世界の最果てで阿呆と叫ぶ その1
2010年 11月 01日

久しぶりに南部のアルガルヴェ地方に行こうと思い立った。数年前サグレス岬で貸し自転車に乗って停車に失敗し2回転んだが、今回は折り畳み自転車を持参しこれでポルトガルの角っこを走破しリベンジを果たす、そしてアルガルヴェでサンマやラパ貝が採れるとの情報を得たのでそれを確認するという重要なミッションを自分自身に課した。また仕事で行く予定もあるので、その下見も兼ねた視察旅行でもある。残念ながら全部自腹である。

サグレスまでは、まず電車か長距離バスでラゴスまで行き、そこから路線バスで最南端のサグレスに向かう。長距離の移動は鉄道より安くて時間もそう変わらないバスを使うことが多いが、最果てのサグレスには何となくロマンを感じる鉄道で行こうという気持ちになった。わくわくしながらダイヤを調べ、2日前にリスボンのセッテ・リオス駅でアルガルヴェ行き往復切符を購入した。これが大きな間違いだった。
10時半にリスボンから電車に乗るとまもなく車掌が改札に来た。彼はxxでバスに乗り換えます、と言っていたようだが、アルガルヴェに入ったらトゥーネスという駅で幹線からローカル線に乗り換えて終点のラゴスまで行くので、そのことを言っているに違いないと自分自身に納得させた。バスと聞こえたのは空耳だろうと。
リスボンから3つ目の駅セトゥーバルに着いたら、乗客がわらわら降りだした。バスに乗り換え、というのはここでの事だった。アルカサル・ド・スル駅のそばで貨物列車の脱線事故があり、その一つ手前のセトゥ―バルから2駅分バスが代替運行していた。昭和の時代に製造されたのではないかと思うくらい古くて汚いバスだった。1車線の国道を大型トラックに連なるように時速50km位で走る。乗客がなぜ高速を走らないのかと運転手に尋ねると、高速の方が遠くなるという返事だが、怪しいものである。
グランドラ駅で再び列車に乗り換え。ここで既に予定の到着時間より1時間遅れ。今回は自転車を持って来たので度々の荷物の上げ下ろしにうんざりである。電車がなかなか出発しないので駅員に何時に出るのか聞くと「用意が出来たら」という人を食った返事に呆れた。
バスも古くて汚かったが、電車も負けていない。リスボンからの電車もそうだったが、窓から景色が見えないくらいガラスが曇っている。窓を掃除することはないのだろう。トイレも昔の日本の国鉄の電車や駅のトイレ並みに汚い。使うと床、便器、衣類のどれかが必ず汚れる構造で作られている。バスから乗り換えた駅のそばのカフェで何か食べてそこのトイレを借りようと思ったのだが、駅員がいつ電車が出るのかも知らないのでは、電車で待機せざるを得ない。一応急行列車なので食堂車があるが、うまくもないサンドイッチなどに普通のカフェの値段の倍払ったあげく、尿意を催し電車のトイレを使うのはまっぴらごめんである。こうなったらうんとお腹を空かせて夜たっぷり食べてやる。

ラゴス行きの各駅停車に乗り換えるトゥーネス駅に着いたのは予定より1時間遅れの3時だった。本来なら5分も待てばラゴス行きの電車に乗り換えることが出来たのに、次のラゴス行は何と2時間後の午後5時である。電車が遅れたら丁寧にお詫びのアナウンスが入り、代わりの電車なりバスなり用意するか、全額払いもどすのが日本だが、ここはポルトガルだ。
終点のラゴス駅に着いたら帰りの電車の切符をキャンセルし、リスボンへは長距離バスで帰る意思は固まっていたが、腹が立ったのでこのトゥーネス駅でキャンセルの手続きをした。二重に憎たらしいのは払い戻し手数料4.50ユーロを取られたことだ。何もない町の、日に10本ほどしか列車の来ない駅で2時間も無駄に待つ。それでもバールのある駅は特に電車を待っている風でもないご老人達が談笑し、ひと気のない町でささやかな賑わいを見せていた。

ようやく予定より3時間遅れで終点のラゴス駅に着いた。
ここで重要なことに思い至った。今までなぜ私はバスを好んで使い、鉄道を避けていたのか?地方の鉄道駅は大抵町外れの不便な場所にあり、町の中心まで結構歩いたり、ひどい時はタクシーを呼ばないとどうしようもないものが多いのだ。
ラゴス駅からサグレス行きバスの発着するターミナルは歩いて5分ほどだが、今回は移動用のバッグに詰めた折りたたみ自転車がある。じゃあ自転車で行けば良いじゃないかと思われるだろうが、このバッグというのが結構かさばるタイプで、小さな、荷台もない我がチャリにつけて運ぶのは不可能だ。初めから往復バスにすべきだったのだ。そうすれば乗換えで移動する必要は全くなかったのだ。13kgの自転車入りバッグを数百メートル引き摺り歩いた後は、腕がしびれていた。
バスが出発する頃は日没が近づいていた。空が赤く染まり、野山が徐々に暮れなずむ。予定通りに着いていれば、ポルトガルの最南端で海に沈む夕日を観ながら愛を叫んでいるはずであったが、バスに揺られながら心の中で私の夕日を返せ、ポルトガル国鉄の馬鹿、自分の馬鹿と叫んでいた。
丸1日かけホテルに辿り着いた。朝からまともに食事をしていないので、夕食は豪勢に美味しいものを食べ、恨みを晴らしてくれよう。ホテルのはす向かいのシーフードレストランで、殻にびっしり海藻をつけ身がプックリと大きいラパ貝を前菜にヴィニョ・ヴェルデを飲み、ワラジのようにでかいカジキマグロのステーキを平らげ、デザートはこの地方独特のキャロブという黒い豆で作ったケーキで締めくくり、怒りを鎮火させた。



だはははは。波乱万丈な幕開けですなぁ。
しかし、愛車の自転車を持っていったのはすごい根性ですね。
13年前はマルヴァォンに行くのに電車が大雨で徐行運転で遅れて乗り換えのアブランテスに1時間以上遅れて付いたんだが、乗り継ぎの電車は待っててくれたけど。そういうところだけ合理化というか世知辛くなってるのかも。
しかし、愛車の自転車を持っていったのはすごい根性ですね。
13年前はマルヴァォンに行くのに電車が大雨で徐行運転で遅れて乗り換えのアブランテスに1時間以上遅れて付いたんだが、乗り継ぎの電車は待っててくれたけど。そういうところだけ合理化というか世知辛くなってるのかも。
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その時はアブランテスで止まっていた乗り継ぎ電車に誰も乗っていなかったんではないでしょうか。ポルトガルの鉄道は、利用者に車を持つ必要性を知らしめ、自動車の普及を促すというエコに全く相反する役割を果たしていると思います。
CPの管理職たちの給料減らしてシステム改造に役立てればいいと思いませんか??
サグレスのピンクの自転車、可愛いわねwwラパを食べに電車で・・・執念をかんじましたwで、サンマのほうは??
サグレスのピンクの自転車、可愛いわねwwラパを食べに電車で・・・執念をかんじましたwで、サンマのほうは??
言われてみると、その時の乗り継ぎの電車は1両か2両編成で。
それでも一等車両があり、その乗客は私たち以外は全員CP(国鉄)職員か関係者でした。
その後、マルヴァォンでは町に2台しかないタクシーが出払っており、
ポウザーダの荷物輸送車が迎えに来てくれたのも良い思い出ですが。
それでも一等車両があり、その乗客は私たち以外は全員CP(国鉄)職員か関係者でした。
その後、マルヴァォンでは町に2台しかないタクシーが出払っており、
ポウザーダの荷物輸送車が迎えに来てくれたのも良い思い出ですが。
ポルトガルにはぽっぽや(高倉健)みたいな鉄道員はいないですね。
もう皆やる気なし。
リスボンはママチャリが走れるような環境ではありませんが、最近自転車道が整備されつつあります。地方には廃線になったCPの線路跡が自転車道になっているところもあります。
高速道に自転車専用車線の導入も検討されている・・・という話はありませんが。
もう皆やる気なし。
リスボンはママチャリが走れるような環境ではありませんが、最近自転車道が整備されつつあります。地方には廃線になったCPの線路跡が自転車道になっているところもあります。
高速道に自転車専用車線の導入も検討されている・・・という話はありませんが。
by caldoverde
| 2010-11-01 20:47
| ポルトガルの旅
|
Comments(5)

