ポルトガルの食べ物、生活、観光情報


by caldoverde
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<   2014年 12月 ( 4 )   > この月の画像一覧

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ミランダ・ド・ドウロに3泊した後、20kmほど離れたセンディンという村に宿を移した。ここから6km先のアテノールという場所にミランダロバ牧場がある。この旅の重要な目的の一つはロバを見ることだった。10年位前にリスボンのサン・ジョルジェ城に数頭のミランダロバが来たことがあった。その時にロバの可愛さにやられてしまったのである。
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昔、人々は農作業や物資の運搬、交通機関としてロバを大いに利用していたが、生活様式が変わり、ロバもその需要が失われ、多くの雄ロバは去勢されて絶滅が心配されるほどになってしまった。またミランダロバはトラス・オス・モンテス地方特産のポルトガルの固有種であるが、スペインのロバと混血し純血種が脅かされるという問題もあるので、種の保存と研究を目的とするAEPGAという団体が作られ、アテノール村で飼育、繁殖が試みられている。更に同団体は年老いて不要になり放置されたロバに幸せな余生を過ごしてもらおうと、別の村に老ロバ施設も作った。
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モコモコの毛が可愛い

ミランダロバの体重は400kg前後、茶色の体毛、鼻と目の周りは白く、個体によっては毛が長いものもある。性質は柔和。長い耳は柔らかい毛で覆われている。牧場で飼われているロバは人馴れして、柵に近づくと次々と寄ってきて温かい鼻息を吹きかける。耳を触られるのは嫌がるが、耳の付け根はOKということで、順繰りに耳の付け根を掻いてあげた。ここでは50頭のロバが飼われており、それぞれに名前が付けられている。ロバ達は観光やテラピーなどに従事している。近郊の野山を歩くロバツアーも可能だが、牧場を見学するだけでも十分に楽しい。いずれにせよAEPGAに事前に申し込みが必要だ。
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自家用ロバに乗るおじさん。ロバには長年奉仕してきた跡が…

牧場の広さは24ヘクタールあるが、1頭のロバにつき1ヘクタールが理想ということで、近くの土地を購入し拡張する予定だそうだ。そうか、1ヘクタールの土地が必要なのか…

最近ロバのミルクを原料とした石鹸や化粧品を見るようになった。この牧場でも売っていれば買おうと思っていたが、Xマスの時期のせいか商品はほとんどなかった。牧場を案内してくれたヌーノさんによれば、儲けが出るほどは生産できないということだ。リスボンのスーパーで買ったロバ石鹸を贈った友達には「お肌がツルツルになった」と喜ばれたので、この地方の特産品としてもっと力を入れても良いのではないかと思う。
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パッケージが可愛いミニ石鹸はミランダ・ド・ドウロで見つけた

センディンという村には「ガブリエラ」というレストランがある。英語のガイドブックには、ここで食べるためにこの村に一泊する価値はあるとまで書かれているし、たまたま乗ったリスボンのタクシーの運転手がこの地方出身で、彼もまた有名なレストランとしてこの店を挙げていたので、その名声は広範囲に及んでいるのだろう。 外観はどうってことのない、アルミサッシの窓のチープな感じさえする田舎のレストランだ。席に着くなり「ポスタか?」と聞かれた。それだけミランダ牛ステーキを注文する人が多いのだろう。しかし値段が23€である。いくらうまくともそんなに高くて大きい肉は食べられないと躊躇すると、じゃあ小さいのにするからと言われたので、結局ポスタ・ミランデーザを選んだ。しかしもう一つの名物の腸詰アリェイラにも心惹かれるものがあった。値段はポスタの3分の1になる。
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厨房の天井にズラリと吊り下げられたアリェイラ

前菜にオリーブと謎の漬物が来た。珍しいので食べてみたら、辛いのなんの。巨大な獅子唐芥子を丸ごと漬けたものだ。野趣溢れるクレソンのサラダはさっぱりして牛肉に良く合う。肝心の「小さい」ステーキはこの前に食べたのよりも1.5倍くらいの大きさで一瞬たじろいだが、あっさりした赤身なので、結局ほとんど平らげた。デザートはチーズに自家製ジャムを添えたもの。ジャムは数種類の中からナシを選んだ。甘いジャムと塩気のあるチーズの組み合わせはとても美味しい。
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今回は残念ながら「なまはげ」は見られなかったが、地元の若者たちが普段着で踊るパウリテイロスの踊りが見られた。衣装をつけないと乱闘の様にも見える。パグパイプの音楽といい、この地方の民俗文化は、厳しい気候、異民族や隣国との衝突に晒されてきた土地柄を反映するような雄々しさがある。お約束の枕詞「哀愁」とは異質の、もう一つのポルトガルを垣間見ることができた。

Xmasイブにカテドラルの前でパウリテイロスの踊りを踊る若者

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by caldoverde | 2014-12-29 19:20 | ポルトガルの旅 | Comments(4)
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荒々しくも美しいドウロ河の眺め

ミランダ・ド・ドウロとリスボンでは気温が10度も違うので、リスボンではよほどのことでないと使わない毛糸の帽子とマフラー、手袋を用意した。確かに直接空気に触れる皮膚がピリピリする。電光表示板を見ると2度だ。昔は零下10度以下になることもあったという。一方夏は40度を超える暑さで、このトラス・オス・モンテス地方の1年は「3ヶ月の地獄と9ヶ月の冬」と表現される。しかしグーグルアースで地形を見ると、ほとんどの土地は四角に区切られて農地になっている。こんな交通の不便な、都会と隔絶した土地で厳しい気候と格闘してきたのかと、昔の人々の屈強さには驚嘆する。

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インターネットで探した安ホテルは、窓からドウロ河とダムが見渡せる素晴らしいロケーションだ。残念ながら浴槽はなくシャワーだけ。一泊25€では文句は言えまい。Xマスシーズンはほとんど客もおらず、静かに過ごせる。しかし、イブの夜は下の食堂で経営者家族のXマスパーティが行われたようで、25日の朝に朝食を取りに行くと、ほとんど手をつけずに残された前日の宴の名残が見られた。

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Xマスはどのレストランも休みなので、ホテルの食堂でトースト、生ハム、ワインのささやかなランチ。しかし隣からは焼いたタコの匂いが…

ホテルのある通りは「市場通り」と言う。24日に市場を覗くとほとんどがらんどうで、わずか2軒の肉屋が営業し、皮を剥かれたヤギを運ぶ男と、なたを振るって肉を叩き斬る女性だけが働いていた。魚も果物も野菜も何もない。いつもそうなのか、Xマスだからなのだろうか?通りの両側には安い洋服やリネン類を売る店が並んでいる。夏は大勢のスペイン人がバカンスを兼ねこの町に安い布製品を買いに来るのだろう。
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冬のミランダは朝夕霧に包まれる

観光シーズンにはドウロ河をクルーズ船が運行する。崖に棲息する鳥を見たり、河の魚も観察できる素晴らしいクルーズらしい。しかし冬は何もない。教会さえも開いていない。
町は城壁に囲まれた旧市街と新市街に分かれる。旧市街は車の進入が規制され、道路も歩きやすく舗装され、白壁の建物が並ぶとてもきれいな街並みだ。所々に花崗岩で出来た古い建物が現れる。
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26日に博物館を見ることができた
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店のショーウィンドウのディスプレーは、田舎臭いが、地方性も良く現れている。この地方の民族衣装をアレンジした洋服や小物を売るブティックが1軒ある。フェルトの生地に、美しい模様を切り抜いたアップリケで縁取りしたもので、リスボンで行われる手工芸品見本市でも必ず出品されている。綺麗だがリスボンで着ると結構浮いてしまうかも。
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ドアの取っ手がトカゲになっているのもおしゃれ

当局お墨付きのミランダの地方産品を売る店もあり、店員マリオ君の熱心な口上に乗せされて、布地とコムギで出来たホッカイロを買ってしまった。土産物屋では、カレットと呼ばれるなまはげがミランダのもう一つのシンボルであるロバに乗っている人形を買った。この旅の大きな目的は、なまはげとロバを見ることなのだが、叶わないことも想定しミランダの記念品を購入したのである。
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人形の下の座布団のようなものはコムギの入った袋で、電子レンジで温め痛いところに当てる。すごく気持ち良い!
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by caldoverde | 2014-12-28 02:36 | ポルトガルの旅 | Comments(4)
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中央の黒い人影は民族衣装を着た男女の銅像

ミランダ・ド・ドウロに来たらぜひ見ようと思っていたのは、博物館だった。23日の夕方にバスが着いて、ホテルに入った後、夜の旧市街を散歩した。街の中心の広場に面した博物館はちょうど閉館するところだった。明日ゆっくり見ようと、開館時間や休業日を確かめて、24日の朝9時に再び博物館に行ってみたら、人の気配がない。途中観光案内所に寄ったら「慣例により24〜26日は休業とする。市役所」という内容の張り紙があったので嫌な予感はしていたが。公式には24日は開いていることになっている。Xマスイブの見学客は私くらいであろうことはわかるが…しょうがないので、町の古い建物をじっくりと観察することにした。
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現在は「ミランダ語会館」になっている中世に作られた石の建物には面白い飾り?が付けられている。クレヨンしんちゃんがやるように空中に突き出した尻と、変な顔の彫刻だ。なんでも尻はスペインの方角に向けられていると言う。
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また昔の旅籠にはワイン樽、葡萄、酔っ払ったような人の顔の彫刻がある。この宿では旅人を暖かいワインで迎えたのだそうだ。彫刻が看板になっているのである。
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中央の人物は目が星になっている

遠くからもよく見えるカテドラルは16世紀の建築好きの王様が作った立派なものである。中にはこの町の守護神である幼子イエスの像が祀られている。この子供のキリストは、シルクハットをかぶり、派手な衣装をつけていて、顔が何となくのほほんとしている。はっきり言って手品師のようである。どの土産屋にも様々な衣装の幼子イエスの人形があり、ぜひ本物を見たいと思ったが、カテドラルはこれまた冬季休業中だった。
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イブの夜、カテドラルの前に集められた焚き木に火がつけられる
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ひょうきんな幼子イエスの人形

ドウロ河に降りる長い折り畳みの坂道は、ダムの上を通りスペイン側に抜ける。途中まではウォーキング用の歩道があるが、それから先は誰も歩く人はいない。ほとんど直角に近い崖に沿っているので、数百m先で折り返してまた数百m下ってまたターンを繰り返すという相当長い道のりだ。近道らしき道や階段を降りてみたが、いずれも途中で行き止まりで、ダムまで行くにはやはり車道を行くしかないようだ。引き返す途中、渓谷の絶景に加え、可憐な高山植物のような草花や、複雑に褶曲した地層などを観察するのもまた楽しかった。
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ダムを渡るとかつてのスペインの入国管理局がある
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アーモンドの実
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渦巻き状の地層
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小さな蘭のような花
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紅葉も少し見られる

昼食はこの地方の民族衣装の名前を店名とした「カパ・ド・オンラス(栄誉のマント)」でバカリャウ(鱈料理)を食べた。ポルトガルのXマスイブのご馳走はバカリャウなので、私も伝統に従って鱈を食べることにした。客は私一人、それに対して支配人、給仕、調理人と少なくとも3人が私にサービスするので、申し訳ないような気持ちになったが、後から姉妹とその娘と思しき若い女性3人が入ったので、開けてて良かったねとホッとした。
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ポルトガル人なら誰もがよだれを流す鱈
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店に飾られた「カパ・ド・オンラス」

午後はタクシーで、自力で行くことができなかったダムや町の周辺を走ってもらった。運転手も、ホテルのおじさんも、土産物屋の主人も、訛りの強い言葉で話すので、ミランダ語ですか?と聞くと、いや、普通のポルトガル語だと答えが返ってきた。半分スペイン語になってますが…町の標識などにはミランダ語とポルトガル語が併記されているが、お店はスペイン語のPOP広告が多い。それだけ町の経済にとってスペインは重要なのだろう。 ポルトガルの公用語として地元の小学校でも教えているミランダ語は綴りが難しい。ポルトガル語ともスペイン語とも違う言葉だ。
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ポルトガル語ではRUA DO CONVENTO(修道院通り)
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by caldoverde | 2014-12-26 03:23 | ポルトガルの旅 | Comments(6)
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切り立った崖がそそり立つドウロ国立公園

恒例のお一人様Xマス、今年は念願のミランダ・ド・ドウロに行くことにした。ポルトガルのほとんど最東北に位置するミランダ・ド・ドウロに行くにはリスボンからバスで約9時間。鉄道は無い。はっきり言って飛行機で日本からヨーロッパに行ける時間だ。町の前を流れるドウロ河を挟んだ向う側はスペイン。日本人である私は、国境に非常に心惹かれる。景色はそれほど変わらないのに、人々の話す言葉や街の様子がガラッと(あるいはちょっぴり)変わるというのが興味深い。しかもミランダ・ド・ドウロには独特の言語(ミランダ語)や文化があって、小さな国ポルトガルの意外な多様性を見ることができる。
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帽子に花、肩にショール、白いフリフリのスカート、毛糸のソックスの男たちが勇壮に舞う

ミランダ・ド・ドウロの有名な伝統芸能は、スカートをはいた男たちが棒を打ち鳴らしながら踊るパウリテイロスの踊りで、起源はギリシャともケルトとも言われ、女装のように見える衣装は実は戦士の装束なのだそうだ。

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泣く子はいねが〜

またXマス時期にはこの地方で「若者の祭り」と呼ばれる、日本のなまはげに似た奇祭がある。カラフルな蓑に鬼のような仮面を付けた若者が村を練り歩き、人々(特に女の子)を脅かす。キリスト教以前の土着の文化の名残であろう。

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食いしん坊には、名高いステーキ「ポスタ・ミランデーザ」を外すことはできない。厚みが3cmはありそうな牛肉の塊を豪快に焼いたステーキは、ミランダ・ド・ドウロに来たら食べずに帰るわけにはいかぬ。私は以前TVのニュースでミランダのとあるレストランでポスタ・ミランデーザを食べる客のインタビューを見て以来、ずっとあそこであれを食べたいと願っていた。ついに念願が叶ってミランダに来たのだが、件のレストランはどうも冬季は休業らしく、閉まっていた。しょうがないので、ネットで評価の高かった他のレストランで食べることにした。
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半人前を頼んだが、大男のげんこつのようなすごい塊がやってきた。焼き加減は、何も言わなければ自動的にレア〜ミディアムの生焼けで来る。味付けは塩のみ。肉の旨さだけで勝負する。ほとんど脂肪のない赤身で、噛めば噛むほど旨味が味わえるが、顎も疲れる。なかなかなくならない。3分の1位で満足しつつあったが、残すのが忍びないので付け合せのポテチやご飯は残し、だいたい完食した。ミランダ・ド・ドウロにいる間、ポスタ・ミランデーザの食べ比べをしようと思っていたが、毎日はとても無理だと実感した。
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by caldoverde | 2014-12-25 01:23 | ポルトガルの旅 | Comments(5)