阿蘇列島旅日記 グラシオーザ再び2 ロバの島
2015年 07月 12日

グラシオーザ島は20世紀初めまでロバの島と呼ばれ、ロバを育て他の島に売っていた。コビトロバと呼ばれる独特の小型のロバは、イタリアのトスカーナ地方のロバに近く、どちらもアラブ人が北アフリカからヨーロッパに持ち込んだものがルーツだそうだ。元々砂漠の地方生まれのこの動物は、アソーレス諸島9島中2番目に乾燥したグラシオーザ島の気候が合っていたのかもしれない。しかし農家が助成金の出る酪農へと転換したり、島に見切りをつけてアメリカやカナダに出稼ぎするケースが増え、それに伴ってロバの数も激減し、今では数十頭しか残っていない。

このグラシオーザ島のロバを保護し、血統を守ろうとしているイタリア人がいる。フランコ・チェラオロさんは、元々演劇やオペラ、映画の美術監督で、私も見たことのある「薔薇の名前」等有名な映画も担当し、その分野では高名な方らしい。彼はリタイアしてグラシオーザ島に移住し、家と土地、そして御用済みになったコビトロバを買い入れ、その飼育と繁殖を試み始めたという、ちょっとドン・キホーテ的な人物だ。

牧場に飼われているコビトロバの毛色は、茶色もあれば、まだら模様もあるが、灰色の体に、首の周りの黒い筋、脚の先に細い縞模様が入るのが典型的。この特徴がはっきりした個体がコビトロバの純血種として、最近ポルトガルの固有種と認定された。農家でも獣医でもない一外国人の努力によって、コビトロバは絶滅寸前から救われたのである。

フランコさんの家は築400年、5棟の小さな家がくっついた長屋のような建物だ。昔は長屋に全部で30人が住んでいたそうだが、今はフランコさんと彼のパートナーの2人だけになってしまった。集落全体では住民は100人もいたのだが、多くの家は廃墟となり記憶と共に風化している。フランコさんは庭に様々な果樹を植え、部屋の幾つかをバカンス用のアパートとして改装し、旅行者にロバとの休日を楽しんでもらうことも企画している。ロバやアソーレスの生態系に興味のある方は是非どうぞ。

ロバに乗って散歩したいというリクエストに応じてくれたフランコさんは、そのアクティビティーにおいてはまだ新人、いや新ロバのシコという雄を選んだが、シコはロバらしい頑固さを発揮し、鞍を付けるのを手こずらせ、私が乗れば後戻りしたり止まったりと、さっぱり人間の言うことを聞かなかった。ロバ車も購入し、道具を仕舞うガレージの増設も計画し、将来の観光資源となるべく準備中のフランコさんであるが、まずロバの調教から始めないと。

よそ者ゆえに、アソーレスの問題点も鋭く指摘するフランコさんであるが、毎日見る夕日が一つとして同じものではないという事を感動を込めて語っていた。アソーレスの自然は、芸術の国イタリアの舞台美術家をも飽きさせぬ、偉大な芸術作品なのだ。
お昼はフランコさんお勧めの、フォウガ(暇)と言う名の小さな港の小さな食堂で、アブロテイアという魚のフライを食べた。店のおばさんが正直に、これとこれは冷凍だけど、これはフレッシュだと教えてくれたのが、そのアブロテイアだった。カリッと揚がった衣に所々塩が効いて、淡白な魚の味をよく引き出している。

その後はカラパッショ温泉でまったりするはずだったが、7月15日まで無料キャンペーン中の温泉プールでは中高生男子がしぶきを上げて泳いだり潜ったりして遊んでいるので、彼らが出るまでしばらく辛抱しなくてはならなかった。無料にするといい面とそうでもない面があるものだ。
一緒に住んでるパートナーって女子? 家は余ってるんだから、真由美さん移住して、ロバの調教を担当するロバ協会副会長に就任するとか。リタイア後の生活が見えてきたね。
でもさ、もうロバ1頭のオーナーとかになれば?馬は高そうだけど、マイ・ロバとかならいけないかしら?


