フェルナンド・ペソアの通った店
2019年 08月 22日
コメルシオ広場は以前は郵便局や裁判所のようなお堅い役所ばかりだったが、今は何軒ものレストランがひしめき合い、カラフルなパラソルの花が咲いている。正面左の建物はホテルになった。その中で今も昔も変わらないのが、リスボン最古のカフェレストラン、マルティーニョ・ダ・アルカーダだ。古いだけでなく、ポルトガルが生んだ大詩人のフェルナンド・ペソアが通った店としても知られている。
何冊かペソアの本は持っているが、面白いのは「ペソアと歩くリスボン」というガイドブックで、書かれてから一世紀近く経った今でも結構役に立つ。その他の詩の本は…素晴らしいに違いないが、ほとんど読んでない。リスボン大学の外国人向けポルトガル語講座で「煙草屋」という詩を読んで解釈するという課題が出されて以来、ペソアに苦手意識を持ってしまった。でもポルトガル人は詩を愛する人々だ。ポルトガル語の先生は、ポルトガルで一番出版されている本は詩集であると言っていた。ペソアはその作品だけでなく、キャラクターとしても大変愛されている。ポルトガルに来たら、丸眼鏡にちょび髭、山高帽、背広にコートの男の絵や写真をあちこちで見るであろう。そのおじさんがフェルナンド・ペソアだ。
ペソアは色々な職業に就き、何度も引越しをした。生涯独身であったが、彼女はいた。多分結婚できる程のお金が無かったのだろう。その彼がしばしば訪れたのが、コメルシオ広場の老舗のカフェ、マルティーニョ・ダ・アルカーダ。世界中からペソアのファンが巡礼に来ると思われるこの店は何となく敷居が高かったが、付近で食事をする必要が生じたので、話の種にと初めてこの歴史的な店に入った。メニューを見るとやっぱり高い。もっと安い所にしようかと視線を動かすと、「本日のミニ定食」の貼り紙が見えた。タラの天ぷら豆ご飯添えが6.5€、鰯とピメントのサラダが5.5€、マルティーニョ風ビーフ5.5€など、有名観光地とは思えない値段だ。これならしがないサラリーマンのペソアも通える。量も日本人にはミニで十分なので、広場が見渡せるアーケードの下の席に着いた。
タラの天ぷら豆ご飯添えとグラスの赤ワインを注文した。タラの天ぷらはシコッと弾力があり、丁度良い塩加減だ。魚の揚げ物には豆のリゾットという組み合わせが多い。お腹に優しくまた膨らませてくれる。赤ピーマンとコリアンダーの葉がアクセントとなり、彩りも良い。デザートは別の店でジェラートを食べようと思っていたのだが、当店製造のパステイス・デ・ナタ(エッグタルト)がございますと勧められれば、食べない訳にはいかない。ひょっとしてペソアも食べたかもしれないエッグタルトを。ジェロニモス修道院直伝の本家本元には叶わないが、普通においしい。
会計を済ませトイレを借りるついでに、ペソアの座っていた席はどれかなとキョロキョロすれば、店員も慣れたもので、すぐに目配せしてここですよ、と教えてくれた。詩集が一冊とコーヒーカップの置かれたテーブルは店内の死角の様な目立たない場所だ。ここでペソアは一杯のコーヒーで何時間も粘り、手持ちの紙に頭に浮かび上がる言葉を書き留めていたのだろうか。








