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ポルトガルの食べ物、生活、観光情報


by caldoverde
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嘆きの聖母祭

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1992年の「嘆きの聖母祭」


今朝PCを開いたら、8月20日は「嘆きの聖母」の日と言うメッセージが現れた。カレンダーの場所の設定をポルトガルにしているので、ポルトガルの祝祭日に当たる日はこのような表示が出てくる。キリスト教国にとって非常に重要な復活祭やカーニバルは、毎年日付が変わる移動祝祭日なので、非キリシタンの私にとっては意外と重宝している。とは言え今はパンデミックで、通例の行事が行われないこともままあり、ポルトガルで最も美しい祭と賞賛されるヴィアナ・ド・カステロの「嘆きの聖母祭」が、今年はどの様に行われるのか気になるところではある。


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やるみたいです



もう30年近くになるだろうか、仕事を辞めてポルトガルに旅行していた頃、運良くヴィアナ・ド・カステロのお祭りを見る事ができた。その頃は携帯もインターネットも無かった。「地球の歩き方」と鉄道の時刻表が旅のバイブルだった。旅の基点はコインブラで、そこに下宿を借りて7月は外国人向けポルトガル語コースを受講し、8月は色んな町を訪ね歩いていた。バイブルには、飛び込みでも泊まれるような安宿の情報が豊富ではあったが、流石に有名なお祭り期間に予約なしで現地に行くのは無謀であった。駅に着いたら直ぐに観光案内所に向かい、空室がありそうな宿を紹介してもらったが、既に選択の余地は無かった。唯一当日宿泊可能だったのは、営業を始めてから日の浅い、つまりまだ知られていなかった、貴族の館ホテルだった。当然予算オーバーであるが、致し方ない。


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貴族のマイ教会、マリェイラス・チャペル


ヴィアナの街は本当に綺麗だ。白壁にバロック様式の豪華な彫刻を施した花崗岩のファサードや窓が嵌め込まれた美しい建物が多い。件のホテルは歴史的地区のど真ん中にあり、バロックよりもっと古い大航海時代に流行したマヌエル様式の窓を持つ、瀟洒な建物だった。ダンディーな当主とエリザベス・テイラーにちょっと似たチャーミングな奥様が迎え入れてくれた。由緒ありそうなアンティークがさりげなく飾られ、泊まった部屋はお一人様には勿体無くも広々としたツインルームであった。私が初めての日本人宿泊客だったのと、怪しいながらもポルトガル語を話したので、今考えるとかなりの歓待を受けた。


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同じミーニョ地方でも町や村ごとに微妙に違う民族衣装



ポルトガルの民族衣装は地方によって色々あるが、最も美しく、ポルトガルを代表するものとされるのは、このヴィアナの衣装だ。宿泊したホテルの近くに小さな土産物店があり、窓にはヴィアナの衣装を着けた人形が飾られていた。ちょっと欲しかったが、貧乏旅行中だったので、写真に撮って満足した。お祭り中は乳幼児から貫禄のおば様まで、色鮮やかな衣装を纏った女性たちが町に溢れてそれは素晴らしかった。まさに馬子(孫)にも衣装である。色んなパーツからなる衣装一式を揃えるのは結構な出費だと思うのだが、祖母から母、母から娘と受け継がれたものを着る女性もいるだろう。むしろ古い方が刺繍などに手がこんでいるものも多い。今はヴィアナの衣装を保存し展示するミュージアムがあり、手芸の好きな方には必見だ。


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子供達は可愛かったが、今では背後の黒板にヴィーニョ・ヴェルデと書かれているのが気になる


お祭り以外にどのような場面でこの衣装が使われたかというと、農民の日常着だったようだ。ポルトのサン・ベント駅のアズレージョにはミーニョ地方の風景のパネルがあり、この衣装で農具を携え牛やロバをひく乙女達が描かれている。美女がこの服装で畑仕事や動物の世話をするイメージを活用すれば、若者の就農希望者が増えるのではないだろうか。普通の娘でもこの衣装は美女度を相当アップしてくれる。ただし私のような100%モンゴロイドに似合うかどうかは疑問だ。


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これなら私にもいけそう


由緒ある貴族の何代目かのホテルのオーナーに、民族舞踊のショーのあるレストランにご招待された。残念ながらその日はショーはなかったが、店の名前の由来や、ヴィアナの町やホテルの建物についての話を聞いた。こんな事になるのなら、もっとマシな服装、でなければ日本の民族衣装の浴衣でも用意するのだった。


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当時で1泊6000円ぐらいの感覚だった


チェックアウトで渡された請求書は意外と安かった。こんなゴージャスな雰囲気で、しかも町一番のレストランでご馳走になってこの値段とはありがたや。名残を惜しみつつ町外れの駅まで歩いて行くと、背後から走って来る人がいる。ホテルのオーナーであった。すみません、先程の金額は一泊分だけでした、と謝られた。道理で安かった訳だが、それでもやはりあの環境とサービスからすると、十分安い。まだ電車に乗り込む時間でなくて良かった。今度こそちゃんと精算して、別れを告げた。数年間はオーナー夫妻とクリスマスカードのやり取りをした。良い思い出である。


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貴族の館ホテル「カーザ・ドス・コスタ・バロス」のシンボルマークはこのマヌエル様式の窓。




Commented by fernandapessoa at 2021-08-20 11:56
こんにちは。
そうか、ヴィアナのお祭りの日だったんですね! ポルトガルでいちばん華やかなお祭りだとか(衣装が金できらきら)。そういえば「ヴィアナへ行〜こ〜う〜」っていう歌があったような…。
Commented by caldoverde at 2021-08-20 13:14
祭りのホームページあります。

https://festasdagonia.com/en/festas-agonia/programa-2021/

アマリアの歌に「ヴィアナに行こう」ありますね。
「アマリア通り」と彼女のプレートも見つけました。
タグのヴィアナ・ド・カステロで移動してみて下さい。
by caldoverde | 2021-08-19 21:27 | ポルトガルの旅 | Comments(2)