有名シェフVS老舗カフェの攻防
2009年 07月 08日
いつも通る道の角にある「郵便局」という紛らわしい名の極々平凡なレストランの看板がいつの間にか外されていた。ここもこの不況に持ちこたえる事ができなかったんだと、同じ境遇の我が身も重ね合わせ、ちょっぴりやるせない気持ちになった。ところがいつの間にかその店は黒を基調とした洗練された店構えに改装されていて、通りに面したガラス張りのテラス席から奥をのぞくと、棚には同じ本が何冊も飾られている。表紙の写真の人物はどこから見ても典型的なポルトガルのおっさんという風情の男性である。彼こそ知る人ぞ知る、知らない人は全然知らない、炎の料理人ヴィトル・ソブラルである。私は本屋でよく見るこの料理本によって、おぼろげに彼の顔と名前を思い出せる程度で、実際に彼の料理を食べたことはない。彼はコメルシオ広場の高級店の主任を辞し、私の住むカンポ・デ・オリーク地区に、伝統プラス創作を加味した料理をリーズナブルな値段で提供するこのタスカ(居酒屋)を開いた。その名はタスカ・ダ・エスキーナ(街角の居酒屋)。

左の赤い建物の一階が新しく出来た有名シェフの店、TASCA DA ESQUINA、左の坂を下るとエストレラ大聖堂。右端のグレーのビルの一階が昔からあるカフェ、CANAS。右奥に進むと市電28番終点プラゼーレス墓地。
折しも同僚の間で食事会をしようという話が出ていて、早速出来たばかりのその店に行ってみましょうと意見はまとまった。ところが電話で予約しようとしたら、昼は十二時半、夜は八時きっかりの予約しか受け付けていないという返事。それ以外の時刻は、運良く空席があれば入れて、なければ空きが出るまでじっと待てということらしい。案の定私たちが店に着いた土曜日の午後二時は、まだまだ週末の昼食をゆっくり楽しむ客で満員だった。店のお兄さんはあと30分待てば…と言うので、それではその辺のカフェでビールでも飲みながら待ちましょうと一旦引き下がることにした。
私たちは仕方なくすぐ隣にある、この地区ではほとんど老舗で、タクシーの運転手にも店の名を言えばすぐにわかるようなカフェ兼レストラン「カーナス」に入り、生ビールを飲みながら待った。30分ほど経って再び空席があるかどうか聞きに行ったところ、あと25分ほど待っていただければ…という返事だった。これは飲食店が満席時に予約なしでやってきた客に使う常套句だそうだ。25分後に行けばまた、25分後に席が空くかも知れませんと言われるのは火を見るより明らかであった。
時間つぶしのために入った「カフェレストラン・カーナス」はポルトガル人が絶対働きたがらない祝日も営業している数少ない店で、ある年の元日は、行きつけのカフェが休みで禁断症状を起こし、香ばしいコーヒーの香りに惹かれて別の縄張りからやって来た蟻のように群がる人々をさばくために、番号札を配布していた。そんな訳で私にとってこの店は、日曜祝日も夜の十一時過ぎまで開いている便利な店という認識はあっても、美味しいから行く、雰囲気が良いから行く、という種類の店ではなかった。
すぐに出やすいようにレストラン部ではなくカフェコーナーに座った私たちは、生ビールを飲みながら有名シェフの店に空席が出来るのを待っていたのだが、若いギャルソン(ポルトガルのギャルソンはオヤジが多い)はしばらくしてから頼んでいないサラダ付きコロッケをテーブルに持ってきた。いかにもビールと一緒に食べてくださいと言わんばかりのうまそうなコロッケと彩りの美しいサラダの誘惑に負けて、結局コロッケに手をつけ、そしてなし崩し的に食事へと誘導された。まんまとイケメンのギャルソンの策略にかかったのだ。
それほど期待せずに広げたお品書きには、焼いただけ茹でただけのおなじみポルトガル飯屋のそれとは一線を画した、変ったものばかり。これは食べることに並々ならぬ情熱を傾ける女性五人の好奇心を大いにそそった。しかもその辺の大衆食堂と変わらない値段である。私たちは魚二品、肉二品頼み、味比べをすることにした。

小鰺のマリネ、ポテト添え。要するに南蛮漬けであるが、酢漬けの野菜がたっぷり添えられ、味もマイルドでとってもヘルシーな印象。

魚とアサリのリゾット。ポルトガルのリゾットにつきもののハーブのコリアンダーと飾りに使われているバジルの香りがきいて美味。

ローストビーフのロックフォールチーズソース、アラブライス添え。ローストビーフ(英)+ロックフォールチーズ(仏)アラビアご飯(中近東)という国際料理?好評につきもう一皿追加。

ポークのワイン煮込み。こちらは典型的ポルトガル郷土料理だが、付け合せは珍しくフライドポテトではなく、アラブライス(レーズンが入った黄色いご飯…まさかこの値段でサフランは使っていないだろうが)と茹でた青豆で、見た目も栄養的にもバランスが取れている。
食べるだけでなく飲むのも得意な女性たちは、安いハウスワインを直ちに空にした。見計らったようにギャルソンが別のワインを持ってきた。ラベルが黒に金色で印刷されたなんだか高級そうなやつだ。危うく勧められるがままに開けてしまうところを、寸での所で値段を問い質し19ユーロという返事で我に返ったご一行は、同じ値段で2本は飲めるハウスワインをもう2本追加したのだった。ギャルソンの営業失敗、いや安いワインを数飲ませることに成功か?
カフェだけあって甘いものは得意分野と見受けられ、デコレーションや味は上々である。

チョコレートムース。軽すぎず、こってり過ぎず、絶妙のバランス。カスタードソースも激うま。

モロトフ。卵の白身を使ったメレンゲは、たまに卵臭いものがあって私は好きではないが、ここのは本当に美味しい。

ポートワインのプリン。こってりねっとりのポルトガル伝統の味。

焼きりんご。普通はただ焼いたりんごをゴロッと出すだけだが、皮に砂糖でアイシングしたり、ソースを添えたりと工夫が見られる。
こんなに色々食べて一人あたり16ユーロちょっとで済んだ。隣の有名シェフの店なら倍はかかっただろう。混んでいたおかげで安くて美味しい店を再発見できた。安く上がったのは、布のテーブルクロスを使ったレストラン部ではなく、テーブルに紙を敷くカフェ席、それもテラスではなく奥の席だったせいもあるだろう。
それにしてもあのお兄ちゃんは頼みもしないコロッケを持ってきたり、高いワインを持ってきたり、我々日本人に英語で話しかけたりとなかなか商売上手である。満員だから25分後に来てくれという店が隣に出来たおかげで、この「カーナス」も売り上げが増したかもしれない。

左の赤い建物の一階が新しく出来た有名シェフの店、TASCA DA ESQUINA、左の坂を下るとエストレラ大聖堂。右端のグレーのビルの一階が昔からあるカフェ、CANAS。右奥に進むと市電28番終点プラゼーレス墓地。
折しも同僚の間で食事会をしようという話が出ていて、早速出来たばかりのその店に行ってみましょうと意見はまとまった。ところが電話で予約しようとしたら、昼は十二時半、夜は八時きっかりの予約しか受け付けていないという返事。それ以外の時刻は、運良く空席があれば入れて、なければ空きが出るまでじっと待てということらしい。案の定私たちが店に着いた土曜日の午後二時は、まだまだ週末の昼食をゆっくり楽しむ客で満員だった。店のお兄さんはあと30分待てば…と言うので、それではその辺のカフェでビールでも飲みながら待ちましょうと一旦引き下がることにした。
私たちは仕方なくすぐ隣にある、この地区ではほとんど老舗で、タクシーの運転手にも店の名を言えばすぐにわかるようなカフェ兼レストラン「カーナス」に入り、生ビールを飲みながら待った。30分ほど経って再び空席があるかどうか聞きに行ったところ、あと25分ほど待っていただければ…という返事だった。これは飲食店が満席時に予約なしでやってきた客に使う常套句だそうだ。25分後に行けばまた、25分後に席が空くかも知れませんと言われるのは火を見るより明らかであった。
時間つぶしのために入った「カフェレストラン・カーナス」はポルトガル人が絶対働きたがらない祝日も営業している数少ない店で、ある年の元日は、行きつけのカフェが休みで禁断症状を起こし、香ばしいコーヒーの香りに惹かれて別の縄張りからやって来た蟻のように群がる人々をさばくために、番号札を配布していた。そんな訳で私にとってこの店は、日曜祝日も夜の十一時過ぎまで開いている便利な店という認識はあっても、美味しいから行く、雰囲気が良いから行く、という種類の店ではなかった。
すぐに出やすいようにレストラン部ではなくカフェコーナーに座った私たちは、生ビールを飲みながら有名シェフの店に空席が出来るのを待っていたのだが、若いギャルソン(ポルトガルのギャルソンはオヤジが多い)はしばらくしてから頼んでいないサラダ付きコロッケをテーブルに持ってきた。いかにもビールと一緒に食べてくださいと言わんばかりのうまそうなコロッケと彩りの美しいサラダの誘惑に負けて、結局コロッケに手をつけ、そしてなし崩し的に食事へと誘導された。まんまとイケメンのギャルソンの策略にかかったのだ。
それほど期待せずに広げたお品書きには、焼いただけ茹でただけのおなじみポルトガル飯屋のそれとは一線を画した、変ったものばかり。これは食べることに並々ならぬ情熱を傾ける女性五人の好奇心を大いにそそった。しかもその辺の大衆食堂と変わらない値段である。私たちは魚二品、肉二品頼み、味比べをすることにした。




食べるだけでなく飲むのも得意な女性たちは、安いハウスワインを直ちに空にした。見計らったようにギャルソンが別のワインを持ってきた。ラベルが黒に金色で印刷されたなんだか高級そうなやつだ。危うく勧められるがままに開けてしまうところを、寸での所で値段を問い質し19ユーロという返事で我に返ったご一行は、同じ値段で2本は飲めるハウスワインをもう2本追加したのだった。ギャルソンの営業失敗、いや安いワインを数飲ませることに成功か?
カフェだけあって甘いものは得意分野と見受けられ、デコレーションや味は上々である。




こんなに色々食べて一人あたり16ユーロちょっとで済んだ。隣の有名シェフの店なら倍はかかっただろう。混んでいたおかげで安くて美味しい店を再発見できた。安く上がったのは、布のテーブルクロスを使ったレストラン部ではなく、テーブルに紙を敷くカフェ席、それもテラスではなく奥の席だったせいもあるだろう。
それにしてもあのお兄ちゃんは頼みもしないコロッケを持ってきたり、高いワインを持ってきたり、我々日本人に英語で話しかけたりとなかなか商売上手である。満員だから25分後に来てくれという店が隣に出来たおかげで、この「カーナス」も売り上げが増したかもしれない。
本当に美味しくてびっくりでしたね!Caldoverdeさんは、晴れ女ならぬ旨いもの女かも!美食の方で寄って来ているのではと思うくらい一緒にいると当たりが続く!
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あの断ったワイン気になりますね。ショーさんが値段を聞いてくれなかったらそのまま飲んでましたが。同じワインをスーパーで探してみます。ダンワインでしたよね?
canasは老舗ですよね。お料理は親しみの持てる盛り付けだwwローストビーフが食べてみたいなー!タスカ・ダ・エスキーナは雑誌や新聞にも取り上げられていましたが、どうなんだろう?こっちの「有名シェフ」って、ジャーナリストに受けることが大事、みたいなとこありませんか?
by caldoverde
| 2009-07-08 00:53
| 話題の店
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Comments(3)

