ポルトガルの食べ物、生活、観光情報


by caldoverde
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バカリャウの王様

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バカリャウの一番の友達はオリーブオイル

友達が仕事でリスボンに来た。いつもたくさんのお土産を持って来てくれるので、ご馳走することにした。タラかロブスターか選んでもらった。ロブスターと言われたらどうしようと内心ドキドキしていたが、海老は苦手という事でホッとした。先日友人にご馳走するからと大見得を切ってロブスターを頼んだら、お勘定が100€超えていた。(涙が)見えないようにカードで支払った。でもあんな美味しいものを食べたのは久しぶりだった。

ロブスターに負けない美味いタラ料理をと、リスボンのタラ料理専門店別名バカリャウの王様こと「ラウレンティーナ」にご招待した。メニューの最初のページはタラ料理で埋まっている。タラの身を一口大にほぐしたもの、かき揚げ、タラとジャガイモの卵とじ(バカリャウ・ア・ブラス)、ほうれん草とグラタンにしたもの、リゾット、大きな切り身を焼いたもの、茹でたもの、魅惑のタラ料理が10種類ほど並んでいる。友達はタラの身を一口大にほぐしたものにパン粉をのせて焼いたもの(バカリャウ・コン・ブロア)、私はこの店のスペシャリティというベイラ風タラの菜っ葉煮とでも訳す料理(コウバーダ・デ・バカリャウ)を頼んだ。

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香ばしい黄金色のブロアというトウモロコシパンの粉はカリッと歯に心地よく、白いツルッとしたタラの身を柔らかい青菜が受け止め、ジャガイモやソースが優しいハーモニーを奏でる、ケーキのように繊細優美なタラ料理、バカリャウ・コン・ブロア。

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一方赤土の土鍋に入ってやって来たタラの菜っ葉煮は、田舎料理らしく無骨で豪快だ。鍋いっぱいに敷き詰めた青菜の上にどーんとのせたタラの切り身、青菜の下には丸ごとのジャガイモ。こんがり揚げたニンニクスライス。菜っ葉をすくえばエメラルド色のオリーブオイルが滴り落ちる。
青菜はとても柔らかくてアクもなく、ニンニクとタラとオリーブオイルの旨みが絡んでとても美味しい。

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デザートはラズベリーのミルフィーユ

昔は庶民の食べ物だったタラは、今は100%輸入品の高級食材である。料理の材料の中でタラの割合が多ければ多いほど、切り身が厚ければ厚いほど、値段は高くなる。バカリャウ・ア・ブラス、バカリャウ・コン・ナタ、バカリャウ・ア・ゴメス・デ・サー、パスティス・デ・バカリャウ(タラコロッケ)などは、主原料はジャガイモなのだが、タラの風味とテクスチャーはそれぞれの料理に消し難い印象を与える。大した量を使わなくとも他の材料をタラ味にしてしまう干し鱈(バカリャウ)は偉大だ。

私もポルトガル人に負けないくらいタラが好きだが、嫌いな点は、時々骨が隠れている事と身が歯に挟まりやすい事だ。最近差し歯を入れていた前歯の歯根が折れてしまい、抜歯してインプラントを入れなくてはならなくなった。歯を抜いたところに仮歯を嵌めていたのだが、気をつけて食べていたつもりだったが、タラの小骨をガチッと噛んでしまい、仮歯が外れてしまった。更に悪いことに、歯医者に応急処置に行く前にきれいにしようと歯を磨いたら、かろうじて引っかかっていた仮歯がポロっと取れて、洗面台にコン、と落ちて消えてしまった。多分排水口に入ってしまったのだ。数ヶ月後に2千ユーロ以上かかるインプラント手術を受けるまで、歯っ欠けババアでいるか、取れるたびに安からぬ仮歯を作って凌がなくてはならぬのか、悩みが尽きない。バカリャウのバカヤロウ〜!

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by caldoverde | 2017-03-12 05:34 | シーフード | Comments(0)
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「パダリア・ポルトゲーザ(ポルトガルパン屋)」は今や30店舗を超え、リスボンの主要な地区に一軒はあるという大成功を収めたベーカリーで、4年ほど前にできた近所のカンポ・デ・オリーク店は、確か2号店ではなかったかと思う。手頃な値段と新鮮さは開店当時から多くの客を引き寄せた。私も初めの頃はココナツのたっぷり乗った「神様のパン」やクルミをぎっしりキャラメルで固めたタルトが好きで、ちょうどバス停がすぐ前にあることから、週数回は足を運んでいた。しかしどんどん店舗が増えて、ここにしかなかったものがどこにでもあるようになると、なんだか飽きてしまい、しかも大好きなクルミのタルトが姿を消して「パダリア」に行く動機も失せてしまい、しばらくは足が遠のいていた。
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しかし最近しばらくぶりに覗いてみると、普通のパンやサンドイッチの間にすごいものが見えた。直径20cmくらいの丸いパンの中に、何かがぎゅうぎゅうに詰まっている。ゆで卵とバジルの葉で飾られた、鱈とひよこ豆のサラダだ。普通、鱈とひよこ豆のサラダは小さな皿に盛られ、メインの食事の前のオードブルとして供されるのだが、これは前菜の域をはるかに超えた量だ。どうも新しいランチメニューとして加わったらしい。パン自体も相当大きいのに、中身の量もオードブルとして3〜4人いや5人分はありそうなこの鱈サラダパンを、女が一人で食べている姿を見られるのはさすがに恥じらいを感じたので、テイクアウトにして家で食べた。
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持ってみるとズシンと重い。みっしりと目の詰んだ田舎風パンのもちもちとした中身をくり抜いて容器状にし、ほぐした鱈にひよこ豆と玉葱を混ぜたサラダが溢れんばかりに詰められている。味は鱈の塩気と玉葱の辛み、ひよこ豆のほんのりした甘さのみで、そのままでも十分に味わいがあるが、多くのポルトガルのレストランのサラダ同様、自分の好みでビネガーやオリーブオイルなどで調味できるように味付けを控えているのかもしれない。
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どうせ鱈のサラダが入っているのはパンの上の方だけだろうとたかをくくっていたが、大きなスプーンでがっとすくってもまだ豆や鱈がある。もりもり食べてもまだまだある。パンの半分の深さになっても、まだふわふわのパンの中身が出てこない。サラダの半分は豆なので、次第にお腹が膨れてくるが、一向に底が見えてこない。パンも食べたかったので半ば意地になってサラダを処理し、ようやくパンの器だけ残ったところで、ギブアップした。お腹は破裂しそうにいっぱいだった。結局パンの柔らかい部分はほとんどなく、固い皮の部分だけが残った。綺麗にくりぬかれた丸いパンは、翌日の昼食の材料として冷蔵庫に保存された。その日の夕食は必要なかった。
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中身は何に使われたのか?

翌日この素敵な器にどんな料理を盛ろうか考えた。チーズを溶かしてチーズフォンデュにしようか、クリームシチュー、いやビーフシチューにしようか、しかしどれもお腹にズシンと来そうだし、材料も買い揃えないといけないし…結局、物価の優等生の卵と台所にあった玉葱で、オニオンスープを作ってパンの器に入れてみた。かなり汁気が多いのに、パンは全く崩れない。しぶとい。スープを食べ終わり再びパンの器が残ったが、さすがに明日には持ち越さず、ちぎって食べた。腰のあるしっかりしたパンの皮を平らげると満腹感120%になり、またその日の夕食は必要なくなった。
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コリアンダーをたっぷり使ったアレンテージョ風?オニオンスープ

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by caldoverde | 2016-02-04 05:23 | パン・ご飯 | Comments(5)
 名は体を表すというが、ポルトガルのバカリャウ(鱈料理)を食べたことのない人でも、「焼鱈ほぐし身オリーブオイル和え」がどんな食べ物か想像するとしたら、おそらく多くの人々が頭に思い浮かべる映像や味はほぼ同じだろう。
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僕も考えよう。こんなかな?
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 予想は当たりましたか?正にずばりそのものである。ひねりも何も奇をてらったところが皆無なのが、逆に日本人に衝撃を与えると言うか…
 ところがこの料理ともつかない料理こそ、田舎町トマールの更に外れにあるレストランのスペシャリティで、車で遠くからやってくる客が一様に注文する名物料理なのである。
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レストランの隣の畑になっていたザクロ

 このブログによくコメントを寄せてくれるMoreiaさんに誘われて、ご主人の運転する車で平均時速120kmで1時間半ほどリスボンから飛ばして着いた所は、間違ってもガイドブックには載りそうにない、家と畑しかない、教会さえも見当たらない小さな村だった。しかしその村の中にあるレストラン「ペルニーニャ」は知る人ぞ知る、食通ならぬ鱈通のポルトガル人の間で評判の店だった。客の90%以上はこのほぐし鱈にオリーブオイルをぶっかけたものに焼きジャガイモ(これもまたオリーブオイルがたっぷり)を添えただけの料理を食べに来るのである。他にも色々なメニューがあるのに。そんなに美味しいんだろうか?他の店の鱈料理と何が違うのだろうか?私なりに人気の秘密を分析してみると

1、炭火で鱈を焼く香ばしい匂いが店の外にまで流れ、たまらなく食欲をそそる。
2、皮や骨が除かれ、大きすぎず小さすぎず食べやすい大きさに身がほぐされている。
3、オリーブオイルが惜しみなく使われている。オイルは鮮やかな緑色のフルーティなヴァージンオイル。
4、適度な塩加減。塩鱈は切り身のままだと塩抜きの成否が味を大きく左右し、また部位によっては塩気の濃い部分とそうでない部分が生じるが、鱈の身をほぐして混ぜることによってそのような塩味のばらつきが統一されるのではないかと思う。
5、大人数で分け合って食べられる。
6、鱈の嫌いなポルトガル人はほとんどいない。

等の理由が考えられる。
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 香ばしく焼かれた干し鱈は、シコッと歯ごたえが感じられる最小限の大きさまで細かくされ、皮や小骨を取る手間なしにフォークで刺して口の中に放り込める。塩辛すぎもせず、薄塩すぎもせず、いい塩梅の塩加減。ソース代わりのオリーブオイルはパンに付けても美味である。皮ごと焼いた小さなジャガイモにはみじん切りのニンニクがまぶされ、ピリッと刺激を与えて食欲を増進させる。味付けは干し鱈自身の塩分、オリーブオイル、ニンニクのみ。日本の刺身に醤油とわさびだけというミニマムさに迫る単純さである。刺身もこのバカリャウ料理も素材の質のみで勝負している。
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村には樹齢100年に達していそうなオリーブの木がたくさんある

 これがレストランで出す「料理」かと絶句する見かけに反して、食べるとうまいのだ。こんだけのものが、遠くから客を惹きつけてやまないという事実は揺るがない。飽きるほどバカリャウを、喉に骨を引っ掛ける心配をせずに食べたい、というのはポルトガル人全てが抱く共通の夢なのかもしれない。その夢をかなえに来た人々は皆幸せそうな満ち足りた体型をしていた。 
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by caldoverde | 2011-10-01 00:23 | シーフード | Comments(6)

鱈の三位一体

 先日、地元の人や新しもの好きの若者はいまさら見向きもしないであろう店ばかりで、雑誌用の写真を撮る手伝いをした。店を選ぶ基準は、評価が確定した老舗で二,三年では潰れそうにない店、要するにベタな、おのぼりさんや旅行客が必ず行くようなところである。私もポルトガルに初めて来た頃は一応チェックしたし、現地の友人に招待されたりもしたが、今は自分からは行かない。そんな所ばかりだ。

 そのリストの中にシアードのビヤホール「トリンダーデ」があった。リスボンの人が「トリンダーデ」を絶賛しているのを聞いたことはない。店のアズレージョは素晴らしいが、食べ物は…と言うのが大方の意見である。私も一回か二回行ったことはあったが、あまり印象に残っていない。昔修道院だったという内装の美しさは良く覚えている。トリンダーデとはキリスト教の三位一体のことだ。その荘厳な雰囲気に圧倒され、食べ物の記憶はすっかり消えている。ビールを飲んだだけだったのかも知れないが。
 そんな訳で「トリンダーデ」を紹介するなら、おそらく内装が主役で食べ物は二次的なものになるだろうと予想し、あまり期待はしていなかった。

 給仕が薦めるこの店の名物料理は、鱈のなんとか修道院(Aで始まる…名前を失念)風と鯛のグリルだった。鱈は典型的なポルトガル料理の食材であるが、なんとか修道院とはどこにあるのかもどんな料理かも全く想像のつかない、初めて聞くものだ。メニューの説明によると鱈ととうもろこしのパンを使った料理であるらしいが、食べたことのない人には字面で説明されても良く分らない。

 イメージ写真は、文字から想像したものとはかなりかけ離れ、一般的ポルトガル料理とも一線を画した、彩りの良いきれいなものだ。三層になったケーキのような外観で、上層部はミモザのように鮮やかな黄色のつぶつぶで覆われている。これはとうもろこしのパンを細かく砕いたものだ。二層目は白っぽい鱈の身で、一番下の層は濃い緑色をしており、これはホウレンソウか菜の花を茹でたものであろう。実際に厨房から出てきた料理は、写真ほど色鮮やかではなく、一生懸命がんばってみたものの田舎っぽさの拭えない盛り付けが微笑を誘う。
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 ぽろぽろと崩れるクランブル状のトウモロコシパンには香草のコリアンダーが混じっていて、噛みしめるとなかなか複雑な味わいだ。その中からシコシコした歯ごたえに程よい塩加減の鱈の身が現れ、最後にニンニクを利かし柔らかくソテーした青菜がアクセントを添える。この料理を考案した修道院では、それぞれの素材に神、イエスキリスト、精霊の三位一体(トリンダーデ)を托しありがたくいただいたのだろう。悪くない。でも値段も安くない。確か15ユーロか16ユーロだったと思う。
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 もう一品は黒鯛のグリル。そう聞いただけで、例のステンレスの楕円皿の上に鯛の塩焼きと茹でジャガイモがごろんと転がっている映像が思い浮かんだが、出てきたものは、めったにポルトガルに来ることのない日本の記者の人たちばかりでなく、私までもが歓声をあげるような、ステキな料理だった。トマトと玉葱をオリーブオイルで炒めたソースがたっぷりかかり、付け合せのブロッコリーも鮮やかな緑色(ポルトガルでは変色するまでくたくたに茹でるのが主流)である。レモンスライスやローズマリーの小枝を飾り、なんだか地中海のリゾート地のビストロで出される食べ物のようなこじゃれたものになっているではないか。魚は新鮮で美味しく、皿の底に残ったソースをパンに付けて食べるとこれまた美味い。
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 やはり老舗は伊達に何十年も営業しているわけではない。その日はフランス人の団体も来ていたが、フランス人の厳しい批評にも耐えるように研究しているのかも知れない。しかし一般的なポルトガル人が毎日昼食をとるには厳しい値段だ。その日の定食はせいぜい8ユーロ位でないとこの不況下ではやっていけない。できれば6ユーロ以下が望ましい。てんこ盛りで結構、立派なアズレージョはどうでも良い。而して彼らが「トリンダーデ」を使うのは接待とか外国人を招待するとか特殊な状況のみにならざるを得ない。それでリスボンの人は「トリンダーデ」は観光客用だからというレッテルを貼ってしまったのかも。でも見直してもいい店だと思う。
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by caldoverde | 2009-10-17 05:09 | シーフード | Comments(6)
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 ようやく整備が終わりリニューアルオープンとなったケルース宮殿の庭園を見に行った。ポルトガルのベルサイユの異名をとるケルース宮殿は現在も絢爛豪華な調度品で満たされ、各国の来賓が宿泊する迎賓館として使われている。またその庭園はポルトガルで唯一、三つのスタイル(英国式、フランス式、ローマ式)で作られた庭だそうだ。少し前までは植え込みの枝も伸び放題で荒れた印象のあった庭が、きれいに刈り込まれ、彫刻も修復され、噴水や運河にも水が流れるようになった。昔は大きく膨らんだドレスを着た女王や貴婦人が優雅に庭のバラの花を摘むふりをして用を足していたんだろうなあ、と感慨に浸りながら散歩した。

アズレージョで飾られた運河
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 宮殿を出て軍の建物から町の方面に伸びる道に入るとすぐ、がやがや人声のする間口の小さな大衆食堂風レストランの前を通りかかった。時刻は12時過ぎ。昼食をケルースで食べる予定はなかったが、本日のメニュー「鱈の舌」につい好奇心を抑えられなくなり、家族連れで賑わうご近所食堂にお一人様で突入した。

 以前「鱈の顔」を注文し、食べるところが少なくてがっかりしたことがあったが、それを友人に話したら、私の食べ方がもったいないのだ、と指摘された。目玉や骨や皮をしゃぶりつくさなくてはいけないのだと。この「鱈の舌」なら骨や皮がなく捨てるところがないはずだ。また、頬など良く動かす筋肉の部分は美味いと言われてる。しかも1匹に1枚しかない希少な部位だ。リスボンではお目にかかったことがない「鱈の舌」はいったいどんな味だろう。

 ポルトガル人は鱈料理には赤ワインを飲む。私もこの辺に住んでいる「通の」外人風を装ってコップの赤ワインを注文し、ちびちびやりながら「鱈の舌」の到着を待った。出てきたものは、モロッコいんげん、丸ごとじゃがいも、ゆで卵、ゆで人参、というおなじみのポルトガル大衆食堂の付け合せセットの中に、透明がかった白い肉のようなものが十切れほど盛られたステンレスの楕円皿。これが本日のおすすめ「鱈の舌」であった。予想はしていたものの、料理以前の、素材をただそのまま出しただけ、といった単純極まりないものだった。いや、こういうシンプルな料理こそ、料理人の素材の目利きや下ごしらえの丁寧さが顕れるものである、と気を取り直し、フォークにぶるるんとした白いかたまりを突き刺し、口の中に入れた。
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・・・いつもの鱈の味だった。強いて言えば違いは、ゼラチン質の部分が多くぷりぷり弾力があり、アンコウの歯ごたえに似ているということか。バカリャウ・コジードに比べ格段に美味というほどでもないが、骨や皮がないのでとても食べやすい。小さなお子様向けである。味付けは干鱈そのものの塩味で、これにオリーブオイルとビネガーをかける。たしかに不味くはないけど世の中にはもっとおいしく食べる方法はあるのでは?
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 舌の大きさはちょうど一口サイズだから、串に刺して炭火で焼いたらどうだろう。ネギと交互に刺して、塩またはたれで味付けした焼き鳥ならぬ「焼鱈」、ゆでた鍋ごとテーブルに運びポン酢醤油で食べる「鱈の水炊き」、甘味噌を塗ってオーブンで焼いて「鱈田楽」、醤油で煮た鱈の舌と野菜を炊き込んだ「鱈飯」、ふっくら戻した鱈の舌をバターで焼いた「鱈バター」きゅうりと一緒に酢に漬けた「鱈きゅう」etc. どなたか日本人の板前さん、または日本料理を勉強したポルトガル人のシェフの方、こんなメニューを出す居酒屋をポルトガルに作ってくれますまいか。名前は「鱈福」とか「莫迦良(バカリャウ)」などいかがでしょうか。
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by caldoverde | 2009-05-19 04:46 | シーフード | Comments(4)
 バールやカフェのガラスケースには、甘い菓子パンやケーキとともにサルガードと呼ばれる塩味の揚げ物がおいてある。ちょっと小腹が空いた時、コーヒーまたはビールにサルガードをつまめば、しばらく凌ぐことができる。このサルガードの代表的なものが鱈のコロッケ、パステイス・デ・バカリャウ。ラグビーボールのような形で黄金色に揚がった鱈コロッケは熱くても冷めても美味しい。前菜、スナックのイメージが強いけれど、トマト味のリゾットやサラダを添えて1品料理にしているレストランもある。パーティでもよく登場し、すぐになくなるほど人気が高い。ご飯のおかずにもなるので作ってはいかが。

材料
・ジャガイモ
・鱈(日本では甘塩鱈の切り身など)
・卵
・パセリ
・塩・胡椒
・揚げ油

作り方
 ジャガイモと鱈を茹でて、皮や骨を取り、みじん切りにしたパセリや塩、胡椒、卵とともにフードプロセッサーにかけてよく混ぜる。機械がないときはすり鉢でジャガイモをつぶし、鱈は布巾などでもんで、繊維が細かくほぐれるようにする。
 カレースプーンを両手に持って、片方のスプーンで種をすくい、もう一方のスプーンで形を整えて、熱した油に落とし入れて、狐色に揚げる。
 分量は例によって適当。ただし、鱈をジャガイモと同量以上は使うこと。このコロッケはパン粉や小麦粉などの衣をつけない。細かい鱈の繊維が衣の役割をするので、鱈をケチると油の中でコロッケが崩れてとけてしまう。その場合は、日本式のコロッケ同様、小麦粉をつけて、卵を絡め、パン粉をまぶして救済する。

 高級な雰囲気のレストランで鱈料理がある!とばかりにパタニスカス・デ・バカリャウというものを頼むと、美男の蝶ネクタイの給仕がうやうやしく金縁のお皿かなんかに盛り付けてくれたものはどう見ても駅の立ち食いそばのてんぷらで、失望するか、ぷぷっと吹いてしまう危険性がある。パタニスカスは小麦粉を卵や水で溶いたものに細かくほぐした鱈や玉ねぎ、パセリを混ぜて、塩味をつけて油で揚げたものである。これこそ日本のかき揚げの元祖ではないかと思えるくらい、懐かしい味である。レストランのメインになるときは、やはりトマトや豆のリゾットなどと一緒にサービスされることが多い。しかしバールでビールを立ち飲みしているおじさんがつまみに食べているパタニスカスと本質はなんら変わらない。でも、できれば甘辛いつゆに入ったうどんやそばと食べたい。できれば給仕も腹の出たおじさんではなく、クリスチアーノ・ロナルドのような可愛い男の子の方が望ましい。
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パステイス・デ・バカリャウとパタニスカス
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by caldoverde | 2007-07-29 21:54 | シーフード | Comments(4)
本題とは関係ないけどバカリャウ・アサード(焼いた鱈)。魚の下の緑色の液体はオリーブオイル。上には揚げたニンニクがのっている。
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 鱈にジャガイモはつきものである。鱈料理と称するものの中には、芋の割合が7割位でこれはジャガイモ料理ではないか?と言いたくなるようなものも多い。でもジャガイモと鱈の相性はとてもいいので不満はない。だから美味しい鱈料理は、適度な塩抜きといいジャガイモが必須条件だろう。

 ジャガイモと鱈の組合せが絶妙なハーモニーをかもし出す料理が、バカリャウ・ア・ブラスである。このメニューはよくツアーの食事にも登場する。拍子木切りにしたジャガイモと玉ねぎと細く裂いた鱈を炒めて卵でとじたものだ。比較的簡単な料理なので、私は日本では干鱈の代わりに甘塩鱈の切り身を茹でて作る。ただしその場合干鱈独特の歯ごたえや風味は不足する。ジャガイモは種類に注意しないとべちゃっとなってしまう。私は手抜きして、切ったジャガイモをビニール袋に入れてレンジでチンしたあと玉ねぎと一緒に炒める。カロリーをそれほど気にしなければ、フライドポテトにして、玉ねぎは別に炒めて後から一緒にしたほうが美味しいと思う。鱈を加えて炒め、最後に溶き卵をいれて卵とじにする。あまり加熱すると卵がポロポロになって美味しくない。皿に盛り、パセリとオリーブの実で飾る。

 レストランによってはこのじゃが鱈の卵とじを工夫して独特のスタイルにしているところもある。5,6年前にメールトラというポルトガル南部の小さな町で食べたバカリャウ・ア・ブラスほど繊細なものにまだ出会った事がない。ジャガイモが拍子木切りよりさらに細いマッチ棒くらいに切られていて、鱈がそぼろ状というかでんぶ状というか、細かい繊維になるまでほぐされ、それが細いジャガイモに満遍なく絡み付いて、しかもその鱈の繊維が絡みついたジャガイモが卵の黄身の黄金色に輝いている。どんな風にしたらこのようなバカリャウ・ア・ブラスになるのか不思議だった。

 雑誌で見た、ブラジルのポルトガルレストランで作るバカリャウ・ア・ブラスは、フランス料理のようなしゃれた盛り付けになっている。卵を絡めたフライドポテトを小さな円形にまとめ、その上に鱈の切り身を乗せ、その上にまたジャガイモのガレットを重ね、また鱈の切り身、というふうに層を重ね、てっぺんにオリーブとパセリをかわいらしく飾ってケーキのようにしている。大皿に卵とじをてんこ盛りにして、ランダムにオリーブやパセリを散らしただけのポルトガル流盛り付けと比較するとずいぶん洗練されている。

 この店のバカリャウ・ア・ブラスは違う、私は、あるいは家族はこんなふうに作る、という情報があればよろしくお願いします。
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by caldoverde | 2007-07-21 18:15 | シーフード | Comments(8)
 ポルトガル料理といえば鱈料理と言われるくらい沢山の種類があるそうだ。鱈料理ばかりを集めた分厚い本も売られている。理論上1年間違う鱈料理を食べられるはずなのだが、実際にレストランで食べられるのは種類がほとんど限定されている。

 ポルトガルで言う鱈とは日本でよく見る生や薄塩の切り身がプラスチックトレーに3枚入っているようなものとは全く違う。スーパーや専門店には縦横50cmほどの洋凧の形に開かれた大きな干し鱈が何枚も重ねられて強烈な匂いを放っている。表面には塩が吹いている。これをギロチンでバチンバチンとカットし、ビニール袋に入れて量りにかけて値段をつける。スーパーにはあらかじめカットしてあるものや、細く裂いたものもある。

 干鱈は塩抜きしないと食べられない。1日以上、水を替えながら干鱈を戻す。この戻し加減がなかなか難しいようだ。塩を抜きすぎても残しすぎてもいけない。アルファマ地区の小さな食料品店では昔ながらにたらいに水を張って鱈をもどしながら売っている。
 
 このような手間を経てようやく鱈は調理されるが、代表的なものはバカリャウ・コジード。私が初めてレストランで自分で注文して食べたのもこれだった。バカリャウというのは鱈で、コジードというのは煮たという意味だ。つまり、鱈の煮物である。切り身を上品な薄味のだしで煮て、ゆずとかハジカミとか香りのいいつまが添えられて、きれいに形を整えた野菜や、食べられないけど花や葉っぱが添えられて…という日本の煮魚を想像すると、どーんとパンチを食らう。これは言語や文化を共有するブラジル人にとってもそうらしい。

 日系ブラジル人の知人はポルトガルのレストランでバカリャウ・コジード・コン・トードスという料理を注文した。コン・トードスとはみんな一緒という意味である。どんなすごい料理が出てくるかと期待しながら待つと、ただ水で茹でただけの大きな鱈の切り身と茹で野菜が出てきた。不審に思った彼は店の人に「コン・トードス」とは何だと尋ねたところ、鱈と一緒のジャガイモや人参やブロッコリや卵がトードス(皆さん)だということであった。鱈と上記のつけあわせを同じ鍋にぶち込んで茹でるから「みんな一緒」であるらしい。味付けは鱈から出る塩味のみ。これにオリーブオイルやビネガーをかけて食べる。ブラジル人の知人は第一印象では呆れたようだが、食べてみると結構美味いと言っていた。上手に塩抜きしていたのだろう。

 私の初バカリャウにおけるリアクションもブラジル人の知人同様であった。出てきたものを見て、これがレストランと称するところで出される料理かと驚いた。白い皿にのっているのは白身魚の大きな切り身とゆで卵とジャガイモである。色彩がない。しかしこれは許せる。許せないのは塩辛くてとても全部は食べられなかったことである。今考えるとそこは黙っていても観光客が来る立地である。地元の人はわざわざそんな店に行かないだろう。文句を言うべきだったが、その頃はあまりポルトガル語が話せなかった。
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by caldoverde | 2007-07-18 10:23 | シーフード | Comments(2)