生」(彩流社)、小説「待ちながら」(而立書房)、いずれも歯切れのよい明快な日本語でポルトガルの魅力を語った本である。
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「ペソアと歩くリスボン」は1920年代にポルトガルの詩人ペソアが著したリスボン案内である。21世紀の現在でも十分通用するこのガイドブックは、豊富な図版と詳しい注釈があり、私の仕事の参考書として大変お世話になっている。きびきび弾むような文章は、読む人をスニーカーに履き替えさせ、リスボンの石畳の坂道へと誘う。

 不世出の大歌手のインタビューを元に書き起こした「アマリア・ロドリゲス…」は、名声を得ながらも誤解や孤独に悩んだ一人の女性の肉声を率直に伝えた興味深い伝記である。ファンはもとより、ポルトガルをもっと知りたい方、天才と称される人間が作られる過程に関心のある方はぜひ読んでいただきたい。

 そして「待ちながら」は現代ポルトガル文学の旗手ルイ・ズィンクの中篇である。既に禁猟となっている鯨をひそかに伝統的な方法で捕っているという噂を追いアソーレス諸島を訪れるポルトガル人ジャーナリストと外国人のヨットマンの4人の男女と鯨の駆け引き。かつての捕鯨基地であったアソーレスの勇敢な鯨獲りへの愛惜と、海に対する畏敬が洒脱な文章で綴られている。
 
 近藤さんは現在ノーベル賞作家のジョゼ・サラマーゴ著「ポルトガルの旅」を翻訳中である。私も昔この本を買ったのだが、ぺらぺらめくって写真を眺めていたにすぎず、お恥ずかしいことに本文は全く読んだことがない。日本語訳が写真入で出版されたら「ペソアと歩くリスボン」と並ぶ薫り高いポルトガルのガイドブックが出来上がるはずだ。しかしその時は私の仕事が危うくなる時かも知れない。
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by caldoverde | 2010-03-29 02:59 | カルチャー | Comments(5)

ミーニョの豚の血粥

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世界遺産ギマランイスの旧市街。ブラガからバスで40分

 今年のヴァレンタインデーも誰とも約束がないので、ひとり北部ミーニョ地方のブラガの格安のホテルに一泊し、世界遺産の町ギマランイスに出かけた。ブラガには美味しい鴨ステーキフォアグラ添えのあるお気に入りのレストランがあるのだが、今年の二月十四日はあいにく日曜日で休業、しかも小さな町なので日曜日に開けるレストランも限られている。しかし、私は抜かりなく下調べをし、駅前のビジネスホテルでスーパーで買ったサンドイッチを一人で頬張る様な惨めなヴァレンタインデーは回避できた(?) ひと気のない日曜の夜の地方都市の、小さな広場に灯ったそのレストランの看板は、夜の暗い海をただよう船がはるか沖に見出す灯台の光のように、私を暖かく勇気付けた。入るとそこはやはり楽しそうに語らう家族連れや、幸せそうなカップルであらかた埋まり、こんな夜に女一人で食べに来る客はポルトガル人であれ外国人であれ、私ぐらいであった。
 色気より食い気の私は、ひるむことなく折角ここまで来たのだから、北の名物を食べなくてはと意気込んでメニューを開くと、そこにもまた「ヴァレンタインデー 特別メニュー」なんてものがある。けっ。で、ラブラブのカップルはどんなロマンチックなものを食べているのかというと、てんこ盛りの「コジード・ア・ポルトゲーザ」とかワラジみたいなステーキに小山のフライドポテトである。そう、ここは超ベタなポルトガル料理店なのだ。しかも田舎はリスボンよりも二~三割盛りがいい。見つめあう男女の体格も立派である。
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ミーニョ地方の地酒といったら何と言ってもヴィーニョ・ヴェルデ(緑のワイン)特に赤は地元ならでは

 私はミーニョ地方の郷土料理「ロジョンイス、パパス・デ・サラブーリョ添え」を選んだ。ロジョンイスはワインに漬け込んだ豚肉やレバーをオリーブオイルで揚げたもので、レバーが好きではない私は単体ではまず頼まないものであるが、付け合せのパパス・デ・サラブーリョにいたく惹かれたのだ。パパス・デ・サラブーリョは豚の血を使ったどろどろのお粥みたいなものである。

 そう書いただけで眉をひそめる人も多いことだろう。しかし、これをどうしても食べてみたくさせる本がある。アントニオ・タブッキの「レクイエム」という小説だ。主人公が詩人のフェルナンド・ペッソーアに導かれて白昼夢のようなリスボンをあちこち歩き回る話だ。その中に、気持ち悪くも旨そうにサラブーリョの作り方を詳しく説明している部分があり、非常に興味がそそられた。この小説を読んで以来サラブーリョというものを一度食べてみたいものだと願っていた。しかし、リスボンでサラブーリョをメニューに出している店はほとんどない。十年位前、コインブラ大学でサマーコースを受けていた時、町の食堂の昼定食にサラブーリョがあるのを発見したが、既に売り切れていた。その時一緒にいたのは、タブッキの作品からペッソーアに興味を持ち、ポルトガル語の翻訳家になった知人であった。二人は同時に「サラブーリョ!」と叫び、同時に落胆したのだった。

 数年後、別の友人とミーニョの奥にあるポザーダ・サンタ・マリア・ド・ボウロに泊まった。中世の修道院をポルトガル屈指の建築家ソウト・モウラが手を加えた素晴らしいホテルで、大きな煙突のある昔の厨房を改装したダイニングで夕食をとった。そこで遂にパパス・デ・サラブーリョを食することができた。外見は粘りのある汁粉の様でどす黒い色をしている。怪我をして血をなめた時のあの血生臭さは断じてないが、チョリソに使う独特の香辛料(クミンかパプリカ)の香りが感じられる濃厚なスープである。しかし食べてみると味は以外とマイルドであった。それ以降はしばらくお目にかかることのなかった幻のパパス・デ・サラブーリョだが、時を経て再びかの地で会うことになった。

 まずメインのロジョンイスが登場。ごろんごろんと切った豚肉とワインに漬けたレバーがどお~んとやって来た。見た途端げっぷが出そうなすごい量だ。
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 そして目的のパパス・デ・サラブーリョが土鍋の中でぐつぐつと音を立てながらやって来た。この店のパパスはいかにも血を使ったような暗褐色ではなく、トウモロコシのポタージュのような淡い色あいである。かなり粘りのある粥状で、スプーンですくうと、繊維状に煮崩れた肉がたっぷり入っているのがわかる。舌触りはあくまでどろ~りと濃厚で滑らか。
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 別皿に取り分け上品に盛り付けようと試みたが、逆にこの食べ物をご存知のない方々にとっては、よからぬ連想をさせてしまいそうなヤバイ画像となってしまった。食欲を無くした方にはお詫びしたい。でもサラブーリョの名誉のために言っておこう。料理は見かけじゃない、味なのだと。
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by caldoverde | 2010-03-04 07:19 | 肉料理 | Comments(8)