ポルトガルの食べ物、生活、観光情報


by caldoverde
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<   2013年 07月 ( 4 )   > この月の画像一覧

サン・ジョルジェ島の最終日。フライトは午後4時なので、初日のタクシーのジョゼさんにまだ見ていない島の北側の観光と、昼食後の空港までの送迎を頼んだ。
島一番の景観はどこか尋ねると、彼はファジャン・デ・サント・クリストを挙げたが、そこには山を歩いて行くしかないと言う。それならば車で行ける最も近場まで連れて行ってくれるように頼んだ。
ファジャンとは切り立った崖の下にできたわずかな土地のことで、サン・ジョルジェ島には名前の付いているものだけでも70箇所以上のファジャンがある。つまり島は何々海岸ではなく何々ファジャンで囲まれているわけである。
タクシーは海を見下ろす牧場を登り、山を越えて第一の景勝地ファジャン・デ・サント・クリストに隣接するファジャン・ドス・クブリスに向かった。
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手前の湖のある小さな陸地がファジャン・ドス・クブリス、奥の細長く飛び出た所がファジャン・サント・クリスト

島の北側はほとんど直角に山が海に落ち込む急峻な斜面で、実に様々な種類の植物が生い茂る豊かな森に覆われている。杉の巨木が並びミョウガの自生する日本の田舎道に似た山道を走ると、様々な野鳥が飛び立ち、野うさぎが横切る。ホテルの隣の空き地にも夜たくさんの野うさぎが遊んでいた。ジョゼさんに野うさぎや野鳥の料理はあるかと尋ねると、衛生上の問題と、島は自然保護区となっているので野生動物は捕食禁止という事であった。「昔はツグミなんかよく食べたんだけどね」と島に生を受けて53年の運転手のジョゼさんは懐かしんだ。
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いろは坂のようなジグザグの山路を下り、ファジャン・ドス・クブリスに着いた。30戸ほどの集落には石造りのカフェ兼レストランが1軒あり、そこでサン・ジョルジェ島の名物のお菓子のエスペシエとコーヒーで一服した。様々な香料を使った茶色の生地をクリーム色の薄い皮で巻いて棒状にし、くるりと輪にして切れ目を入れて焼いたクッキーは、ものすごく美味しいという程のものではないが、デザインは唯一無二であろう。
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車で行けるのはここまでで、ファジャン・デ・サント・クリストに行くには山道を1時間歩くか、4輪のオフロードバイクに乗るしかない。オフロードバイクは片道20ユーロと結構な値段だが、島の名所として第一に名の挙がる孤絶の集落を結ぶ唯一の乗り物だ。ライダーの胴に腕を回してバイクの後部座席に乗るのは、子供の頃父親のバイクに乗せられて以来である。ピチピチギャルでないことを詫びつつ、なるべく運転手に密着しないように努力しながら凸凹の山道を走行した結果、わき腹や太ももが筋肉痛になった。この山路は島では有名なトレッキングコースで、小さな子供連れの家族やグループとすれ違ったり追い抜いたりした。
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20分ほどで海水湖のあるファジャン・デ・サント・クリストの集落に着いた。満ち潮になればすっかり大西洋と一体になってしまいそうな小さな湖、ここがかの有名なサン・ジョルジェ島のアサリの産地である。アサリ自体もここにしか棲息しない特殊な種類で、流通は人の足かバイクでファジャン・ドス・クブリスまで行きそこから車で町まで運ぶとなれば、値段は当然高くなるわけだ。一旦廃村になったこの集落には15軒の民家があり、国内外に移住していた三家族が戻って定住している。いずれもアサリ採りを生業としているそうだ。
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バイクがなかった頃は私がアサリを運んでいました

信じ難いことだが、この極小の村は色んな作物が栽培できてその質も良く、豚を飼い、海で魚、湖でアサリを採りと、海の幸山の幸に事欠かなく自給自足が可能だったそうだ。お金を使う必要もなく、別の村のオレンジと野菜を物々交換していたという。地形的には海からも山からも追い詰められて逃げ場のない袋小路のような場所であるが、一つの自己完結した共同体だった。サン・ジョルジェ島はアソーレス9島の中でも最も開墾が難しそうな島なのに、実はこんなオアシスのようなファジャンがあちこちにあったようだ。ファジャン・ド・サント・クリストはまた自然保護区に指定され、人間ばかりでなく、様々な鳥や植物のオアシスになっており、大海の一粒の砂のようなこの集落の歴史や地理を紹介するインタープリター・センターまである。
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昼はホテルと空港の中間に位置する、古民家を改装した伝統料理レストラン「フォルノス・デ・ラヴァ」(溶岩のかまど)で、赤魚とカサガイのカタプラーナ(ポルトガル風ブイヤベース)を食べた。昨年はサンタ・マリア島でカニカマを使ったカタプラーナにがっかりしたが、これは合格。欲を言えば海老も入れると更に美味しくなったはずだ。
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アソーレス諸島は、9島それぞれが個性的で、違う魅力を持っている。旅を重ねる毎にその差異に気付き、ますます興味が湧いてくる。マデイラ島や地中海の島々とは一線もニ線も画した渋い味わい。新大陸と旧大陸の中間に位置し、もしかすると伝説のアトランティス大陸の痕跡かもしれない小さな島々には、人間や動植物の拠り所となる優しさと、ある日突然爆発する荒々しさが共存する。
また夏が来ればアソーレスに行きたくなるだろう。今度はどの島から再訪しようか。
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by caldoverde | 2013-07-26 19:24 | ポルトガルの旅 | Comments(3)
なだらかなグラシオーザ島に比べて、サン・ジョルジェ島は地形が非常に険しく、移動が難しい所だ。公共交通機関はバスが4路線ほどあるが、ほぼ1日1~2往復程度。旅人が島を回るにはレンタカーかタクシーが必要だ。ホテルからは、ヴェラスの町まで海に沿って20分も歩けば行けそうに見えるが、実際はアップダウンの多い切り通しの道路を8キロぐらい歩かなくてはならない。景色の美しさを堪能しつつ歩き始めたが、途中で散歩の域を遥かに越える道程であることに気が付いた。しかし幸いにゴミ収集のトラックが私を呼び止めて町まで乗せてくれた。荷台でなく助手席にである。ポルシェでなくても十分に有難い事だ。
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目と鼻の先にあるようでかなり遠い

ヴェラスのスーパーで降ろしてもらい、その前に止まっていたタクシーに、島の西端の灯台まで行ってまたヴェラスの町に戻るドライブを頼んだ。昨日英国人女性を乗せていたタクシーだった。彼は10年ほどアメリカで働いていたので、英語を話すことができる。昔は捕鯨船に乗ってアメリカやカナダに渡り、そこで職を得て住み着くアソーレス人が多かった。現在もアソーレスにルーツを持つ有名人が何人かいる。カナダのポップ歌手のネリー・フルタード(ファータド)はその代表である。

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大海原に向けて島民の背中を押したのは、貧しさと自然災害である。火山の噴火こそなかったものの、サン・ジョルジェ島はしばしば地震に見舞われ、特に1980年の地震は大きな被害を与えた。この地震によって島の最西端のポンタ・デ・ロザイスの灯台は使用不能となった。集落からかなり離れた舗装されてない細い道の終点に、車が入れないように大きな石が置かれ、廃墟となった灯台と灯台守の住んでいた建物が不気味に佇んでいる。かつてはこの敷地内でパンを焼いたり、車を整備できるほど充実した設備を誇っていたが、地震で地割れや陥没が生じ、周囲の崖が崩れ落ちて危険になったため、閉鎖された。

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これで前菜です

ヴェラスの町に戻り、初日に昼食をとったレストラン、アソールで再び食べることにした。前菜は島で作られるリングィッサというソーセージ。リングィッサは普通指の太さくらいの細長い腸詰めだが、ここのは親指と人差し指で作った輪のサイズで前菜の量を超えている。切り口から脂肪がぶりぶり飛び出し、食べたらこうなるぞと警告しているようだ。ピリッと辛くて美味しいが、3、4切れに留めた。店の女の子は残りを持ち帰り容器に詰めてくれたが、食事の後は満腹でとても食べ物を持ち帰る気が起きず、せっかくの親切を無駄にしてしまうことを詫びた。

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メインは今日のお魚のシシャーロス。以前テルセイラ島で食べたシシャーロスの唐揚げはクリスピーな小魚の唐揚げで、とても美味しかったが、ここで出てきたのは鯉か鯵のような魚の切り身だった。味は青い魚の味で、特にうまいっというほどでもない。後でタクシーの運転手のジョゼさんに聞くと、シシャーロスは小さいのを揚げたのが旨く、大きいのはそれ程ではないということだ。アソーレスでシシャーロスを頼むときは、小魚か成魚かを確認した方がよい。

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デザートはこの店のスペシャルというサン・ジョルジェチーズのグリル、桑の実ジャム添え。塩気のあるチーズトーストに甘いジャムを組み合わせた甘辛デザート。サン・ジョルジェチーズは塩気も匂いも強いので、パンで中和を図るのだろう。それでもかなり強いコントラストである。

午後は路線バスで島のもう一つの端のトッポ灯台まで行ってみた。バスは夕方4時半ごろヴェラスを出て、トッポに着くのは約2時間後。それが最終バスなので、帰りはタクシーを呼ばなくてはならない。初日のタクシーのジョゼさんの電話番号はあり、また観光案内所からタクシー運転手のリストと大まかな料金表をもらい、トッポにも2台タクシーがあるということが分かったので何とか帰れるだろうと、島の最東端まで行くことにした。アソーレスはどの島も地図上では小さいように見えて、起伏が大きいので直線距離の2〜3倍の道程があるようだ。サン・ジョルジェ島の長さは50数キロというから、車で1時間も走れば端から端まで移動できそうなのだが、そうは問屋が卸さない。
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灯台で呼んだタクシーの運転手はカナダにいた人で、こっちがいくらポルトガル語で話しかけても英語で答えが返ってきた

いずれの路線バスもサンタ・カタリーナという缶詰工場を経由し、そこで働く社員を降ろし乗せる。ほとんどが女性で、彼女達が乗り込むと車内は魚の匂いが漂う。リスボンではグルメショップなどで売られている、高級感の漂う包装のツナ缶はこの島のチーズと並ぶ二大産業である。
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by caldoverde | 2013-07-17 20:49 | ポルトガルの旅 | Comments(0)
 サン・ジョルジェ島の名前は、竜を退治した伝説の聖人セント・ジョージから来ている。この島に昔恐竜が沢山棲息していた…というわけではなく、地形がドラゴンの形をしているからだそうだ。地図で見ると、葉巻のような細長い紡錘形をしていて、その中央をほぼ一直線に火山ドームが並んでいる。海面から飛び出した竜の背びれか鋸の歯のようなギザキザのシルエットである。最も高い地点は1000メートルを超える。急峻な山々が垂直に近い角度で海に落ち込む。海沿いのわずかな土地にしがみつくように点々と集落がある。島の人口は約10000人だが、なぜこんな厳しい地形の島に人は住むのだろうか。
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世界遺産となった富士山、もといピコ島が眺められるから・・・かな

 サン・ジョルジェ島には人口の2倍の牛がいると言われる。白黒の乳牛、赤牛、黒牛、闘牛、様々な牛が、海を見下ろす斜面に放されている。休みなく生産される牛乳は3、4カ所の工場に集められてほとんどがチーズに加工される。
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 太鼓型のセミハードタイプのサン・ジョルジェチーズは、熟成期間によって3ヶ月、6ヶ月、1年、2年ものがある。古くなるにつれて匂いが強く、味もシャープになる。工場では試食販売を行っており、私はリスボンではあまり見かけない古漬け1年ものを選び、薄く切ったものを買った。値段は1kg当たり6ユーロいくらで、私が買った1片はたった65セントだった。リスボンで見かけるカットチーズは200g位で3ユーロはするので、安さに驚いた。

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 この島にはコーヒーを栽培し、焙煎して飲ませるカフェがある。Café Nunes ではコーヒーの他にマラクジャ(パッションフルーツ)、バナナ、イチジクなどいろんな果樹やハーブを栽培している。店の人はこの島がヨーロッパで唯一コーヒーが栽培されている場所だと自負している。酸味が強いアラビカ種で、ポルトガルのどこでもそうであるように、エスプレッソにする。焙煎や淹れ方を変えたらもっと美味しくなると思う。コーヒーの果実からコーヒー豆にするには結構手間暇がかかるので、1杯の値段は1ユーロと相場の倍だが珍しいので立ち寄る価値がある。
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 このカフェには島の伝統工芸の手織りの工房もある。独特の幾何学模様のベッドカバーや敷物を生み出すのは、粗削りの材木を組み合わせた素朴な機織り機。女性が1日12時間機械に向かい半月かかって織り上げるベッドカバーは380ユーロと労力からすれば決して高くない。他の場所にも数台の機を持っている工芸センターがあり、サン・ジョルジェの空港に売店を持っている。手織りのテーブルセンターは値段も手頃で美しいので何枚かお土産に買った。
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 島で最も古い教会の一つ、サンタ・バルバラ教会で、もう一人タクシーであちこち回っている英国人女性に出会った。彼女の曽祖父がサン・ジョルジェ島出身者だったということで、自らのルーツを探す旅に来ているのだった。教会を管理する島の女性は、その英国人女性の曽祖父の姓を聞くと、すぐにその家族はどこに住んでいるかを言い当てた。翌日たまたまそのタクシーに乗り、彼女はポルトガルの親戚と対面できた事を知った。
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 タクシー運転手のジョゼさんにサン・ジョルジェ島の名物を尋ねたら、アサリだという。アサリというと珍しくも何ともないように思われるが、この島でとれるアサリは大きくて美味いのだそうだ。昨日はカサガイを食べたので今日はアサリと決まった。ヴェラスから南側の道を走り、あちこち立ち寄りながら4時間のタクシー観光は、2番目に大きな町のカリェタのレストランで終了。料金は68ユーロ。
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 本当に新鮮なアサリはただ蒸すだけのアメイジョア・アオ・ナトゥラルが一番美味しいというが、ポルトガルではニンニク、玉ねぎ、香草で味付けし、ワインで蒸したアメイジョア・ア・ブリャオン・ド・パトと言う調理法が一般的だ。値段は2人前20ユーロから30ユーロと結構いいお値段。

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 メインはアソーレスの郷土料理の一つ、アルカトラと呼ばれるビーフシチュー。土鍋でじっくり煮込んだアルカトラを動画で味わって頂きたい。


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by caldoverde | 2013-07-11 12:25 | ポルトガルの旅 | Comments(2)
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島はどこも断崖絶壁。島最大の平地ヴェラスの町を見下ろす

 アソーレス諸島九島のうち、未踏の島はサン・ジョルジェ島のみとなった。ホテルの選択肢の少ないアソーレスであるが、インターネットで検索すると、ピコ島の素晴らしい姿が目前に広がる素敵なホテルがサン・ジョルジェ島にあった。空港からも遠くない。島一番の町のヴェラスの近く でもある。こんな眺めなら、部屋から出ないでぼーっと1日中過ごせるかもしれない。予算オーバーだが、このアパートメントホテルを予約した。
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富士山のようなピコ島。中央右に白い建物が集まっているのが、今回泊まったホテル Cantinho das Buganvilias

 正面にレセプションとレストランやジムのある円形の建物があり、その奥に独立した戸建のアパートメントが10棟程並ぶ。ホテルには屋外プールとジムのプールがあり、また少し歩くと天然の磯のプールもある。屋外プールやレストランからは海峡を挟んでピコ島の勇姿や、湾に広がるヴェラスの町や火山でできた丘が見える。部屋にはキチンが付いており、簡単な料理もできる。リビングにはソファと食事テーブル、広いバスルーム、寝室は2つ、ベッドは4つ。これを一人で使うのはもったいないのは重々承知だが、リスボンのアパートの騒音から一時解放され、大自然の静寂の中で、まだ決着のつかない「快楽」との長期戦に備えて体力を回復するための必要経費と考えよう。
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夕暮れのヴェラスの町を眺めながら飲むビールは最高。つまみは名高いサン・ジョルジェのチーズ

 去年のグラシオーザ島では、経由地のサン・ミゲル島で自転車が積み込まれず、ロストバゲージの手続きをしているうちにタクシーが空港から消えて、ホテルまで歩くはめになった。今回は自転車は置いて来たが、荷物は小型のトランクに詰めたので持ち歩きたくない。早い所タクシーを確保しなければ。アソーレスのタクシーはメーターがなく、空港からどこまでは幾ら、という定額制だ。リスボンよりも高く感じるが、仕方が無い。また実際に車で走ると地図の見かけよりずっと距離があるのがアソーレスである。サン・ジョルジェ島で最初に乗ったタクシーの運転手、ジョゼさんには到着日と翌日、最後の日と3回お世話になった。

 まずホテルに荷物を下ろし、直ぐに島一番の町のヴェラスに向かった。昼時だったので、ジョゼさんにレストランを紹介してもらい、近くで降ろしてもらった。港のそばの広場に面したアソール(アソーレス=鷹)という店だ。何人か町の人に尋ねるといつも筆頭に挙がるレストランである。

 アソーレスに来たら食べるべきものは、カサガイ(ラパス)である。この店では金網にのせて焼くのではなく、お皿にのせてオーブンで焼くようだ。生焼けのもあるが、アワビの刺身ようにコリコリした歯触りで、磯の香りが強い。むしろ新鮮で大きいのは焼かなくても良いくらいだ。
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約40個ありました

 今日のお魚はbagreという赤魚と白身魚の中間のような味で、淡白でありながら旨味がある。ウィキペディアによるとbagreはナマズとなっているが、ヒゲがあるのだろうか。リスボンでは見たことがない。付け合わせのじゃがいもはニンニクと塩で味付けしたモサモサ系の芋で、美味しくて全部食べてしまった。普通は茹でじゃがいもは黄色いねっとり系が多いので珍しい。
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頬の肉も美味しい

 食後は郷土色豊かなチーズプリン。塩気の効いたサン・ジョルジェチーズと、濃厚な黄身プリンを組み合わせた、あまじょっぱい塩羊羹のような異色のデザートである。サン・ジョルジェ島デザートコンクール入賞の盾が店内に飾られており、おそらくこれが表彰されたのであろう、個性的なスイーツだ。
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by caldoverde | 2013-07-05 21:27 | ポルトガルの旅 | Comments(4)