ポルトガルの食べ物、生活、観光情報


by caldoverde
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タグ:フローレス島 ( 7 ) タグの人気記事

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サンタ・クルス村の空港。滑走路の先にコルヴォ島が見える。

昨年2017年、アソーレス諸島9島の中、最大の島サンミゲル島に次いで最も観光客の多かった島が、何とフローレス島だったそうだ。これには私も大いに驚いた。フローレス島は人口わずか3千人のヨーロッパ最果ての小さな島であり、リスボンからの直行便はないし、宿泊施設も数える程しかない。しかし心の片隅に納得できる要素もある。私にとってフローレス島はアソーレス諸島の中で最も美しい島だから。しかし必ずしも、美しい=快適、とは限らない。往々にして人を寄せ付けない厳しさこそが美しさを醸し出す要因でもあるからだ。

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アソーレス諸島中、最も水の豊かなフローレス島には沢山の滝がある

今回のフローレス島とコルヴォ島の旅行で、2つの島の印象が7年前と逆転していることに気が付いた。人口400人台のコルヴォ島は、おそらく州政府の補助金が島全体に行き渡っているのだろう。インフラの整備が進み、生活環境は随分向上しているように見受けられる。しかも求職票を出している人がいない、つまり失業者がいないポルトガルでも稀有の自治体である。

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柱状玄武岩のボルドンイス(杖石)は火山が作った芸術作品

一方、フローレス島は観光客の新記録を達成したのは良いが、人手や受け入れ施設が足りないほど来訪者が夏に集中し、それが過ぎると極端に観光客が減ってしまい、島民は2ヶ月間の稼ぎで一年を過ごすことは出来ず、島外に仕事を探さざるを得ない、という矛盾に悩む。フローレス島を訪れるのは主にヨーロッパ、特に独仏英の観光客が多いと思われる。元々フローレス島にはフランス軍駐屯地があったし、格安航空会社ライアンエアーがアソーレスに就航し、旅行しやすくなったと言うのもある。しかしライアンエアーが来るのは、サンミゲル島やテルセイラ島などの主要な島のみのはずだがなぜ?島々を結ぶのはドメスティックのSATAなのだが、何と、ライアンエアーでアソーレスに来ると、他の島へのSATA便がただになるんだそうだ!いつまでそのキャンペーンを続けるのか知らないが、おそらくそれを利用して観光客が怒涛のごとくフローレス島に殺到したのだろう。あるいはフローレス島がマスコミか何かで取り上げられて知名度が急上昇したのかも知れない。

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島の中央部には7つの湖が集まる

フローレス島の美は、人里離れた内陸や、険しい断崖の海岸線にある。2017年はそのような手付かずの自然を求め、欧米の客が大挙してやって来た。町は海岸線に沿って存在し、少し離れた場所には廃村や限界集落がいくつかある。利便性を重視する日本人である私は、公共交通機関のない場所の宿泊はあまり選択肢に入れないのだが、経済的に余裕があり、レンタカーを借りてのドライブやトレッキングを愛好する欧米人にとっては何の障害にもならない。コルヴォ島で同じ宿に泊まっていたイタリア人カップルも、フローレス島で廃村を利用した宿泊施設に滞在すると言っていた。

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廃村になったクアーダ村の家は全てツーリスト向けのコテージに生まれ変わった。欧州のハイキング客に大人気。

フローレス島も酪農が重要産業で、乳製品を生産している。フローレス島のチーズは、アソーレス諸島中最も美味なチーズだと思うが、地元のスーパーでも大メーカーの量産品に押されて遠慮がちに置かれている。夏はチーズ工場がフローレス島内巡りのひとつの目玉になっている事をリスボンに帰ってから知った。ああ~。これまたポルトガルで一番美味いと評判の手造りバターもあるのだが、作る時期があるらしく、滞在中は見なかった。

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左下のコルヴォ島のチーズを除いた3つがフローレス島のチーズ。柔らかでマイルド。

サンタ・クルスでの食事は、港に近いシーフードレストランの「セレイア(人魚)」で、カンタロという赤い魚とピコ島の白ワインのディナー。オーナーが漁師だそうで、カサゴに似たカンタロは新鮮で美味しく、軽くてフルーティなピコワインとよく合った。


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フローレス島の牛肉も大変美味しいということで、翌日は「ライニャ・デ・ビッフェ(ビーフの女王)」でステーキを食べた。肉の上にニンニクを粒ごとのせるのがアソーレス風だ。


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目玉焼きの下も肉です

どちらの店も美味しかったが、値段は高め。冬はほとんどお客さんがいない。一年中コンスタントに観光客が来ればいいんだが…とタクシーの運転手もレストランや宿泊施設のオーナーも望んでいるに違いない。夏以外のフローレス島、コルヴォ島のベストシーズンは9月で、まだ紫陽花の花が見られる。10月はバードウオッチャーがたくさんやって来る。逆に避けた方がいいのは6月で、霧が多くて何も見えない事があるそうだ。

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荒々しい冬のフローレス島もいいと思う



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by caldoverde | 2018-01-10 05:58 | ポルトガルの旅 | Comments(0)

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煙突のある白い建物が昔の鯨工場

7年前に泊まったホテル・ダス・フローレスの隣には、かつての鯨加工工場を利用したミュージアムがあり、何か見たと思うがほとんど印象に残っていない。特に鯨に関心がなかったからだろう。しかし今年のホエールウオッチングや、ピコ島の捕鯨博物館を通じて、アソーレスと鯨は切っても切れない関係である事を再認識し、またほとんど機械に頼らぬポルトガルの捕鯨技術に感銘を受けたので、改めてフローレス島の捕鯨博物館のガイドツアーに参加した。参加者というか見学者は私一人だったので、色々と質問することができた。夏は大忙しだったそうで、シーズンオフの旅はこのようなメリットがある。


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建物の前庭には、輪切りになったマッコウクジラの模型が転がっていて度肝を抜かれる。以前はなかったものだ。その向こうのガラス越しには何やら作業をしている男のマネキン人形が見える。中に入ると、以前は閑散としていた展示室が物で埋まっている。中央には大きな帆を立てた本物の船がリアルなクルーの人形と共に主役を張っている。館内はいくつかのコーナーに分かれ、ドキュメンタリーフィルムやアメリカ映画「白鯨」のハイライトを上映したり、フローレス島の海に現れた鯨を撮影した映像を展示物の背景に使うなど、様々な角度から島と鯨の関わりを解説する。


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鯨ベーコンではなく、灯油を取るための脂肪


ポルトガルの捕鯨の歴史はそれほど古くはなく、18世紀にアメリカの捕鯨船が獲物を求めてポルトガル領のアソーレスやカーボヴェルデまでやって来て島民を船員に雇い、世界中の海で技術を身につけた彼らは故郷に戻り、自分たちの船で捕鯨を始めたのが始まりだそうだ。アメリカの捕鯨船は大きな母船と何隻かのボートからなり、実際に鯨を獲るのは小さなボートで、母船では鯨を解体し加工も行う。最初は安く払下げられたアメリカの小さなボートで捕鯨を行っていたが、次第に船はアソーレスで改良されたものが使われるようになった。水の抵抗が少なく、静かに鯨に近づけるように浅く細長い形になっていく。オールにはそれぞれに定位置があり、全部違う場所で水を漕ぐように工夫されている。より速く陸に戻れるように帆の大きさや形も改良された。フローレスの船は常にピンクに塗られ、船の色によってどの島の船か判別できた。

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変わった色と形のカタバミ。アソーレスにしかない種類か?

監視所が鯨を見つけると、花火を打ち上げて合図をする。すると畑や床屋で仕事をしていた男たちは、それまでの仕事を投げ出し、海に走っていく。女子供も夫や父親の弁当を持って海に向かう。合図から30分後には、2隻の手漕ぎボートと曳航用のエンジン付きの船が沖に向かっている。ある程度近づいたら、手漕ぎボートが鯨を追う。ボートのクルーは7人で、船長は最後尾で舵を取り、船首には長い銛を持った射手が獲物を待ち構えている。銛が投げられると、渦巻きに巻かれたロープは凄い勢いで踊るように解かれていく。摩擦で焼けないように時々水をかけられ、船員がロープに絡まった時に直ぐに切るためのナタも側にある。船の中央にはマストが横たわっていて、あっという間に帆をあげることができる。一見すごく単純で原始的なようで、実は長年の間に洗練され完成された漁法なのだった。

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アソーレス諸島内でも屈指の美しい教会

ポルトガルの捕鯨は食用目的ではなかったが、余すところなく加工され利用された。主な製品は鯨油で、石油の発見以前は上質な灯油として大いに需要があった。ミュージアムは陸揚げした鯨を解体し、脂をはじめ様々な製品に加工する作業が行われていた工場だった。捕鯨の歴史の展示の後は、加工のプロセスやメカニズムを紹介する。様々な機械やボイラーは互いにパイプで結ばれ、一つの巨大な生物の内臓のようだ。


アソーレスの人々の鯨に対する感情は、日本人のそれと近いのではないだろうか。多くの人々の生活を支え、地域の産業を生み出してきた捕鯨が、エコロジストによって残虐だと断定されるのは不本意に思っている筈だ。加工品のパッケージにはもう鯨のイラストを使うことはできない、と案内の男性は言外に昨今の動物愛護精神に対する批判を匂わせた。私は学校給食やご飯のおかずに鯨肉が頻繁に登場した世代で、人間が牛や豚を食べるのとどう違うのかと思うのだが、欧米では口に出してはいけないタブーらしい。


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私が乱食して絶滅が危惧されるカサガイ

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by caldoverde | 2018-01-02 00:28 | ポルトガルの旅 | Comments(0)

年末年始の仕事がキャンセルになり、たまたま安い切符が売られていたので、今年の最後もアソーレスで過ごす事になった。フローレス島(花島)とコルヴォ島(烏島)は2010年の夏にパッケージツアーで訪れた時は非常に楽しめたが、コルヴォ島はフローレス島からボートでの日帰りだったので、ぜひ宿泊してみたいと常々思っていた。最近はポルトガルは異常なほどの観光ブームで、ユネスコの自然遺産に指定されたコルヴォ島のカルデイラン(火山噴火口)も、このまま観光客が増え続ければ入山が制限されるかもしれない、その前に、という危惧も大きな理由だ。

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烏島ことコルヴォ島

リスボンとフローレス島、コルヴォ島を結ぶ直行便はない。サンミゲル島あるいはテルセイラ島での乗り換えとなる、今回はテルセイラ島で約6時間のトランジットがあるので、ユネスコ世界遺産にも指定されているアングラ・ド・エロイズモの町を散策する事にした。

以前訪れた時は、世界遺産にしては、派手な描き割のような街だなあという印象だったが、現在は更にポップ感が増している。

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窓から大きな瞳で見つめられる
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壁だけ残った建物はカラフルにペイントされ、内側が駐車場になっている
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コマドリが至近距離までやってきた

公園で小鳥と仲良くなり、猿の腰掛けやら苔などリスボンでは滅多に見ない植物を観察した後、隣接の博物館を見学した。建物は18世紀のフランシスコ会の教会で、白壁に濃いピンクの縁取りというテルセイラ島ならではのデザインだ。他の島の建物は白壁に黒い溶岩の縁取りというモノトーンがほとんどである。色彩の派手さはかつての島の繁栄を表しているのだろう。オレンジや小麦の輸出、それに付随する運送業などで財を成したヴァスコンセーロス家という島の有力者についての展示コーナーもあった。


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空港からアングラまで運んでくれたタクシーの運転手は、2軒のお勧めレストランを紹介してくれたが、クリスマス時期なのでどちらも閉まっていた。仕方がないのでその辺の開いている喫茶店兼食堂で、ビュッフェの昼食を食べた。好きなものを好きなだけ取って量りで料金を取るシステムで、豚肉の薄切り(ビファナ)にご飯と野菜、グラスワインで5.55€だった。味は悪くなかった。

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アソーレスの島々を結ぶコミューターは、ボンバルディア社のプロペラ機で、フローレス島までの飛行時間は約1時間。座席は自由席である。窓から見るテルセイラ島は緑の格子模様の敷物をふんわり広げたような、なだらかで穏やかな地形なのに、フローレス島は周りが黒い溶岩の切り立った崖で、海岸線からさほど離れずに急に起き上がったような山が迫る。


今回はまずフローレス島で一泊し、翌日コルヴォ島に飛び2泊し、再びフローレス島に戻り2泊というスケジュール。冬は気候が不安定なので、欠便になった場合も考えて、1月の初めの週は仕事を入れていない。最初の宿泊は、空港から徒歩5分、海が目の前というロケーションは最高であるが、設備はイマイチの3つ星ホテルである。一泊だけなら、以前泊まった4つ星のオーシャンビューの部屋をとりたかったのだが、年末年始は休業ということで、必然的にイケテない方を選んだ。現在は民泊も増えたようだが、やはりクリスマス時期は選択肢がせばまる。

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カリッと熱々のアソーレスの白身魚のフライ

フローレス島に着いたのは午後4時過ぎだったので、ミュージアム関係は翌日以後に回し、周辺を散歩しながら夕食をとるレストランを探したが、閉まっている店が多く、結局ホテルで食事する事にした。何の期待もせずアブロテイアという魚のフライを頼んだ。冷凍と思われるが調理や盛り付けがホテルのレストランらしく上品かつ美味しく仕上がっていて、付け合わせがさつまいもという地方色もプラスされ、大いに満足した。



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by caldoverde | 2017-12-29 04:20 | ポルトガルの旅 | Comments(0)
 フローレス島三日目は、初日のコルヴォ島ツアーが大好評につき、再びカルロスの操縦するボートで島の周りを一巡りするクルーズとなった。最少催行人数は12人だったようだが、隣のホテルに宿泊していたスイス人夫婦の参加により参加者10人となり、一人40ユーロでボートを出してくれた。私たちは主な見所は既に押さえていたので、カルロスは初めて参加するスイス人夫妻のためにフランス語で案内をした。フローレス島生まれの彼は、90年代まで島にあったフランス軍基地で遊んでいるうちにフランス語を覚えたそうだ。
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 おそらく何度見ても新鮮な驚きを喚起するアソーレスの自然、特にフローレス島は風向きや潮の流れによって様々な雲が島を覆い、雨や霧を降らせ、虹をかけ、嵐を呼び、雨は滝となって島のふちから海に注ぎ、1日たりとも同じ姿ではないそうだ。夏と冬ではカルデラ湖に貯まる水の量や目に見える滝の数も違ってくる。
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 島の沿岸にはたくさんの洞窟がある。海賊が財宝を隠していた穴もきっとあるに違いない。



 人も船も容易に近づけない崖っぷちには島民がアメリカに密入国するのに使っていた小さな家の廃墟がある。19世紀にアメリカの捕鯨船がアソーレスの漁師をリクルートし、多くの島民がアメリカやカナダに渡っていった。また滝をそのまま利用した水力発電所もある。ポルトガルで水力発電所の計画が持ち上がると、周辺の自然やコミュニティの破壊が問題になるが、ここでは自然とエネルギーの供給が程よく共存できている。精神修養を求める人には滝に打たれて修行する場にも事欠かない。
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 島の西側にヨーロッパ共同体のテリトリーの最西端に当たる、モンシック島という岩礁がある。大波に飲み込まれそうな小さな無人島、ヨーロッパはここで尽きる。
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 お昼は「鱈の井戸」という面白い名前の滝のそばにあるレストランで食事。店がスズキの塩焼きを準備している間、海風で冷えた体を温めるためバーで食前酒を立ち飲みした。バーにはアソーレス産リキュールの桑の実とパッションフルーツの2種類があり、パッションフルーツの方を注文した。スイス人の旦那さんは「ウィスキー?」と目を丸くしていたが、他の人たちも次々と同じものを注文し始め、甘いお酒に皆うっとりと目を細めていた。
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 クルーズは午後3時ごろ終り、ホテルに帰った後、20分ほど歩いたところにある海浜プールに出かけた。黒い溶岩が海に流れて固まった荒磯にコンクリートを敷いて作ったプールはフローレスのみならず、アソーレスの各島々にある人気観光スポットだ。潮の流れに身を任せながら魚と一緒に海水浴を楽しめる。付近には鮮やかな黄色と赤のグラジオラスが咲いていた。
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 超平凡なホテルの夕食メニューに業を煮やした熟女4人組は、会議の結果、ホテルの夕食を放棄し隣のホテルのレストランで島の名物料理を食べようという結論に達した。私やポルトの女性、退職した夫婦も異論はなかった。前菜がウサギの唐揚げ。昨日の島内観光では可愛い野ウサギをたくさん見たが、こんな姿で再会するとは。肉は脂肪が少なく鶏のささ身のような魚のようなあっさりした味で、かすかに草の香りがする。
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 メインはペイシェ・ポルコ(豚魚)と呼ばれるカワハギの仲間の天ぷらである。これは今回の旅で食べたものの中で一番美味しかった。リスボンでも大きなスーパーで売っているそうだが、私の近所のスーパーや市場では見た事はなかった。
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 これでデザートが島の牛乳から作られるアイスクリームなら最高なのだが、残念ながら大メーカーの量産品だった。ポルトガルの牛乳やバターの大半はアソーレス産である。ならばアソーレス産のアイスやソフトクリームがあってもいいはずだ。100%国産の、添加物なしのアイスクリームを作ろうと思えば可能なはずなのだが。翌日ホテルの近くの小さなスーパーの冷凍庫に数キロはありそうな業務用の手作りっぽいアイスクリームを発見した。量が量だけに持ち帰るわけにもいかず、幻のアイスとなった。ぜひ1人分の容器に詰めて売ってほしい。
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by caldoverde | 2010-07-20 07:29 | ポルトガルの旅 | Comments(3)
 翌日はバンで島内部を観光。フローレス島はアソーレス諸島の中でも最も美しい島といわれる。「花の島」の名の通り、島のいたるところにアジサイの花が咲いている。牧場の柵代わりの石垣にもアジサイが植え込まれている。アジサイは毒があるので、牛が石垣の外に逃げないのにも役立っている。
 水が豊かで、切り立った崖から白い糸のような滝が無数に流れている。島の電力は80%が水力発電、残りは風力発電でとてもエコロジーな島でもある。
 島の地形は非常に変化に富んでいる。今はベルベットのような緑に覆われた丘も、内部に荒々しいエネルギーを秘めた火山ドーム。牛がのんびり草を食む牧場にはマグマが噴出して固まった大きな岩が点々と列を作る。むき出しの崖には様々な色や模様を織りなす地層が見られる。ボルドンイスと呼ばれる、柱状の玄武岩が集まった巨岩はこの島の名所のひとつ。
 火山の噴火口に水が貯まったカルデラ湖は7つ。隣り合った湖の高さが違ったり、水の色が違ったりとそれぞれ個性がある。
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中国の山水画のような岩はマグマが固まったもの。
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杉林も多い。
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かなり高低差のある二つの湖。
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自然のモニュメント、ボルドンイス。アジサイの群生の上に立ち並ぶ玄武岩、その上にはまた違う岩石の層。
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神秘的な色の違う二つの湖。
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川の水力で粉をひく水車小屋。
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盆地の集落。
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 お昼はサンタ・クルス村の中心にある食堂で、カリカリと香ばしい新鮮な魚のフライ。飾り気はないがうまい。ただし、フローレス島もコルヴォ島もメニューの中から好きなものを選ぶ楽しみはない。レストランに今日あるものを食べるしかない。
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 一方、ホテルの夕食は1日目がチキン、2日目がサーモン。まずくはないが、ここでなぜこれを食べなくてはいけないのか?と疑問のメニューである。島の魚は?あちこちに自生する里芋は?美味なフローレスチーズは?お得なツアーのセットメニューだからだろうか。朝食も島のヨーグルト以外は見るべきものがない。既に熟女4人組の怒りのマグマは活発に活動していた。彼女たちのテーブルでは明日の夕食をどうするか会議が行われていた。
フローレス島の手作りヨーグルトはナチュラル、イチゴ味、バナナ味、加糖の4種類。
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唯一オリジナリティの感じられたウイキョウのスープ。
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by caldoverde | 2010-07-16 04:15 | ポルトガルの旅 | Comments(2)
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 プロペラ機がフローレス島サンタ・クルス空港の短い滑走路に着陸し、機内から降りた乗客は歩いて小さな空港の建物に向かった。そこには私たちを迎えるINATELのホテルの車が待っているはずだったが、ドライバーらしき人も車も見当たらない。おば様4人グループのリーダー格の元気のいいアンドレス嬢は近くにいた若者を捕まえ、INATELのホテルの車がどれか知らないかと訪ねた。彼は親切なことに電話でホテルに問い合わせ、もうすぐここに来るからと私たちを安心させた。アンドレス嬢と彼の間では、32、いや、27、などと値段を交渉する会話が続いていた。彼は遊覧船や車で島を案内するガイドで、仕切り屋のアンドレス嬢は、さっさと7人がコルヴォ島に行く遊覧船の予約を取り付けたのだ。その日から三日連続で、私たち7人は若き島の生き字引カルロス氏の案内でコルヴォ島とフローレス島を外側と内側から鑑賞することになる。
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 HOTEL DAS FLORESは昔の鯨の加工場のそばの、海岸に接した絶好のロケーションにあり、大きく取ったロビーの窓から海とコルヴォ島が見える。私たちに割り当てられた部屋4つのうち1つだけがオーシャンビューで残りは全く面白くない村側に面していた。ここでもアンドレス嬢が早速くじを作り、引き当てた人がオーシャンビューの部屋に泊まるように段取りをつけた。少し後に比較的若い女性客がやって来た。後から彼氏と合流かと思ったらこれまたポルトガル人女性に珍しい完全な一人旅で、ポルトから来たそうだ。彼女もSATAのストライキの影響を受け、予定より多い日数をここで過ごすことになってしまった。アンドレス嬢はもちろんこのポルトの女性も仲間に引き入れ、遊覧船がチャーターできる人数に頭数を揃えた。
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 昔鯨を引き上げていた小さな港に20人乗りのボートがやって来た。先ほど空港で会ったカルロスがボートを操縦し、島の産業や地形、生き物の生態などの話を織り交ぜ島の沿岸を回り、様々な形の小島、切り立った崖から流れ落ちる滝、大小の洞窟、不思議な模様の岩などを見せてくれる。どの景観も太古の昔、海中から火山が爆発しアソーレス諸島が形成されていく天地創造のプロセスを誇示するような凄まじい美しさだ。
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 島を半周したところで、外洋に出て20km沖のコルヴォ島に向かう。この辺りの海にはよくイルカがやってくる。またたまに鯨も見られるらしい。フローレス島はアソーレスで最初に鯨漁が行われた島である。今、日本のイルカ漁を取材した映画が話題になっているが、確かに波間に跳ね躍るイルカは可愛い。声も可愛い。殺すのは可哀相という気持ちが湧くのも解るかも。

 私はどちらかというとフローレス島よりもコルヴォ島の方に興味があった。リスボンのジャーナリストが書いたコルヴォ島のルポルタージュを読み、この最果ての小島を見たくなったのだ。幅4km、長さ6.5km、ひとつの集落しかないコルヴォ島の四百人の住民は全員顔見知り、ホテル、レストランは一軒だけ、常駐の医師は一人。隣のフローレス島からの連絡船は1日1往復、物資を運ぶ船は15日おきにやってくる。空港には週に三便のプロペラ機が発着するが、天候が悪ければ、他の島との連絡は絶たれる。そんな閉塞的な島の教会に赴任する若い神父は、孤独に耐え切れずほとんど任期を全うせず本土に帰ってしまう。
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 唯一の集落ヴィラ・ノヴァからはフローレス島が見える。向かいのフローレスには、変化に富んだ美しい景観に惹かれてやってくる世界中の観光客が何組も宿泊できるホテル、自然の磯を利用した海浜プール、スーパーマーケット、若者向けのバー、クルーズやダイビングをアレンジする旅行社など、観光地としてのインフラはいちおう整っている。売りが火山の噴火口ひとつだけのコルヴォにとって、フローレスは何でもある、羨ましい存在なのだ。

 コルヴォとはカラスの意である。カラスが生息しているからではなく、肩をすぼめてうずくまったような姿が、カラスに似ているから名付けられたのだそうだ。いじけたような形と名前のコルヴォ島の人々は、花の島と呼ばれる華やかなフローレス島に嫉妬と憧憬のまなざしを向けながら、互いに助け合いながらもひそかに監視しあいつつ、つましい暮らしを送っているのだろうか。まったくの一人旅ならこのような感傷にゆっくり浸ることもできたのだが、賑やかな本土のポルトガル人達と一緒ではもう陽気に楽しむしかない。

 港に着くと、今度はボートの操縦桿をバンのハンドルに持ち替えカルロスが火山の噴火口まで案内した。山道の途中に門があり、その先は個人所有の牧場になっている。他の島同様コルヴォの重要産業は酪農で、昔はバター工場もあった。登るにつれ山肌が白っぽくなっていく。カルロスが拳骨を白い岩に押し当てると、そのまま腕がずぶずぶと岩の中に飲み込まれていった。岩のように見えたのはコケの一種で、厚みは1mにも達するのだそうだ。
左側の白っぽい斜面がコケの群生地。雪よりも歩行が困難。
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 火山の噴火口は息を呑む風景だ。火口に下る斜面の半分は継ぎはぎ模様の牧場、日当たりの悪い側は先ほどのフカフカした白いコケで覆われている。火口は水がたまり京都の寺院の庭のように美しい池ができている。雨の多い時期は大きな湖となる。
斜面を区切る青い線はアジサイの花
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 村に下り、一つしかないので必然的に島一番の店となるレストランで昼食。メニューはクエの塩焼き。お通しはフローレス島のチーズ。パンが意外に美味しい。ワインは名高いピコ島の白ワイン。
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 大阪のおばちゃん並の厳しい値切り攻勢に押され、一人29ユーロでボートを出してくれたカルロスのすばらしい案内に大いに満足した私たちは、30ユーロに切り上げて払い、翌日のフローレス島内観光も彼を指名することとなった。
おば様のアイドルとなったカルロス。目元がトム・クルーズ似です。
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by caldoverde | 2010-07-13 22:52 | ポルトガルの旅 | Comments(2)
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フローレス島からコルヴォ島を望む

 今年で四度目となるアソーレス諸島への旅は、諸島最西端にしてヨーロッパの最西端フローレス島とその北にあるアソーレス最小の島コルヴォ島を目指した。
 今回はINATELという会員制リゾートクラブのような共済組合のような団体の主催するツアーに参加した。フローレス島4泊5日航空券+ホテル+二食でツインルーム一人380ユーロより。今年も連れの調達は間に合わなかったので割高のおひとりさまとなったが、それでも航空券やホテルを自分で手配するよりはかなり安い。しかも朝食と夕食が付いている。中身は何もないのでホテルでのんびりするもよし、マリンスポーツやトレッキングを楽しむもよし、コルヴォ島の1日観光に参加するもよしといったフレキシブルなツアーである。

 空港で初顔合わせをした参加者は熟年女性4人組とリタイアした夫婦1組と私の7人。私以外は皆ポルトガル人である。日本では奥様達のグループ旅行は別に珍しくないが、ポルトガルではちょっと変わっているかも。どうも離婚したか、夫に先立たれたかで今はシングルの女性の集まりのようだ。大阪のおばちゃんのごとくパワー全開である。ここで既に最果ての島への旅でロマンスが生まれる可能性はがっくり下がった。

 朝6時半のエアバスでリスボンからサン・ミゲル島に向かい、そこからボンバルディア機に乗り継いでフローレス島に10時半頃に到着するはずだったが、出発日にアソーレス航空SATAがストライキを行い、1日目はフローレス島行きの飛行機が飛ばず、経由地のサン・ミゲル島で1泊を過ごすこととなった。SATAは、ストで予定変更を余儀なくされた私達に、ポンタ・デルガーダのホテルと昼食と夕食を提供した。ホテルはザ・リンス(山猫)という名前になっているが、古い地図ではホリディ・インとなっている。

マリーナが整備されてだいぶ洗練されたポンタ・デルガーダの海岸沿い
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 もとアメリカ系のホテルのレストランの食事ということで、特に期待はしていなかったが、意外に郷土色が豊かである。昼のメニューはカツオ系の魚のグリル。あっさり塩味で大変懐かしい味。味噌や醤油をつけて焼いて生姜を添えたら、最高の日本食になりそう。
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デザートはカスタードクリームタルトとチーズケーキの中間のようなお菓子。
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 夜はアソーレス料理のビュッフェ。サン・ミゲル島の料理はポルトガルの四川料理と言うべきか、ピーマンの塩漬けや唐辛子を使ったピリカラ味でチョリソやブラッドソーセージも唐辛子のアクセントが利いている。シシャーロスという小魚の南蛮漬けは最高!
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バカリャウ(干鱈)のフライもピメントとトマトのソースで味付けされている。付け合せにサツマイモとピメントを使ったアソルダ(パン粥)
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豚肉の煮込み、ベークドビーンズ、鶏手羽の唐揚げは止められない止まらない危険な味だ。
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デザートはこの島名産の紅茶を使った紅茶のプリン、豆のケーキ、島の特産パイナップルのケーキ。
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 この日の夜はマリーナに設けられたイベント会場で、現在海外ツアーで集客できるほとんど唯一のファド歌手、マリーザのコンサートが行われた。わずか5ユーロでマリーザの生の声が聴けるのはめったにないチャンスである。モデルのような長身、ベリーショートのブロンド、エキゾチックな顔立ちのマリーザは、ポルトガル人の父とモザンビーク人の母との間に、当時ポルトガルの海外領だったモザンビークで1973年に生まれ、3歳でリスボンに移住。幼いころから父の経営するレストランなどで歌っていたという彼女は、アマリア・ロドリゲス亡き後のファド新世代のホープ。パワフルな歌唱とスタイリッシュなルックスで演歌のイメージのファドを格好いいワールドミュージックに変身させた。昨年は日本でもコンサートを行った。

最近のヒット曲「白いバラ」のプロモーションヴィデオ

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by caldoverde | 2010-07-12 07:27 | ポルトガルの旅 | Comments(2)