ポルトガルの食べ物、生活、観光情報


by caldoverde
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追憶の酒場 PART2

 年末に見慣れないアドレスからのメールを受け取った。送り先を間違えたのではないかと思うほど親しげな文面で、また一月にリスボンに行くことになったので、一日お付き合い下さいという内容だった。しばらくして、もしや一年前に会ったあの元船員さんではないかと思い出した。35年前1ヶ月間のリスボン寄港中に毎日通っていた居酒屋を探す目的でやって来たあの男性だ。あの時はおぼろげな記憶を頼りにやみくもに歩き回ったが、今度は思い当たる場所があるという。私も35年、いや36年ぶりの感動の再会の場面に立ち会いたくて、再び瞼の酒場の探索に付き合うこととなった。

 好奇心と体力に溢れていた若い船員は、その後に続く明け方までの勤務もなんのその、アルカンタラ港からサンジョルジェ城にほど近い居酒屋まで徒歩で毎晩通っていた。アルカンタラから城のある丘までは約5km、1時間はかかる距離だ。しかし川沿いの平らな道なので、酔いを醒ましながらぶらぶらと散歩する感覚だったのだろう。昔は平和だった。今はもっと物騒なはずだ。
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アルカンタラ地区から見た4月25日橋

 問題は丘のどこかにあるその居酒屋だ。元船員さんが細かく説明すればするほど、ますますどこにでもありそうな平凡な店、リスボンのどの地区でもみられるありふれた風景に思えるのだ。

1、建物に同じような店が二軒並んでいる。
2、入り口は立ち飲みのカウンターがあり、奥行きは深く、テーブル席がある。
3、丘の中腹にあり、サンジョルジェ城へは歩いてすぐの距離。
4、展望台のように、街の景色がよく見える場所にある。
5、そばに木が何本か植えられた三角形の小さな広場がある。
6、急な坂の突き当たりにその店のある建物の後ろ側が見える。実は行き止まりではなく、その手前に曲がり角があり、ジグザグの坂道を登ると店の前に出る。知っている人しか車で入れないような狭い道。
7、店の前の通りは緩やかなV字型の坂道で、店はその真ん中の谷に位置している。
8、観光客のあまり来ない住宅地にある。

 これだけ特徴を挙げると見つかりそうなものなのだが、何しろリスボンは7つの丘の街、そのうちサンジョルジェ城に歩いていける距離の丘は2つ、それぞれの丘にはびっしりと建物がへばりついている。丘のどの斜面にもこのような地形があり、たくさんの飲食店がある。彼も私もインターネットの地図やグーグルアースで調べてはいたのだが、30年以上前のリスボンと今とでは、だいぶ変わっているはずだ。
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 昼食前の十二時半、お城の見えるフィゲイラ広場で待ち合わせをした。彼は午前中すでに見当を付けたところは歩いていた。昨年私と行かなかった場所も訪れていた。それでもまだあの酒場を見つけられずにいた。軽く腹ごしらえをした後1日フリー切符を買い、狭い路地まで入り込む市電12番や28番に乗り込み、途中スリ団の標的になりながら、思い当たる景色を見たらそこで降りては探すを繰り返した。

 私はグラサ地区ではないかと思ったが、彼によるとこれほど賑やかではなかったと言う。一方、彼のイメージに最も近いという場所は、お城の南斜面コスタ・ド・カステロ通りにあるピンクの建物だった。確かに二つ飲食店が並び、その前の通りの両端は緩やかに上っている。入り口の前はバイシャ地区の眺めがよく見える小さなテラスというか、極小展望台といったスペースがあり、真下を見下ろすと斜面の狭い敷地に無理やり作った建物の下部と急な階段がある。しかし、彼は良く似ているけどここではないと断言した。
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 日も傾きかけ、朝から歩き回っていた元船員さんはさすがに疲労の色が見えてきた。ポツリと「あきらめましょう。」と言った。私はどこか見落としている場所はないか考えたが、もう思いつかなかった。空振りに終った2度目の探索の後、彼の泊まっているホテルで別れた。帰り際に、私へのずっしり重い日本食と居酒屋の主人に渡すはずだったお土産を手渡された。ポルトガル人のお友達にでも差し上げて下さいと言われたが、これは次回の捜索まで預かることにしよう。
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 翌日は彼がリスボンに滞在する最後の日で、夕食に招待されていたが、あいにく夜に仕事があったため辞退した。夜、家を出るまでの時間をインターネットでリスボンの地図や航空写真を見て過ごしていた。すると、あの条件にぴったり合致する通りがあるのに気が付いた。もう日は落ちていたが、空港へお客さんを迎えに行く時刻まではまだ間がある。急いでコートを引っ掛け、家の近くから出る市電28番に乗り込んだ。大聖堂前で降り、聖アントニオ教会の手前にある坂道を登っていった。しばらくすると三角形の広場が現われた。さらに上るとジグザグに曲がった坂道になる。きっとここだ!ここに違いない!急坂の上に背を向けた建物の前に回りこんだ。建物の隣ではバイシャ地区の灯りがキラキラ輝いていた。
 その建物は、元船員さんが似ているけれど違うと断言したあの建物だった。

 その場で今夕食中であろう彼に電話をした。この店が探していた居酒屋だったのではないですか、周りが変わってしまったので、違うと思われたのではないですか、夜はまた印象が違いますよ、と興奮気味に話した。すると彼は「いや、もういいですよ。」と穏やかに答えた。

 彼は完全に諦めた訳ではないだろう。いや本当はあの居酒屋は見つかって欲しくないのだ。なぜなら昔お世話になった店を探すという大義名分を失くしては、またリスボンに来る理由がなくなってしまうではないか。
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Commented by おっちゃん at 2011-01-24 17:51 x
まぁ、ドラマチックだわ、サスペンスだわ。仙台じゃ、30年たつと老舗といわれて、店の変遷も激しいので、夢のような話ですね。
Commented by jojo at 2011-01-24 21:07 x
もうないと思う・・
しかしチミの行動力はすごいね。元船員さんかぁ・・どこの
会社か、今度会ったら聞いておいてください。うちの父と
同じ会社だったりして・・(もっと若い人か?
Commented by caldoverde at 2011-01-24 21:58
元船員さんの年齢は60ちょっとでしょうか。退職してやっと自由な時間とお金を得て、30年以上思い続けてきたリスボンに来れたという感じでした。女性がお嬢さんと赤ちゃんを連れて、別れた元夫に孫を見せに来たというケースもありました。ホテルで電話帳などを頼りに探していましたが、昔住んでいた町にはいらっしゃらなかったようです。元旦那さんは多分新しい家庭を持っているんでしょうが・・・
Commented by Moreia at 2011-01-25 01:32 x
サウダーデに突き動かされて35年前の酒場を探す元船員・・・ブルーノ・ガンツ主演で映画化してください。
私はモウラリアの中腹かと思ったんだけどな・・・旧市街には目印ってもんがあまり無いからねぇ・・・
Commented by caldoverde at 2011-01-26 06:25
上記のような飲食店に心当たりのある方、どうぞ情報をお寄せ下さい!
Commented by pato at 2011-01-27 09:26 x
追憶の酒場はもう彼の記憶の中にしか存在して無い気がする。
リスボンの東はサンタ・アポローニア、西はカイス・ド・ソドレ、南にテージョ川、北にポンバル公爵広場と言ったエリア内は
20世紀初頭以降町並みは変わってないはず。
レマルクのリスボンの夜という小説は第二次大戦下、
ナチスの手を逃れてアメリカに脱出を図る人の逃亡・潜伏の一夜を
描いてるけれど、それでも何も変わってないと思わせる。
それよりも、Caldoverdeさんも最初にこの町を訪れた
平成初年度頃に比べてイマドキの食堂などは大分中がきれいになってるし。
リスボン万博を控えた1997年くらいが過渡期かと思うけど、
蛍光灯の青白い光の下、タバコの吸殻が床に散らばるカフェ・大衆食堂がいっせいに小奇麗に成り始めて。
大成功を収めて新装開店した店、オーナーが代替わりしてキレイになった店、それぞれだけど。
なので、行き着いた店は店だけどもう、彼のイメージとは違うものになってたのではないでしょうか?
Commented by caldoverde at 2011-01-28 23:26
今でも蛍光灯にデコラのテーブル、ビニール張りのパイプ椅子という昭和テイストの店はあるけど、建物そのものがなくなっている可能性もありますね。探検隊作って探してみませんか?
by caldoverde | 2011-01-23 01:06 | ポルトガルの旅 | Comments(7)