心温まる冷淡な話
2007年 09月 17日

あるスペイン人の留学生がスペインは「豚文化」だと言っていた。最近見た映画「ゴヤの亡霊」では、豚肉の嫌いな裕福な商人の娘がユダヤ教徒との嫌疑をかけられ宗教裁判所に捕えられる。豚を愛で食することが真のカトリック教徒であるスペイン人である証なのだ。
隣のポルトガルでも同様、豚肉は乳飲み子から大人まで愛されている。ん、乳飲み子は豚肉を食べないって?いやいや、豚の乳飲み子、仔豚である。ちょっと大きめのスーパーの惣菜コーナーでは仔豚の丸焼きが売られている。レイタンという。口からお尻まで長い棒が貫通し、疾駆するがごとく短い脚をぴーんと伸ばし、意外と安らかな表情の、あめ色に焼けた仔豚ちゃん。まだ母親の乳しか飲まず、配合飼料や残飯を知らぬいたいけな幼豚は、汚れなきまま、我々の胃袋を満たすという崇高な使命を全うし、すぐ天国に戻ってしまうのだ。

コインブラの近郊のメアリャーダという町はレイタンの町である。街道沿いにレイタン専門レストランが軒を連ねている。日本の国道沿いにラーメン屋がずらっと並んでいるようなものか。1992年の夏コインブラの下宿に2ヶ月ほど滞在していたとき、同じ下宿にいた仙台の友人夫婦が旦那さんの誕生日にメアリャーダにレイタンを食べに行こうという話をしていた。どのレストランがお勧めかおばさんに聞いたところ、わざわざ遠くに食べに行くまでもない、近所にうまい店があると言う。しかも話をしているうちに彼女の誕生日と友人の誕生日が同じ日であることが判明。その日は下宿で2人の誕生日を祝うことになった。
アフォンシーナおばさんと当時40歳くらいの娘のアイダ、2人の孫の男の子たち、下宿人の30代半ばの単身赴任中の女性教師という面々でささやかな誕生会が行われた。ご馳走は近所の肉屋で買ったレイタンである。頭はなかったが、丸一頭分はあったと思われる。四角いガラスのオーブン皿にカットした仔豚の丸焼きを重ねて、再びオーブンで暖めたものが出された。ぱりぱりのあめ色の皮の下から脂肪がぐつぐつ溶けて流れだし、白っぽい肉はいかにもジューシーで柔らかそうで、ミルクの味を連想してしまう。アフォンシーナが娘や女先生に脂肪のたっぷりついた皮の部分を皿に盛ろうとすると体型を気にする女性たちは、やめてやめていらない~と騒ぐ。ところがこの香ばしい皮ととろける脂肪こそレイタンの身上なのだ。アレンテージョの黒豚にも匹敵する、ほんのり甘みを感じるクリーミーな脂身。ほっぺたが落ちそうな味とは正にこのことだ。後に何度かレイタンを食べる機会はあったが、このテイクアウトのレイタンほど美味しいものには未だに出会っていない。
生まれて初めて食べた子豚の丸焼きの旨さ、そして異国の下宿人たちを家族同様もてなし、親身になり世話をするアフォンシーナおばさんの優しさに私たちは感動した。ポルトガル人には稀な心遣いの細やかな彼女のことを、私たちは昔の日本人みたいだねと語り合ったものだ。昔ペンションで食事を作っていたという彼女の料理は、下手なレストランよりはるかに美味しかった。友人夫婦は毎日アフォンシーナから料理を習ってはレシピを書き留めていた。彼らの夢は仙台にポルトガルの家庭料理レストランを開くことであるが、いまだに計画の段階のようだ。名前は当然「アフォンシーナ」になるはずである。
日本に帰って1、2年経ったころ流麗な字で書かれたアフォンシーナからの手紙が来た。病気で一時目が見えなくなったが今は回復したという近況であった。すでに70代半ばだった彼女はだいぶ体が弱くなっていた。そしてその数年後、娘のアイダから母親の死を知らせる手紙を受け取った。存命中の再会が果たせず本当に残念だった。
コインブラの2ヶ月は私の人生の中で最も豊かな食生活を送った時期であり、旅行者の目から見た美しい景色としてのポルトガルとは別の、日本と30年ぐらい時差のあるような現実の生活に触れ、そして日本人が30年前に失くしてしまったような人情、親切、謙虚さ、思いやりなどをポルトガル人の中に見出すことのできた貴重な体験だった。もしアフォンシーナの下宿でなかったら、こんなにポルトガルが、ポルトガル料理が好きにはならなかっただろう。
しんみり・・・。レイタンの無いポルトガルなんて考えられない、確かに。。休暇には、必ず食べに行きます、日帰りで。一押しがあるので。昔、トラックが何台も停まっていた掘っ立て小屋だった店が、今は清潔感ただよう店に。看板もつけたので、一般客も増え連日連夜行列。昔、有名店も含めその辺の店をほぼ全部味見して廻った時に見つけたんですが、今でもここはぴか一です。
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その店はやはりメアリャーダですか?食べてみたい!!レイタン屋もラーメン屋も少々汚い感じの店が美味しいような気がします。
いい話でした。。
caldoverdeさんの、筆力に脱帽です。見たこともないアフォンシーナおばさんが、まるで知り合いのように思えてくるから…
でも、みんなでそんなに仔豚ちゃんを食べちゃったら、大人になれる豚がいなくなっちゃわないの?
caldoverdeさんの、筆力に脱帽です。見たこともないアフォンシーナおばさんが、まるで知り合いのように思えてくるから…
でも、みんなでそんなに仔豚ちゃんを食べちゃったら、大人になれる豚がいなくなっちゃわないの?
食べ物は思い出と結び付いているものですね。名所名物を紹介するだけでなく、地元の人との触れ合いもポルトガルの魅力だと教えられました。
始まってもうすぐ半年になるこのブログも成長しているなと思います。
始まってもうすぐ半年になるこのブログも成長しているなと思います。
あの夏はアイダの家のイワシパーティに招待されたり、変な虫に刺された友達の奥さんを、アフォンシーナの孫の男の子が父親の勤めていた大学病院まで連れて行ってくれたり、こちらに住むようになってからも、滞在するために必要な身元保証人をアイダが引き受けてくれたり、本当に色々お世話になりました。こちらに住む日本人にも新しい家を探すまでの仮住まいを提供してもらったり、仕事をいただいたり、家を借りる際の保証人になってもらったりと足を向けて寝られないほどの恩義を受けております。外国で困ったときに差し伸べられる手はものすごく大きい!
by caldoverde
| 2007-09-17 03:05
| 肉料理
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Comments(5)

