ポルトガルの食べ物、生活、観光情報


by caldoverde
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ずっとフルナスで温泉三昧しようと思ったが、ラゴアという町に「火山の家」という施設があるのを知り、また良いレストランがあるらしいので出かけることにした。フルナスから10時半に出発したポンタ・デルガーダ行きの路線バスは、くねくねした山道を走りいくつもの村や町を巡りながら正午ごろにラゴアに着いた。ラゴアには漁港があり、直ぐ隣に魚が美味しいと評判のレストランがある。ガラスケースにはいろんな魚が並び、お店の人が名前を教えてくれる。私は「インペラドール(皇帝)」というキンメダイに似た魚を注文した。この魚は高値で取引され漁が制限されていたらしい。ということは美味いのだろうが値段もそれなりに張るに違いない。先に来た客は前菜に私の大好きなカサガイを頼んでいたが、ぐっと我慢した。

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開いて炭で焼いた皇帝は、上品な白身の魚で、ノドグロのようにエラの内側が黒い。味もノドグロに似て程よく脂が乗り、とても美味である。デザートはマラクジャのムース。マラクジャ(パッションフルーツ)アソーレスの名産品の一つで、バールにはマラクジャのリキュールもよく置いてある。コーヒーを飲んでお勘定を見ると驚きの11€だった。ということは魚は7€ぐらいだった。カサガイも食べれば良かった。

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昼食後に「火山の家」を訪れた。海の真ん前にあり、隣はユースホステル。見学は午後の2時半、3時半、4時半の三回ガイドツアーが行われる。学芸員はアソーレス諸島やサン・ミゲル島の成り立ち、火山が生み出す様々な種類の石、世界中から集めた鉱物や宝石、化石などを解説してくれる。この日の2時半の回の客は私一人なので、色々質問したり、展示物をじっくり見ることができた。アソーレス諸島に旅行するようになって、地理や地学に興味を持てるようになった。中学生や高校生の頃だったら尚良かったのになあ。

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フルナスに戻り、また温泉を楽しんだ。夜はこれまた地元の家族連れやカップルが多い。住民は年間パスでも持っているのだろうか?毎日4€の入浴料は家計に大きいと思うが。お風呂はみな石で出来ていて、もちろん源泉掛け流し。お湯は透明だが、かなり鉄分を含んでいて、石の隙間や川底は沈殿した酸化鉄で赤く染まっていて、真っ白いタオルや薄い色の水着は染みがつく恐れがある。なおタオルは温泉で2€で借りることもできるし、水着も売っている。

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最初のお風呂は「瞑想の湯」深さ130cm、私が立つと頭から下が全部お湯に浸かる。水温は39度。次は「静穏の湯」深さは90cmほどで段差があり、掛けて腰湯に浸かることもでき、肩まで沈むこともできる。「河岸の湯」は山から流れて来る水と温泉の湯の混じったお風呂で水温は28度。「テルマエの集い」は浴槽の段差が3つあり、小さな子供も大人も一緒に入ることができる。またこの浴槽は滝がなく体に負担がかからない。「神話の湯」は浴槽の一辺が滝のカーテンになり、全身を優しくマッサージすることができる。それぞれの浴槽の底は沈殿物や小石でヌルヌルザラザラするが、海水浴の一つのバリエーションと思って我慢。お風呂の後はやっぱりビールが飲みたくなる。アソーレスの地ビール「エスペシャル」で乾杯!

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イケメンや美女と混浴できます。


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by caldoverde | 2016-12-29 06:24 | ポルトガルの旅 | Comments(2)
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フルナスの朝は、村を環状に囲む山や森に霞がたなびき、まるで日本の山村のようだ。通りに出ると道の奥は特に霧が深く立ち込めている。歩いていくうちにそれは霧ではなく湯気であることに気が付いた。道路のマンホールや排水溝の隙間から白い蒸気が立ち上り、硫黄の臭いが漂う。ついに湯気の大元に行き着いた。そこには黄色がかった白い地面にいくつかの石の輪があって、輪の中からほんわか湯気が立ち上り、あるいは煮えたぎった湯が恐ろしい音と共に噴出する。そばには川が流れ、河原の至る所でもうもう湯気が吹き出している。現地ではカルデイラス(ボイラー)と呼ばれているが、日本なら地獄釜とか地獄谷と名付けられそうな場所だ。怒り狂ったように吹き上げる熱湯の泉の合間に置かれた、中世の城や聖家族やラクダに乗った東方の三博士の書き割りがなんともミスマッチだ。閻魔様や鬼の方が断然似合う。

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昔の湯治場だった小さな建物は、今は温泉に棲息する微生物を紹介する科学館となっている。髪の毛の30分の1の細さの藻のような生物や、100度を超える温泉に存在するバクテリアなどが展示されている。中には地中の350度の高温を生き延びることのできる種もあるそうで、そんなのが人類を襲ったら大変なことになる。微生物センターでは温泉の水を使ったお茶やコーヒーも飲むことができる。

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そのあと、愛車のブロンプトンでフルナス湖畔のサイクリングに出かけた。初めてフルナスにきた時は、紫陽花の綺麗な、しかし車がビュンビュンとばす国道から外れて牧場に入り、そこからぬかるんだ細い登山道を歩いて湖に出たと記憶している。あれから9年、ひょっとして起伏の少ない舗装された遊歩道やサイクリングコースができていないかと期待したが、結局同じ山道を自転車を引いて歩くことになった。峠を越えるとき、別の道から来たイギリス人らしき女性に「ユーアークレイジー」と笑われた。

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しかしその苦労は、フルナス湖畔を自転車で半周し美しい景色を大いに楽しんだことで報われた。以前来た時に温泉の地熱でコジードを作っているのを見たのはここだった。レストランの立て札がつけられた砂山の下で、肉や野菜たちはじんわりと茹でられ互いの味がしみていく。水辺では鴨やガチョウのような鳥が、観光客から売店で販売している餌を貰っている。もう家禽化しているので、こいつらも温泉で茹でたら美味いのでは…と不謹慎ながら思った。

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コジードを作る温泉から湖沿いに5km位先にある、フルナス湖自然保護観察センターを訪れた。近年は牧場が原因の水質の富栄養化や、外来植物の繁殖が問題になっているので、フルナス湖を本来の姿に戻すのがセンターの目標である。観光や農業の振興と自然保護をいかに調和させるかが、アソーレスの大きな課題である。格安航空会社の就航に伴い大幅に観光客が増えたのは良いが、観光開発が自然を破壊しては本末転倒だ。今のうちにアソーレスに行けと警告する旅行サイトもある。ブームになる前に(もうなっているかもしれないが)是非とも訪れるべき場所だ。

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ようやく前日食べたコジードが1日半かかって消化された。夕食は同じ店「Tony's」でカサガイのグリルとアブロテイアという白身の魚のフライを食べた。アブロテイアはサン・ミゲル島ではよく食べられる魚で、鱈系の癖のないあっさりした味だ。飲み物はモランゲイロ(イチゴワイン)。酸味が強く、やや濁った、イチゴの香りのするワインははっきり言ってそんなに美味しいものではないが、地酒ということでアソーレスに来たら一度は飲んでみるのも良いだろう。

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by caldoverde | 2016-12-27 03:40 | ポルトガルの旅 | Comments(0)
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飛行機から見たロカ岬

かねがね春に骨折した足首の養生を兼ねて、12月は温泉に行こうと漠然と考えていたが、ネットでたまたま格安航空会社イージージェットのリスボンーポンタ・デルガーダ往復56€の航空券を見つけたので、冬のアソーレスも体験してみようと切符を押さえた。ローコストキャリアはちょっと考えていると値段がすぐに変わる。

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テーラ・ノストラ・ガーデンホテルの温泉プール。赤い水は水着を一つダメにした。

それからサン・ミゲル島の温泉を探したら、以前訪れたフルナスに天然温泉の公衆浴場があるではないか。昔行った時は気付かなかったが、地元ではよく知られた温泉で、数年前に新装開店し、なんと朝は7時から夜は23時まで一年中営業しているという。また最近フルナスのテーラ・ノストラ・ガーデンが、世界の名庭ベスト100の内ポルトガルから選ばれた5つの庭園のひとつとなったので、再訪したいと思っていたのと、地熱で作るフルナス名物のコジードももう一度食べたかったのもあり、今回のアソーレスの旅はあちこち移動せずにフルナスに連泊することにした。

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中央の白い家がポエムの家 (Casa do Poema)

フルナスの代表的な宿泊施設は何と言っても大きな温泉プールと素晴らしい庭園のあるテーラ・ノストラ・ガーデンホテルなのだが、シングルの部屋は狭いし冬でも結構高い。オフシーズンにもかかわらず温泉に近いホテルやペンションはほとんど満室で、唯一残っていたのが「ポエムの家」というポエマーな名前の築4年の小さな一軒家で、料金は4泊200€に清掃代35€。台所や洗濯機など長期滞在も可能な設備が全て揃い、リスボンのおしゃれなアパートのような内装だ。
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小さな家だが吹き抜けがあり、広々とした印象

自転車でフルナス湖の周辺を散歩したいと思い、後から自転車の積載を追加したら、料金が驚きの98€で、人間様より高い。格安航空会社の最安チケットで持ち込める荷物はキャビンに積める手荷物一つのみで、女性のハンドバッグや土産物の紙袋まで追加料金の対象になる。ケチ!
朝7時出発の便が10時半に遅れるとアナウンスがあり、結局9時半ごろリスボンを離陸した。一応お詫びの4.50€のミール券を貰った。この会社の機内食は有料なので、少しばかり得をしたような?
昼頃にポンタ・デルガーダの空港に着くと「ポエムの家」のオーナー、ルイスさんが迎えに来た。時間の都合がつけば、送迎や観光案内もしてくれるので、帰りも空港までのトランスファーを頼んだ。北回りの幹線道路をドライブしながらフルナスに到着し、早速宿の近くのレストラン「トニーズ」でフルナス名物温泉コジードを久々に食べることができた。
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3種の肉と芋+2種類の腸詰とキャベツ+人参+ご飯で限界の満腹度

昼食の後は、テーラ・ノストラ・ガーデンを散歩した。広大な庭には湯気の立つ小川が流れ、水辺には里芋が群生し、地面は苔で覆われ、赤や白の椿が咲き、銀杏が黄金色の落葉を歩道に敷き詰め、杉の巨木の下には季節外れのツツジもぽちぽち咲くかたわら、ジュラシックパークに出てきそうな巨大なシダが大きく葉っぱを広げ、見慣れないトロピカルな植物もありといった具合の、日本とヨーロッパと古生代の混じったなんとも不思議な庭園である。
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庭園の里芋の収穫。煮物が食べたい!

庭園の後は、天然温泉の「ポッサ・ダ・ドナ・ベイジャ」に出かけた。勢いよく流れる赤茶色の小川を挟んで、5つの異なった深さと温度の露天風呂があり、地元民や外国人のカップルや家族連れがまったりと湯に浸っている。水温は28度の一つを除き、他は39度の熱くもぬるくもなく、長時間浸れる湯加減である。お湯から出る度に冷たい空気に当たっては体を縮めたが、5つの浴槽を一巡りした頃には、身体がぽかぽか温まっていた。


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by caldoverde | 2016-12-25 20:56 | ポルトガルの旅 | Comments(2)
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お土産に頂いた島のアボカド

3日間だけの島の滞在もあっという間に最終日。初日にレストランで会った91歳の老紳士の家を訪ねた。島の名家に生まれ、コインブラ大学で学び本土のポルトガル銀行に勤めた後、故郷で余生を過ごすレオポルドさんは、自宅に人を招待し、自分が所有している本などを見せて島の話をするのを楽しみとしている。広い屋敷にはアボカドの果樹園があり、他の島にも売っているそうだ。この島の人は甘くない果物は好きじゃないのであまり売れないが、品質は上々との事。食べ方を紹介し、グラシオーザのアボカドだというシールを貼るとか、工夫すれば売れると思うが…

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ブドウも質が良さそう

昔はロバの島だったグラシオーザ島は他のアソーレス諸島の島々同様、牛の島になった。グラシオーザ島のチーズは淡黄色のセミハードタイプで、シャープなサン・ジョルジェのチーズに比べ、まろやかで食べやすい。リスボンのデパートでも手に入れる事ができるが、やはりデパートのお値段である。サン・ジョルジェ島の工場でチーズを買ったらあまりにも安かったので、グラシオーザの工場直営店にも立ち寄りたかったが、残念ながら時間がなかった。次回は買いに行くぞ。

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乳牛だけでなく、肉牛もたくさん飼育されており、ロバ牧場のそばでも美味しそうな赤牛の群れを見た。グラシオーザ島の最終日は地元の牛のステーキと決めた。
タクシーを呼び、以前タコを食べた事のある「キンタ・ダス・グロッタス」というレストランに行ってくれるよう頼んだ。その運転手はかつて私にそのお店を推薦した当人なのだが、彼によると最近経営者が代わったという。昨日会ったロバ牧場のフランコさんも夜にここで食事会があると話していたので、それほど内容は変わっていないと考えたいが…

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ニンニクと赤ピーマンがアソーレス風

飲み物はグラスワインの赤を頼んだ。色が薄く酸っぱくていかにも自家製、密造酒という感じだが、グラシオーザ島の赤ワインは生産量が非常に少ないので味はともかく珍しいものだ。

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モランゲイロと同じタイプの地酒。色が薄くて濁っているところがいかにも自家製。

前菜は揚げたチーズとメロンのジャム。熱々の揚げたてから少々時間が経っていたが…美味いじゃありませんか!

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カリッと揚がったチーズに甘いジャムがよく合う

メインのステーキは、ミディアムの焼き加減を頼んだ。ポルトガルの牛肉は、赤身なので生焼けの方が柔らかくて美味しいのだ。ところが来たものは、しっかり中まで火が通っていて、噛みごたえ満点のウェルダン。肉自体は悪くないと思うが、私の欲しいのはこれではない。わざわざタクシーで来たのに。ワインが空になったので、お代わりを頼むついでに、肉が焼きすぎて硬いと文句を言った。焼きが甘ければ、焼き直しを頼めるが、焼き過ぎは元に戻せないので、言うだけ言ってみた。そうしたら、さっきの不味い自家製ワインよりいくらかましなものが来て(市販のワイン)、給仕の女の子が別の肉が欲しいかと聞くので、クレーマーになるのは嫌だったが、別の肉を頼んだ。今度はちゃんと肉汁の滴るミディアムの状態で、より柔らかくデリケートな味となった。もっと欲を言えば、 肉の嵩が厚かったらなあ。そうすれば外側はこんがりで中も熱いけど生焼け、という理想的な状態になると思うのだが。

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こうでないと

その事をタクシーの運転手に言うと、アソーレスの人はしっかり焼いた、硬い肉を好むだそうだ。最初の肉はここではミディアムだったのか…クレーマーになってしまった。

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以前来た時は、デザートを省略して店を出る際に、ガラスケースに並べられた甘い物を目にして激しく後悔したので、今度は絶対コテコテのプリンを食べるんだ!と決意していた。残念ながら私の記憶にあったあのプリンらしきものはメニューには無かったが、給仕の女の子が推すパッションフルーツのババロアは悪くは無かった。

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民家の塀の上に飾られた法螺貝のように、ゆったりした歩みのグラシオーザ島

3年前にグラシオーザに来た事がある、と島民に言うと、全く同じでしょうと言われる。確かに見かけは変わっていないものの、このレストランや、カラパッショ温泉のように微妙に変わっているものもある。フランコさんのように、変えようと頑張っている人もいる。大事なのは島の価値を島の人たちがもっと認める事ではないだろうか。補助金頼りの酪農や、夏の観光収入だけでなく、島にはもっとポテンシャルがあると思う。昔はこの小さな島にピアノを所有していた家庭が驚くほどあり、音楽が非常に盛んだった。今もグラシオーザ島のカーニバルは他島から見に来る人々もいる程だという。インターネットの普及によって世界中のあらゆる情報が入る時代だが、発信する人がいなくては、知られないままだ。でも無理しない、頑張らないところが、安らぎを与えてくれる、それがグラシオーザ島の大きな魅力と言える。貧しい島から変わって欲しいが、素朴な島から変わって欲しくもない。また数年後訪ねてみようか。

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これも食べたいし。カサガイ。

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by caldoverde | 2015-07-12 22:39 | ポルトガルの旅 | Comments(2)
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グラシオーザ島は20世紀初めまでロバの島と呼ばれ、ロバを育て他の島に売っていた。コビトロバと呼ばれる独特の小型のロバは、イタリアのトスカーナ地方のロバに近く、どちらもアラブ人が北アフリカからヨーロッパに持ち込んだものがルーツだそうだ。元々砂漠の地方生まれのこの動物は、アソーレス諸島9島中2番目に乾燥したグラシオーザ島の気候が合っていたのかもしれない。しかし農家が助成金の出る酪農へと転換したり、島に見切りをつけてアメリカやカナダに出稼ぎするケースが増え、それに伴ってロバの数も激減し、今では数十頭しか残っていない。

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このグラシオーザ島のロバを保護し、血統を守ろうとしているイタリア人がいる。フランコ・チェラオロさんは、元々演劇やオペラ、映画の美術監督で、私も見たことのある「薔薇の名前」等有名な映画も担当し、その分野では高名な方らしい。彼はリタイアしてグラシオーザ島に移住し、家と土地、そして御用済みになったコビトロバを買い入れ、その飼育と繁殖を試み始めたという、ちょっとドン・キホーテ的な人物だ。

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身長は1mほど

牧場に飼われているコビトロバの毛色は、茶色もあれば、まだら模様もあるが、灰色の体に、首の周りの黒い筋、脚の先に細い縞模様が入るのが典型的。この特徴がはっきりした個体がコビトロバの純血種として、最近ポルトガルの固有種と認定された。農家でも獣医でもない一外国人の努力によって、コビトロバは絶滅寸前から救われたのである。

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フランコさんの家は築400年、5棟の小さな家がくっついた長屋のような建物だ。昔は長屋に全部で30人が住んでいたそうだが、今はフランコさんと彼のパートナーの2人だけになってしまった。集落全体では住民は100人もいたのだが、多くの家は廃墟となり記憶と共に風化している。フランコさんは庭に様々な果樹を植え、部屋の幾つかをバカンス用のアパートとして改装し、旅行者にロバとの休日を楽しんでもらうことも企画している。ロバやアソーレスの生態系に興味のある方は是非どうぞ。

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ロバに乗って散歩したいというリクエストに応じてくれたフランコさんは、そのアクティビティーにおいてはまだ新人、いや新ロバのシコという雄を選んだが、シコはロバらしい頑固さを発揮し、鞍を付けるのを手こずらせ、私が乗れば後戻りしたり止まったりと、さっぱり人間の言うことを聞かなかった。ロバ車も購入し、道具を仕舞うガレージの増設も計画し、将来の観光資源となるべく準備中のフランコさんであるが、まずロバの調教から始めないと。

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くつわを壊し、挙句に脱走したシコ

よそ者ゆえに、アソーレスの問題点も鋭く指摘するフランコさんであるが、毎日見る夕日が一つとして同じものではないという事を感動を込めて語っていた。アソーレスの自然は、芸術の国イタリアの舞台美術家をも飽きさせぬ、偉大な芸術作品なのだ。

お昼はフランコさんお勧めの、フォウガ(暇)と言う名の小さな港の小さな食堂で、アブロテイアという魚のフライを食べた。店のおばさんが正直に、これとこれは冷凍だけど、これはフレッシュだと教えてくれたのが、そのアブロテイアだった。カリッと揚がった衣に所々塩が効いて、淡白な魚の味をよく引き出している。

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その後はカラパッショ温泉でまったりするはずだったが、7月15日まで無料キャンペーン中の温泉プールでは中高生男子がしぶきを上げて泳いだり潜ったりして遊んでいるので、彼らが出るまでしばらく辛抱しなくてはならなかった。無料にするといい面とそうでもない面があるものだ。

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by caldoverde | 2015-07-12 21:28 | ポルトガルの旅 | Comments(7)
サン・ジョルジェ島の最終日。フライトは午後4時なので、初日のタクシーのジョゼさんにまだ見ていない島の北側の観光と、昼食後の空港までの送迎を頼んだ。
島一番の景観はどこか尋ねると、彼はファジャン・デ・サント・クリストを挙げたが、そこには山を歩いて行くしかないと言う。それならば車で行ける最も近場まで連れて行ってくれるように頼んだ。
ファジャンとは切り立った崖の下にできたわずかな土地のことで、サン・ジョルジェ島には名前の付いているものだけでも70箇所以上のファジャンがある。つまり島は何々海岸ではなく何々ファジャンで囲まれているわけである。
タクシーは海を見下ろす牧場を登り、山を越えて第一の景勝地ファジャン・デ・サント・クリストに隣接するファジャン・ドス・クブリスに向かった。
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手前の湖のある小さな陸地がファジャン・ドス・クブリス、奥の細長く飛び出た所がファジャン・サント・クリスト

島の北側はほとんど直角に山が海に落ち込む急峻な斜面で、実に様々な種類の植物が生い茂る豊かな森に覆われている。杉の巨木が並びミョウガの自生する日本の田舎道に似た山道を走ると、様々な野鳥が飛び立ち、野うさぎが横切る。ホテルの隣の空き地にも夜たくさんの野うさぎが遊んでいた。ジョゼさんに野うさぎや野鳥の料理はあるかと尋ねると、衛生上の問題と、島は自然保護区となっているので野生動物は捕食禁止という事であった。「昔はツグミなんかよく食べたんだけどね」と島に生を受けて53年の運転手のジョゼさんは懐かしんだ。
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いろは坂のようなジグザグの山路を下り、ファジャン・ドス・クブリスに着いた。30戸ほどの集落には石造りのカフェ兼レストランが1軒あり、そこでサン・ジョルジェ島の名物のお菓子のエスペシエとコーヒーで一服した。様々な香料を使った茶色の生地をクリーム色の薄い皮で巻いて棒状にし、くるりと輪にして切れ目を入れて焼いたクッキーは、ものすごく美味しいという程のものではないが、デザインは唯一無二であろう。
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車で行けるのはここまでで、ファジャン・デ・サント・クリストに行くには山道を1時間歩くか、4輪のオフロードバイクに乗るしかない。オフロードバイクは片道20ユーロと結構な値段だが、島の名所として第一に名の挙がる孤絶の集落を結ぶ唯一の乗り物だ。ライダーの胴に腕を回してバイクの後部座席に乗るのは、子供の頃父親のバイクに乗せられて以来である。ピチピチギャルでないことを詫びつつ、なるべく運転手に密着しないように努力しながら凸凹の山道を走行した結果、わき腹や太ももが筋肉痛になった。この山路は島では有名なトレッキングコースで、小さな子供連れの家族やグループとすれ違ったり追い抜いたりした。
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20分ほどで海水湖のあるファジャン・デ・サント・クリストの集落に着いた。満ち潮になればすっかり大西洋と一体になってしまいそうな小さな湖、ここがかの有名なサン・ジョルジェ島のアサリの産地である。アサリ自体もここにしか棲息しない特殊な種類で、流通は人の足かバイクでファジャン・ドス・クブリスまで行きそこから車で町まで運ぶとなれば、値段は当然高くなるわけだ。一旦廃村になったこの集落には15軒の民家があり、国内外に移住していた三家族が戻って定住している。いずれもアサリ採りを生業としているそうだ。
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バイクがなかった頃は私がアサリを運んでいました

信じ難いことだが、この極小の村は色んな作物が栽培できてその質も良く、豚を飼い、海で魚、湖でアサリを採りと、海の幸山の幸に事欠かなく自給自足が可能だったそうだ。お金を使う必要もなく、別の村のオレンジと野菜を物々交換していたという。地形的には海からも山からも追い詰められて逃げ場のない袋小路のような場所であるが、一つの自己完結した共同体だった。サン・ジョルジェ島はアソーレス9島の中でも最も開墾が難しそうな島なのに、実はこんなオアシスのようなファジャンがあちこちにあったようだ。ファジャン・ド・サント・クリストはまた自然保護区に指定され、人間ばかりでなく、様々な鳥や植物のオアシスになっており、大海の一粒の砂のようなこの集落の歴史や地理を紹介するインタープリター・センターまである。
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昼はホテルと空港の中間に位置する、古民家を改装した伝統料理レストラン「フォルノス・デ・ラヴァ」(溶岩のかまど)で、赤魚とカサガイのカタプラーナ(ポルトガル風ブイヤベース)を食べた。昨年はサンタ・マリア島でカニカマを使ったカタプラーナにがっかりしたが、これは合格。欲を言えば海老も入れると更に美味しくなったはずだ。
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アソーレス諸島は、9島それぞれが個性的で、違う魅力を持っている。旅を重ねる毎にその差異に気付き、ますます興味が湧いてくる。マデイラ島や地中海の島々とは一線もニ線も画した渋い味わい。新大陸と旧大陸の中間に位置し、もしかすると伝説のアトランティス大陸の痕跡かもしれない小さな島々には、人間や動植物の拠り所となる優しさと、ある日突然爆発する荒々しさが共存する。
また夏が来ればアソーレスに行きたくなるだろう。今度はどの島から再訪しようか。
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by caldoverde | 2013-07-26 19:24 | ポルトガルの旅 | Comments(3)
なだらかなグラシオーザ島に比べて、サン・ジョルジェ島は地形が非常に険しく、移動が難しい所だ。公共交通機関はバスが4路線ほどあるが、ほぼ1日1~2往復程度。旅人が島を回るにはレンタカーかタクシーが必要だ。ホテルからは、ヴェラスの町まで海に沿って20分も歩けば行けそうに見えるが、実際はアップダウンの多い切り通しの道路を8キロぐらい歩かなくてはならない。景色の美しさを堪能しつつ歩き始めたが、途中で散歩の域を遥かに越える道程であることに気が付いた。しかし幸いにゴミ収集のトラックが私を呼び止めて町まで乗せてくれた。荷台でなく助手席にである。ポルシェでなくても十分に有難い事だ。
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目と鼻の先にあるようでかなり遠い

ヴェラスのスーパーで降ろしてもらい、その前に止まっていたタクシーに、島の西端の灯台まで行ってまたヴェラスの町に戻るドライブを頼んだ。昨日英国人女性を乗せていたタクシーだった。彼は10年ほどアメリカで働いていたので、英語を話すことができる。昔は捕鯨船に乗ってアメリカやカナダに渡り、そこで職を得て住み着くアソーレス人が多かった。現在もアソーレスにルーツを持つ有名人が何人かいる。カナダのポップ歌手のネリー・フルタード(ファータド)はその代表である。

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大海原に向けて島民の背中を押したのは、貧しさと自然災害である。火山の噴火こそなかったものの、サン・ジョルジェ島はしばしば地震に見舞われ、特に1980年の地震は大きな被害を与えた。この地震によって島の最西端のポンタ・デ・ロザイスの灯台は使用不能となった。集落からかなり離れた舗装されてない細い道の終点に、車が入れないように大きな石が置かれ、廃墟となった灯台と灯台守の住んでいた建物が不気味に佇んでいる。かつてはこの敷地内でパンを焼いたり、車を整備できるほど充実した設備を誇っていたが、地震で地割れや陥没が生じ、周囲の崖が崩れ落ちて危険になったため、閉鎖された。

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これで前菜です

ヴェラスの町に戻り、初日に昼食をとったレストラン、アソールで再び食べることにした。前菜は島で作られるリングィッサというソーセージ。リングィッサは普通指の太さくらいの細長い腸詰めだが、ここのは親指と人差し指で作った輪のサイズで前菜の量を超えている。切り口から脂肪がぶりぶり飛び出し、食べたらこうなるぞと警告しているようだ。ピリッと辛くて美味しいが、3、4切れに留めた。店の女の子は残りを持ち帰り容器に詰めてくれたが、食事の後は満腹でとても食べ物を持ち帰る気が起きず、せっかくの親切を無駄にしてしまうことを詫びた。

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メインは今日のお魚のシシャーロス。以前テルセイラ島で食べたシシャーロスの唐揚げはクリスピーな小魚の唐揚げで、とても美味しかったが、ここで出てきたのは鯉か鯵のような魚の切り身だった。味は青い魚の味で、特にうまいっというほどでもない。後でタクシーの運転手のジョゼさんに聞くと、シシャーロスは小さいのを揚げたのが旨く、大きいのはそれ程ではないということだ。アソーレスでシシャーロスを頼むときは、小魚か成魚かを確認した方がよい。

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デザートはこの店のスペシャルというサン・ジョルジェチーズのグリル、桑の実ジャム添え。塩気のあるチーズトーストに甘いジャムを組み合わせた甘辛デザート。サン・ジョルジェチーズは塩気も匂いも強いので、パンで中和を図るのだろう。それでもかなり強いコントラストである。

午後は路線バスで島のもう一つの端のトッポ灯台まで行ってみた。バスは夕方4時半ごろヴェラスを出て、トッポに着くのは約2時間後。それが最終バスなので、帰りはタクシーを呼ばなくてはならない。初日のタクシーのジョゼさんの電話番号はあり、また観光案内所からタクシー運転手のリストと大まかな料金表をもらい、トッポにも2台タクシーがあるということが分かったので何とか帰れるだろうと、島の最東端まで行くことにした。アソーレスはどの島も地図上では小さいように見えて、起伏が大きいので直線距離の2〜3倍の道程があるようだ。サン・ジョルジェ島の長さは50数キロというから、車で1時間も走れば端から端まで移動できそうなのだが、そうは問屋が卸さない。
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灯台で呼んだタクシーの運転手はカナダにいた人で、こっちがいくらポルトガル語で話しかけても英語で答えが返ってきた

いずれの路線バスもサンタ・カタリーナという缶詰工場を経由し、そこで働く社員を降ろし乗せる。ほとんどが女性で、彼女達が乗り込むと車内は魚の匂いが漂う。リスボンではグルメショップなどで売られている、高級感の漂う包装のツナ缶はこの島のチーズと並ぶ二大産業である。
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by caldoverde | 2013-07-17 20:49 | ポルトガルの旅 | Comments(0)
 サン・ジョルジェ島の名前は、竜を退治した伝説の聖人セント・ジョージから来ている。この島に昔恐竜が沢山棲息していた…というわけではなく、地形がドラゴンの形をしているからだそうだ。地図で見ると、葉巻のような細長い紡錘形をしていて、その中央をほぼ一直線に火山ドームが並んでいる。海面から飛び出した竜の背びれか鋸の歯のようなギザキザのシルエットである。最も高い地点は1000メートルを超える。急峻な山々が垂直に近い角度で海に落ち込む。海沿いのわずかな土地にしがみつくように点々と集落がある。島の人口は約10000人だが、なぜこんな厳しい地形の島に人は住むのだろうか。
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世界遺産となった富士山、もといピコ島が眺められるから・・・かな

 サン・ジョルジェ島には人口の2倍の牛がいると言われる。白黒の乳牛、赤牛、黒牛、闘牛、様々な牛が、海を見下ろす斜面に放されている。休みなく生産される牛乳は3、4カ所の工場に集められてほとんどがチーズに加工される。
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 太鼓型のセミハードタイプのサン・ジョルジェチーズは、熟成期間によって3ヶ月、6ヶ月、1年、2年ものがある。古くなるにつれて匂いが強く、味もシャープになる。工場では試食販売を行っており、私はリスボンではあまり見かけない古漬け1年ものを選び、薄く切ったものを買った。値段は1kg当たり6ユーロいくらで、私が買った1片はたった65セントだった。リスボンで見かけるカットチーズは200g位で3ユーロはするので、安さに驚いた。

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 この島にはコーヒーを栽培し、焙煎して飲ませるカフェがある。Café Nunes ではコーヒーの他にマラクジャ(パッションフルーツ)、バナナ、イチジクなどいろんな果樹やハーブを栽培している。店の人はこの島がヨーロッパで唯一コーヒーが栽培されている場所だと自負している。酸味が強いアラビカ種で、ポルトガルのどこでもそうであるように、エスプレッソにする。焙煎や淹れ方を変えたらもっと美味しくなると思う。コーヒーの果実からコーヒー豆にするには結構手間暇がかかるので、1杯の値段は1ユーロと相場の倍だが珍しいので立ち寄る価値がある。
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 このカフェには島の伝統工芸の手織りの工房もある。独特の幾何学模様のベッドカバーや敷物を生み出すのは、粗削りの材木を組み合わせた素朴な機織り機。女性が1日12時間機械に向かい半月かかって織り上げるベッドカバーは380ユーロと労力からすれば決して高くない。他の場所にも数台の機を持っている工芸センターがあり、サン・ジョルジェの空港に売店を持っている。手織りのテーブルセンターは値段も手頃で美しいので何枚かお土産に買った。
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 島で最も古い教会の一つ、サンタ・バルバラ教会で、もう一人タクシーであちこち回っている英国人女性に出会った。彼女の曽祖父がサン・ジョルジェ島出身者だったということで、自らのルーツを探す旅に来ているのだった。教会を管理する島の女性は、その英国人女性の曽祖父の姓を聞くと、すぐにその家族はどこに住んでいるかを言い当てた。翌日たまたまそのタクシーに乗り、彼女はポルトガルの親戚と対面できた事を知った。
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 タクシー運転手のジョゼさんにサン・ジョルジェ島の名物を尋ねたら、アサリだという。アサリというと珍しくも何ともないように思われるが、この島でとれるアサリは大きくて美味いのだそうだ。昨日はカサガイを食べたので今日はアサリと決まった。ヴェラスから南側の道を走り、あちこち立ち寄りながら4時間のタクシー観光は、2番目に大きな町のカリェタのレストランで終了。料金は68ユーロ。
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 本当に新鮮なアサリはただ蒸すだけのアメイジョア・アオ・ナトゥラルが一番美味しいというが、ポルトガルではニンニク、玉ねぎ、香草で味付けし、ワインで蒸したアメイジョア・ア・ブリャオン・ド・パトと言う調理法が一般的だ。値段は2人前20ユーロから30ユーロと結構いいお値段。

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 メインはアソーレスの郷土料理の一つ、アルカトラと呼ばれるビーフシチュー。土鍋でじっくり煮込んだアルカトラを動画で味わって頂きたい。


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by caldoverde | 2013-07-11 12:25 | ポルトガルの旅 | Comments(2)
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島はどこも断崖絶壁。島最大の平地ヴェラスの町を見下ろす

 アソーレス諸島九島のうち、未踏の島はサン・ジョルジェ島のみとなった。ホテルの選択肢の少ないアソーレスであるが、インターネットで検索すると、ピコ島の素晴らしい姿が目前に広がる素敵なホテルがサン・ジョルジェ島にあった。空港からも遠くない。島一番の町のヴェラスの近く でもある。こんな眺めなら、部屋から出ないでぼーっと1日中過ごせるかもしれない。予算オーバーだが、このアパートメントホテルを予約した。
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富士山のようなピコ島。中央右に白い建物が集まっているのが、今回泊まったホテル Cantinho das Buganvilias

 正面にレセプションとレストランやジムのある円形の建物があり、その奥に独立した戸建のアパートメントが10棟程並ぶ。ホテルには屋外プールとジムのプールがあり、また少し歩くと天然の磯のプールもある。屋外プールやレストランからは海峡を挟んでピコ島の勇姿や、湾に広がるヴェラスの町や火山でできた丘が見える。部屋にはキチンが付いており、簡単な料理もできる。リビングにはソファと食事テーブル、広いバスルーム、寝室は2つ、ベッドは4つ。これを一人で使うのはもったいないのは重々承知だが、リスボンのアパートの騒音から一時解放され、大自然の静寂の中で、まだ決着のつかない「快楽」との長期戦に備えて体力を回復するための必要経費と考えよう。
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夕暮れのヴェラスの町を眺めながら飲むビールは最高。つまみは名高いサン・ジョルジェのチーズ

 去年のグラシオーザ島では、経由地のサン・ミゲル島で自転車が積み込まれず、ロストバゲージの手続きをしているうちにタクシーが空港から消えて、ホテルまで歩くはめになった。今回は自転車は置いて来たが、荷物は小型のトランクに詰めたので持ち歩きたくない。早い所タクシーを確保しなければ。アソーレスのタクシーはメーターがなく、空港からどこまでは幾ら、という定額制だ。リスボンよりも高く感じるが、仕方が無い。また実際に車で走ると地図の見かけよりずっと距離があるのがアソーレスである。サン・ジョルジェ島で最初に乗ったタクシーの運転手、ジョゼさんには到着日と翌日、最後の日と3回お世話になった。

 まずホテルに荷物を下ろし、直ぐに島一番の町のヴェラスに向かった。昼時だったので、ジョゼさんにレストランを紹介してもらい、近くで降ろしてもらった。港のそばの広場に面したアソール(アソーレス=鷹)という店だ。何人か町の人に尋ねるといつも筆頭に挙がるレストランである。

 アソーレスに来たら食べるべきものは、カサガイ(ラパス)である。この店では金網にのせて焼くのではなく、お皿にのせてオーブンで焼くようだ。生焼けのもあるが、アワビの刺身ようにコリコリした歯触りで、磯の香りが強い。むしろ新鮮で大きいのは焼かなくても良いくらいだ。
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約40個ありました

 今日のお魚はbagreという赤魚と白身魚の中間のような味で、淡白でありながら旨味がある。ウィキペディアによるとbagreはナマズとなっているが、ヒゲがあるのだろうか。リスボンでは見たことがない。付け合わせのじゃがいもはニンニクと塩で味付けしたモサモサ系の芋で、美味しくて全部食べてしまった。普通は茹でじゃがいもは黄色いねっとり系が多いので珍しい。
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頬の肉も美味しい

 食後は郷土色豊かなチーズプリン。塩気の効いたサン・ジョルジェチーズと、濃厚な黄身プリンを組み合わせた、あまじょっぱい塩羊羹のような異色のデザートである。サン・ジョルジェ島デザートコンクール入賞の盾が店内に飾られており、おそらくこれが表彰されたのであろう、個性的なスイーツだ。
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by caldoverde | 2013-07-05 21:27 | ポルトガルの旅 | Comments(4)
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右の白い建物がカラパッショ温泉、すぐそばには無料の海水プール

 2日目の午後から3日目にかけて、島は雲に覆われ小雨もパラついて文字通り白い島になってしまった。景色は望めないので、またバスでカラパッショ温泉に行くことにした。プールとジャグジーバスに加えてリンパマッサージを受けた。リンパ腺を思いっきり絞り上げるのかと思いきや、優しく撫でたり軽くつまんだりといったマッサージで新陳代謝を促すのだそうだ。環境音楽の流れる中、リスボンのアパートの騒音も忘れて久しぶりに心地よい眠気を感じた。
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 昨日はこの近くのレストランで食べたので、この日は別の所で食べようと、サンタ・クルスに向かうバスを途中下車して、港のあるプライア(浜)地区を訪れた。浜といっても20mくらいの小さな黒っぽい砂浜があるだけだが、島では唯一の砂浜だ。ちょうどアソーレス諸島各島を結ぶ連絡船が入港し、また乗客を乗せてピコ島へ向かうところだった。港のそばにもあの特徴的な形の風車がいくつかある。休暇を得た移民労働者や他島や本土で勉強していた学生たちはとんがった赤い屋根を見て、ああ、故郷に帰って来たと実感するにちがいない。
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中央の小島は野鳥の生息地として保護されていて立ち入り禁止
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右の風車は宿泊施設になっている

 プライア地区には非常に重要な名産品がある。ケイジャーダ(チーズ菓子)だ。薄い皮にチーズを使ったフィリングを詰めて焼いたものでヒトデの形をしている。島のカフェにエッグタルトはなくてもケイジャーダは必ずある。その名物菓子の工場がプライアにあると聞き、ぜひ出来たてを食べたいものだと思っていた。海岸通りのカフェにそのケイジャーダがあると住民から聞き、さっそくコーヒーと共に名物のケイジャーダを賞味した。ポルトガル各地にご当地自慢のケイジャーダあれど、私の評価ではグラシオーザ島のは国内で1、2を争う美味さだ。少なくとも見かけから想像するよりもずっと美味しい。硬そうに見えたフィリングは実はしっとりして、まったりとした舌触り。フレッシュ・チーズに砂糖を焦がしたカラメルの香ばしさをからめ、シナモンなどの香料は使っていない。かなり甘いが小さめなので、苦いエスプレッソ・コーヒーに良く合う。グラシオーザ島以外では、6個入り箱詰めでサン・ミゲル島の空港で売られている。生にはかなわないが、お土産としてはかなりのレベルなのでお奨めだ。
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 夕食はケイジャーダを食べたカフェの隣の、白壁に石があちこち顔を出す伝統的な島の建物のレストランで、地元の白ワインとボカ・ネグラという魚のグリルの夕食をとった。この島のワインもピコ島の世界遺産のワイナリーと同じように石垣で囲まれた畑で作られる。香りはとてもフルーティだが、味は辛口。アルコール度数は11度程度で、軽く、はかなく、後に残る余韻みたいなものはないが、とても飲みやすい。
 ボカ・ネグラはテルセイラ島でも食べた赤魚系の魚で、レストランのお姉さんも推すだけあって、新鮮で美味しかった。サラダのほかに野菜炒めが付いていて、味噌汁と白いご飯があれば120点。
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 デザートはチーズのプリン。ねっとりとした舌触りの、乳脂肪分が高そうなプリンは酪農王国のアソーレス諸島ならではのデザートである。グラシオーザ島のスイーツは特にミルクの味と香りが濃厚である。
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 夕食後はプライア地区からのバスはもうないので、レストランでタクシーを呼んでもらいサンタ・クルスにもどった。海岸沿いの景色のいいところを走ってくれと頼んだが、正直そうな運転手は、この道が早いと内陸寄りの幹線道路を選び、途中眺めの良い場所で停めて、景色を見せてくれた。信用できそうな人だったので、翌日の最終日に3時間ほどの観光とそのまま空港への送迎も頼んだ。
 島のタクシーにはメーターはなく定額制で、彼は料金表を引っ張り出し、50ユーロくらいだと見積もりを出した。今まで他の島では60~70ユーロほど払っており、また翌日は土曜日でもあったので、60ユーロ払うということで明日の昼にホテルに来るように依頼した。
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by caldoverde | 2012-07-23 07:36 | ポルトガルの旅 | Comments(3)