ポルトガルの食べ物、生活、観光情報


by caldoverde
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タグ:アレンテージョ ( 10 ) タグの人気記事

黄金海岸のバカンス 2


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大西洋に日が沈むのは午後8時15分頃。その頃は既にアルモグラーヴェ村のレストランはそこそこ賑わって、なかなか一人客のテーブルも空かなければ、うまく席を確保してもすぐに注文を取りには来ない。ここはアレンテージョなんだから、別に急がないのだからゆったり構えるべしと自分に言い聞かせそこは我慢できるが、一年のうちの2ヶ月だけ忙しい海岸の村のレストランでの夕食は、どうも今ひとつであった。冷凍食品の疑い濃厚なモンゴウイカのフライや、リスボンの近所の店でも良いのが食えるビトックを選んでしまったのは、あんまり地方色を感じないものしかメニューになかったからだ。夏は黙っていても客は来るからね…

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香ばしく焼いたクロダイにコリアンダーとニンニクがたっぷり

2泊3日の短いバカンスの最後の昼食は、隣村のロンゲイラのもう一つのレストラン、「ジョアン・ダ・ロンゲイラ」でようやく郷土食らしいものを食べることができた。メニューは基本的に前日行った「ジョズエ」とほとんど同じだが、ちょっと違うのが、魚のグリルがコリアンダーまみれ(コエントラーダ)になっている点だ。店の女の子お勧めのクロダイのグリル・コリアンダーソースとハーフボトルのヴィーニョ・ヴェルデを注文した、昨夜の店のカラフに入ったハウスワインが不味かったので、信頼の置けるメーカーの瓶入りのワインを選んだ。正解であった。

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カップ入りのブルーベリーチーズケーキ

砂浜と輝く太陽を求め海にやって来る人達は、砂や岩場に生きる動植物にあまり目を向けることはない。夕日に何の感慨もないのか、皆、赤く染まった海を振り向きもせず家や宿やレストランに向かう。夕涼みでビールを片手におしゃべりに興じる人々の頭上には都会では見えない天の河や様々な星座が展開する。食事は期待外れでも、それを補うのに十分な自然の魅力がたっぷりなのだが、関心を持つ人は少なく思える。最近はアレンテージョの海岸がモードになっているようだが、遅かれ早かれアルガルヴェ化してしまうのではないかと心配だ。

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とても変わった形の花弁

葉はなく砂中から重そうな蕾を付けた茎が出て、妖精のような美しい花を咲かせる不思議な植物は砂ユリ。砂丘にはハマカンザシの株があちこちに見られ、春の砂丘は白やピンクのぼんぼりが風にそよいでさぞかし綺麗だろう。3月から6月にかけて砂丘は様々な花で彩られる。アルモグラーヴェ海岸は独特な植物の宝庫らしいので、その時期にぜひまた訪れたい。

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群生するハマカンザシ

地層も興味をそそる。いかなる大地の動きがこのような形や模様を作り出したのか不思議である。まるで古代ローマの遺跡が海に沈んでいるかのようだ。

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渦を巻いたりアーチを描く地層

夏のポルトガルのビーチでは、Tシャツと長いズボンというスタイルは相当な厚着で、フランスで問題になっているブルキニ並みにビーチで浮くことこの上ない。目立たないようにするには、露出度の高い服装で。水着は女性はぜひビキニを。ワンピース水着はおばあちゃんと子供しか着ていない。太っていても全然平気、誰も気にしない。かなり日差しが強いので、UVローションで十分プロテクトしよう。午前中と午後の日没に近い時刻は日射も強すぎず人も少ないのでお勧め。日射病にならないよう必ず帽子かパラソルを用意しよう。砂に寝ころんでいると混み合う時間帯は案外人の話し声が響く(特に子供)ので、ヘッドフォンを持って来れば良かったと少し後悔。バスの中で30分も携帯で話す迷惑野郎対策にも役立ったのに。



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by caldoverde | 2016-08-30 05:45 | ポルトガルの旅 | Comments(2)

黄金海岸のバカンス

今年は春に足首を骨折して大損害を被ったので、恒例の夏のアソーレス旅行は諦め、毎年帰省するお盆に仕事をして挽回した。仕事がひと段落した夜中、突然思いついてビーチのホテルを予約した。最後の一部屋だった。アレンテージョのシーネスという町の南にあるアルモグラーヴェという海岸だ。

ポルトガル南部のアレンテージョ地方の海岸はまだまだ自然が残され、知る人ぞ知る美しいビーチが点在する夏の穴場である。コスタ・アレンテジャーナまたはコスタ・ヴィセンティーナと呼ばれ、黄金海岸の異名も持つ。夏の乾燥した気候は草木を金色に枯らし、海岸はさらさらの黄色い砂浜だからだろう。幸いリスボンから路線バスで気軽に行くことができる。グーグルアースで地形を見ると、自転車で散歩できそうだ。久々に愛車ブロンプトンを携えての遠出である。

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ポルトガル最良のビーチと自負するアルモグラーヴェ海岸は、黒い岩礁がベージュの砂浜を抱く様な形をなし、その外側にもまた別のビーチがある。ビーチにはバールや物売りは無く、レンタルのパラソルやチェアもない。トイレはあるが、シャワーは使えなくなっている。この海岸に来るのは、村に宿泊する人か村人であることが前提の様だ。あちこちにこの辺の動植物を紹介する看板があるのだが、すっかり色あせてほとんど読めない。そんな観光客を突き放した姿勢が、逆に自然保護に一役買っているのかも?

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遊歩道の先にも別のビーチが

アルモグラーヴェ海岸から海沿いに埃っぽい道路を小一時間ぶらぶら歩くと、通りの突き当りに漁港がある。漁師小屋とわずかな漁船があるばかりの小さな港だ。そこに発泡スチロールでできた粗末な手漕ぎボートが上陸した。観光客が遊んでいるのかと思ったら、れっきとした漁船で、バケツには色んな種類の魚とタコが満載されていた。漁師がバケツの魚を地面にまけて仕分けし始めると、野良猫がやってきて、魚をせしめた。漁師にどのレストランが良いか尋ねると、ホテルからほど近い「ラヴラドール」と隣村の「ジョズエ」を挙げた。側にいたフランス人夫婦も「ジョズエ」を推したので、昼はサイクリングを兼ねてロンゲイラという隣村に食べに行った。

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今日は大漁だ!

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0.007トンの黄金丸と大西丸

海岸から少し離れたロンゲイラは、街道沿いに平屋の小さな家がくっつきあっている典型的なアレンテージョの村だ。その街道の突き当りに近い場所に「ジョズエ」がある。メニューにウツボがあるのだが残念ながらその日は無かったので、シーフードのパン粥(アソルダ・デ・マリスコス)を頼んだ。先程見た漁師の獲物にはカサゴやヒメジなど色んな魚があったのだが、レストランにあるのはクロダイ、スズキ、ヒラメのみ。2人以上であれば、シーフードリゾットなどもっとチョイスが増えるのだが、おひとり様だと選べるものが限られ、魚のグリル以外では必然的にパン粥になる。コリアンダーやニンニクをたっぷり使った郷土料理であるが、シーフードが冷凍食品なのがマイナスポイント。しかし食後のコーヒーを頼んだら自家製リキュールが3種類もおまけされたので、まあ良しとしよう。

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白壁に青い縁取りの平屋の並ぶ小さな村、ロンゲイラ

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日本でも話題のコリアンダーたっぷりです

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市販の瓶に入っていますが自家製

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鮮やかな色のミントのリキュール



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by caldoverde | 2016-08-26 00:56 | ポルトガルの旅 | Comments(2)
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バイショ・アレンテージョ地方へ日帰りで遊びに行った。夏が名残を惜しむように暑さが戻ってきたこの日は、べジャでは最高気温が30度に達した。
ベジャという町は世界遺産になっているエヴォラに比べるとやや地味であるが、先史時代からローマ帝国、ゲルマン人、アラブ人の残した遺跡や遺物などは掘ればざくざく出てくる、また中世の城や大航海時代の修道院なども残っているなかなか奥の深い歴史の町だ。
町の外縁は白い新しいマンションや瀟洒な住宅が立ち並び、その周りを囲むのはコルクの木がぽつんぽつんとある黄金色の大平原。ずいぶん前だが、べジャはポルトガルでも住宅の値段のかなり高い町にランクされていた。
町の中に入るとボロいが凝った模様のタイルの建物や、白壁に青い線の引かれた民家が並ぶ旧市街となる。道行く人たち、特に年配の人は結構きちんとした服装だ。昔はかなり栄えていたことが伺われる。
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ポルトガルが最も栄華を極めた15世紀から16世紀以来、宮廷や教会は美しいタイル(アズレージョ)で装飾されてきた。ベジャのノッサ・セニョーラ・ダ・コンセイサン修道院は、ポルトガルのアズレージョの歴史の集大成で、18世紀までの国内のあらゆるデザインと技術を駆使したものと言えると思う。
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天井のフレスコ画も素晴らしい

この修道院はまた文学史において有名な作品の舞台ともなった。17世紀の尼僧マリアナ・アルコフォラードが恋する仏軍人に当てた手紙が出版され、当時のヨーロッパでベストセラーになった。出版したのは手紙を受け取った仏軍人で、作者である尼僧は想いが叶わなかった(だって尼僧だもん)上に、印税も入らなかったと思われる。酷い男だ。女子修道院だったせいか、宗教画の登場人物はイケメンが多いような気がする。
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美男のイエス様?
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こういう絵にお祈りしていたシスター達…


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お昼は地元の人が推す「4月25日酒蔵(アデガ・ヴィンティシンコ・デ・アブリル)」というレストランで、その日のオススメの黒豚の頬肉の栗添えを食べた。酒蔵(アデガ)という名が示すように、造り酒屋だったようだ。店内にはワインを保存していた大きな瓶が飾られ、店名と同じ名前のワインの瓶もある。アレンテージョ名物の黒豚のほっぺにアレンテージョの地酒の組み合わせは、不味い訳がなかろう。頬肉は様々な香草やスパイス(多分ミント、コリアンダー、クミンなど)が使われ、複雑な味わいだ。煮汁のしみたご飯がうまい。まあ、栗は今の時期は冷凍のむき栗に決まっているが、ほんのり季節を感じさせてくれる。デザートはずっしりねっとり甘いアーモンドプリン。今日は暑いから、エネルギーを消耗しカロリーは消費されるはず…
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ジューシーな頬肉でほっぺた落ちっぱなし
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ズシンとくる甘さと重さ

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by caldoverde | 2015-09-27 04:05 | ポルトガルの旅 | Comments(10)

絨毯の村アライオロス

白と青の村、アライオロス

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アレンテージョの小さな白い村アライオロスは、伝統的な手法で作られるカーペットで有名である。ざっくりした毛糸を一針一針粗いジュート地に刺して、東洋風の花模様を描いてゆく。作業は根気と忍耐を要し、技術は母から娘へと伝えられてきた。
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おっさんたちはおしゃべりに興じていた

かつては26社もあったカーペット関連の会社も、今では10軒を超えるか超えないかというところまで減少してしまった。不況のために高価なものが売れず、カーペットを生業とする若い人がいなくなったのもあるが、村以外で作られる安価なコピー品が出回っていることが大きな要因だ。15年前、村のカーペットを買い漁り、中国に送った男がいた。数ヶ月後には中国産のアライオロス「風」カーペットがポルトガルに出現した。本物のアライオロスカーペットは、毛糸が脂っぽい羊の匂いがするような粗さがあり、人の手で刺す独特のタッチがあるのに対し、偽物は縫い目が均一で糸には艶があり、工業製品のような完璧さがある。昔は裏の縁の仕上げを見れば真贋が一目で分かったそうだが、今は偽物も技術が向上して見分けがつかない程になったそうだ。
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2015年6月5日から10日までカーペット祭りが行われる。

アライオロス村では本物であるという保証書を付ける制度を設け、純粋なアライオロスカーペットの保存と普及に努めている。数年前には立派なカーペット資料館が生まれ、カーペットの歴史を紹介している。15世紀にリスボンから追放されたアラブ人が、アレンテージョの田舎町に定住し、彼らの伝統技法を伝えたと言われる。現在の村の広場はかつて羊毛を染色していた作業場でもあった。資料館はその広場に面している。また隣にはカーペット組合の販売所がある。
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ポルトガルの各地の宮殿や高級ホテル、上流家庭の邸宅には大抵アライオロスカーペットがある。美しいばかりでなく、数百年保つ実用品でもある。熟練した職人が数人がかりで1ヶ月かけて仕上げるカーペットのお値段は6平方メートル1200€ほど。その手間暇を考えれば、また職人が受け取る報酬を想像すれば、そう高いものではない。しかし気軽に買えるような値段ではないことは確か。アライオロスカーペットが生き残るにはどうすれば良いのだろうか?伝統を守る一方で、21世紀のインテリアにマッチする新しいデザインも取り入れることも必要だろう。実際にピカソの絵を基にした特注品もあったそうだ。企業のロゴや個人の名入りなど細かな注文に応じることができるのも零細企業ならではの強み。綿々と伝わる技術を継承しつつ、新しい感覚も取り入れた製品を開発することが今後の課題となるだろう。
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アライオロス銘菓、パスティス・デ・トウシーニョ。直訳すると、豚の脂身の菓子ですが、味は普通のポルトガル菓子です。
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by caldoverde | 2015-05-27 20:46 | ポルトガルの旅 | Comments(7)

パンそぼろ

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右の小さなタンクはオリーブオイル、他の2つはワインのタンク

近所にワインを計り売りする酒屋ができた。1L、2L、5Lの単位で、リスボン、パルメラ、アレンテージョ、トラス・オス・モンテス各地方のワインが買える。専用瓶は50セントで、何回かリサイクルできるので、家に空瓶がたまらずにすっきりするし、試飲して好みのワインを選ぶことができるので、何度か足を運んだ。
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牛ハム、チョリソー、サラミ、オリーブ、パンなどつまみもあり

この店では様々なイベントも催される。先日はミガスというアレンテージョ地方の郷土料理と肉加工品の試食が行われた。ミガスとは、硬くなったパンを再利用して生まれた料理で、アレンテージョ地方にはそれぞれの村ごとに違うミガスがあり、またそれぞれの家庭でもおふくろ味のミガスが作られる。
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ニンニクの香りが腹の虫を刺激

基本材料は3つ。パン、ニンニク、オリーブオイルである。オリーブオイルにニンニクを入れて香りをつけ、細かく千切ったパンを入れ、中華料理のようにコンロの上で揺すりながら炒める。これにアスパラガスを加えたのがこの日紹介されたミガスだった。皿に盛ったミガスに数枚のチョリソーを添えればローコストでお腹が膨らむ一品料理となる。
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アレンテージョレストランではミガスは肉料理の付け合わせとして出されることが多い。豚肉をラードで揚げ、その脂でパンを炒めたミガスを添える。オリーブオイルを使ったものより風味が豊かで、肉が黒豚ならなお美味しい。でもカロリーは知らない。これも材料を余すことなく活用した料理だ。
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ミガスは写真のようなそぼろ状のものもあれば、水を加えてねっとりとしたものもある。もっと水分を加えておかゆ状にしたものはアソルダとなる。そろそろ野生のキノコやアスパラガスの季節だ。春の香りを楽しみに、キノコやアスパラガスの入ったミガスやアソルダを食べにアレンテージョに行きたい!
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by caldoverde | 2015-02-05 21:14 | パン・ご飯 | Comments(4)
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あるレストランの黒豚のグリル。日本人の感覚では茶碗1杯のご飯に肉1枚あれば十分ですが、8枚ありました…

今週の大ニュースは、一つは前首相ジョゼ・ソクラテスの逮捕とエヴォラ刑務所への拘留、もう一つはエヴォラを州都とするアレンテージョ地方の伝統音楽、カンテ・アレンテジャーノがユネスコの無形文化遺産に選定されたことである。どちらも普段はのんびりしたアレンテージョのみならず、ポルトガル中を湧き立たせている。




アレンテージョ地方の各市町村の農民や職人、消防隊、炭鉱労働者で組織されるコーラスグループは地元のバールが活動場所。今では学校でも「カンテ」(歌)を教え、伝統の継承に努めている。

数年前、ファドがユネスコの無形文化遺産になったが、今度は国際的にはほとんど知名度の無さそうなアレンテージョ民謡が快挙を成し遂げた。地元では無形文化遺産への登録申請の動きは以前からあったが、文化省がユネスコに申請するのを忘れたりして、ようやく今年悲願を果たした。

他にポルトガルのユネスコ無形文化遺産としては、ポルトガル料理が地中海料理として登録された。オリーブオイル、食物繊維、魚介類、果物、ワインなどを多用し、動物性たんぱく質や動物性油脂の割合が比較的少ない、バランスのとれたヘルシーな食生活が評価されている。味もなかなかである。

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アレンテージョのお茶漬け、アソルダ(ソパ)・ア・アレンテジャーナ。5分でできます。

今日はユネスコ無形文化遺産登録を祝って、アレンテージョ料理を作った。超ローコストなアレンテージョ風スープと、レストランで食べた黒豚の食べ残しを持ち帰って再利用した、これまたローコストなアレンテージョ風ポーク(アサリ豚)、ワインは安いが飲みやすいアレンテージョワインで。
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本当はラードで豚肉やじゃがいもを揚げるのですが、手抜きで玉ねぎと赤ピーマンを炒めたものに揚げていない肉や芋を入れて圧力鍋で煮た。コリアンダーは必須です。

わずか1千万人の人口の小さな国だが、地方には意外なほど固有の文化が残されている。リスボンやポルトなどの都市も魅力的だが、田舎にこそ豊かな伝統やそれを守る人々の誇りや愛情が感じられるポルトガルである。
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by caldoverde | 2014-11-30 00:46 | カルチャー | Comments(16)

エストレモスの思い出

 抜けるような青空の下、コルクやオリーブの林の下は緩やかに波打つ緑のじゅうたん、小高い丘にたたずむ古城、洗い立てたような石灰の家々、乳白色の大理石を敷き詰めた歩道。アレンテージョの村はどれも白昼夢のような美しさを持つ。中でもエストレモスはその白眉だ。そして私にとって忘れがたい思い出の場所でもある。
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城壁に向かう階段も大理石

 20年近く前のこと。現在ポザーダ(歴史的建築物ホテル)となっているエストレモスの城に向かう坂道の入り口に「イザベル民芸店」という土産店があった。窓にはこの村の有名な工芸品である土人形や、アレンテージョ地方独特のカラフルな絵皿、座をロープで編んだ木の椅子のミニチュアなどが並べられていた。老人が一人店番をしており、窓から覗き込む東洋人の旅行者である私を店に招き入れ、これは土笛、これは水瓶、と身振り手振りで説明してくれた。どれも壊れやすそうなものばかりで、また貧乏旅行中だったので、売り上げに貢献できなかったが、店の写真を撮らせてもらった。おじいさんも自分の写真を撮って送って欲しいと私に頼んだ。旅行を終えて日本に帰ると、簡単なポルトガル語で書いた手紙を写真に添えて「イザベル民芸店」に送った。当時は郵便番号は4桁しかなく非常に簡単な住所で、これだけであの遠いポルトガルの片田舎に届くのだろうかと不思議な気がした。
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大航海時代に流行った特徴的なアーチのある家

 送った写真のことなど忘れていたころ、エアメールが仙台の家に届いた。丸い虫のような字でSr. João Lopes という名前が書かれていた。あの店番のおじいさんが写真のお礼の手紙を仙台に寄こしたのだ。全く予期していなかったので、嬉しい驚きだった。自分の名前にSr.という敬称を付けているのにちょっと微笑ましさを感じた。私も辞書を引き引き拙いポルトガル語で返礼をした。すると何とまた返事が来た。判読に苦労する文字は、慣れない手紙を一生懸命書く老人の姿を髣髴とさせた。

 1~2ヶ月に1通の割合で、文通は5年くらい続いただろうか。ある時期から、返事がぷっつり途絶えてしまった。数ヶ月置いて、あの丸い虫のような読みにくい文字の手紙がようやく届いた。しかしよく見ると差出人はジョアンじいさんではなく、女性の名前になっている。

「はじめまして、私はマヴィルデ・ロペスと申します。ジョアン・ロペスさんは私の名付け親です。私は今までジョアンおじさんに頼まれて、あなたに手紙を書いておりました。ジョアンさんは今病気で入院中ですので、私が彼に代わってこの手紙を書いてます。」

という内容だった。実はジョアンじいさんは字が書けず、自分が名付け親となった近所の女性に代筆を頼んでいたのだった。今度はマヴィルデと文通を続けることになった。彼女は同じエストレモス出身の旦那さんと息子の三人家族で、近くに住む母親の小さな食料品店を手伝っていた。ジョアンじいさんの店から買ったのだろうか、コルクの小さなお土産品なども送ってくれた。ジョアンじいさんは酒飲みだったそうで、脳卒中か肝硬変で倒れたようだった。エヴォラの病院に搬送されたが、残念ながら亡くなってしまったとの知らせが届いた。
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唐辛子やニンニクが釣り下がった中央広場の屋台

 数年後、再びエストレモスを訪れる日が来た。ジョアンの娘イザベルの代になった「イザベル民芸店」を訪ねた。すぐそばのレストランではマヴィルデと家族がテラス席で食事をしていた。私はイノシシのステーキをご馳走になった。食事の後彼女の家に招待された。エストレモスの城の周りを囲む城壁に接した、築何百年という古い家だ。家族三人がやっと住めるような小さな家だが、内部は驚くほどピカピカに磨き上げられた大理石で出来ていて、造花や置物で飾りたてられ、インテリア雑誌の写真のようだった。

 その後、マヴィルデのお母さんの食料品店に立ち寄りパンをお土産に持たされ、ジョアンの未亡人の家も訪ねた。おばあさんは見知らぬ外国人の私に亡き連れ合いの思い出話を語った。二人はまだ10代の頃に駆け落ちしてこの村にやって来たのだそうな。質素な家の飾り物と言えば、寝室のシワ一つなく整えられたベッドの真ん中に置かれた陶器の豚と、棚の赤ん坊の人形くらいだった。独りになったおばあさんは時々人形たちに話しかけ、寂しさを紛らわせていたのだろうか。四方を白壁に囲まれた2畳間くらいの部屋には天窓が空けられて、小さなソファだけ置いてあった。まるで中世から変わっていない庶民の暮らしを見るようだった。
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マヴィルデの家はこのアーチのすぐ後ろにあった

 その後ポルトガルに住むようになり、4~5年前はツアーの仕事で何度かエストレモスを訪れた。その頃もうマヴィルデはいなかった。彼女は病気で亡くなっていた。「イザベル民芸店」を継いだイザベルも亡くなり、彼女の夫が店と別の仕事を兼業していた。立て続けに家族や知人を失った新しい店主は「これが人生さ。」と寂しそうに言った。

 最近久々に仕事でエストレモスに行く機会ができた。ところが「イザベル民芸店」自体がなくなっていた。昔マヴィルデにイノシシをご馳走になったレストランの主人は、ジョアンじいさんの文通相手だった私を覚えていて、あの店を閉めたのは割と最近のことであると告げた。もう少し早く来ていれば、あの店でお土産を買うことができたのだが・・・
またこの村を訪れることがあればその時は、イノシシか野ウサギを食べながら、レストランの主人にジョアンじいさんやマヴィルデの思い出を語ってもらうことにしよう。
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アレンテージョ南部、チーズで有名なセルパという村のコーラスグループ。アレンテージョ民謡はユネスコの無形文化遺産に登録を試み、地元では盛り上がっていたが、文化庁が申し込みしてなかったとか・・・

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by caldoverde | 2012-05-28 03:23 | ポルトガルの旅 | Comments(11)

黒豚とアスパラガス

 私の飽くなきキノコ探求は続く。
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PORTEL村で開催されたキノコ狩りのポスター

 トマールで食べたシレルカcilercaはアレンテージョ地方ではシラルカcilarcaと呼ばれているらしい。しかもある村では4月の始めに村主催のキノコ狩りが催され、その村の農家を改装したホテルには「シラルカの間」まである。村のレストランリストの筆頭に上がっている店の紹介は「シラルカあります」と宣伝している。これは行かなくては。キノコ狩りの行われた翌日、バスで約2時間のそのポルテールという村に出かけた。日曜日なのでバスは休日ダイヤ、一番早い便は11時半発で、着く頃にはレストランの昼の営業時間はそろそろ終る頃である。しかし日曜はみんなゆっくり食事をとるので店はまだ開いているはずだと確信し、件のシラルカがあるレストランに直行した。
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丘の上の古城を囲む白壁の家。典型的なアレンテージョの村ポルテール

 ほぼ満席のレストランに何とか滑り込み、シラルカ入りアソルダを注文した。しかし時既に遅し。シラルカ入りアソルダは売り切れていた。無念・・・シラルカのスクランブルエッグはあったようだが、15ユーロもするし、前菜なので腹は膨れそうにないし。と言うわけで仕方なく、この地方の名物の黒豚を食べることにした。キノコの代わりを黒豚で妥協できたのは、付け合せがよくありがちなフライドポテトではなくアスパラガスのミガス、そして肉はプレーザという聞きなれない部位であったことだ。

 有名な「黒豚の秘密」secreto de porco preto と、この「黒豚の戦利品」presa de porco pretoはどう違うのかと店のお兄さんに尋ねると、彼は私の体脂肪を瞬時に測定したのか、セクレトは脂っこいがプレーザは脂肪が少なくあっさりしているのでお勧めしますと言った。私も食べたことのないプレーザを選ぶことに異論はなかった。

 プレーザは赤身の歯ごたえのある肉で、シンプルな塩だけの味付けで炭焼きしたもの。なるほど、コテコテのアレンテージョの肉料理にしてはあっさりしている。赤身の好きな方にはお勧めである。でも味にパンチがないので、もみじおろしとかゴマだれがあるともっと良いかな。私は体に良くなくても、セクレトやプルーマなど脂肪たっぷりの部位の方が黒豚らしくて好きだ。でもしつこいものを避けたいときはこのプレーザを選ぶことにしよう。
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 それよりも印象に残っているのは付け合せのアスパラガスのミガスである。ミガスとアソルダは親戚のようなもので、どちらも固くなったパンで作る。違いは汁気の多いのがアソルダで汁気の少ないのがミガスだろうか。ミキサーで潰したのか、アスパラの形がほとんどなく色だけとどめたミガスは淡い緑で、アイスクリームみたいに丸くよそった姿は、春の和菓子を思い出させる。むっちりと目の詰まったアレンテージョパンのわずかに酸味を感じる小麦の味に、春の山菜のようなアスパラの青い香りが混じってなかなか美味い。ねっとりしているが油こくない。味も見た目も、パンをドロドロにしたアソルダよりは日本人に親しめるかもしれない。

 ところが思わぬ悲劇が私を襲った。黒豚はブッツンと弾力があり、ミガスはねっとり粘りがあるので、食べている最中に奥歯の冠が取れてしまったのだ。冠が取れなかったらもっと美味しく食べられたのに。リスボンで冠を被せなおすのに20ユーロかかった。
 こんなことなら初心を貫き、高くても歯に負担のないシラルカのスクランブルエッグにしておけば良かった。

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展望台から城を望む
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帽子はメンズのマストアイテム
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退職後は村の建物の模型造りをライフワークとするおじさん
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by caldoverde | 2009-04-10 01:48 | 肉料理 | Comments(7)

ヤギと羊

 大学の町コインブラの郷土料理にシャンファナというヤギのシチューがある。ヤギの肉を赤ワインで煮込んだもので、黒い陶器の器でサービスされる。黒い土鍋に入った黒いシチュー。なんだかヤギの頭を持つサタンが執り行う黒ミサで悪魔の崇拝者たちが食べるご馳走のようである。この料理も決して見栄えのいいものではないが、見かけよりずっと美味しい。土鍋でじっくりと煮るので肉は柔らかく、想像するような臭みは全然ない。
 
 アレンテージョ地方には羊のシチュー、エンソパーダ・デ・ボレーゴがある。この地方は黒豚が有名だが、羊も沢山飼われている。羊は乳、毛、皮、肉と生まれてから死ぬまで人間に多大な貢献をしている。アレンテージョの羊飼いは羊の毛皮で作った上着を着る。この姿を羊たちはどう思っているのだろうか。自分たちを屠り皮をはぐ恐ろしい支配者、それとも自分たちと同じ毛皮を着ている仲間だと親近感を抱いているのだろうか。きっと後者だろう。アレンテージョの人たちはのんびり屋でよく冗談の種にされる、羊のように穏やかな人々だ。彼らは手塩にかけて育てた羊が食卓に上るとき、こいつはいいやつだったなあ、呼ぶとすぐにやって来たもんだ。毛を刈るときは暴れたが、その毛は玄関の敷物になっていつもオラを迎えてくれる・・・などと思い出を語りながら舌鼓を打っているに違いない。(多分)
 慎ましい暮らしのアレンテージョの人々は、少ない肉でも家族全員の胃袋を十分に満たすように工夫した。羊のシチューの具の半分を占めているのは揚げたパンである。この地方独特の、もっちりした拳骨のような形のパンをスライスして揚げた、巨大なクルトンが羊肉よりもその存在を主張している。上げ底だ、騙されたと怒らないで欲しい。肉やトマト、玉ねぎなどの野菜のうまみが凝縮されたスープを吸った揚げパン、これがうま~いのだ。肉も美味しいけど、私はパンのほうが好きなくらいである。
 羊の独特の臭いが嫌いだという人もいる。しかしほろほろと崩れるくらい柔らかく煮込んだ羊肉シチューはコリアンダーやミントをあしらって香りのアクセントをつけているので、臭いはそれほど気にならない。
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羊肉の下にはベッドのマットレスのように揚げパンが敷かれている。緑の葉っぱはコリアンダー。

 羊料理に合うのはやはりアレンテージョの赤ワイン。アレンテージョは良質のワインを生産していることでも名高い。エヴォラ、エストレモス、レゲンゴス、ボルバ、ポルタレグレなどの町には幾つものワイナリーがあってピンからキリまでの値段の、しかしどれもそれなりに美味しく飲めるワインを造っている。アレンテージョのワインは軽快で甘みを感じる飲み易いワインだ。高いものは重くコクがあるが、私はぐいぐい飲める安いもののほうが好きだ。私は食べるのは好きだが美食家ではない。食費に出せる金額には限界がある。少ない予算の中で旨いものを食べるということが最重要課題である。そして安くても旨いものに出会える機会の多いのがポルトガルである。特にポルトガルのワインは値段の割りに良質だと思う。
 ワインを選ぶ目安のひとつはラベルに醸造業者の名前があるかどうかである。自分の名前を出すくらいならそれだけ自信があるんだろうというやや薄弱な根拠である。しかし、この人が造っているワインならほぼ間違いないと思われるのは、JOÃO PORTUGAL RAMOS という醸造業者による、アレンテージョのワインである。ボルバのMARQUES DE BORBA や、エストレモスの LOIOS などの銘柄を手がけている。値段もスーパーで買えば6ユーロ程度の手ごろな値段である。もっとも普段は2~3ユーロのワイン愛飲者の私にとって、これらは臨時収入が入って奮発するときだけに買う贅沢品であるが。
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by caldoverde | 2007-09-26 07:23 | 肉料理 | Comments(4)

黒豚の秘密

 太るものは例外なくうまい。特に脂肪と甘みの組み合わせは最強だ。どんぐりを食べて育ったイベリア半島産の黒豚はその2つを兼ね備えた食肉の王者である。ポルトガル南部に広がるアレンテージョ地方は、豚の黒真珠ともいうべきポルコ・プレットの産地である。リスボンから東のスペイン方面に向かうと延々とコルク樫の林が続き、その下の牧草地に時々小ぶりの黒豚の群れを見ることができる。見渡す限りうねうねと緩やかに波打つコルク林。柵もなく番をする人の姿も犬も見えない。のんびりとした雄大な眺め。こんなところで育った黒豚は屠殺されるまでストレスとは無縁の幸せ者だ。

 スペインから直線距離で30kmの位置にあるエストレモスは、緑の大海原にぽつんと浮かぶ白い小島のような、典型的なアレンテージョの小さな町である。丘はぐるりと城壁に囲まれ、てっぺんに今はホテルとなっている城があり、その周りに白い壁の小さな家が肩を寄せ合う。車と人がやっとすれ違えるほどの狭い道、レースのカーテンのかかった小さな窓、木の扉に付けられた手の形のノッカー、ベランダに下げられた鳥かご、広場で立ち話する老人たち。
 時が止まったかのような錯覚に陥るこの町で豪勢な食事をしようと言うのなら、古城ホテルのポザーダのレストランかその隣の有名なアレンテージョ料理店だろうが、美味い黒豚を食べるなら別に格式ばったところでなくても良い。友人の現地ガイドによると、この町で一番旨い郷土料理店は昔酒蔵だった居酒屋だそうである。町の中心の大きな広場から一本奥に入った路地にその店「アデガ・ド・イザイアス」はある。全く飾り気のない外観は余程気をつけないと通り過ぎてしまいそうだが、営業が始まれば店先に炭火焼のグリルを出して、香ばしい煙に燻されながら、むさ苦しいお兄さんが汗を拭き拭き肉を焼いているからわかるだろう。薄暗い店内の奥には大きなワイン樽が横たわっている。無骨な木のテーブルにベンチ。昼間からぐいぐいワインをあけているおじさんたち。ワインは言うまでもなく自家製である。

 注文するのは、SECRETO DO PORCO PRETO 黒豚のシークレットと言う名前の料理だ。いったい何が秘密なのかドキドキしながら待つと、案の定肩透かしを食わされる。要するに豚肉の薄切りをただ焼いたものだ。ところが食べてみると、これがとろけるような、微かに甘みのある黒豚の極上霜降り肉なのだ。マグロで言うと大トロである。赤身の中に脂肪が細いすじ状に入り込んでいて、切ると溶けた脂がじわあ~とにじみ出てくる。もう太っても良い、コレステロール値がどうなろうと構わないという気持ちにさせる。いや、この赤ワインがコレステロールと戦ってくれるはずだ。健康のために大いに飲もう。食堂で無料の水をサービスするときに使うようなコップになみなみ注いだアレンテージョワインがこれまた旨い。
 リスボンにもアレンテージョ料理店はたくさんあるし、普通のレストランでもこの黒豚の焼肉を出しているところは結構あるので、もはや「黒豚の秘密」は秘密ではない。しかし、この田舎町で食べる、この炭で焼いた黒豚がとりわけ美味しく感じるのは、きっと肉を焼くお兄さんのカン(勘・汗)が隠し味になり、それがこの店の味の秘密となっているからに違いない。

 エストレモスの中央広場には市場があり、その中に腸詰を売る店がある。ここで黒豚の、生食できるチョリソを買い、向かいの八百屋で羊のチーズとオリーブも買い、市場の前にある建物にあるお菓子屋でそこで作っているお菓子を買い、お土産にする。家に着いたら近所のスーパーでアレンテージョのワインを仕入れ、パン屋で拳骨のような形のアレンテージョタイプのパンをゲットし、我が家で再びアレンテージョの晩餐を楽しむ。

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 これはリスボンの近所のレストランの「黒豚の秘密」。ちょっと硬かった。香ばしくジューシーに焼くのは難しい。でもこの店の付け合せの菜の花の炒め物は絶品で、私はこれが食べたくて時々この店に足を運ぶ。
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by caldoverde | 2007-04-29 07:13 | 肉料理 | Comments(4)