イノシシと焼酎
2023年 08月 08日
ポルトガルも猛暑で8月6日は最高気温38度を記録した。太陽ばかりでなく、リスボンで開催されたカトリックの大集会ワールド・ユース・デイに来訪したローマ法王と、世界中から集まった150万人もの巡礼者がものすごい熱気を発しているせいもある。至る所に若者たちのグループがひしめき合って、うざったいことこの上ない(すみません)。巡礼者はパスを携帯し、無料で公共交通機関に乗れたり、食事ができるらしい。我が家の周辺にもグループがあちこちで食事をしている。どこか落ち着いた場所で食べたい。また最近は素麺や納豆ご飯ばかりなので、たまにはしっかり肉を、特に豚の脚の骨付き肉(ペルニル)が食べたいと思いながら探すも、なかなか見つからない。以前土曜日にペルニルを出していた「タスキーニャ」は閉店してしまった。しかし、同じ通りの別の居酒屋にイノシシのオーブン焼きというメニューがあったので、豚の親戚でもいいかとそこで食べることにした。
黒板に手書きのメニュー、タイル張りの内装、酒類の瓶がずらりと並ぶカウンター、天井から吊り下げられた鍋ややかん、窓際には昔田舎で暖炉で料理するのに使っていた3本の脚のついた鉄鍋など、昔ながらのレトロな感じの店である。お客さんは現場で働く作業員、ちょっとボケ気味のおばあちゃん、ガリガリに痩せた薬物中毒者っぽい人達といった、微妙な方々が多い。この辺りはかつてドラッグのマーケットとして悪名高かったバラック地区があり、現在はだいぶ環境は改善されたとはいえ、上品な地区とは言い難い。20世紀の初め、リスボンに仕事を求めて北部から移住する人々が増え、彼らは自分たちで空地に家を建て、バラックを形成した。住民たちは貧しいながらも互いに助け合い暮らしていたのだが、20世紀の終わり頃にドラッグが取引されるようになると、それまでの平和的なコミュニティは荒んだものとなった。現在はバラックは無くなったが、マリア・ピア通り沿いにはいまだにその記憶が漂っている。この辺りにミーニョ地方の料理屋が多いのは、移民たちの出身地によるものだろう。
ここならきっとあるだろうと見当をつけて注文したのはヴィーニョ・ヴェルデの赤。ヴィーニョ・ヴェルデ(緑ワイン)と言えば白が普通であるが、酸味が強くて発泡性のある赤もある。赤の緑ワインはミーニョの郷土料理をメインとする店にしか置いていないことが多いので、主人に聞いてみたら、数秒固まった後に、あると言われた。そんなに予想外のオーダーだったのだろうか。
骨付きのイノシシ肉は、ワインや月桂樹、ニンニク、ローズマリーなどで下味をつけてオーブンで焼いたらしく、歯応えがあって野趣にあふれたちょっと複雑な味だ。付け合わせのじゃがいもは肉と一緒に焼いたようで、メインに劣らない良い味を出している。ご飯にも肉汁がたっぷりかかっていたら、肉なしでも満足したかもしれない。
友達にワインと料理の写真をLINEで送ると、これから食べに来るというので、すでに食事を終えた私はいったん家に帰って、彼らが来る時刻にまた同じ食堂に行くことにした。まだコーヒーを飲んでいないし、赤の緑ワインがあるならアレもきっとあるに違いないから、一杯付き合おう。それはヴィーニョ・ヴェルデのアグアルデンテ(焼酎)である。ブドウの搾りかすから作る透明の強い酒は、食後に飲むと消化の助けになると言われている。小さなグラスに注がれたアグアルデンテはコーヒーと共に飲むと、お互いに甘味と香りを引き立て合う。これでポルトガルのオヤジ系フルコースは完了した。
ポルトガルおじさんが点在する店内風景といい、実にオーセンティックな肉芋メニューといい、今回ブログは「暑さをもって暑さを制す」がテーマでしょうか。画面の空の青さに気が遠くなるー早く現地でこの空を見上げたいものです、もちろん満腹で。






