ポルトガルの食べ物、生活、観光情報


by caldoverde
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タヴィラで焼魚三昧

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水の町タヴィラにはこのローマ橋の他にも3つの橋がある。

 タヴィラは川と海が作り上げた広大な潟と山に挟まれた土地に、ローマの遺構とイスラムの伝統、カトリックの壮麗さがモザイクのように入り組んだ歴史の町。近代はマグロ漁でも栄えた。ジラオン川を挟んで市街は二つに分かれ、いずれも水面に美しい影を映す。赤い汽車ぽっぽ型の観光バスが町と塩田の広がる潟、そしてタヴィラ島行きのフェリー乗り場を巡る。旧市街の小さな箱型の家々や、潟に集う野鳥を見るのも楽しい。バスは一回の乗車3.5ユーロだが、5ユーロで1日何度も乗り降りできる。
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 そんな町に何か特別な食べ物がないか注意して歩いたが、旧市街にはなぜかインド料理屋ばかり目立った。カフェにはアルガルヴェ名物のマジパン菓子があるけど、特別美味しいというほどのものでもない。地元の人達で賑わうレストランは見当たらない。メニューを見てもどうもピンと来ない。観光客向けのカタプラーナ2人前28ユーロ等、予算も量も一人ではオーバーだし、何となく美味しそうでない。

 フェリー乗り場付近には大きなレストランが何軒かあるが、半分は閉まっていた。タヴィラ島にはキャンプ場があり、自炊することができる。またレストランも沢山ある。夏は相当混み合うのだろうが、4月の始めは閑散としていて、少ない観光客に盛んに営業をかける店も、はたして新鮮な食材があるのか疑問である。そういう偏見が働いて、人のいない綺麗なビーチのそばでシーフードを食べるのは見合わせて、ビールだけ飲んで島を出た。
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こんな景色ならビールだけでも十分

 フェリーのおじさんに、美味しい店を教えてくれと尋ねると、何で島で食べなかったんだと半ば呆れ顔で言われた。確かに島にいたのは昼時だった。彼は2軒の店を紹介してくれた。ひとつは新しいショッピングセンターのそばの魚の炭火焼専門店で、もう一つは旧市街のレストランだった。

 3時ごろ魚の炭火焼専門店に行ってみると既に昼のオーダーは終了し、火の消えたグリルのそばに無造作に積み上げた焼き魚は種類もなく、これしかありませんと言われたので、夜に旧市街のレストランに行くことになった。そこはアルガルヴェ名物のマテ貝のリゾットが一人前から注文でき、値段もそれほど高くはない。リゾットはトマトで調味され、必須の生のコリアンダーがあしらわれている。貝はマテ貝かどうか判らない程に切ってあるが良しとしよう。見た目は美味しそうだ。ところが食べてみると何の味もしない。しょっぱくも酸っぱくもない。3月に風邪と花粉症で鼻の奥が思いっきり腫れて、一時味や臭いが分からなくなったが、徐々に回復しつつあった。まだ治っていなかったんだろうか?首をかしげながら食べた。米は茹ですぎて割れた状態だったので、炊いたご飯を使ったのだろう。コメ料理は注文してから作ったものは、汁気が多くてかさが増えるので普通2人前からだが、あらかじめ茹でたご飯を汁に入れる方法なら1人前を作るのは容易である。しかし米の香りや弾力が減少する。このマテ貝のリゾットはそれっぽい。お客さんを見ると、何と全員外国人、しかも世界で最も料理がまずいと言われるイギリスの人ばっかりだった。失敗…
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自分で作ったマテ貝のリゾットの方がうまかった

 翌日の昼は、今度こそ魚の炭火焼を食べようと、町はずれにある3本の椰子の木以外何の飾り気もない「トレス・パルメイラス」(三本椰子)に行った。この店はオフシーズンは昼しか営業しないので、夏以外に行く時は注意。実は昨日それを知らずに夜行ったら閉まっていたので、味のないマテ貝のリゾットを食べる羽目になったのだ。
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 隣を見るとカップルが何か大きめの魚を2人で分け、ぷっくり焼かれたモンゴウイカと太刀魚の切身の皿、山盛りのサラダと茹でじゃが芋でテーブルが一杯になっている。どの魚を焼いてもらおうか迷っていると店のお姉さんがサラダとじゃが芋を持って来て、大きい魚がいいか小さな魚がいいかという大雑把な注文だけ取って行った。私は小さい魚を色々食べたいと答えた。
 しばらくすると、もう少し年嵩のお姉さんが、大皿に焼きあがった魚を山盛り載せて各テーブルを周り、客の皿に次々と配って行った。この店のシステムは魚を種類ごとにまとめて焼いて、焼き上がったらテーブルに持って行き、客は好きな魚を好きなだけ取って食べる、という方式らしい。
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こういう組み合わせは普通ではない

 はじめにやって来たのは、鯛系のサルゴとファネッカという赤い魚で、どちらも淡白でとても美味しい。やっぱり鼻は麻痺していなかった。ピメントでアクセントをつけたニンニクトーストも来た。
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普通のパンもある。パンは美味しいけど食べるとメインが入らなくなるし

 リスボンでは高い、美味なヒメジが2匹。この時点で既に十分に満足していたが、やはり隣のモンゴウイカが気になる。しかしその前に立派なスズキがやって来た。普通はこれ1匹で十分な大きさだ。スズキはどこでも食べられるので、特に食指は動かないのだが、香ばしく焼けていて、半分だけ食べるつもりが全部平らげてしまった。さすがにモンゴウイカの入る余地は無くなった。デザートは果物が入ったカゴがどーんとテーブルに置かれて、好きなものを選ぶ。私はもうコーヒー以外は必要なかった。お勘定にはワインやサラダやコーヒーなどの品別の値段はなく、ただ13ユーロとしか書いていない。全部込みでセットの料金らしい。
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頭がどっちだろうがかまいません

 客は地元の家族連れが多く、次々運ばれてくる魚もすぐに骨だけになり、お代わりを頼む声が聞こえる。イギリス人の観光客に一生懸命英語で話しかける隣の夫婦。夕べの静かで上品な、しかし味のないレストランとは雰囲気が全然違う。道理でポルトガル人は一人もいなかった訳だ。しかしなぜフェリーのおじさんがあの店を推したのか謎である。昔は美味しかったのだろうか。
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皿からはみ出る鈴木君
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by caldoverde | 2013-04-17 00:02 | シーフード | Comments(7)

オリャオンの白い島

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クラトラ島からオリャオンの町を望む

 アルガルヴェのオリャオンという町は元は貧しい漁村で、貧乏で結婚できない男たちは娼婦を買っていた。また女性はおそらくそれでしか稼ぐ手段がなかった。「このドアはsim(yes)、このドアはnão(no)」という表現は、オリャオンの至る所で買春が行われていたことを意味するそうだ。
 漁師と娼婦の出会いの場として使われていたバールに、初めて「普通の主婦」が足を踏み入れたのが、この町に17年住む日本人の青目海さん。サッカーチームのマフラーやポスターでデコレーションされ、テレビは試合の中継を流し、カウンターの奥にワインの樽があってその蛇口からコップにワインを注ぐ、ポルトガルのごく普通の居酒屋だが、この店に出入りする女性は娼婦と決まっていた。そのせいで青目海さんに絶交を言い渡した友人もいたそうだ。
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 しかし往々にしてこのような店は安くてうまい。この日のメニューは小イカの煮物で、日本人にとっては正に居酒屋料理。生ハムとチーズの盛り合わせはとても2人では食べきれない量で、お持ち帰りとなった。ワインも飲んで2人で10ユーロというのはリスボンではけっして高くないが、ここでは青目さんのご主人が「とうとうあの店もぼるようになったか」と苦笑した値段である。
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 海沿いの通りにはシーフードレストランがずらりと並んでいるが、青目海さんは美味しい店は1軒もないと断言する。彼女の ご主人は漁船員で、お二人とも魚の鮮度には厳しいが、魚の見たての判らない私の目から見ても確かに生きのいいものはない。アルガルヴェはヨーロッパの移住者が多く、本当の魚の味を知らない外国人ばかりなのでこのような商売が成り立つ。またこれらの店はマフィアが取り仕切っており、一軒だけ新鮮な魚を出す店があったが、マフィアの配下でなかったので続けることができなかったそうだ。従ってオリャオンの町で旨いものを食べるなら件の酒場とか一般家庭となる。青目海さんの家でご馳走になったヒメジとラタトゥイユのオーブン焼きは、その辺のレストランよりもよっぽど洗練された手の込んだ料理であった。
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 オリャオンには砂が堆積した細長い島があり、淡いベージュの長大な砂浜に囲まれている。島には漁師たちが作業用の小屋を作りそこに定住してできたクラトラ島、もう一つは島の端の灯台の付近に別荘が集まったファロル(灯台)島という2つの集落がある。どちらの村も「島」と呼ばれているので、昔は2つの島に分かれていたのかもしれない。オリャオンと2つの村を結ぶフェリーで、まずファロル島に行ってみた。そこで唯一営業していたレストランでマテ貝のソテーと白ワインを注文した。ニンニクとコリアンダーで風味をつけたマテ貝は汁もパンにつけて食べるとこれまた美味しい。値段は小さな皿で10ユーロと、まあ観光地値段である。請求書には食べていないオリーブやバターの値段が入っていたので訂正してもらった。観光地ではありがちなことである。
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 食後の運動がてら大西洋と地中海を結ぶ砂浜を30分程歩いて、漁師村のクラトラに向かった。さらさらの白い砂の海岸でたった一人働いていたのは赤いビニールの合羽をきた漁師で、様々な種類の貝からコンキーリャという白くて平べったい小さな貝を選別していた。この貝は味が良く値段も高いが、売れる程の量を集めるのはかなりの時間と忍耐が要りそうだ。
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 小さな倹しい家の集まったクラトラには意外なことに小学校や公民館もあり、地域のルーツを誇り後世に伝えようとする気概が感じられる。独裁政権時代、女に教育は不要という当時の政策に反発し、あるお金持ちの女性が密かに村人に読み書きを教えていたので、この島の女性の識字率は群を抜いて高かったそうだ。
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 ポルトガルの女流画家マルーダはオリャオンを白い矩形の家と青い空の対比の美しいエキゾチックな町として描いたが、実際のオリャオンは、売りに出されている朽ちかけた家が多い一方で、バブリーなマンションが建ち並び、漁港なのに海沿いのレストランは不味いというアンバランスな現況だ。物価の安さや気候の快適さ、自然公園にもなっている島のビーチの美しさに惹かれてやってくる移住者や観光客はお金を落とすかもしれないけど、町をより良く美しくするのに貢献しているとは思えない。残念ながら…
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by caldoverde | 2013-04-10 00:04 | ポルトガルの旅 | Comments(6)

ロバと歩くアルガルヴェ

 アルガルヴェ地方の絵葉書や民芸品にはしばしばロバが登場する。荷車をひいたり井戸水を汲み上げたりとロバは人々の生活に欠かせない動物だった。辛抱強いが強情なロバはポルトガル語では「馬鹿」という意味にも使われるが、全く失礼な話だ。実はロバは賢い動物であることを身を持って知る機会があった。
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 サン・ブラス・デ・アルポルテルの復活祭の翌日、町の文化センターでたまたまドンキーライディングのチラシを見つけた。すでに夕方ではあったが、電話とメールで連絡して翌日の午前中の予約を取り付けた。場所は町の中心から少し離れた山の中で、1日(8時間)・半日(4時間)・1時間半の3つのコースがあり、私はお試しの1時間半30ユーロのコースを選んだ。スタッフはポルトガル人夫婦と雄のロバが2頭。夫のフラヴィオさんがジープでサン・ブラス・アルポルテルのバスターミナルまで迎えにきてくれた。

 茶色のロバはペペ、白っぽい方はアスーカル(砂糖)といい、25才と30才。以前のオーナーは英国人とフランス人で、散歩用に飼っていたそうだ。ロバはアルガルヴェ地方の伝統的な鞍や手織の敷物で盛装する。乗る時は鞍を付けるか鞍なしかを選ぶことができる。
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鞍の上に大きなポケット状の手織りの敷物をかけドレスアップ

 初めは乗らずに手綱を引いてロバをコントロールする事を学ぶ。私が選んだペペというロバは、文字通りしょっ中道草をしては歩みを止めるので、その度に綱引きをして方向転換をしなくてはならない。ロバはどうも人を見るようだ。
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樹齢約500年の木

 フラヴィオさんと奥さんのソニアさんは、ロバの性質や、アルガルヴェ地方の自然や農業、植物の名前などを説明しながら、山路や畑の中をのんびりとしかし慎重にロバを牽く。花を摘んでロバに飾り、鳥の声や小川のせせらぎに耳をすませ、山火事の跡から新芽が萌えるのを確認し、泉で喉を潤し、おやつにアルガルヴェの名産品の干しイチジクをロバに与え、地面に落ちていた生のアーモンドの実を食べたりしながら、スタート地点の井戸に戻ってきた。

ロバの背に揺られて・・・


 1時間半のコースは終了したが、フラヴィオさんが、ついでに別の古い井戸で昔どんなふうに水を汲んでいたかをお見せしましょうかと言うので、せっかくの好意を受けることにした。ところがペペはいつもの終点場所から動こうとしない。古い井戸に連れて行かれると、今度は引き綱を大きな歯車を回す鉄棒の先に結ばれて井戸の周りを歩かされる。彼はそれを知っているので嫌がったのだ。ロバは働き者かと思ったら、人間と同じでサービス残業はしたくないのであった。

も~いいでしょ。これで。


 ロバツアーの後、少し多く払うのでサン・ブラス・アルポルテルでなくローマ遺跡のあるエストイまで車で送ってくれるようフラヴィオさんにお願いした。途中小さな村や鉄分の多い水の湧き出る泉、展望台なども見せてもらい、なかなか楽しいドライブとなった。
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 この地方に生まれ育ち、アレンテージョ出身のソニアさんと大学で知り合い結婚したフラヴィオさんは、停滞した地域の再興を目指し、祖父母の住んでいた山に戻ってきた。かつてのアルガルヴェの産業や農業に重要な役割を担っていたロバに、自然と人間を結ぶ橋渡しという新しい任務を与えた。海岸ばかりが注目され乱開発気味のアルガルヴェだが、実は内陸の方が固有の伝統や自然が残されていることをロバは旅人に気付かせてくれる。またこのロバツアーは、ストレスや悩みを抱えた人には動物セラピーの効能も期待できる。都会の生活や仕事に疲れた方は、アルガルヴェの山をのんびりロバと歩いて癒されては。
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by caldoverde | 2013-04-08 08:15 | 動植物 | Comments(4)

花とおじさんの復活祭

 昨年の復活祭はアパートの騒音に耐えかねて、安眠の地を求めてアレンテージョ地方に小旅行に出かけた。今年も聖週間を迎えたがいまだにうるさい。しかし1年以上を経た「快楽」との戦いは大詰めを迎えている(と信じたい)。市はカフェに騒音を無くすための工事を行うよう行政指導した、その期限が4月5日。どうせカフェが何もしない事は確実だが、それまで少し静かなところで休みたい。ほとんどあり得ないが留守の間にカフェが閉店し、帰ったら再び平和が戻っているかもしれない。状況が同じならば一週間後の月曜日に更なる厳罰に処すことを役所に請願しに行くつもりだ。それまで数日間南部のアルガルヴェ地方で待避することにした。

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 サン・ブラス・デ・アルポルテルという町の復活祭はとても面白いらしい。男性が庭や野原で摘んだ花で作った花束を持って行進する、花とおじさん祭りである。正式には「花の松明の祭り」。毎年ブログでこのお祭りを紹介している青目海さんに会う目的もあって、冷たい雨の降る3月31日の早朝、アルガルヴェ行きのバスに乗り込んだ。

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やや若者組。

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こちらはご隠居組。

 南部では雨は上がっているだろうかとのわずかな望みは叶わず、地元の人々にとっても近年で最も天気の悪い復活祭だったそうだ。それでもテレビの生中継があるせいか、いつもよりもお洒落をしたおじさんや田舎の若者が、思い思いのデザインの花束を持って続々と教会にやって来る。ごついおっさんが意外と趣向を凝らした美しい花束を持っていたり、適当に間にあわせたのがバレバレだったり、子供が一生懸命努力した跡が見られるものなど、作者と花束を見比べて観客も参加者も微笑まずにいられない。教会の鐘が鳴ると野太い声で「云われたごとく、主は復活せり! ハーレールヤ! ハーレールヤ‼ ハーレールヤ…」と叫びながら男たちは手にした松明=花束をエイエイオーとばかり揺り動かす。行進のルートには花や木の葉が敷き詰められ、沿道の家のベランダからはとっておきのベッドカバーが吊り下げられる。




おっ一人だけイケメンが。
こらこら十字架を担ぐときはケータイは自粛しなさい。


 19世紀から20世紀にかけコルクで財を成したブルジョアがサロンで夜な夜なパーティーを開いていたサン・ブラス・デ・アルポルテルも今はショボい田舎町。しかし復活祭の伝統行事「花の松明の祭り」で年に一度の晴れ姿を妻や娘や彼女に、あわよくばTVの生中継で全国に見せようと、一張羅のスーツを着込んで自作の花束を手にした男たちに、かつての町の栄光の片鱗と伝統を守る心意気が感じられた。
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アルガルヴェのお菓子の主原料は、アーモンド、イチジク、アルファローバ(黒いさやの豆)
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渾身の力を込めた作品のそばでわら細工を実演するおじさん。
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by caldoverde | 2013-04-07 01:13 | ポルトガルの旅 | Comments(6)

鰯横丁のヒメジ

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ポルティマンの主、コウノトリ

 突然アルガルヴェに行く仕事が来た。去年のアルガルヴェ小旅行で鉄道を使うのは駄目だと学習した。また観光地で郷土料理を探すのも難しいことが判った。これらの反省を生かしWifiの入る長距離バスの中ではiphoneでよさげなレストランを探しながら3時間の移動時間を過ごした。ところが週末だったため、食指の動くレストランは皆休みだった。仕事のあるポルティマンのレストランリストはピザ屋とかハンバーガー屋ばっかり。外人相手のリゾート地はこんなものである。
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 ポルティマンに着いたのは夜9時半で、バス停近くのホテルにチェックインし、遅い夕食を食べようとした頃は10時を回っていた。必然的に今からオーダーを受け付けてくれるところで食べるしかなかった。しかし観光地だけあって広場の周りの飲食店はどこも開いていた。その中の「手長海老のリゾット」を名物料理として出している店に入り、それを注文したが2人前からということで断られた。女1人だからといって2人前食べられないというのは偏見である。私の腹を見よ。せっかくの客をみすみす逃すポルトガル人の商売だ。仕方がないのでシーズンの鰯の塩焼き5ユーロ90セントを頼んだ。店の売り上げは8分の1になった。

 やってきた鰯は6匹と数は素晴らしかったが、メザシほどの大きさの、痩せた鰯だった。6月のポルトガルの鰯は産卵期で脂がのって丸々としたものではなかったのか?味も炭火焼とはうたっているものの、何か中途半端な生焼けのような、冷凍じゃないかと疑ってしまうような貧相なものだった。写真を撮る気も失せた。
 デザートに郷土菓子のイチジクのタルトで口直しをした。はっきり言ってまた食べたいというものではないが、リスボンにはない珍しいものとして、アルガルヴェに来たからには一度は試してみるのも良い。
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一番下は黒いキャロブ豆の餡、真ん中がイチジクのペースト、上の黄色い部分はアーモンドとジラ(糸かぼちゃ)か卵の黄身クリーム。どこを食べてもねっとり。

 翌日の昼こそうまいものを食べるぞと意気込み、一緒に仕事をした地元のポルトガル人ガイドにお勧めのレストランを挙げてもらった。アルガルヴェの郷土料理のシェレンというトウモロコシの粉を使ったシチューを食べたかったのだが、それを出すレストランはスポーツクラブ所属の店で、日曜日は休みだということだ。日曜日こそスポーツクラブを営業すればもっと会員が増え、レストランにも人が入るのに、ポルトガル人はよう判らん。

 他に推薦されたのは、また鰯屋だった。昨夜の鰯がうまかったとしても2食続けて鰯は勘弁して欲しい。ところが彼は熱心に、そこがどんなに安くてうまいか語るのだ。5匹で5ユーロなら昨日の店と同じだが、観光客でなく地元のポルトガル人が食べに行くところだそうだ。そんなに言うのなら、と二つの橋に挟まれた川沿いの鰯横丁に行ってみた。

 そこには5~6軒ほど同じようなシーフードレストランが並び、どこもメニューの筆頭が鰯である。鰯と海老やイカのコンビネーションもあり、値段は5~6ユーロである。1列に並んだレストランの端から橋まで2往復して選んだ店は、並びの中央にあり、高校生くらいの男の子が呼び込みをしている店で、郷土料理の「マテ貝のリゾット」が決め手となった。1人分でも作ってもらえるかと聞くと、厨房の人に聞いてみますと言って店の奥に消えた。やはり2人前からということであった。しかし彼は諦めずにガラスケースの魚を一つ一つ紹介し、みな新鮮で美味しいよと力説する。特に珍しいものはなかったが、丸々と大きなサルモネッテ(ヒメジ)が目を引いた。男の子はサルモネッテは魚で唯一マリスコ(エビ、カニ、貝などの甲殻類)味の魚です、すごく美味しいです、と熱心に口上を述べた。がんばっているなあと感心し、またカールした金髪の可愛い子だったので、ヒメジを焼いてもらうことにした。
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暑い日ならヴィーニョヴェルデ500ml1人で飲めます

 川に面した席で冷たいヴィーニョ・ヴェルデを飲みながら魚が焼けるのを待った。その日は30度の夏日で、からっとした青空にかもめの飛ぶ川を眺めながらの食事は実に気持ちが良い。やって来たヒメジはハーブをまぶした茹でジャガイモとトマトサラダつき。ヒメジの身はプルンと弾力があり、全く魚臭くなく、淡白だがアミノ酸系の旨みのある味で、リスボンで食べたセトゥーバル産のヒメジよりも大きくてはるかに美味しい。私は魚の食べ方が下手で頭などは丸ごと残してしまうのだが、このサルモネッテはほおの肉やえらの内側まであさってしまった。
 多分鰯もそれなりにうまいのだろうが、もしまたポルティマンに来ることがあれば、またここでサルモネッテを探すだろう。お値段は鰯の3倍になるが、その価値はある。
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思い出すとよだれが・・・
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by caldoverde | 2011-06-27 03:11 | シーフード | Comments(4)
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荒々しい岬に立つ可憐なBROMPTON

 最後の日は全国的に荒れ模様との天気予報だったが、朝のうちはきれいな青空で、ホテルの人もアルガルヴェじゃ降らないよと根拠のない太鼓判を押したので、また自転車でポタリングに出かけた。サグレスの町の中心や港のそばにはたくさんのレストランがあり、1軒1軒なめるようにメニューを確認したが、秋刀魚らしい品書きを見つけることは出来なかった。せっかく遠くまで来たのだから、地元ならではのものを食べたい。しかしどれもリスボンと似たりよったりだった。
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 浜に下りると風は徐々に強まり、太陽は灰色の雲に隠れては時折弱々しく海面を照らした。人けのない砂浜では監視員の青年が黙々とデッキチェアーを直したり、ゴミを拾ったりしていたが、私を見つけて話しかけてきた。何年ぶりかの、人生最後かも知れないナンパである。人のことは言えないが非常に訛ったポルトガル語を話す。彼は私がポルトガル語で答えているのにも関わらず東洋人はポルトガル語を喋るとは思わないらしく、Do you speak English? と尋ねた。英国人の多いこの辺で仕事をしているのだからさぞかし流暢な英語を話すのだろうと思ったら、「きょう、てんきわるい。およぐのだめ。だからYellowのはた。」アンゴラ出身の監視員が発した英語はYellowだけであった。腰が砕けた。
 彼は私が何度も自分は日本人だと言っているのに、中国人は皆マッサージできるからあんたもできるだろうとか、日本では中国語を話すのかとガックリ来るようなことを熱心に質問し続け、遂には初級日本語会話をメモ紙に書かせられた。案の定「愛している」は何と言うか書いてくれと頼まれた。これで東洋人の女をナンパしマッサージしてもらおうという目論見だろうが、彼はかなり飲み込みが悪く、せっかくの授業も一生役に立ちそうにないのは明らかであった。
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 ようやく太陽が現われて海に反射し、面白い写真が撮れそうな雰囲気になっても、アンゴラから来た監視員の兄さんは私を解放してくれない。そのうちに初老の男性が一人海岸にやって来た。この秋の波の高い日に泳ぎに来たようだ。やっと監視員の仕事ができ、私は自由の身になった。良い構図を求め浜の一番端のほうまで歩いていくと、岩にズボンや下着が脱ぎ捨ててあった。先ほどの男性が何も着ずに海水浴をしていた。私が来たのを察してか腰まで水に浸かる深さで波にもまれている。私が長居すれば彼は海から出るに出られず溺れる可能性がある。そうなるとさっきの監視員の兄さんも大変だろうと、残念だが写真を撮るのもそこそこに浜を後にした。
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魚のスープとサグレスビール

 昼は港のそばのいかにも観光客が好みそうな造りのレストランでカタプラナ(ポルトガル風ブイヤベース)を食べようか、あくまで秋刀魚を探そうか迷っていたが、結局、ホテルのおじさんが推薦する町はずれのリーズナブルな店でべズーゴという鯛に似た魚を食べた。昨日のエイほどインパクトはない普通の味だが、あのサグレス岬の老漁師が命がけで釣った魚かもしれないと思うと、ありがたさもひとしおである。
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 サグレス岬が見えるように外のテラス席で食べ、コーヒーも飲み終わる頃、ものすごい雨が降り出した。ポルトガルの天気予報は意外と正確だ。中に入りアマルギーニャというアーモンドのリキュールを飲みながら雨が小止みになるのを待った。アルガルヴェ地方はその昔アラブ人がアーモンドを伝え、春はアーモンドの花、菓子はマジパンの練り切り菓子、酒はアーモンドのリキュールがこの地方の名物となっている。アーモンドの花見をしながら練り切りを食べ、リキュールを飲むなど風流だが、どちらも舌が麻痺しそうなほど甘い。
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ビワの形のマジパン菓子。中にはあんこならぬ鶏卵そうめんが入っている

 雨が小降りになるのを見計らって、ローカルバスでサグレスからラゴスに移動。長距離バスを待つ間ラゴスの町をぶらぶら歩き、アルガルヴェの伝統菓子を売っている店で一休み。マジパン菓子や、鶏卵そうめんを砂糖シロップに漬けて銀紙で包んだ「ドン・ロドリゴ」、キャロブ豆のタルト、イチジクとアーモンドのタルトなど、リスボンでは珍しいお菓子を製造販売している。最後の一切れだったイチジクとアーモンドのタルトは、果物と木の実を細かくして混ぜ押し固め、シナモンでアクセントをつけたもので、どっしりとしているものの天然の果物の甘みはしつこくなく、むしろダイエット中の方にもお勧めしたくなるようなヘルシーな味だった。秋刀魚を食べることはできなかったが、アルガルヴェならではのデザートを食しリスボンに帰ることができて満足した。
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by caldoverde | 2010-11-08 05:37 | ポルトガルの旅 | Comments(5)
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遂にヨーロッパ最南端まで自転車で到達!最後の6kmだけですが

 昨夜のレストランも泊まったホテルも客の姿はほとんど見えず、シーズンオフの観光地の寂寥感がひしひしと伝わるが、秋冬の荒涼たるたたずまいにこそアルガルヴェの本来の魅力があると思う。アフリカからの風に吹きさらされ、石がゴロゴロと転がり、ほとんど耕作不可能な荒地に立ったエンリケ航海王子は、水平線の彼方に、アフリカのどこかにあるはずのキリスト教国を捜し求めていた。
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宿泊客は私を含め3人しかいなかったようだ

 2日目は爽やかな秋空の絶好のポタリング(自転車でぶらぶら散歩する)日和となった。大変な思いをして自転車を持ってきた苦労は報われた。サグレス岬は海面から垂直に切り立ったテーブル状の平らな半島で、起伏はほとんどない。道路はきれいに舗装されていて、観光シーズンが過ぎた10月の終りは交通量も少なく、車からどやされることもなく、非常に走りやすい。しかし国道から分かれたサグレス岬に向かう一本道は粗い石畳なので、街乗り用として作られているブロンプトンには過酷な条件であり、ポルトガルの輪行にはやはりタイヤの太いマウンテンバイクが適している。
 それでも道端の草や海を眺めながらのんびりペダルをこぐのは何と気持ちの良いことか。ちょっと気になるものが視界に入ったら止まって眺めたり、写真を撮ったりしながら、ぶらぶらと海岸や港、住宅地を散歩した。
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枯れた草にはびっしりカタツムリ
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 サグレス岬は地図では爪先立った足のような形をしている。足首の靴下のゴムにあたる部分に古い城壁が残っており、そこから先は入場料を払って入る。城壁の内側の岬には「風のバラ」と呼ばれる羅針盤、教会、火薬庫、エンリケ航海王子の時代に作られた水をくみ上げるための小さな石造りの塔などの古い小さな建物の他に、モダンな建物の売店やカフェ、資料展示館などがある。昔は岬が一つの城砦だったらしいが、岬をぐるりと囲む城壁は海に崩落したのだそうだ。この岬にはエンリケ航海王子が優れた科学者を集め航海学校を作ったという伝説があるが、人が住めるような場所ではなかったので、実際に学校のようなものがあったのはラゴスだったと言われている。
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岬の先端にある謎の建造物の中心には深い穴が金網で塞いであった

 高さが海抜50mに達する断崖絶壁の上はテーブル台地。海岸線は大西洋の荒波が削り、どんどん浸食されていく。現在は周囲をコンクリートの塀で防御しているが、いつかは崩れ落ちることだろう。そして何百年後か何千年後かには岬は小さな島になり、やがて荒波の中に消えてしまうのだろう。

 そう考えただけでザワザワするのに、ここではさらに恐ろしいことが行われている。漁師たちが塀の外の崖っぷちで釣をしている。やっと立っていられるような狭い足場で50メートル下の海面に釣り糸をたれている。もし強い風が吹いたら、大きな魚に引っ張られてバランスを崩したら、すぐそばでカメラを構えている観光客がこっちを向いてくれと頼んだりしたら、私がでっかいくしゃみをしたら、漁師は海の藻屑となる。しかし中には悠然と鼻歌を歌ったり、ワインを飲みながら仕事をしている漁師もいる。
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タバコを吸いながら50m下を覗き込む釣人
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この道何十年の漁師は命綱もつけず崖の淵に立つ
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魚を狙って猫が漁師を襲う?!

 サグレス岬から北西にはサン・ヴィセンテ灯台が見える。海岸線に沿って真っ直ぐに灯台に向かってのびる国道268号線は、とても気持ちのよいサイクリングコース。途中数軒のレストランがあるほかは見晴らしの良い荒野が続く。初夏は可憐なアルメリアの花も秋は茶色のいがぐり坊主。
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 灯台の近くには屋台が並びホットドッグやみやげ物を売っているが、ポルトガルの物産品の店はひとつだけ、それもいつ仕入れたのか判らないような干しアンズや干しイチジクとか、割れそうな器に入った蜂蜜とか、不ぞろいのオレンジとか、どうも買う気の起こらないものばかり並べた屋台だ。売り物の中に干からびたような大きな黒いサヤの豆があったが、これが昨夜食べたデザートの材料のキャロブ豆で、屋台の歯のないおじいさんは豆を一つポキッと折って食べてみろと差し出した。埃っぽい屋台の、洗わない手で差し出された洗われていない豆を食べるのに一瞬躊躇したが、噛むとほんのりと自然の甘みが口に広がった。
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岬のカフェにもキャロブが飾られていた

 サグレス岬を望む小さなビーチのレストランで遅い昼食をとった。エイのニンニク煮とビールを注文した。茹でたエイとジャガイモにたっぷりのニンニクとオリーブオイルで味付けしただけのシンプルな料理だが、エイが新鮮で、淡白でとろりとした味わいがとても上品。軟骨もコリコリとした歯ごたえが楽しい。オリーブオイルがもっと上等だったら更に良かった。
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 日没が近づき、岬の根本にある岩場に囲まれた小さなビーチで夕日を鑑賞した。ヨーロッパの最南端に沈む太陽で黄金に染まる海。古代ローマ人は燃え盛る太陽の火はこの海に落ちて鎮められると考えていた。
 これで昨日のカタキはとった。
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by caldoverde | 2010-11-05 09:28 | ポルトガルの旅 | Comments(6)
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エンリケ航海王子ゆかりの地サグレスは、ローマ時代は世界の果てと考えられていた神聖な場所だった。

 久しぶりに南部のアルガルヴェ地方に行こうと思い立った。数年前サグレス岬で貸し自転車に乗って停車に失敗し2回転んだが、今回は折り畳み自転車を持参しこれでポルトガルの角っこを走破しリベンジを果たす、そしてアルガルヴェでサンマやラパ貝が採れるとの情報を得たのでそれを確認するという重要なミッションを自分自身に課した。また仕事で行く予定もあるので、その下見も兼ねた視察旅行でもある。残念ながら全部自腹である。
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子供用自転車ではありません。愛車のピンクのBROMPTON。

 サグレスまでは、まず電車か長距離バスでラゴスまで行き、そこから路線バスで最南端のサグレスに向かう。長距離の移動は鉄道より安くて時間もそう変わらないバスを使うことが多いが、最果てのサグレスには何となくロマンを感じる鉄道で行こうという気持ちになった。わくわくしながらダイヤを調べ、2日前にリスボンのセッテ・リオス駅でアルガルヴェ行き往復切符を購入した。これが大きな間違いだった。

 10時半にリスボンから電車に乗るとまもなく車掌が改札に来た。彼はxxでバスに乗り換えます、と言っていたようだが、アルガルヴェに入ったらトゥーネスという駅で幹線からローカル線に乗り換えて終点のラゴスまで行くので、そのことを言っているに違いないと自分自身に納得させた。バスと聞こえたのは空耳だろうと。

 リスボンから3つ目の駅セトゥーバルに着いたら、乗客がわらわら降りだした。バスに乗り換え、というのはここでの事だった。アルカサル・ド・スル駅のそばで貨物列車の脱線事故があり、その一つ手前のセトゥ―バルから2駅分バスが代替運行していた。昭和の時代に製造されたのではないかと思うくらい古くて汚いバスだった。1車線の国道を大型トラックに連なるように時速50km位で走る。乗客がなぜ高速を走らないのかと運転手に尋ねると、高速の方が遠くなるという返事だが、怪しいものである。

 グランドラ駅で再び列車に乗り換え。ここで既に予定の到着時間より1時間遅れ。今回は自転車を持って来たので度々の荷物の上げ下ろしにうんざりである。電車がなかなか出発しないので駅員に何時に出るのか聞くと「用意が出来たら」という人を食った返事に呆れた。
 バスも古くて汚かったが、電車も負けていない。リスボンからの電車もそうだったが、窓から景色が見えないくらいガラスが曇っている。窓を掃除することはないのだろう。トイレも昔の日本の国鉄の電車や駅のトイレ並みに汚い。使うと床、便器、衣類のどれかが必ず汚れる構造で作られている。バスから乗り換えた駅のそばのカフェで何か食べてそこのトイレを借りようと思ったのだが、駅員がいつ電車が出るのかも知らないのでは、電車で待機せざるを得ない。一応急行列車なので食堂車があるが、うまくもないサンドイッチなどに普通のカフェの値段の倍払ったあげく、尿意を催し電車のトイレを使うのはまっぴらごめんである。こうなったらうんとお腹を空かせて夜たっぷり食べてやる。
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この日の昼飯は駅の売店で買った生ハム味のポテチ。

 ラゴス行きの各駅停車に乗り換えるトゥーネス駅に着いたのは予定より1時間遅れの3時だった。本来なら5分も待てばラゴス行きの電車に乗り換えることが出来たのに、次のラゴス行は何と2時間後の午後5時である。電車が遅れたら丁寧にお詫びのアナウンスが入り、代わりの電車なりバスなり用意するか、全額払いもどすのが日本だが、ここはポルトガルだ。
 終点のラゴス駅に着いたら帰りの電車の切符をキャンセルし、リスボンへは長距離バスで帰る意思は固まっていたが、腹が立ったのでこのトゥーネス駅でキャンセルの手続きをした。二重に憎たらしいのは払い戻し手数料4.50ユーロを取られたことだ。何もない町の、日に10本ほどしか列車の来ない駅で2時間も無駄に待つ。それでもバールのある駅は特に電車を待っている風でもないご老人達が談笑し、ひと気のない町でささやかな賑わいを見せていた。
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ここにいた人々は誰も電車に乗らなかった。

 ようやく予定より3時間遅れで終点のラゴス駅に着いた。
 ここで重要なことに思い至った。今までなぜ私はバスを好んで使い、鉄道を避けていたのか?地方の鉄道駅は大抵町外れの不便な場所にあり、町の中心まで結構歩いたり、ひどい時はタクシーを呼ばないとどうしようもないものが多いのだ。
 ラゴス駅からサグレス行きバスの発着するターミナルは歩いて5分ほどだが、今回は移動用のバッグに詰めた折りたたみ自転車がある。じゃあ自転車で行けば良いじゃないかと思われるだろうが、このバッグというのが結構かさばるタイプで、小さな、荷台もない我がチャリにつけて運ぶのは不可能だ。初めから往復バスにすべきだったのだ。そうすれば乗換えで移動する必要は全くなかったのだ。13kgの自転車入りバッグを数百メートル引き摺り歩いた後は、腕がしびれていた。

 バスが出発する頃は日没が近づいていた。空が赤く染まり、野山が徐々に暮れなずむ。予定通りに着いていれば、ポルトガルの最南端で海に沈む夕日を観ながら愛を叫んでいるはずであったが、バスに揺られながら心の中で私の夕日を返せ、ポルトガル国鉄の馬鹿、自分の馬鹿と叫んでいた。

 丸1日かけホテルに辿り着いた。朝からまともに食事をしていないので、夕食は豪勢に美味しいものを食べ、恨みを晴らしてくれよう。ホテルのはす向かいのシーフードレストランで、殻にびっしり海藻をつけ身がプックリと大きいラパ貝を前菜にヴィニョ・ヴェルデを飲み、ワラジのようにでかいカジキマグロのステーキを平らげ、デザートはこの地方独特のキャロブという黒い豆で作ったケーキで締めくくり、怒りを鎮火させた。
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コリコリとした歯ごたえ、磯の香りがたっぷりのラパス(笠貝)。
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こってり脂肪ののったカジキマグロにたっぷりオリーブオイルをかけて。
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不気味な黒いキャロブケーキ。あんこと思えば・・・味はいまいち。
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by caldoverde | 2010-11-01 20:47 | ポルトガルの旅 | Comments(5)

マテ貝のリゾット

 近所の市場を覗いたら、丸々太った鯖が目に入り、鯖の味噌煮でも作ろうかと考えた。おばさんが鯖の重さを量り頭や内臓を取ってくれる間、不意に鯖の並んでいるそばにマテ貝があるのに気が付いた。最初から見えていれば鯖など買わず(1匹4ユーロ以上した)即座にマテ貝を買っていたのだが。子供の頃から眼鏡をかけている私は視界が異常に狭く、すぐ目の前にいる知人に気がつかずに、挨拶もせず通り過ぎるといった失敗は数知れない。
 長さ約10cmのマテ貝が20本ほどゴムで束ねられて、白いべろを出している。まだ生きている。デパートでマテ貝を見たが真空パックで包装された死んだもので、値段も高かった。この近所の市場でマテ貝を見るのは、というか貝類が売られているのはめったにない。値段は8ユーロ。かなりの予算オーバーとなるが、この機を逃したら自分の人生でマテ貝を食べるチャンスはもう二度と巡って来ないかもと思うと、既にさばかれ返品不可能となった鯖とともにマテ貝も買ってしまった。
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 私はマテ貝を日本で食べたことがない。初めて食べたのはアルガルヴェのどこかでマテ貝のリゾットを食べたときだった。どの町の何と言うレストランか思い出す手がかりは全く失ってしまったが、上品なあの味は忘れがたい。お米のクリーミーな舌触り、貝の歯ごたえ、日本料理にも通じる旨みのあるスープの味、そしてかすかなコリアンダーの香り。私が食べたポルトガルの米料理のベスト3は、漁師町のシーフードリゾット、北部の鴨の炊き込みご飯、そしてこの南部のマテ貝のリゾットである。もう一度食べたいものだと常々思っていたが、リスボンでこの料理をメニューに入れているレストランを見たことがない。となるとアルガルヴェに行くか自分で作るしかない。
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 インターネットでマテ貝のリゾット(arroz de lingueirão)のレシピを調べると色んな作り方があるが、私がたった一度食べてとても美味かったのは、トマトを使わない白いシンプルなリゾットだった。それに一番近いと思われるレシピを参照し、幻の味の再現にチャレンジした。

1、マテ貝をゆでる。
 砂出しをしたマテ貝を洗い、水を張った鍋に入れて火にかけゆでる。ゆで汁は米を煮るためにとっておく。
2、玉ねぎ、ニンニクをみじん切りにしてオリーブオイルで炒める。
 リゾットに限らずほとんどのポルトガル料理の基本中の基本で欠かせないもの。透明になる まで炒める。香りづけに月桂樹の葉も加える。
3、殻から出したマテ貝を加えて炒め、貝のゆで汁、白ワインを加え、米も入れて煮る。割合は米1に対し水分3くらい。米の硬さはお好みで。
4、塩で味を調え、仕上げにコリアンダーの葉を散らす。

 店で食べたリゾットの貝は小さく切られていたが、家で作るときは気前良く長いまま使う。ゆでると殻よりも大きくなって食べ応えがある。日本では殻つきのまま焼いたり、天ぷらやヌタにしたり色々な食べ方があるようだが、リゾットにして食べるのは、多分ポルトガルのアルガルヴェ地方だけだろう。自分で作ったマテ貝のリゾットはプロの味には及ばないが、貝をふんだんに使って贅沢感が味わえた。
オリーブオイルとニンニクで炒めただけでも美味い。
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 アルガルヴェには他にも独特の魚介料理がある。有名なカタプラーナはリスボンでも食べられるが、ウツボのフライのサンドイッチや、ツブ貝と豆の煮物などは現地に行かないと味わえない。ポルトガルで一番美味しいイワシはアルガルベ産だそうだ。アルガルヴェでは観光客向けのピザやハンバーガーなど無視して、地元の漁師を捕まえてどこの店が美味いか聞いてみよう。
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by caldoverde | 2008-11-28 08:31 | シーフード | Comments(7)

ウツボバーガー

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 ポルトガル南部、アルガルベ地方は今や国際リゾート地として、ホテルやマンションが林立し、英語が幅を利かせ、ポルトガル語の話せない人間が「パブ」と称する飲み屋で働いているという。(すいません、私英語が話せないもんで)田舎くさい、素朴なポルトガルの好きな私にとってはあまり魅力的なところではない。それでも大西洋と地中海を結ぶ位置にあるこの地は、魚介類が豊富で食べ物に関してはまだ伝統的なものが残っているようだ。イワシはやはりアルガルベものが旨いそうだ。リスボンの日本料理店はこの地方の卸屋さんからマグロを買っている。

 このアルガルベ地方はポルトガル建国後もしばらくアラブ人が留まり抗戦していた土地で、アラブの影響が色濃く残っているという。アラブ人はヨーロッパに米や砂糖、様々な果物等の農作物を伝えた。そのひとつにアーモンドがある。1月になると桜に良く似た、淡いピンクの花を咲かせる。
 伝説によると、昔この地方を治めていたアラブ人の王様が、ヨーロッパの北国から王妃を迎えた。ところがこの美しい海と温暖な気候のアルガルベにやってきた王妃はなぜか日に日に元気を失くしていく。心配した王が理由を尋ねたところ、王妃は、自分の故郷で見られた雪がここには降らなくて寂しいと言うのだ。いくら権勢を誇る王といえどもアルガルベに雪を降らすことはできない。しかし王は一計を案じ、冬の間に王宮の庭にアーモンドの木を植えさせた。そして春先のある日、王妃を高い塔の窓辺に呼び、下を見るように言った。見下ろした庭には雪が降ったように一面に白いアーモンドの花が満開となっていた。そして王妃は健康を取り戻し、幸せに暮らしたという。

 そんな美しい伝説のある美しい花を愛でながら飲食するという習慣はポルトガルにはない。どんな見事な満開の時期でも、アーモンドの木の周りにはビニールシートやロープは見当たらない。カラオケの音もない、静かなお花見が独占できる。真に花の美しさを愛する人はぜひポルトガル、アルガルベ地方にどうぞ。アーモンド林がリゾートマンションに変わってしまう前に。

 そのアーモンドを使ったお菓子が、マジパンである。和菓子のねりきりのような、粘土状の柔らかいアーモンドの粉で作ったペーストに色をつけて野菜や果物をかたどった可愛いお菓子で、見るだけで楽しい。ポルトガル人も器用じゃないか(失礼)と感心するものも。マジパン菓子は、アーモンドの甘いリキュール、アマルギーニャとともに遠い国から嫁いできた王妃の心を和ませたに違いない。
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 さて、そんな雅な話から、本題の食いしん坊な話題に戻る。アルガルベに住んでいた日本人の知人に教えてもらったこの地方の名物は、ウツボである。あの蛇のように長く、白黒まだら模様の、凶暴な顔をしたグロテスクな魚である。水族館やドキュメンタリー番組で見る、岩の下に隠れながら餌になる魚を虎視眈々と狙っている、醜い魚である。ぎざぎざの鋭い歯はダイバーや漁師の指も噛みちぎってしまう恐ろしい魚である。勇猛果敢なアルガルベの漁師たちはそんな危険な魚と格闘し、勝利した(たまたま魚網に引っかかっただけなのかもしれないが)そして凱旋の旗を揚げた。クリーニング店で使う針金ハンガーに広げられ、潮風になびいているのは、ウツボの開きだ!ぺらぺらのほとんど皮1枚の薄さになったウツボの干物を油で揚げて、パンに挟んで食べるのがアルガルベ名物ウツボバーガーである。中身のウツボのてんぷらは、よく駄菓子屋で売っているイカ天みたいな感じだった。味はイカ天ほど濃くないので、とんかつソースなどをつけて食べるともっと旨いと思う。

 この地方の有名な料理は、細長いマテ貝のリゾットである。一般的なシーフード、タコ、アンコウのリゾットはトマト味だが、アルガルベのある町で食べたマテ貝のリゾットは珍しく白っぽい色ですごく美味しかった。バターを使うのか店の人に聞いたら、バターは全く使っておりません、オリーブオイルだけですという回答だった。それでもどこか乳製品の存在を感じさせる香りと味がある。それがマテ貝の旨味なのか?もう一度食べたいが、残念なことにどの町の何と言う名前のレストランか覚えていない。幻の味である。リスボンの闘牛場の地下にマデイラに本社のあるスーパーが開店し、そこにマテ貝も売っているので、そのうち自分で再現しようと思う。

 またまた超簡単なアルガルベ料理のレシピを紹介する。ティボルナという。材料:焼きたてのパン、オリーブオイル、ニンニク、塩の花。作り方①ニンニクを皮がついたままつぶす。②皿に、オリーブオイル、つぶしたニンニク、塩の花を入れる。③手でちぎった熱々の焼き立てパンを②に浸して食べる。簡単でしょ。でも美味しさは材料の質に大きく左右される。
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by caldoverde | 2007-05-10 19:30 | シーフード | Comments(5)