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ポルトガルの食べ物、生活、観光情報


by caldoverde
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阿蘇列島旅日記 コルヴォ島篇 烏村散策

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コルヴォ島の人口は400人台で、集落はヴィラ・ド・コルヴォひとつだけ。初めて訪れた10年前と2年前の印象はだいぶ変わっていたが、現在の姿もまた2年前とちょっと様子が変わっている。村の道路がきれいに石畳で舗装された上に、所々に赤いアスファルトが埋め込まれている。歩きやすくなったが、なんか村の雰囲気とそぐわないし、車がやっと通れる幅しか無い道に材質の違うものを埋め込む意味はあるのか疑問だ。ガイドのノエルさんや同宿の男性も同感らしい。ノエルさんは昔ながらの石畳を残すことを強く主張したそうだ。


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昔ながらの石畳


新築中の家もあれば、朽ち果て放置された家も多い。厳しい環境で生き抜いて来た島民の努力を忍ばせるものは徐々に減っていき、快適で近代的な生活が優先されるのは当然だが、旅行者の視点では、どこにでもあるような風景に変わっていくのは少々残念である。しかし伝統的な石造りの家のいくつかは修復され、コルヴォ野鳥センターとコルヴォ島の歴史を紹介するエコミュージアムになっている。


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赤いアスファルトの道と修復された石の家。現在はミュージアム。

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黄色いドアの家は昔の粉挽き小屋。後ろに野鳥センターがある。

島の歴史を聞きながら細い路地を歩くと、小さな村の意外な奥行きの深さに気付く。アソーレス諸島では狭い道をカナーダと言う。苔がうっすら覆う黒い石の壁に挟まれたカナーダに逃げ込む野良猫に釣られて、ぽっかり開いた窓だった穴を覗くと、かつての生活の残滓が見られる。豊かな生活を求めて外国に移住し、あるいはあるじを亡くした後も、村の人々は家を売りたがらないそうだ。


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一階は家畜を飼うスペースで住居は階段を登った2階にある


急な斜面に沿って建てられた家はほとんどが海に面している。村を外敵から守る必然性によって造られた景観はまた箱庭のような美しさも持っている。17世期、海賊がコルヴォ島を襲ったが、銃器を持たない島民たちは崖から石を投げ落として応戦し、海賊の上陸を防いだということだ。マリア様が島を守って下さったと信じた島民は「奇跡の聖母」を奉った教会を造った。崖の擁壁にはこの歴史を紹介したストリートアートが描かれている。


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海賊から島を護ったマリア様にはビールがお供えされている


公民館にいたご老人の家を覗かせて頂いた。聾唖の御隠居さんはミニチュアを作るのが趣味で、自宅をギャラリーとして作品を展示している。素朴だがよくできた仕掛けものもある。娯楽のない島で廃材を集め、村や自身の記憶を形に留めようとする彼の意気込みがびんびん伝わって来る。言葉で伝えることが出来ないので尚更だ。


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昔の人々の生活の知恵が詰まった風車や脱穀機の模型


重くて硬い、コルヴォ島のチーズはリスボンではなかなか手に入らない上に高価だ。島に着いて直ぐにチーズ工場にチーズを買いに行ったが、品切れか製造の時期ではなかったのか、誰もいなかった。しかしもう一つ別のチーズ工場があり、ツアー中にそちらを見せてもらった。空港の近くの一見普通の家で、物置き程度の作業場でおばさんがチーズを製造販売している。田舎のぬか漬けの様な味わいで、比較的柔らかい。ポルトガルの軍人が島に立ち寄るとごそっと買って行くそうだ。出身がどこであろうとも、このチーズはふるさとの味を感じさせてくれるのだろう。


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小さいサイズで12€


島の土地は火山のお陰でミネラルの多い肥えた土なのだが、現在は休耕地が多く、農地は殆ど牧場だ。乳牛や肉牛が飼育されており、他の家畜はあまり見ない。かつては羊がたくさん飼われ、羊毛を紡いで敷物や編み物を作っていたが、その伝統は途絶えた。昔は人々は税をトウモロコシで収めていた。日常の糧はジュンサ(ショクヨウガヤツリ)という植物の実だった。現在は殆ど栽培されていないので、エコミュージアムがその伝統の紹介と普及のキャンペーンを行なっている。


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おじいさんの模型で昔の脱穀の方法がわかる

高台に石の輪が2つ残っている。輪の中央に棒を立て、牛を繋いでぐるぐる歩かせて穀物を挽いた跡地だ。また共同洗濯場を併設した泉もある。昔は島がひとつの家族としてこの様な施設を共有し、互いに助け合いながら暮らしていた。今は各家に水道が引かれ、必要な物資は船が運んで来て、インターネットが普及している。島の生活はそれほど不便でもなくなった。しかし台風などでインフラが破壊されたり交通が遮断されると、エネルギーや物資の供給は大丈夫かなと心配になる。今は食糧を自給自足している家庭はほとんど無いように思われる。休耕地がたくさんあるのでもったいないなと思う。


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共同洗濯場のある村の泉


島のレストランは空港のそばの「カルデイラン」と港のそばの「トライネイラ」の2軒。「トライネイラ」は伝統的なものが多く、「カルデイラン」はインターナショナルっぽいビュッフェ。私は地元のものが食べられる「トライネイラ」に3回連続通った。ステーキの他にサンミゲル島でも食べたペイションとマナガツオに似た形の魚を食べた。どれも美味しい。できれば地酒も飲みたかったが、コルヴォ島ではブドウは栽培されていないようだ。


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姿は不気味ですが淡白で美味

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謎の魚はピメントのペーストで味付けされている。付け合わせのサツマイモが美味い。

コルヴォ島の旅は通常フローレス島とセットで、一旦フローレス島に行き、そこから船か飛行機でコルヴォ島に渡り、またフローレス島に戻る人が大部分だと思う。たった2泊3日でリスボンから直接コルヴォ島を往復できるとは思わなかった。今回はリスボンからサンミゲル島に向かい3時間のトランジットの後、ファイアル島経由コルヴォ島行きの飛行機に乗り換えた。しかし秋から冬は悪天候のため交通がストップする場合もある。同宿の男性は午後1時ごろのフローレス島行きの飛行機に乗る予定だったが、強風のためにキャンセルされ、結局私の乗る3時発のファイアル島経由サンミゲル島行きの飛行機に振り替えた。翌日はコルヴォに発着する便がなく、この飛行機に乗らなければ翌々日まで待たなければならないし、必ず飛ぶ保証も無いので彼は旅程を変更した。私の便もサンミゲルでリスボン行きに乗り換えではなく、ファイアルからリスボン行きの便に振り替えられた。その方が早くリスボンに着くので、結果オーライであった。前回と今回の最果ての島の旅は運良く予定通りに帰れたが、秋冬に島に旅行する場合は日時に余裕を持たせた方が良いと実感した。


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フローレス島は3日間ずっと雲がかかっていた

by caldoverde | 2019-11-03 23:27 | ポルトガルの旅 | Comments(0)