ポルトガルの食べ物、生活、観光情報


by caldoverde
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コルヴォ島2日目の12月28日も村のレストランが休業のため、ヴェラはケータリングのリストを用意してくれたが、私は昨日同様家庭料理を食べたいとリクエストした。イタリア人カップルは冷凍食品であることはほぼ間違いないラザニアを頼んでいた。彼らは北イタリアのトレント出身で、イタリアの山をかなり歩いている登山愛好者で、フローレス島やファイアル、ピコ、サンミゲル島も踏破するらしい。とても物静かな人達で、食事や車のサービスに対しては直ちに支払いをする。リスボンの観光地で出会う喧しいイタリア人グループとはずいぶんイメージが違う。

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昨日は霧と強風でカルデイラン(火山噴火口)内のウオーキングは不可能だった。この風が続けば飛行機や船も出ないのではないかと心配になったが、島民によれば大した風ではなく、この位なら飛行機は飛ぶだろうということであった。ひどい時は2週間も他の島との交通が遮断されたことがあったそうだ。他所から来た人間にとっては、寒さと飢えに耐える孤島の冬、と想像しがちだが、それぞれの家には十分なストックがあり、豚肉の腸詰などは、自家製だそうだ。2日目の夕食はヴェラのホームメイドのチョリソを使ったベイクドビーンズだった。

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黒いブラッドソーセージは私の好物

コルヴォ島最終日の29日は12時10分のSATA機でフローレスに移動する。それまでに霧が晴れて、なんとかカルデイランを見ることができないか、私もイタリア人達も部屋から外に出ては山を見上げていた。消防署でコーヒーを飲んで外に出ると昨日よりは山頂にかかる雲が少ない。晴れ間も広がってきた。チェックインまであと1時間ちょっと。昨日車を頼んだジョアンさんに電話して、再度チャレンジする旨を伝えた。車が走り出すとすぐに、イタリア人カップルが歩いているのを見つけ、一緒に乗らないか声をかけた。おそらく彼らは短い登山道を歩くつもりだったのだろうが、やはりカルデイランが見られなかったのは心残りとみえて、車に乗り込んで来た。



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この日も凄い風
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本当は湖まで降りたかったが、出発時間が迫っていたので、写真だけ撮った。

山頂に近づくと、霧は吹き飛ばされて青空が広がり、緑のすり鉢状の巨大なくぼみが見えてきた。車から出て、足を踏ん張らないと海まで転げ落ちそうな位の突風が襲いかかる中、なんとか噴火口の底が見える場所まで近づくと、ビロードに覆われたような小島や青い湖が見えてきた!イタリア人女性は「パラダイス!」と感嘆の声をあげた。諦めずに来て良かった!7年前の夏に来た時は青い紫陽花が網目模様を作っていたが、冬の様々な階調の緑だけのカルデイランも十分に美しい。

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夏は紫陽花、秋はバードウオッチャーでいっぱい

村に下りて運転手に払おうと財布を出すと、イタリア人男性が5€札を差し出した。彼らは既に払っているのに不思議に思ったら、私の分を払ってくれるそうだ。確かに私が声をかけなかったら、彼らがコルヴォ島に来た意味は半減していた。私はアルピニスト達を救ったのだ。



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by caldoverde | 2018-01-07 00:34 | ポルトガルの旅 | Comments(0)
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空港のそばには3つの風車がある。右端の三角の建物は鯨舟が展示されている観光案内所

フローレス島からコルヴォ島までの飛行時間はわずか15分で、乗客は5、6人だった。コルヴォ空港に到着すると、宿の女主人のヴェラさんが車で迎えに来てくれていた。宿から空港まで歩いて数分なのだが、荷物のある旅人にとってはありがたいサービスだ。2泊した「ヴェラとジョーの家」は今年オープンしたばかりの民宿で、ネットでの評価も高い。しかも島のレストランが軒並み休みなので、夕食は家庭料理を7€で提供してくれるという。どこにもある平凡なメニューよりも、コルヴォ島の郷土料理の方が嬉しい。豚肉とキャベツ、ジャガイモ、サツマイモを塩茹でにしたシンプルな料理で、典型的な島の食べ物だそうだ。

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夕食までの時間、島唯一の村であるヴィラ・ノヴァを散歩した。7年前の印象となんか違う。どの道にも「〇〇通り」という真新しいプレートがつけられ、昔はほとんどの家が黒い石でできていたように記憶しているが、白くきれいに塗られている建物が多い。村人の年齢層は思ったより若く、建築中の保育園まである。それぞれの家にはソーラーパネルが置かれている。携帯もインターネットもリスボンより良く繋がる。厳しい気候、狭い土地、乏しい物資の中で細々と暮らす高齢者ばかりの島民、というイメージから脱却している。7年の間にだいぶ状況が変わったようだ。

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今回はコルヴォ島のカルデイラン(火山噴火口)の底を歩く、という大きな目的があったが、天気はかなり荒れそうだった。冬は強風が吹き荒れ、船や飛行機が欠航になることもしばしばだと言う。奇跡を願うも、翌日の朝は風は益々強まり、山頂はしきりに形を変える雲が覆っていた。


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フローレス島が薄っすら見える

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山の中腹にある石の農作業小屋地区

同宿のイタリア人カップルは自力で登るそうだが、私には到底無理っぽいので車を頼んだ。料金は5€である。途中までは緑の美しい牧場や海を見ながらの快適なドライブだったが、登るにつれて雲行きはどんどん怪しくなり、風が咆哮し始めた。視界は白い霧に覆われて、カルデイランの縁に着いた時は、台風の中心にいるような物凄い風が噴火口の底から吹き上げてきて、立っているのがやっとだった。1分も経たず車の中に戻り、村に降りた。

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この先に噴火口があったのだが…

宿でパンにハムとチーズの昼食をとっていたら、イタリア人カップルも憮然とした表情で帰ってきた。どうだったと聞くと、何にも見えなかった、という答え。インターネットで見つけたカルデイランの映像に魅せられ、本格的なトレッキング装備で来た彼らも目的は達成できなかった。

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手造りの硬いチーズ。薄く切って噛み締めるとじんわり美味しい。

午後は、小さな食料品店で夕食用のワインを調達し、おばあちゃんが毛糸の帽子を編んで売っている島唯一の土産物屋で帽子を買い、チーズ販売所を覗いたりと、村をぶらぶら歩いた。最も賑わっている場所は消防署で、バールと宝くじ販売所があるので、消防団員以外の村人もここにコーヒーやビールを飲みに来る。お菓子やつまみになるものは市販のチョコやポテチの類しかないが、それでもおしゃべりをしたり、インターネットを使ったりと島民憩いの場となっている。観光案内所も環境文化センターも休みなので、島のことを知るために図書館に行ったら、ヴェラがいた。彼女は図書館の司書で、代々コルヴォ島に住んでいるファミリーでもあり、いろんな話を聞くことができた。

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カルデイランに入るのは叶わなかったが、代わりに素敵なものを見ることができた。空港の滑走路脇の道路の路肩に、天然記念物のアソーレスツリガネソウを発見した!10月にファイアル島の植物園で見たのは、枯れた枝葉だけだったが、この冬のコルヴォ島で、石垣と側溝の間に一株だけ見事に咲いている。アソーレスの固有植物のシンボル的存在の花が、こんな人や車や飛行機が来るような場所に! 霧と強風で何も見えなかった噴火口の仇は十分にとれた。


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アソーレスにしかない花として絶滅危惧種に指定されている

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by caldoverde | 2018-01-04 02:42 | ポルトガルの旅 | Comments(0)
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 プロペラ機がフローレス島サンタ・クルス空港の短い滑走路に着陸し、機内から降りた乗客は歩いて小さな空港の建物に向かった。そこには私たちを迎えるINATELのホテルの車が待っているはずだったが、ドライバーらしき人も車も見当たらない。おば様4人グループのリーダー格の元気のいいアンドレス嬢は近くにいた若者を捕まえ、INATELのホテルの車がどれか知らないかと訪ねた。彼は親切なことに電話でホテルに問い合わせ、もうすぐここに来るからと私たちを安心させた。アンドレス嬢と彼の間では、32、いや、27、などと値段を交渉する会話が続いていた。彼は遊覧船や車で島を案内するガイドで、仕切り屋のアンドレス嬢は、さっさと7人がコルヴォ島に行く遊覧船の予約を取り付けたのだ。その日から三日連続で、私たち7人は若き島の生き字引カルロス氏の案内でコルヴォ島とフローレス島を外側と内側から鑑賞することになる。
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 HOTEL DAS FLORESは昔の鯨の加工場のそばの、海岸に接した絶好のロケーションにあり、大きく取ったロビーの窓から海とコルヴォ島が見える。私たちに割り当てられた部屋4つのうち1つだけがオーシャンビューで残りは全く面白くない村側に面していた。ここでもアンドレス嬢が早速くじを作り、引き当てた人がオーシャンビューの部屋に泊まるように段取りをつけた。少し後に比較的若い女性客がやって来た。後から彼氏と合流かと思ったらこれまたポルトガル人女性に珍しい完全な一人旅で、ポルトから来たそうだ。彼女もSATAのストライキの影響を受け、予定より多い日数をここで過ごすことになってしまった。アンドレス嬢はもちろんこのポルトの女性も仲間に引き入れ、遊覧船がチャーターできる人数に頭数を揃えた。
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 昔鯨を引き上げていた小さな港に20人乗りのボートがやって来た。先ほど空港で会ったカルロスがボートを操縦し、島の産業や地形、生き物の生態などの話を織り交ぜ島の沿岸を回り、様々な形の小島、切り立った崖から流れ落ちる滝、大小の洞窟、不思議な模様の岩などを見せてくれる。どの景観も太古の昔、海中から火山が爆発しアソーレス諸島が形成されていく天地創造のプロセスを誇示するような凄まじい美しさだ。
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 島を半周したところで、外洋に出て20km沖のコルヴォ島に向かう。この辺りの海にはよくイルカがやってくる。またたまに鯨も見られるらしい。フローレス島はアソーレスで最初に鯨漁が行われた島である。今、日本のイルカ漁を取材した映画が話題になっているが、確かに波間に跳ね躍るイルカは可愛い。声も可愛い。殺すのは可哀相という気持ちが湧くのも解るかも。

 私はどちらかというとフローレス島よりもコルヴォ島の方に興味があった。リスボンのジャーナリストが書いたコルヴォ島のルポルタージュを読み、この最果ての小島を見たくなったのだ。幅4km、長さ6.5km、ひとつの集落しかないコルヴォ島の四百人の住民は全員顔見知り、ホテル、レストランは一軒だけ、常駐の医師は一人。隣のフローレス島からの連絡船は1日1往復、物資を運ぶ船は15日おきにやってくる。空港には週に三便のプロペラ機が発着するが、天候が悪ければ、他の島との連絡は絶たれる。そんな閉塞的な島の教会に赴任する若い神父は、孤独に耐え切れずほとんど任期を全うせず本土に帰ってしまう。
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 唯一の集落ヴィラ・ノヴァからはフローレス島が見える。向かいのフローレスには、変化に富んだ美しい景観に惹かれてやってくる世界中の観光客が何組も宿泊できるホテル、自然の磯を利用した海浜プール、スーパーマーケット、若者向けのバー、クルーズやダイビングをアレンジする旅行社など、観光地としてのインフラはいちおう整っている。売りが火山の噴火口ひとつだけのコルヴォにとって、フローレスは何でもある、羨ましい存在なのだ。

 コルヴォとはカラスの意である。カラスが生息しているからではなく、肩をすぼめてうずくまったような姿が、カラスに似ているから名付けられたのだそうだ。いじけたような形と名前のコルヴォ島の人々は、花の島と呼ばれる華やかなフローレス島に嫉妬と憧憬のまなざしを向けながら、互いに助け合いながらもひそかに監視しあいつつ、つましい暮らしを送っているのだろうか。まったくの一人旅ならこのような感傷にゆっくり浸ることもできたのだが、賑やかな本土のポルトガル人達と一緒ではもう陽気に楽しむしかない。

 港に着くと、今度はボートの操縦桿をバンのハンドルに持ち替えカルロスが火山の噴火口まで案内した。山道の途中に門があり、その先は個人所有の牧場になっている。他の島同様コルヴォの重要産業は酪農で、昔はバター工場もあった。登るにつれ山肌が白っぽくなっていく。カルロスが拳骨を白い岩に押し当てると、そのまま腕がずぶずぶと岩の中に飲み込まれていった。岩のように見えたのはコケの一種で、厚みは1mにも達するのだそうだ。
左側の白っぽい斜面がコケの群生地。雪よりも歩行が困難。
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 火山の噴火口は息を呑む風景だ。火口に下る斜面の半分は継ぎはぎ模様の牧場、日当たりの悪い側は先ほどのフカフカした白いコケで覆われている。火口は水がたまり京都の寺院の庭のように美しい池ができている。雨の多い時期は大きな湖となる。
斜面を区切る青い線はアジサイの花
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 村に下り、一つしかないので必然的に島一番の店となるレストランで昼食。メニューはクエの塩焼き。お通しはフローレス島のチーズ。パンが意外に美味しい。ワインは名高いピコ島の白ワイン。
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 大阪のおばちゃん並の厳しい値切り攻勢に押され、一人29ユーロでボートを出してくれたカルロスのすばらしい案内に大いに満足した私たちは、30ユーロに切り上げて払い、翌日のフローレス島内観光も彼を指名することとなった。
おば様のアイドルとなったカルロス。目元がトム・クルーズ似です。
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by caldoverde | 2010-07-13 22:52 | ポルトガルの旅 | Comments(2)