ポルトガルの食べ物、生活、観光情報


by caldoverde
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ついにマイ風呂

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手洗いの後ろは収納家具、隣がシャワーブースのビフォー


20年前ポルトガルに住み始めて以来、たっぷり湯に浸って入浴したいという願望は、常に頭の片隅に存在し払拭されることはなかった。たとえホテルや下宿やアパートにバスタブがあったとしても、日本人である私の欲求を満たすことはなかった。別に脚を伸ばさなくていい、小さくてもいいから肩まで浸かる深さがあって、できれば追い炊きできるマイ風呂があればポルトガルは天国なのだが…


騒音問題でキレた勢いで引っ越したワンルームは、シャワーブースしかなかった。もともとバスタブ付きだったが、収納を作るためと高齢者に楽という理由で前の住民がシャワーのみに改装した。たしかにシャワーだけだと楽だし、光熱費も節約できる。でもたまには長風呂をしたい。しかしどんなに湯を満タンにしても深さがなくて胸や腹が水面に出るような西洋式のバスタブではダメなのだ。深さがないと!


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メイドイン・チャイナですが、フランスのサイトで購入



ついにほぼ条件に叶うバスタブをインターネットで見つけた。長さ120cm、幅75cm、高さ65cm。これだけ高さがあれば深さも十分で、浴槽内部には腰を掛ける為の段差が付いている。足湯だけも可能だし、資源節約にもなる。コロンとしたフォルムも可愛い。一目惚れした。

どうせならトイレも新しいのと交換だ。日本では公衆トイレまでウオッシュレットが普及しているが、ポルトガルではまだ一般的ではないので、掃除のしやすさと節水に重点を置いて普通のトイレを選ぶことにした。


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あまりにもダサい上に、穴の位置と大きさがおかしいために大の後ブラシで掃除する羽目になる便器と、物入れと化したビデのビフォー



馴染みの親方にバスタブの写真を見せて意見を求めた。バスタブは据え置き式なので工事は簡単に思えたが、そこは素人の浅はかさだった。今ある配管を生かしてそのまま繋げばいいだろうと考えたが、「あるべき場所にあるべきものを。」水を出す蛇口の位置はバスタブの高さに合わせて移動し、トイレのタンクの横から出ていたパイプも見えないようにする。配管をいじるので壁を壊すことになり、そこに新しいタイルを貼る、というセミリノベーションになった。


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白一色で十字の切れ込みの入ったレリーフ状のタイル。貼ってみたら意外とお洒落だった。


工事はまずシャワーブースとビデを撤去し、壁や床の中にある配管を調べる。タイルを壊しむき出しになった壁の中にはパイプが埋まっている。親方と配管工(どちらもベテラン)が何か話し合っている。「ちょっと問題がある。見ろ。」上水のパイプの周りが赤茶色になっている。腐食し錆びてしまったのだ。下の住民から何か言われていないか聞かれた。パイプに穴が開き、壁に水が漏れている可能性を示唆された。しかもシャワーベースにも穴が開いていたそうだ。掃除は洗剤をかけて水で洗い流す程度だったので、穴が開いているとは全く気がつかなかった。「1日1回程度なら大丈夫だろうが、日に5回も6回もシャワーしてたら漏水していたぞ。」バスタブを置くのを諦めてずっとシャワーを使い続けていたら、階下に損害を与えたかもしれないと思うと、本当に運が良かった。ポルトガルの水は石灰分が多く、長年の間に水道管に付着し、水が出口を求めた結果、水道管を破損するので定期的に交換が必要になる。このアパートも築40年なので、そろそろ危ない。どこかで漏水が起きれば、建物全体の配管工事が必要になる可能性が高い。少なくとも我が家がきっかけになることは回避できた。


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また壁も塗り替えることになった。元から天井の一角が黒くなっていて、階上からの漏水によるカビではないかと疑っていたのだが、ある日漂白剤で綺麗にしようと思い立ち、スプレーで吹きかけた。翌日壁のシミはだいぶ薄くなっていたが、まだ黒い部分がある。どうもホコリが引っかかっているようだ。ならば掃除機で吸い取ってしまえと天井に掃除機のヘッドを向けたところ、手元が狂って壁にぶつかった。そうしたら壁の漆喰がポロポロ落ちてきた。一部だけの補修というわけにはいかず、壁全体も塗り直しとなった。


ポルトガルでは業者を呼んでもなかなか来なかったり、だらだら続けて日銭を稼ぐような工事が多いと聞く。私もそんな業者に当たった事があるが、アントニオ親方は呼べば直ぐに来てくれるし、仕事も早い。初めは5日くらいかかると言っていたが、3日で終わった。料金も良心的だ。今リスボンは改装ラッシュで、彼の仕事も途切れないそうだ。良い仕事を早く終わらせれば、信用が上がり、更に良い仕事が入ってくる。彼はそれを知っている数少ない?ポルトガル人である。


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アフターです


# by caldoverde | 2019-01-20 02:39 | 生活 | Comments(0)

フランス菓子店

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日本のケーキ屋に近いケーキを売っていた「サランボー」が2年前に閉店してしまい、ポルトガル津々浦々ほとんど同じものばかりのカフェに飽き飽きしていたこの頃、朗報が訪れた。近所にフランス菓子店「ダックワーズ」が開店した。ダサくて古い建物の一階の、モノトーンと金を基調としたシックな店内には、果物をふんだんに使ったタルトや馥郁とバターの香り漂うクロワッサン、香ばしそうなバゲットが並ぶ。レジは最新式のコインやお札を自分で機械に入れるタイプで、むさ苦しいおっさんがお金を受け取った手で食べ物を受け渡す危険はない。そもそもむさ苦しいおっさんはいない。サムライ映画に出ても違和感ないような東洋風のイケメンが店員だ。しかし残念ながら従業員の誰もこのレジの操作を習得していないので、支払いには結構時間がかかる。


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トイレもゴージャス



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ムース系が充実。カシスのムースとりんごのムース。

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シュー系もやばい。

お菓子はふわふわのスポンジ系はなく、マドレーヌやフィナンシェのようなやや固めのパウンド系か、ビスケット生地にカスタードクリームや果物のムースをのせたタルト系が主流である。残念ながら「サランボー」にはあった生クリームをたっぷり使ったイチゴショートの様なものはない。しかしポルトガルで菓子屋をやるからには、エッグタルトことパステル・デ・ナタを外すことはできない。店によってパステル・デ・ナタはパイ皮に得体の知れない油脂が使われてギトギトだったり、クリームが妙に粉っぽかったりするのだが、ここのはパリッとしたパイ皮からほんのりバターが香り、クリームは本物のカスタードクリームだ。普通のパステル・デ・ナタとチョコレート入りの2種類ある。値段は他の店に比べるとやや高いが、正しい材料を使うが故だろう。私のエッグタルトベスト3は、元祖「パスティス・デ・ベレン」、やはりフランス系パン屋の「エリック・カイザー」、そしてこの「ダックワーズ」である。


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お菓子だけでなく、モーニングやブランチもある。朝は7:30から営業しているので、出勤前にハムやチーズを挟んだクロワッサンをコーヒーで流し込んだり、カマンベールチーズを挟んだバゲットをお昼にしたり、日曜日は優雅なブランチやアフタヌーンティーを楽しめる。開店が12月の初めで、皆クリスマスのためのお菓子を物色している時期だったので、もちろんポルトガルとフランスの伝統的なクリスマス菓子も扱っていた。まだオープンして1ヶ月なので、今後新製品も出てくるだろうが、季節ごとに旬の果物を使ったケーキが登場するのを期待している。何しろポルトガルのカフェの季節感は、クリスマスと復活祭以外は皆無なのだから。


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真ん中がフランスのクリスマス菓子

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ああ〜体重に気を付けなきゃ。


# by caldoverde | 2019-01-07 19:14 | お菓子・カフェ | Comments(2)
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ラボ・デ・ペイシェ村の貸別荘「キンタ・ダス・タンジェリーナス(蜜柑荘)」のオーナーのクラウディアさんは若い小学校教員で、ボーイフレンドのヴァスコさんと共に家の管理や客の送迎を行っている。敷地はクラウディアさんの祖父が持っていた小さな果樹園で、その名の通り庭には柑橘系の樹木が何本か植えてあり、迎えに来てくれたヴァスコさんは何の樹か一つ一つ教えてくれた。やけに歴史や動植物に詳しいと思ったらガイドだそうで、翌日の半日観光をお願いした。


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レストランの壁画。女性はアソーレス出身の文学者ナタリア・コレイア。


ホテルから蜜柑荘までの移動は、ヴァスコさんが12時にロビーに迎えに来て村のレストランで私を下ろし、食事が終わる頃に再びやって来て蜜柑荘まで送ってくれた。「ボテキン・アソレアーノ」は魚がメインの、おそらく村の誰もが推奨する店だ。まず島に来たら自分のお約束のカサガイを注文する。残念ながらアソーレス産ではなく、マデイラ産だが若干安いという事だ。アソーレスのカサガイは採る時期が決まっていて、冬は流通しないそうだ。魚はペイシャン(大魚)という名前の小さめの鯛のような魚であっさりした淡白な味だ。デザートはクルミのタルト。私はクルミが大好きなのだが、ポルトガルのクルミ系菓子には失望することが多かった。しかしこの店のはザクザクとクルミが使われていて食感と香ばしさが素晴らしい。カサガイや魚よりもクルミタルトの方が印象に残った。


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翌日の半日観光は通常の観光コースではなく、リクエストで2箇所を重点的に組んでもらった。一つはカペラスという村にある工房博物館。昔の店や工房を再現したテーマパーク又は田舎のキッザニアの様な施設で、消滅しつつある個人規模の伝統的な商工業を子孫に伝える趣旨で創られた。一坪程度の店舗がぎっしり並ぶ様子は昭和の商店街のミニチュアのようだ。鍛冶屋、印刷屋、タバコ屋、薬局、飲み屋、布地屋、床屋、玩具屋などありとあらゆる職種があり、昔の道具やレトロな商品が並べられている。展示物は島民からの寄贈によるものがほとんどだ。


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工房博物館を後にし、島の西側の風光明媚な海岸線に沿ってドライブし、もう一つの目的地のフェラリア温泉に向かった。ほぼサン・ミゲル島の最西端にあるこの温泉は、黒い火山岩に囲まれた天然プールの中にお湯が湧き出ており、波が静かであれば、海と一体となったワイルドな露天風呂が楽しめるが、この日は風が強く波が荒く、天然プールの入浴は叶わなかった。しかし別に塀で囲まれた浴槽があるので、デッキで日光浴をしたり山を見ながら入浴できる。客はスペイン人の女性5人と私だけで、暖かいお湯の中でのんびり泳いだり浮かんだりできた。カルデイラ・ヴェーリャもフェラリアも人里離れた場所にあり、シーズンオフならばまさに秘湯であるが、個人で行くにはタクシーかツアーでないと難しい。アソーレス諸島は掘れば必ず温泉が出てくるはずなのだが数ヶ所しかない。ボーリングに金がかかるからと言うが、そうだろうか。もったいない事だ。


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ツアーはもう一つの島民お勧めのレストラン「オ・ペスカドール(漁師)」で終了した。漁港と仲卸市場のすぐそばにあり、魚の鮮度は疑いようがない。注文したのはボカ・ネグラ(黒い口)、日本の高級魚ノドグロの仲間と思われる。脂がたっぷりのって非常に美味。アソーレスの他の場所でもボカ・ネグラは食べたが、ここのが一番美味しかった。デザートはサン・ミゲル島特産のパイナップルのケーキ。ラボ・デ・ペイシェ村で食べる魚は、値段がリスボン並みかやや高めである。貧しい村なのにと疑問に思うが、天候や季節に左右される漁や魚の品質を考えれば妥当な、むしろ安い値段かもしれない。


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# by caldoverde | 2018-12-24 00:58 | ポルトガルの旅 | Comments(0)
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ラボ・デ・ペイシェとは魚の尻尾という意味で、名前の由来は色々あるが、漁港のある湾の形が魚のように見えるから、というのが有力な説の一つである。しょぼい名に相応しく、村はポルトガル国内のみならず、EUで最も貧しい地域という不名誉な称号を受けている。海沿いの漁師町は手造りっぽい小さな家が連なり、ロープにずらりと吊り下がった洗濯物やゴミの散乱する道路、所在無げな男たちがたむろするバールなど、リスボン周辺に(私の家の近所にも)見られる典型的な低所得者層の多い地区の風景だ。住民の多くが漁業に従事し、子供たちは親の仕事を継ぐ。この村はポルトガルでも平均年齢が最も若い自治体で子供が多く、14~15歳で出産する少女たちは社会問題にもなっている。家族の結びつきが強く、伝統を大事にし、必然的にいとこ同士など親類間の婚姻が多い。女性達の容貌やスタイルはリスボンのジプシーの女性達と似通っている。実際、漁師達のルーツはその昔の海賊やジプシーだったらしく、他の住民達との間には格差や差別があり、昔は教会でのミサでも漁師達の席はそうでない住民(特に女性)から離されていたそうだ。


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一方海岸から離れた地区は文字通り山の手の、主に農業を営んでいた家族が住んでいる所で、3日目と4日目に泊まった貸別荘は、この山の手地区にある。18世紀迄はこの辺りはオレンジ栽培が盛んで、ヨーロッパ、特にイギリスに向けて出荷され、オレンジルートと呼ばれるほど大いに栄えていた。ところが病気によりオレンジの木はほぼ全滅してしまい、代わりにサン・ミゲル島では新たな商品作物としてパイナップルが作られるようになった。この地区はかつてのオレンジ農家や果樹園の名残の高い塀や生垣で囲まれた住宅が多く、入り口には〇〇屋敷と書かれたアズレージョ(タイル)の表札が付けられている。


私が借りた家は蜜柑荘(キンタ・ダス・タンジェリーナス)といい、生垣に囲まれた小さな果樹園の中に造られた築6年の一戸建てである。車がやっと通れる細い道の奥にあり、付近にはスーパーも飲食店も何もないので、外食するにも買い出しするにも漁師町の方に降りて行かなくてはならない。


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お一人様には広すぎる3LDK


漁師町と山の手の境目に警察署とロータリーがあり、そこから幹線道路が東西に伸びる。幹線道路を西に向かって数分歩くと、テラス席のあるカフェが現れる。ヨーロッパ最貧の村で生まれたチョコレート専門店「ショコラティーニョ O Chocolatinho」である。ベルギーで修行した若者が、アソーレス産の材料を使ったユニークなチョコを製造販売し、チョコの他にケーキやサンドイッチなどの軽食も出す。ちょっとコーヒーを飲むために立ち寄ったのだが、バナナとパッションフルーツのボンボンも食べてみた。その時は特にどうって事はない、普通のチョコレートに思えたが、地場産品なのでお土産用に9個入りの詰め合わせを一箱買った。それをトランクの中に水平にせずに立てて一晩置いたら、チョコの中の液体が流れ出てしまった様で、箱とトランクがベトベトする。しょうがないなあと自分で食べることにした。


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デザインも可愛い💕



そうしたら…美味い‼︎フルーツの味と香りが口いっぱいに広がりチョコレートと溶け合い、素晴らしい調和を醸し出す。アソーレス産のミルクがフルーツやカカオの刺激をまろやかに中和する。はっきり言ってヘーゼルナッツのプラリネばかり使ったゴディバよりも、ポルトのアルカディアよりもずっと美味しい!昨日はコーヒーの味や香りにかき消されてあまりチョコの印象が残らなかったらしい。ピンクに色付けされたホワイトチョコはてっきりイチゴかと思いきや、塩味の赤いジャム状のものが入っている。アソーレス料理に欠かせないピメントの塩漬けのペーストで、何とも不思議な美味しさである。9個入りの箱はすぐ空になった。


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アソーレスはこんなに色んなものが採れるのかと感心する種類の多さ

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青いのがアソーレスバナナ、奥はパッションフルーツ

バラで売っているボンボンは一個50~60セントから。子供達もコインを握りしめて買いに来る。品質は山の手のお金持ちを満足させ、値段は漁師の子のお小遣いでも買える。リベイラ・グランデに支店があり、リスボンではバイシャ地区のアソーレス物産専門店で若干売っている。もし近くにお店があったら、毎日通っていたに違いない。チョコラティーニョのチョコレートは、私的チョコランキング第一位に輝いた。


# by caldoverde | 2018-12-14 03:32 | ポルトガルの旅 | Comments(0)

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ホテル・ぺドラス・ド・マール(海の石ホテル)は集落から離れた海岸に位置し、火山石と杉の木というアソーレス特有の建材をふんだんに使った建物で、3年前にオープンしたばかり。浴室がガラスで仕切ってあり、大きくとった窓の景色が入浴しながら楽しめる。ネットで見た写真はオーシャンビューだったので、それに惹かれて選んだのだが、安いだけあって反対側のマウンテンビューの部屋だった。海側に変更するには12€のエキストラ料金がかかる。到着日はあまり天気も良くなかったので部屋はそのままにしたが、翌日はやはり海が見える部屋に替えてもらった。


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ホテルの後ろは牧場、前は海岸


二日目は温泉入浴を含むフォーゴ湖半日ツアーを申し込んだ。ガイド兼ドライバーのペドロさんがホテルに迎えに来てくれた。客は私一人で、料金は40€である。以前は普通のタクシーに適当に名所を回るよう依頼し、3~4時間で60€払っていた。現在はツアー会社が沢山あり、グーグルマップやトリップアドバイザーなどで簡単に見つけることができる。半日、一日のコースが色々あり、値段もそれほど高くないのでお勧めだ。ラボ・デ・ペイシェ村、リベイラ・グランデの旧市街とリキュール店、カルデイラ・ヴェーリャ温泉、フォーゴ湖を周る。


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リベイラ・グランデの旧市街は白壁に黒い石で縁取った美しい建物が多い。

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アソーレス産の果物やミルクを使った様々なリキュール。可愛い陶器の人形やミニチュアボトルもある。


主目的のカルデイラ・ヴェーリャ(古釜)温泉は初めてアソーレスに旅行した時に、帰り際にタクシーで立ち寄ってもらったが、その頃はまだ温泉としての設備(入場券を売る入り口やロッカー)が無かったように思う。現在は道がきれいに整備され、敷地内にはサン・ミゲル島の自然を紹介する小さな環境センターがあり、土産やコーヒーも売っている。鬱蒼とした巨大シダや杉の木に囲まれた温泉には3つほど露天風呂があり、若いカップルや熟年夫婦が38度の赤っぽい湯でまったり寛いでいる。風は唸り声を上げて杉の枝を揺すぶるが、温泉は谷底にあるので、寒くはない。シーズンオフなので入浴客は10人もいなかったが、夏は2時間待ちだそうだ。1時間半の滞在時間はあっという間に過ぎてしまった。


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よく見ると入浴客の手や頭が見えます


ツアーはラボ・デ・ペイシェ村にある農業協同組合のレストランで終了した。月曜日は魚をメインにする店は鮮魚の仕入れがないので休みの可能性が大で、肉がメインの農協レストランが良いでしょうとのペドロさんのアドバイスに従った。アソーレスは牛肉も有名で、リスボンのアソーレスレストランで食べたトカゲステーキは今まで食べたステーキの中で最も美味しいものだった。しかし実際にアソーレスで食べたステーキにはハズレも何度かあった。店は選ばないといけない。この農協レストランRestaurante da Associação Agrícola はサン・ミゲル島内のみならず、全国的にその名声を博している。ステーキは色々な種類のソースがあり、それぞれ大きさと部位が3種類づつある。私は最もシンプルかつアソーレスらしいレジオナル・ステーキ(地元のステーキ)の小を、テンダーロインのミディアムで注文した。地元ステーキとはピメントの塩漬けとニンニクがのっているもので、ソースもピメントのペーストと白ワインが使われる。肉の旨さもさることながら、ソースの浸みたフライドポテトが激ウマで、芋の種類が違うのか中がとろけるようにクリーミィで、完食してしまった。デザートはお茶のプリン。日本の抹茶プリンを彷彿とさせるこのデザート、リスボンではアソーレスレストランにもあるかどうか微妙なので、ヨーロッパ唯一の茶畑のあるサン・ミゲル島に来たらダイエットを中断しても是非味わいたい。


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# by caldoverde | 2018-12-10 04:53 | ポルトガルの旅 | Comments(0)