ポルトガルの食べ物、生活、観光情報


by caldoverde
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メルカード・ルネサンス

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教会の右奥の白い2階建ての建物が市場

 リスボンの各地区には市場(メルカード)があるが、近年は大型ショッピングセンターの中のハイパーマーケットや、私の住むアパートの隣のピンゴ・ドーセなど全国的に展開しているスーパーに押されて、かなり寂しい状況だ。櫛の歯が抜け落ちるように業者が撤退し、品ぞろえも貧弱で、値段もスーパーと大差ないのであれば、誰が午前中しか営業していない市場に買い物に行くだろうか。我がカンポ・デ・オリーク地区の市場も住み始めたころに比べるとかなり寂れてしまったことは否めない。

 ところが2013年の夏以来改装工事を行い、ようやく最近リニューアルを終えたばかりのカンポ・デ・オリーク市場に行ってみたら、えらいことになっていた。
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  午後1時、従来ならめぼしいものは買われ、買い物客はまばら、業者は店仕舞いし、あとかたづけをしている時刻なのに、ネクタイを締めたビジネスマンやOLで大賑わいではないか!この市場にこんなに人が入っているのは見たことがない!!
 市場の中央がイートインコーナーになっていて、その周辺がその場で作って売る軽食屋の出店になっている。ショッピングセンターによくあるマックとかケンタッキーではない。ピザもパスタもない。ほとんどオーセンティックなメイド・イン・ポルトガルもんばっかりである。例外は寿司だが、市場直送として許そう。
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ポルトガルの生ハムやチーズを使ったサンドイッチ
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寿司コーナーで列をなす人々
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かたまり肉を切って隣で焼いてはいどうぞ

 夜は、これまた手ぶらで近所からやってきた風の人々が、ワインやコーヒーを飲みながら談笑している。今はインターネットやケーブルテレビの普及で家に引きこもる人たちが増えたが、昔リスボンでは夜の11時、12時まで散歩したり、外でコーヒーを飲んだりするのは普通だった。基本的にポルトガル人のレジャーとは人と話すことなのではないかと思う。今日はこれが美味しいよ、味見してごらん、などと勧められ、釣られて買ったりおまけしてもらったりと、売り手と買い手の交流自体が楽しいのだ。そしてそこにやって来る近所の人たちとたわいないことを話すのが好きなのだ。たとえ親しい人がそこにいなくても、そんなざわめきを聞きながらぶらぶら歩くのは愉しい。
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干し鱈のマリネとグラスワインでちょっと一杯
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左は鮪のマリネ、右は小鯵の南蛮漬け
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白豆のモツ煮込みとそら豆のポルトガル風
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シーフードバーの隣には生ガキとシャンペンのバーもある

 昔から出店している魚屋、肉屋、八百屋がそのまま継続しているのもうれしいが、市場の営業時間が夜まで延長され、業者によっては午後も営業を続けているのが良い。スーパーの買い物は、時間帯によっては忍耐と寛容が要求されるのだが、市場の買物は長い列の中でイライラしながら待つことはまずない。
 カンポ・デ・オリーク市場は伝統的な商業形態を踏襲しながら若い世代のアイディアやニーズも取り込み成功した良い例であろう。この賑わいが続けば、バルセロナの市場のようにリスボン観光の目玉の一つとなるに違いない。市電28番で終点のプラゼーレス墓地で降りたら、その少し手前のサント・コンデスターベル教会そばの市場に行くべきだ。ぜひ地元の人たちと一緒に市場の軽食を楽しんでほしい。
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立ったままステーキを食べる若い勤労者
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by caldoverde | 2013-11-30 01:28 | 話題の店 | Comments(7)
  2ヶ月の休業を経て、10月からアパートの下のカフェが再開した。給料の未払いで従業員全員に見放された、地域の飲食店に共同経営を持ちかけ皆断られた、アンゴラに逃げた、など色んな噂が飛び交っていたカフェの経営者は、ふてぶてしく店に姿を現している。当然、騒音も再開だ。市の騒音検査の最終結果は基準値の27dBをほんのわずか下回り、問題なしという結論。あれほど大家たちに、カフェの休暇中に会議を開いて営業許可の有無を確認するように頼んだのに、結局何もせず。ブチ切れた私は、普段フランスに住んでいる大家と、彼がアパートの管理を任せている義理の兄弟の代理人に、もう我慢できないから出て行くと宣言した。そして物件を探し始めた。

 なぜかカンポ・デ・オリークは不当に不動産が高い。別に高級住宅街でもなく、地下鉄はなく、道は路駐で一杯で、建物も古いくせに、リスボンで最も人気のある住宅地のひとつなのだ。地区の中央にあるパラーダ公園の周辺には商店が集中していて、生活に必要なものも不必要なものもほとんど何でも揃う。治安も良い。地下鉄がないとはいえ、交通の便も悪くない。住みやすいところだ。
 だがうるさい。この狭い地区に車が多すぎる。また空港の滑走路の延長上にあるので、朝は6時から夜は11時、12時まで飛行機の音がする。食料品店、飲食店は24時間トランスの音を道路にまき散らし、建物内部に低い騒音と振動を響かせる。

 安くて静かで交通の便が良く、商店や銀行、郵便局が近くて、エレベーター無しなら2階(日本式の3階)まで、できればカンポ・デ・オリークという家を見つけるのはミッション・インポッシブルである。余暇はネットで安くて良さげな家を見ては不動産屋を訪ねたり、メールを送ったりして過ごしている。これが超面白く、またそこはかとなく悲しくなる。

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正面は市の図書館になっている。ベンフィカ地区。

1、最初に気になったのは、1910年に建てられた、当時のリスボンのデパートの従業員の社宅である。道路に面している部分は、アメリカのコロニアル様式の建物を思い起こさせるオサレな長屋だ。
 リスボンにはあちこちにヴィラと呼ばれる労働者の住んでいた小住宅がある。たいてい大きなアパートに囲まれた中庭に造られ、昔ウサギ小屋と揶揄された日本の文化住宅が邸宅に思えるほどだ。
 この薔薇色のヴィラ・グランデーラは2軒ほど売りに出されていたが、市の文化財に指定されているだけあって、不動産屋に行った時にはすでに売約済みだった。

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竹を植えて灯篭を置く予定でした

2、地下室に住むという選択は私になかったが、実際に見ていいなと思ったのが、この庭付きの半地下のアパートだ。光を入れるために掘り下げた庭があり、3部屋あったのを壁をぶち抜いてリビングと台所を一体化して広々としている。少し暗いが、静かで、よそから覗かれることもない。庭を京都の坪庭風にしようとデザインを考えたりしていたが、2度目の見学を申し込みに行ったら、ほんの少し前にイギリス人に買われたばかりだった。がっかり。



風呂場が家の中で一番広い部屋

3、持ち主が不動産屋を介さずに直接ネットで広告を出していた物件は、プロモーションビデオまであった。値段と浴室がかなり魅力的だったが、バスの便が少ないのと、3階の屋根裏部屋は夏暑く冬寒いと思われるので、候補から外した。

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改装すれば2のようになるかも?

4、別の半地下の物件は、多分管理人用の部屋で、改修が必要。しかし意外と明るいし、建物の外観に関しては良く手入れされている。しかし壁に出来たシミが気になる。ポルトガル人は湿気を何よりも嫌う。このシミは湿気から来るのでは?湿気が配管や建物の瑕疵に由来すると、工事費の方が高くついてしまう。


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容積は普通の家の半分ほど。身長180㎝の人には苦しい。

5、古い建物を改装したばかりのステキなアパートがうちの近くにあると言われ、行ってみた。屋根裏部屋でバルコニー付き。綺麗にリノベーションしてあるが、木の階段がすごい傾斜で、年寄には登るのも降りるのもきつい。リスボンにはこのような屋根裏部屋がたくさんある。


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以前から広告が出ていたが、なかなか買い手がつかないみたい

6、一応カンポ・デ・オリークだけど、地区の外辺のあまり評判の良くない通りの少し手前に位置している家は、南向きにもかかわらずなんか暗い。いずれなくなるのだが家具が巨大な仏壇のように陰気臭いのと、建物が古くてあちこち傷んでいるようで、どうも感じが良くない。値段は安いのだが・・・管理費が年25ユーロでは、確かに何も修理出来ない。管理費が安すぎるというのも考えものだ。

 
 この中でバスタブ付きのバスルームのある物件は2と3だけで、他はシャワーのみだ。以前カンポ・デ・オリークに住んでいた漫画家のヤマザキマリさんの家もシャワーしかなく、「たっぷりとした湯船に浸りたい」という欲求が原動力となって「テルマエ・ロマエ」という傑作を生み出した。私も訳あり物件に住めば、隠れた才能を開花させることができるのではないだろうか。少なくとも今のアパートでは既に何枚ものポルトガル語のクレームの手紙を書き、ポルトガル人からこれは私が書いたのかと感心されたものもある。ここに留まるも引っ越すも大作家への道の一歩を歩み始めたのには変わりがない。




 
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by caldoverde | 2013-11-14 05:49 | 生活 | Comments(5)