ポルトガルの食べ物、生活、観光情報


by caldoverde
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<   2018年 01月 ( 4 )   > この月の画像一覧

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サンタ・クルス村の空港。滑走路の先にコルヴォ島が見える。

昨年2017年、アソーレス諸島9島の中、最大の島サンミゲル島に次いで最も観光客の多かった島が、何とフローレス島だったそうだ。これには私も大いに驚いた。フローレス島は人口わずか3千人のヨーロッパ最果ての小さな島であり、リスボンからの直行便はないし、宿泊施設も数える程しかない。しかし心の片隅に納得できる要素もある。私にとってフローレス島はアソーレス諸島の中で最も美しい島だから。しかし必ずしも、美しい=快適、とは限らない。往々にして人を寄せ付けない厳しさこそが美しさを醸し出す要因でもあるからだ。

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アソーレス諸島中、最も水の豊かなフローレス島には沢山の滝がある

今回のフローレス島とコルヴォ島の旅行で、2つの島の印象が7年前と逆転していることに気が付いた。人口400人台のコルヴォ島は、おそらく州政府の補助金が島全体に行き渡っているのだろう。インフラの整備が進み、生活環境は随分向上しているように見受けられる。しかも求職票を出している人がいない、つまり失業者がいないポルトガルでも稀有の自治体である。

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柱状玄武岩のボルドンイス(杖石)は火山が作った芸術作品

一方、フローレス島は観光客の新記録を達成したのは良いが、人手や受け入れ施設が足りないほど来訪者が夏に集中し、それが過ぎると極端に観光客が減ってしまい、島民は2ヶ月間の稼ぎで一年を過ごすことは出来ず、島外に仕事を探さざるを得ない、という矛盾に悩む。フローレス島を訪れるのは主にヨーロッパ、特に独仏英の観光客が多いと思われる。元々フローレス島にはフランス軍駐屯地があったし、格安航空会社ライアンエアーがアソーレスに就航し、旅行しやすくなったと言うのもある。しかしライアンエアーが来るのは、サンミゲル島やテルセイラ島などの主要な島のみのはずだがなぜ?島々を結ぶのはドメスティックのSATAなのだが、何と、ライアンエアーでアソーレスに来ると、他の島へのSATA便がただになるんだそうだ!いつまでそのキャンペーンを続けるのか知らないが、おそらくそれを利用して観光客が怒涛のごとくフローレス島に殺到したのだろう。あるいはフローレス島がマスコミか何かで取り上げられて知名度が急上昇したのかも知れない。

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島の中央部には7つの湖が集まる

フローレス島の美は、人里離れた内陸や、険しい断崖の海岸線にある。2017年はそのような手付かずの自然を求め、欧米の客が大挙してやって来た。町は海岸線に沿って存在し、少し離れた場所には廃村や限界集落がいくつかある。利便性を重視する日本人である私は、公共交通機関のない場所の宿泊はあまり選択肢に入れないのだが、経済的に余裕があり、レンタカーを借りてのドライブやトレッキングを愛好する欧米人にとっては何の障害にもならない。コルヴォ島で同じ宿に泊まっていたイタリア人カップルも、フローレス島で廃村を利用した宿泊施設に滞在すると言っていた。

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廃村になったクアーダ村の家は全てツーリスト向けのコテージに生まれ変わった。欧州のハイキング客に大人気。

フローレス島も酪農が重要産業で、乳製品を生産している。フローレス島のチーズは、アソーレス諸島中最も美味なチーズだと思うが、地元のスーパーでも大メーカーの量産品に押されて遠慮がちに置かれている。夏はチーズ工場がフローレス島内巡りのひとつの目玉になっている事をリスボンに帰ってから知った。ああ~。これまたポルトガルで一番美味いと評判の手造りバターもあるのだが、作る時期があるらしく、滞在中は見なかった。

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左下のコルヴォ島のチーズを除いた3つがフローレス島のチーズ。柔らかでマイルド。

サンタ・クルスでの食事は、港に近いシーフードレストランの「セレイア(人魚)」で、カンタロという赤い魚とピコ島の白ワインのディナー。オーナーが漁師だそうで、カサゴに似たカンタロは新鮮で美味しく、軽くてフルーティなピコワインとよく合った。


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フローレス島の牛肉も大変美味しいということで、翌日は「ライニャ・デ・ビッフェ(ビーフの女王)」でステーキを食べた。肉の上にニンニクを粒ごとのせるのがアソーレス風だ。


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目玉焼きの下も肉です

どちらの店も美味しかったが、値段は高め。冬はほとんどお客さんがいない。一年中コンスタントに観光客が来ればいいんだが…とタクシーの運転手もレストランや宿泊施設のオーナーも望んでいるに違いない。夏以外のフローレス島、コルヴォ島のベストシーズンは9月で、まだ紫陽花の花が見られる。10月はバードウオッチャーがたくさんやって来る。逆に避けた方がいいのは6月で、霧が多くて何も見えない事があるそうだ。

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荒々しい冬のフローレス島もいいと思う



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by caldoverde | 2018-01-10 05:58 | ポルトガルの旅 | Comments(0)

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コルヴォ島2日目の12月28日も村のレストランが休業のため、ヴェラはケータリングのリストを用意してくれたが、私は昨日同様家庭料理を食べたいとリクエストした。イタリア人カップルは冷凍食品であることはほぼ間違いないラザニアを頼んでいた。彼らは北イタリアのトレント出身で、イタリアの山をかなり歩いている登山愛好者で、フローレス島やファイアル、ピコ、サンミゲル島も踏破するらしい。とても物静かな人達で、食事や車のサービスに対しては直ちに支払いをする。リスボンの観光地で出会う喧しいイタリア人グループとはずいぶんイメージが違う。

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昨日は霧と強風でカルデイラン(火山噴火口)内のウオーキングは不可能だった。この風が続けば飛行機や船も出ないのではないかと心配になったが、島民によれば大した風ではなく、この位なら飛行機は飛ぶだろうということであった。ひどい時は2週間も他の島との交通が遮断されたことがあったそうだ。他所から来た人間にとっては、寒さと飢えに耐える孤島の冬、と想像しがちだが、それぞれの家には十分なストックがあり、豚肉の腸詰などは、自家製だそうだ。2日目の夕食はヴェラのホームメイドのチョリソを使ったベイクドビーンズだった。

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黒いブラッドソーセージは私の好物

コルヴォ島最終日の29日は12時10分のSATA機でフローレスに移動する。それまでに霧が晴れて、なんとかカルデイランを見ることができないか、私もイタリア人達も部屋から外に出ては山を見上げていた。消防署でコーヒーを飲んで外に出ると昨日よりは山頂にかかる雲が少ない。晴れ間も広がってきた。チェックインまであと1時間ちょっと。昨日車を頼んだジョアンさんに電話して、再度チャレンジする旨を伝えた。車が走り出すとすぐに、イタリア人カップルが歩いているのを見つけ、一緒に乗らないか声をかけた。おそらく彼らは短い登山道を歩くつもりだったのだろうが、やはりカルデイランが見られなかったのは心残りとみえて、車に乗り込んで来た。



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この日も凄い風
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本当は湖まで降りたかったが、出発時間が迫っていたので、写真だけ撮った。

山頂に近づくと、霧は吹き飛ばされて青空が広がり、緑のすり鉢状の巨大なくぼみが見えてきた。車から出て、足を踏ん張らないと海まで転げ落ちそうな位の突風が襲いかかる中、なんとか噴火口の底が見える場所まで近づくと、ビロードに覆われたような小島や青い湖が見えてきた!イタリア人女性は「パラダイス!」と感嘆の声をあげた。諦めずに来て良かった!7年前の夏に来た時は青い紫陽花が網目模様を作っていたが、冬の様々な階調の緑だけのカルデイランも十分に美しい。

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夏は紫陽花、秋はバードウオッチャーでいっぱい

村に下りて運転手に払おうと財布を出すと、イタリア人男性が5€札を差し出した。彼らは既に払っているのに不思議に思ったら、私の分を払ってくれるそうだ。確かに私が声をかけなかったら、彼らがコルヴォ島に来た意味は半減していた。私はアルピニスト達を救ったのだ。



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by caldoverde | 2018-01-07 00:34 | ポルトガルの旅 | Comments(0)
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空港のそばには3つの風車がある。右端の三角の建物は鯨舟が展示されている観光案内所

フローレス島からコルヴォ島までの飛行時間はわずか15分で、乗客は5、6人だった。コルヴォ空港に到着すると、宿の女主人のヴェラさんが車で迎えに来てくれていた。宿から空港まで歩いて数分なのだが、荷物のある旅人にとってはありがたいサービスだ。2泊した「ヴェラとジョーの家」は今年オープンしたばかりの民宿で、ネットでの評価も高い。しかも島のレストランが軒並み休みなので、夕食は家庭料理を7€で提供してくれるという。どこにもある平凡なメニューよりも、コルヴォ島の郷土料理の方が嬉しい。豚肉とキャベツ、ジャガイモ、サツマイモを塩茹でにしたシンプルな料理で、典型的な島の食べ物だそうだ。

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夕食までの時間、島唯一の村であるヴィラ・ノヴァを散歩した。7年前の印象となんか違う。どの道にも「〇〇通り」という真新しいプレートがつけられ、昔はほとんどの家が黒い石でできていたように記憶しているが、白くきれいに塗られている建物が多い。村人の年齢層は思ったより若く、建築中の保育園まである。それぞれの家にはソーラーパネルが置かれている。携帯もインターネットもリスボンより良く繋がる。厳しい気候、狭い土地、乏しい物資の中で細々と暮らす高齢者ばかりの島民、というイメージから脱却している。7年の間にだいぶ状況が変わったようだ。

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今回はコルヴォ島のカルデイラン(火山噴火口)の底を歩く、という大きな目的があったが、天気はかなり荒れそうだった。冬は強風が吹き荒れ、船や飛行機が欠航になることもしばしばだと言う。奇跡を願うも、翌日の朝は風は益々強まり、山頂はしきりに形を変える雲が覆っていた。


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フローレス島が薄っすら見える

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山の中腹にある石の農作業小屋地区

同宿のイタリア人カップルは自力で登るそうだが、私には到底無理っぽいので車を頼んだ。料金は5€である。途中までは緑の美しい牧場や海を見ながらの快適なドライブだったが、登るにつれて雲行きはどんどん怪しくなり、風が咆哮し始めた。視界は白い霧に覆われて、カルデイランの縁に着いた時は、台風の中心にいるような物凄い風が噴火口の底から吹き上げてきて、立っているのがやっとだった。1分も経たず車の中に戻り、村に降りた。

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この先に噴火口があったのだが…

宿でパンにハムとチーズの昼食をとっていたら、イタリア人カップルも憮然とした表情で帰ってきた。どうだったと聞くと、何にも見えなかった、という答え。インターネットで見つけたカルデイランの映像に魅せられ、本格的なトレッキング装備で来た彼らも目的は達成できなかった。

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手造りの硬いチーズ。薄く切って噛み締めるとじんわり美味しい。

午後は、小さな食料品店で夕食用のワインを調達し、おばあちゃんが毛糸の帽子を編んで売っている島唯一の土産物屋で帽子を買い、チーズ販売所を覗いたりと、村をぶらぶら歩いた。最も賑わっている場所は消防署で、バールと宝くじ販売所があるので、消防団員以外の村人もここにコーヒーやビールを飲みに来る。お菓子やつまみになるものは市販のチョコやポテチの類しかないが、それでもおしゃべりをしたり、インターネットを使ったりと島民憩いの場となっている。観光案内所も環境文化センターも休みなので、島のことを知るために図書館に行ったら、ヴェラがいた。彼女は図書館の司書で、代々コルヴォ島に住んでいるファミリーでもあり、いろんな話を聞くことができた。

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カルデイランに入るのは叶わなかったが、代わりに素敵なものを見ることができた。空港の滑走路脇の道路の路肩に、天然記念物のアソーレスツリガネソウを発見した!10月にファイアル島の植物園で見たのは、枯れた枝葉だけだったが、この冬のコルヴォ島で、石垣と側溝の間に一株だけ見事に咲いている。アソーレスの固有植物のシンボル的存在の花が、こんな人や車や飛行機が来るような場所に! 霧と強風で何も見えなかった噴火口の仇は十分にとれた。


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アソーレスにしかない花として絶滅危惧種に指定されている

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by caldoverde | 2018-01-04 02:42 | ポルトガルの旅 | Comments(0)

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煙突のある白い建物が昔の鯨工場

7年前に泊まったホテル・ダス・フローレスの隣には、かつての鯨加工工場を利用したミュージアムがあり、何か見たと思うがほとんど印象に残っていない。特に鯨に関心がなかったからだろう。しかし今年のホエールウオッチングや、ピコ島の捕鯨博物館を通じて、アソーレスと鯨は切っても切れない関係である事を再認識し、またほとんど機械に頼らぬポルトガルの捕鯨技術に感銘を受けたので、改めてフローレス島の捕鯨博物館のガイドツアーに参加した。参加者というか見学者は私一人だったので、色々と質問することができた。夏は大忙しだったそうで、シーズンオフの旅はこのようなメリットがある。


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建物の前庭には、輪切りになったマッコウクジラの模型が転がっていて度肝を抜かれる。以前はなかったものだ。その向こうのガラス越しには何やら作業をしている男のマネキン人形が見える。中に入ると、以前は閑散としていた展示室が物で埋まっている。中央には大きな帆を立てた本物の船がリアルなクルーの人形と共に主役を張っている。館内はいくつかのコーナーに分かれ、ドキュメンタリーフィルムやアメリカ映画「白鯨」のハイライトを上映したり、フローレス島の海に現れた鯨を撮影した映像を展示物の背景に使うなど、様々な角度から島と鯨の関わりを解説する。


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鯨ベーコンではなく、灯油を取るための脂肪


ポルトガルの捕鯨の歴史はそれほど古くはなく、18世紀にアメリカの捕鯨船が獲物を求めてポルトガル領のアソーレスやカーボヴェルデまでやって来て島民を船員に雇い、世界中の海で技術を身につけた彼らは故郷に戻り、自分たちの船で捕鯨を始めたのが始まりだそうだ。アメリカの捕鯨船は大きな母船と何隻かのボートからなり、実際に鯨を獲るのは小さなボートで、母船では鯨を解体し加工も行う。最初は安く払下げられたアメリカの小さなボートで捕鯨を行っていたが、次第に船はアソーレスで改良されたものが使われるようになった。水の抵抗が少なく、静かに鯨に近づけるように浅く細長い形になっていく。オールにはそれぞれに定位置があり、全部違う場所で水を漕ぐように工夫されている。より速く陸に戻れるように帆の大きさや形も改良された。フローレスの船は常にピンクに塗られ、船の色によってどの島の船か判別できた。

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変わった色と形のカタバミ。アソーレスにしかない種類か?

監視所が鯨を見つけると、花火を打ち上げて合図をする。すると畑や床屋で仕事をしていた男たちは、それまでの仕事を投げ出し、海に走っていく。女子供も夫や父親の弁当を持って海に向かう。合図から30分後には、2隻の手漕ぎボートと曳航用のエンジン付きの船が沖に向かっている。ある程度近づいたら、手漕ぎボートが鯨を追う。ボートのクルーは7人で、船長は最後尾で舵を取り、船首には長い銛を持った射手が獲物を待ち構えている。銛が投げられると、渦巻きに巻かれたロープは凄い勢いで踊るように解かれていく。摩擦で焼けないように時々水をかけられ、船員がロープに絡まった時に直ぐに切るためのナタも側にある。船の中央にはマストが横たわっていて、あっという間に帆をあげることができる。一見すごく単純で原始的なようで、実は長年の間に洗練され完成された漁法なのだった。

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アソーレス諸島内でも屈指の美しい教会

ポルトガルの捕鯨は食用目的ではなかったが、余すところなく加工され利用された。主な製品は鯨油で、石油の発見以前は上質な灯油として大いに需要があった。ミュージアムは陸揚げした鯨を解体し、脂をはじめ様々な製品に加工する作業が行われていた工場だった。捕鯨の歴史の展示の後は、加工のプロセスやメカニズムを紹介する。様々な機械やボイラーは互いにパイプで結ばれ、一つの巨大な生物の内臓のようだ。


アソーレスの人々の鯨に対する感情は、日本人のそれと近いのではないだろうか。多くの人々の生活を支え、地域の産業を生み出してきた捕鯨が、エコロジストによって残虐だと断定されるのは不本意に思っている筈だ。加工品のパッケージにはもう鯨のイラストを使うことはできない、と案内の男性は言外に昨今の動物愛護精神に対する批判を匂わせた。私は学校給食やご飯のおかずに鯨肉が頻繁に登場した世代で、人間が牛や豚を食べるのとどう違うのかと思うのだが、欧米では口に出してはいけないタブーらしい。


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私が乱食して絶滅が危惧されるカサガイ

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by caldoverde | 2018-01-02 00:28 | ポルトガルの旅 | Comments(0)