日葡ナタ対決
2021年 04月 25日
侍と騎士が鉈で戦うような恐ろしげなタイトルだが、否、「ナタ」は今やエッグタルトに代わるパステル・デ・ナタの日本における通称である。私はむやみに言葉を簡略化するのは反対だ。言葉には意味があり、名前には語源がある。パステルとはフィリングを詰めた小型のパイで、ナタはクリームの事だから、ポルトガルのスーパーでナタありますか?と訊けば、料理に使う生クリームのある乳製品コーナーを案内されるだろう。カフェなら、色んな種類の菓子の中の、パステル・デ・ナタの事だと理解してもらえるが。
同様に、一時ブームになったマッサの正式名称はマッサ・デ・ピメンタンで、ピメントのペーストの意味だ。マッサだけだと、小麦粉などを練ったもの等、粘度のある食材一般を指すので、何のマッサかはっきりさせるべきだと思う。
と少々腹を立てたのは、仙台近郊に新しくできた巨大ショッピングモールの中で「ナタ」と書かれた札とアルミのカップに入った焼き菓子を見たからである。なんかパステル・デ・ナタに似ているけど、どうせ似て非なるものだろうと期待せず1個だけ買った。賞味期限は2日後で、そんなに保つのかとますます怪しく感じた。ポルトガルに昨日おととい作ったパステル・デ・ナタを置くような店があるだろうか。あったとしても誰も買わないだろう。
モールはリスボンのコロンボショッピングセンター程ではないが、沢山のテナントが入っていていちいち目をやっていると端から端まで歩くのに何十分もかかり、予定外の物を買ってしまう。今日も映画を見るだけにしようと思っていたのにいつのまにか散財していた。恐ろしい場所だ。疲れてちょっと休みたい時、コロンボにはあちこちにカフェがあってエスプレッソが100円程度で飲めるのだが、日本じゃあっという間に500円、千円使ってしまう。パステル・デ・ナタは1.20€前後なのに、この日本製ナタはポルトガルの2倍だ。怒りが沸く。その怒りは、聖アントニウスの前に次々と現れ誘惑する悪魔の如き魅惑の商品に眼を奪われる毎に、新たな怒り(コロナで失業し、金がないのに何でこんなにモノが溢れているんだ!)がとって代わり、いつの間にかバッグに放り入れた高価なエッグタルトの存在を忘れさせてしまった。ぐったりして家に帰り、食事を済ませてもう寝ようという頃に、今日買ったナタを思い出した。賞味期限が明後日までで良かった。
「聖アントニウスの誘惑」ボス作 リスボン古代美術館蔵
翌朝、冷たいナタを朝食代わりに食べようと、アルミの型を外し、かぶりついた。え…意外に美味しい…?!フィリングのカスタードクリームは本物だ。失敗したような外見とは裏腹の、乳製品とバニラの香りあふれる正統派カスタードクリームのまろやかさは、クリスタルのグラスに入れて銀のスプーンですくって食べても似合いそうだ。
クリームパンか?
しかし皮が違う、皮が!なんだこのフカフカの変なテクスチャーは?焼いてから1日以上置いた、しかもバターの足りないクロワッサンのような皮は、リスボンのベレンの本家本元のパリッとした歯応えとは程遠い、香ばしさも軽さもない、もっちりした全くの別物だ。ポルトガルのパステル・デ・ナタはかじるとハラハラとパイ皮が剥がれ落ちるのに、この和製ナタの皮はパンのように結束している。
と怒りながら食べ終わると、今度はいつ電車に乗ってあのショッピングモールにナタを買いに行こうかと考えている自分がいた。要するに日本製ナタは悪くはなかったのだ。










