ポルトガルの食べ物、生活、観光情報


by caldoverde
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<   2012年 12月 ( 3 )   > この月の画像一覧

 ようやく6月から10月にかけて行われたアパートの騒音検査の結果が出た。私、隣の大猫ガト君のおばさん、向かいの未亡人の三人で、リスボン市役所の環境課の検査技師ペドロさんの説明を聞いた。分厚いファイルには私の作ったアンケートや写真、関係者の間で交わされたメールのコピー、ニセ検査技師の出した報告書、カフェの平面図、環境課の行った分析結果などが全てスタンプを押され綴じてあった。
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冬になると紅葉する野生梨の木。第一ラウンドと同じ通りです。

 結果はもちろんクロ。騒音犯人は階下のカフェで、基準を超えた騒音を発している。カフェの主人は犯人は隣のスーパーだと言い張っているが、とんでもないことだ。しかも私の部屋は地下の厨房の真上にある。また1階の冷蔵カウンターのある側でもある。機械が集中している場所の真上に私が住んでいるのだった。
 しかし戦いはこれからである。環境課はその結果を市役所の行政命令を執行する部署にまわして、罰金なり工事のやり直しなり閉店を命じる(はずだ)。それがいつになるのか、それまではしばらくあの不快な騒音と共に眠れぬ夜を過ごさなくてはならない。その間私が狙撃されたり、足を引っ掛けられて転んだり、座ろうとしたベンチの座にガムを落とされたりする可能性もある。身辺には十分気をつけなければいけない。
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近所の公園のあずまやにもクリスマスの電飾が灯された

 資料の中のメールを読むと、どうもカフェの主人は、1階に住む管理人の奥さんが苦情を申し立てた張本人だと思っているか、そう仕立てたいようだ。最大の被害者はすぐ横からも下からも騒音の直撃を受ける管理人夫婦なのだが、困ったことに旦那の方は長いこと工場に勤めていたので騒音は平気である。しかし奥さんは睡眠薬を飲んで耳栓をして寝ているそうで、彼女を証人に立てるとかなり有利なのだが、残念ながら住民には好かれておらず、また契約期間もとうに過ぎて、実は立ち退かなくてはならない立場だそうだ。だから彼女がクレームを管理会社に入れるとやぶへびになって、アパートを出て行かざるをえない可能性もある。カフェの主人はそこに着目して、彼女が、カフェとつるんでいる管理会社から契約の終了を申し渡され、逆恨みして住民を扇動し自分の店が悪者にされている、というよく判らないシナリオを作ったようだ。
 また彼は、自分の事業は政府が奨励する雇用促進プロジェクトで採用された正当なものだと主張している。政府から補助金をもらいほとんど審査無しで開業、なおかつ自分の別会社が工事を請け負い、職人は安い賃金で雇った移民、資材はチープな手抜き工事。濡れ手に粟ではないだろうか?
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1年以上ほったらかしにしていた煙突が立てられた。で、このモーターはどうするんですか?

 最近また騒音がひどくなり、久々に下でライブも行われたので、何があったのかと思っていたら、どうも市役所の通達が届いた時期と一致している。今までも警察を呼んだり、住民会議を開いたり、騒音検査をすると騒音がひどくなる傾向があった。屋上の物干し場に登ると、あの屋根の上に転がっていたアルミ管が煙突となって箱から立ち上がっている。一応形だけやるべきことはやったので、思いっきり出力最大で排気設備を稼動させているという訳か。
 しかし巨大な排気用モーターは分解されて放置されている。いったいどうするつもりなのか…煙突は何の意味もなさないし、モーターを箱に入れたにしても場所がそもそも違法である。
 早ければXmasが終ってすぐ、遅くても年明け早々この写真をまた市役所に持っていかなくてはならない。くそっ。(まだ続く)
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近所の別のカフェ、アロマのクリスマスケーキ(ボーロ・レイ)
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by caldoverde | 2012-12-23 22:17 | 生活 | Comments(5)
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 数年前、このブログを通じて、ハワイ在住の日本人の方から仕事の依頼が来た。依頼主のKさんご夫妻とお友達のご夫婦と4人でポルトガルに来るので、リスボンの案内をという事だった。返事を差し上げると、ご友人とは中村勘三郎さんご夫妻であることを知らされた。恥ずかしい事に、私は歌舞伎を全く知らず、テレビでお名前と顔を存じ上げている程度だった。自分の無知をさらけ出す事になるけど、逆に仕事から離れて楽しんでいただけるのかもしれないと気を取り直した。

 ホテルでKさんから本名で紹介された勘三郎さんは、とても腰の低い、全く気取りのない、大変気さくな方だった。何を見ても面白がり、何を食べても「美味しい、美味しい」と喜んで下さった。
 ファドの店で、ある歌手の歌に感じ入った勘三郎さんは、食事代を超えるチップを渡そうとした。言葉を知らなくても優れた感受性を持つ人は、心で理解できるものだ。
 リスボン近郊の日本レストラン「彩 」で食事をした際、ご夫妻の写真を撮らせて頂いた。その写真は仙台の実家に送った。その時「彩 」の大将は帰国中で会えなかったので、勘三郎さんからは、異国で良い仕事をしている大将に頑張って下さい、と伝えるよう言付かったが、その後大将は亡くなってしまい、今は「彩」は無い。

 観光の後、どうぞお友達を誘って夕食をと招待された。当時近所に住んでいた漫画家のヤマザキマリさんに援軍をお願いした。二人の天才の邂逅だった。勘三郎さんが旅先で読んでいたガルシア・マルケスの「百年の孤独」はヤマザキさんの愛読書だったこともあり、二人はすっかり意気投合し、後日再び「彩 」で食事する機会が設けられた。この時は彼女のイタリア人の夫君も招待された。勘三郎さんはイタリアンブランドの洋服を召して「僕、イタリア好きなんですよ」と旦那さんに話しかけると、研究者の彼は「私はイタリアが嫌いです」と答えていた。ぶはっ。それにもひるまず、座を盛り上げる勘三郎さんはさすがに役者だ、人を楽しませるエキスパートだと感心した。
 奥様も梨園のご出身で、こういう機会でもない限り接点のない世界の方なのだが、凛とした雰囲気ながら勘三郎さんの食べる蟹の殻を外したりと細やかに夫を気遣う様子が印象に残った。また私がポルトガルでは店で客が「オブリガード」と礼を言いながら支払うことを、日本ではあまり無いこととして話題に挙げたら、それは普通よと仰った。真の名門名家の人々は、謙虚で周りに気を配るものなのだと思った。

 Mr.&Mrs波野としてポルトガルに休暇を過ごしに来た勘三郎さんは、知識ゼロの私に歌舞伎の魅力、そして役者中村勘三郎の魅力を強烈に印象づけた。いつか本物の舞台をと思っているうちに、突然永遠に引退してしまった勘三郎さん。しかしこれからも不世出の名優として愛され続けることと思う。ご冥福をお祈りします。
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by caldoverde | 2012-12-05 20:05 | カルチャー | Comments(3)
 以外に早く小春日和の日曜が来た。今度はエキスポ地区まで自転車で行き、朝日の昇るテージョ河や水辺に集う野鳥を見たいと思い立ち、前日は6時半と6時45分に目覚ましをセットしたが、ベッドから出たのは7時で家を出たのは7時半、すでに日は昇った後だった。危険な日曜ドライバーが起きださないうちに、早いところ自転車に乗らなくては。アパートから地下鉄サン・セバスチャン駅までは楽々の下り坂で、そこからオリエント駅までは自転車を地下鉄に乗せる。消費カロリーほとんど0のずぼらサイクリングである。




エキスポ地区から伸びるヴァスコ・ダ・ガマ橋。
1998年開通、長さ17km。


 リスボンの風景と言えば一般的に思い浮かべるのは、サン・ジョルジェ城やカテドラルの周りをびっしり取り囲む古い家並み、下町を走るチンチン電車、「消臭力」のあのCMのイメージだろうが、実はSF映画の背景にそのまま使えそうな、モダン建築の集積した場所もある。1998年にリスボン万博の会場となったエキスポ地区だ。この年に私はポルトガルに住むようになり、万博にも2度ほど行ったが、日陰を作る並木もないだだっ広い会場を、何百メートルも歩いてパビリオンを移動し、炎天下の中長い列をなして入館を待つのは本当にうんざりした。もう2度と来たくないと思った。
 しかし14年後の現在は緑も多くなり、川沿いの遊歩道もだいぶ整備され、散歩やジョギング、サイクリングはかなり快適になった。そして万博終了後も生き残った建物は、空と水という広大なスケールの自然の中で、その独創的なデザインと素材の可能性を追求した人工美を際立たせている。

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万博当時に作られた弓状のヴァスコ・ダ・ガマ・タワーの前に、最近ホテルが開業。帆に風をはらませて出航する船のよう。

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ポルトガル国鉄・リスボン地下鉄オリエント駅。スペインの世界的建築家カラトラバの作。ポルトガル人には夏は暑く冬は寒いと不評。

 どの建物も、プロジェクトの時点ですでに工期の大幅な延長や予算オーバーが見込まれていたんじゃないかと想像する。事実、誰もが1998年に無事に万博が開かれるのを危ぶんでいた。とんがり帽子の高級マンションは、万博と同時に完売を予想していたのだろうが、その後もだらだらと工事は続いていた。
 美しさを追求するあまり、全然実用的じゃない建物も結構ある。オリエント駅のホームの白い林のような優美な屋根は、夏は灼熱の太陽を、冬は冷たい雨を、時には吹き荒れる風を列車を待つ乗客に受け止めさせる。世界的な建築家アルヴァロ・シザ設計の薄いコンクリート板を布のように吊り下げた建物の下で、私はどうも休む気になれない。面白い凹凸のついたビルは携帯電話会社のオフィスだが、なんか無駄なような…

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赤い鉄のオブジェの右側の豪華客船を思わせるマンションは各戸2階あるメゾネット形式。左はヴァスコ・ダ・ガマ・ショッピングセンター
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ポルトガルの生んだ世界的建築家アルヴァロ・シザによるポルトガルパビリオン。この屋根、ほんとに大丈夫?


 しかし、建物が巨大な野外彫刻だと考えると、一見無駄に思える空間や装飾の中に、ゆとり、ユーモア、清潔感、緊張感、躍動感、静謐さといったものが見て取れ、経済面ばかりを追求したコンクリートや洗面所を思わせるタイルを使った20世紀半ばの建物よりはよっぽど楽しめる。
 エキスポ地区は20世紀末のポルトガルの遺産として、未来に受け継ぐことができるだろうか。
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凹凸のついたヴォーダフォンの社屋。紅白の柱は水族館の広告塔。
しかしマンボウはもういない。

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テージョ河にはいろんな鳥がやって来る。ソリハシセイタカシギ。
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by caldoverde | 2012-12-03 10:22 | カルチャー | Comments(4)