ポルトガルの食べ物、生活、観光情報


by caldoverde
カレンダー
S M T W T F S
1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
31

カテゴリ:カルチャー( 33 )

a0103335_22380293.jpg
トゲトゲです


11月16日はポルトガルに2人しかいないノーベル賞受賞者の一人、作家のジョゼ・サラマーゴの誕生日という事で「くちばしの家」に行ってみた。テージョ河に面したこの建物は16世紀の貴族の館で、ファサードを覆うダイヤモンドのような尖った石が鳥のくちばしを連想させることからこの名前で呼ばれている。現在は更孫財団と建物の床下にあるローマ遺跡を保存する考古学館となっている。風変わりな監獄のような外観とは異なり、中は超モダンで、半分ほど吹き抜けになっていて床面積が意外なほど少なく、ふんだんに大理石を使った贅沢な作りである。ポルトガルの建築家は空間のための空間が好きだ。11月は更孫先生の誕生日ともう一人の20世紀の大詩人のペッソーアの命日もあるので、関連イベントが行われ、記念日の入場料は無料ということだ。


a0103335_22393775.jpg
サラマーゴの資料館、図書館、書店がある

a0103335_22394374.jpg
ローマ時代はここでナンプラーを作っていた



サラマーゴの本は何冊か入手したが、あのだらだらした文体が腹立たしく、数行読んで人にあげたりしていた。一体どこで読点が打たれてこの文章が終わるのか、時には改行もなく数ページにも及ぶ。よく読むと途中に括弧なしで違う登場人物の会話が混じって何が何なのかわからなくなる。原書を国費留学生のブラジル人に進呈したら、その人でさえ難しいと言っていたので、私には当然だ。日本語に翻訳された「修道院回想録」は二度途中で投げ出し、三度目のチャレンジで完読した。しかし最後のページでものすごいカタルシスを得た。小説を読んでこれほど感動したことはなかった。


a0103335_22422669.jpg
世界中で出版された「修道院回想録」


そんなに感動したのに、増え続けるモノを減らすため、これもバザーに出してしまった。(元々只で手に入れた)数年後もう一度読みたくなり、日本に帰った時にアマゾンで中古本を購入した。何しろ新刊だと4000円以上もするし、20年前に出版されたきり再版されていない。改めて読むと、以前は退屈に感じた固有名詞の羅列も具体的な形を取ってイメージできるようになっていた。ポルトガルに住んで20年も経つと、地名や聖人の名前が実在の場所や絵画彫刻としてある程度思い浮かべられる。18世紀の絶対王政の元、壮麗な建造物や豪華極まりない典礼の陰で、惨めに使い捨てにされる民衆の姿が強烈な対比をなす。虚構と史実が絢爛たる言葉で綴られた、まさにバロック的な作品だ。主人公は七太陽と七月の異名を持つ夫婦、バルタザールとブリムンダ。陰と陽、外界と内面、肉体と精神のような相反し補完し合う2つの概念を象徴する。


a0103335_22451096.jpg
登場人物の一人、ジョアン五世のマイカー


アマゾンで「あらゆる名前」という本も買った。旧態依然としたお役所のしがない一職員を主人公にした小説だ。社会の中で無名化、記号化された人間がその尊厳を取り戻す過程を描いた作品、という解説だが、私にとっては結構面白いユーモア小説で、何回も声をたてて笑った。文体は相変わらず回りくどく理屈っぽい、括弧なしで独白や会話が紛れ込む例のスタイルなのだが、どこか哲学者の土屋賢二氏や漫画家の東海林さだお氏のエッセイに共通するものがある。堅苦しい、真面目くさった表現でありふれたものを描写すると、その仰々しさがすごく可笑しく感じられる。また主人公の小市民っぷり、小心者っぷりは、自分自身はもちろん、知り合いや過去に出会った実在の人物の中にも見出すことができるほどだ。職権を濫用した主人公が自分のしでかした事とその影響を想像しては悩みキョドる姿には、昔職場にいた某課長を思い出して笑った。


a0103335_22463024.jpg
「修道院回想録」は誤植や表記の間違いがあるので改訂が待たれる


「複製された男」や「白い闇」はアメリカで映画化され、なかなか面白いスリラー映画となっている。できれば「修道院回想録」を18世紀のポルトガルを再現したセットで映像化して欲しいものだ。バルタザールはすぐに思い浮かばないが、ブリムンダはナタリー・ポートマンが良いかな。あ、バルタザールはハビエル・バルデムで、ブリムンダはペネロペ・クルスで決まり。


a0103335_22495485.jpg
アズレージョに描かれたバルタザールとブリムンダ



by caldoverde | 2018-11-19 22:37 | カルチャー | Comments(0)

悲しいニュース

a0103335_05381428.jpg
Miguel Silva さん撮影  元は下の家の周辺のような緑の斜面だった


リスボンから車で約40分のシントラ山脈は自然公園として豊かな森と美しい海岸線を誇っていたのだが、10月6日の夜、麓の村で火の手が上がり、強風で瞬く間に延焼し、何と600ヘクタールもの野原が灰になった。この辺りはロカ岬やカスカイスに向かう街道があり、頻繁に観光バスやマイカーが行き交う風光明媚な観光ルートだが、一晩で無残な黒い炭の山となった。


a0103335_06040953.jpg
ロカ岬までは被害が及ばなかった


今回の火事はイベントで違法に打ち上げられた花火が原因らしい。海や川ならともかく乾ききった枯れ草や燃え広がりやすい灌木の多い場所で花火とは、バカですか?


焼け焦げた土地にさっそく「売ります」の看板が出現したそうだ。シントラ・カスカイス国定公園は自然保護区として建物は建てられないはず。なのにしばしば火事が起きてはその後に小綺麗な住宅が建設される。ほとんどの山火事の原因は人為的なものだ。開発しやすいように、あるいは保険金目的で。


a0103335_06065934.jpg
関係ないけど熟柿のようにぶよぶよになったスモモとお気に入りのポルトガル製の皿


しかし当局は全く無策のように見える。だいたいシントラ市長が建築できない土地に家を建てて議会から取り壊し命令が出され、未だに執行されていないような国だ。全然信用できない。それでも今回の火事で、カスカイス市長は今後10年間は焼けた原野には建築を許可しないという法令を下した。市長が替われば期間も変わる可能性大であるが。


日本では放火は重罪だが、ポルトガルには死刑がなく、軽微?な犯罪者はすぐに娑婆に出られる。やる気のなさそうな警察や装備や人材不足の消防署が、犯罪を野放しにして被害を拡大させている。そしてその陰には汚職があるに違いないのだが…


a0103335_06115182.jpg
シントラ駅前の食堂で食べたコジード・ア・ポルトゲーザ。これはほぼポルトガルでしか食べられない。


ここ2、3年は空前のポルトガルブームで、観光客や移住者が急増しバブルの様相を呈している。残念ながらリスボンやポルトには次第に素朴さやゆったりした雰囲気がなくなりつつある。旧市街の住宅は民泊に、名所旧蹟は大行列、道路は路上駐車場と化し動脈硬化を起こしている。街から伝統ある店が次々と姿を消し、ありふれた洋服屋とファストフード店とどうでも良い雑貨店に代わっている。建物や乗物には汚い落書き。初めて訪れた人にはまだまだ十分に魅力的だと思うが、このままではやばい。


a0103335_06164051.jpg
ゴミひとつ落ちていないサンチャゴの旧市街


サンチャゴ・デ・コンポステラを訪れた時、市の清掃局員だろうか、ミラーのポールに貼られたシールかガムを薬品で除去している人を見た。さすが街全体が世界遺産だけあると感心した。少しのゴミでも放置すればやがてはゴミ捨て場と認識されていく。落書きも誰か一人描けば増える一方だ。ニューヨークでは後を絶たない落書きを根気よく消していくことによって犯罪率が減少したと言う。ポルトガルも観光客におもねるよりも自分の足元をしっかりと固めるべきだと思う。


by caldoverde | 2018-10-11 05:11 | カルチャー | Comments(0)

金のミュージアム

a0103335_01304152.jpg
この紋所が目に入らぬか!はは〜 一両金貨


急に涼しくなって秋の気配の感じられる9月、最近オープンした二つの新しいミュージアムに行ってみた。どちらも「金」に関するミュージアムだ。

a0103335_01371201.jpg

一つはコメルシオ広場そばの旧市庁舎の隣にある古い教会を改装した「お金の博物館」で、その名の通り、古代ギリシャからユーロまでの歴史的な貨幣や鋳造プロセスなどを紹介したミュージアム。入場は無料だが、お金そのものが展示されているせいか、入り口で持ち物をチェックされる。最初の展示物は本物(だと思う)の金塊で、アメリカの銀行の堅固極まりない金庫に入った状態を再現し、実際に触ることができる。持ち上げる事ができたら、もっとありがたみが増すと思う。


a0103335_01381589.jpg
カエサル アウグスト と読める。かっこいい。


上の階には歴史的コインの展示室がある。古代ギリシャやローマのコインはグルベンキャン美術館にも良いコレクションがあるが、ポルトガルの古い貨幣は意外と見る機会が少ない。昔の硬貨や紙幣には王様の肖像が入り、中にはなんとか威厳を保ちながらも残念な特徴が良く表れているものもあって面白い。


a0103335_01395208.jpg
19世紀の王様ジョアン6世。かっこわるい…

a0103335_01425791.jpg
19世紀の王様ペドロ5世。イケメン!


ミュージアムの中にはカフェもありコーヒーとケーキで一服した。お盆はプラスチックではなく金属製、中に敷いた紙は詩人のフェルナンド・ペッソーアの肖像入りのポルトガル・エスクード紙幣を拡大したもので、お洒落である。

 

a0103335_01441569.jpg

ニワトリ、イワシと並ぶポルトガルのキャラクター




a0103335_01463254.jpg

黒地に金で描かれた3人の女性の看板が目印


次にシアードのサン・カルロス劇場の広場に面した、金細工のミュージアム「フィリグラーナ博物館」を訪ねた。広場に面したウィンドウには巨大なペンダントが飾られた店舗の中に、制作過程や昔の工房の様子、北部の民族衣装などを展示するスペースを併設したものだ。ここも無料で見学できる。ポルトガルの伝統工芸品をより多くの人々に知ってほしい、もっと気軽に使って欲しいという願いを込めたミュージアム。確かに宝飾店だと敷居が高いが、ここなら散歩がてらふらっと入れて、しかもそれほど高価でない銀や金メッキのものもある。私のような冷やかしの客にも丁寧な接客だ。



a0103335_01460307.jpg
このようにジャラジャラ着けるのが正式



実はちょっと気になる商品があるので見に来たのであった。このミュージアムのオリジナル商品「リスボンの心」は伝統的なデザインのハートの中に市電、石畳、ポルトガルギター、4月25日橋、イワシとリスボンのシンボルが満載されて、とても可愛い。年末調整の税金の戻りが振り込まれていたら買ったかもしれない。しかし毎年7月に支払いがあるのだが今年は未だ来ない。これを当て込んで夏を過ごすのに、今年の夏は悲惨なことになった。今回は目の保養だけだ。


a0103335_01512470.jpg
サイズは色々、金メッキされた銀製



ミュージアムのすぐそばにはミシュランの星付きレストラン「ベルカント」があり、ついでにメニューをチラ見すると、アラカルトの前菜35€、メイン48€、デザート17€、と素晴らしいお値段であった。メッキではない本物の金のアクセサリーを着けて行くに相応しい店だ。丁度昼時だったのでお腹も空いてきた。私にぴったりの近所のカフェで5€の定食を食べた。


a0103335_01535312.jpg
モンゴウイカの庭師風 (ジャルディネイラ・デ・ショコ)

by caldoverde | 2018-09-06 01:26 | カルチャー | Comments(0)

復活!市電24番

a0103335_03220825.jpg


かつてリスボンの街中を網羅していた市電は最盛期で30路線を超えたが、マイカーの普及で5路線まで激減した。しかし現在空前のポルトガルブームで市電28番は世界的に有名になり、住民が乗るのが困難になる程、常に超満員だ。以前は子供や老人が通学や病院通いによく使っていたのだが、優先席にはカメラをぶら下げた若い観光客が分捕り譲ろうとしない。始発のマルティン・モニスには28番専用の特別停留所ができて、職員が列に並んで待つ観光客からあらかじめ運賃を徴収している。2ユーロ90セントという中途半端な値段の運賃を停留所毎に受け取る運転士も大変だろう。


28番はスリも多い。車両内や停留所付近に必ずいると考えた方が良い。添乗員やガイドが口を酸っぱくして気を付けろと言っても、やられている。乗る時は盗られていいものだけ身につけるのがベターだ。これは他の路線やどの観光地も同様で、数日前はポルトで東欧のスリ団が捕まったが、すぐにムショから出てきて仕事を再開するだろう。


a0103335_03282523.jpg


どうしても市電に乗りたい方にはちょっと値段が高いが赤や緑の電車のトラムツアー、または比較的空いている路線をお勧めする。特に18番のアジューダ線はガラガラな事が多く、廃線も検討されており、存続のためにも多いに利用して頂きたい。


a0103335_03373548.jpg


一方で最近23年ぶりに復活した路線がある。市電24番だ。現在はカモンイス広場から出発しているが、将来的にはカイス・ド・ソドレがターミナルになるそうだ。終点はアモレイラスショッピングセンター裏手のカンポリーデ。今は全く面影はないが、このヘンテコなモダン建築の敷地はかつては市電の車庫だった。そういえばまだ日本に住んでいた時にポルトガルに旅行に来た時、市電でアモレイラスショッピングに行った記憶がある。


a0103335_03393431.jpg
草花のウオールの建物はチキンのグリルで有名なレストラン「ヴァレンシアーナ」


カンポリーデのターミナルは特に名所旧跡はないが、壁一面に植物を植えて垂直の庭にした建物や赤いキオスク、遊具のある広場には地元住民がまったりと過ごし、気取らないレストランやカフェ、小規模の小売店が集まり、ごくごくフツーの日常の空気が感じられる。しかし市電のリバイバルが商売の好機となると読んだ人もいることだろう。カンポ・デ・オリークにあったレストラン「ストップ・ド・バイロ」はお客さんごとここに引っ越したのはグッドタイミングだった。今後賃貸料が高くなるだろうから。マットレス屋さんがジェラート店になり、イタリア食品店ができたりと、なんだかオシャレな街へと転換しつつある気配も感じる。


a0103335_03330081.jpg


市電24番はサン・ペドロ・デ・アルカンタラ展望台やプリンシペ・レアル公園などの名所を通過し、自然史博物館、植物園、水道博物館、ヴィエイラ・ダ・シルヴァ美術館でカルチャー体験もでき、シアードやアモレイラスでショッピングを楽しむこともできる、将来有望な路線だ。28番の長蛇の列は捨てて、地元民と一緒に24番に揺られてみてはいかがでしょう。


by caldoverde | 2018-05-14 03:21 | カルチャー | Comments(0)

リスボンから九州へ

このたびの熊本、大分の地震で被災された方々には心よりお見舞いを申し上げます。ポルトガルでも報道されましたが、直後に起こったエクアドルの地震の方が数的に被害甚大で、九州の地震はかつてない規模の大きさにもかかわらず、目立たなくなってしまった感があります。東日本大震災ではポルトガル在住の日本人も大いにアピールしましたが、4月20日現在のところ日本大使館や日本人会等で特別な動きがないのが少々気になります。ポルトガルでもくまモングッズや熊本の物産が手に入れば、間接的に支援できるのですが…。

以前もブログで取り上げたリスボン大震災は、ポルトガルの人々にとっては歴史の中の出来事であり、世界中で起こる大地震は遠い知らない国の話でしかない、という認識が現実だと思います。しかしながら、大災害を後世に伝えようという先人の意思は地名やモニュメントに残され、ささやかながらも人々に警告を与え続けています。

a0103335_21505492.jpg


窓の右の通りの名前を表すプレートには「地震の階段通り」

a0103335_21505476.jpg


こちらは「地震食堂」

私の住むリスボンのカンポ・デ・オリーク地区にはTerramotos(地震)という不思議な地名があります。高台に位置するこの地区は、1755年のリスボン大震災の被害を免れることができました。当時は人家もまばらな田園地帯で、リスボンの市街をなめ尽くした火事の延焼やテージョ河を襲った津波からも逃れることができたようです。住民は大震災の翌年から、自分たちを救ってくれたキリストに捧げる小さな教会を建立し始め「地震のキリスト礼拝堂」(Ermida de Nosso Senhor dos Terramotos) と名付けました。お堂に通じる階段の道は「地震の階段通り」そのあたりにある居酒屋は「地震の花」という名前で、由来を知らなければ変な名前だと思われるでしょう。
a0103335_21505518.jpg

今は神父さんもいらっしゃらないようです

a0103335_21505568.jpg


教会の壁には地震の義援金を集めるための穴が設けられている

大震災の後、リスボンでは「まさしくカンポ・デ・オリーク」という表現が生まれました。高台のこの地区が地震や津波の直接的な被害から免れた故事にちなみ、絶体絶命の状況がすぐそこまで迫っているが、どうにか切り抜けることができる、危機一髪という意味合いで使われます。

カンポ・デ・オリークの丘からリスボンの重要なモニュメントである、アグアス・リブレス水道橋が延び、アルカンタラ渓谷を跨いでいます。この水道橋が1748年に完成した数年後、大震災が起こります。近くには断層があるのですが、断層から少し離れた場所を土台とし、カンポ・デ・オリークの丘とモンサントの山を支えに、35のアーチの並ぶ、ことに中央の世界最大のアーチは無駄と批判を受けながらも鉄で補強されたこの水道橋は、おそらく震度6か7の激震にも持ち堪え、当時の土木技術の素晴らしさを今に伝えてくれます。
a0103335_21505619.jpg

小川にかかった太鼓橋のある辺りは、現在のカンポリーデ駅

九州の地震で、改めて日本は地震国であり大地震の起きない場所は無いことを思い知らされました。また、災害が一瞬のうちに個人の生命や財産を奪ってしまうという恐怖を、またしても見せつけられました。しかし個々の力は微弱でも、人々の心と力を合わせればいつか再び立ち上がることができると歴史は教えてくれます。そしてそこから得た教訓は必ず後世に伝えなければならない、それが今生きている私たちの責務ではないかと思います。
a0103335_21505699.jpg


エヴォラにも、地震から救われたことを神に感謝して造られた小さな祭壇がメインストリートの建物の壁に

by caldoverde | 2016-04-20 21:25 | カルチャー | Comments(2)
a0103335_17455490.jpg
テージョ河に浮かぶ帆船をイメージ

リスボンで新鮮な魚がある所と言えば、ピコアスやアルヴァラーデなどに昔ながらの、そして今でも活気のある市場がある。しかし生の魚と種類においては市場や巨大スーパーやデパ地下をはるかに凌ぐのが、エキスポ地区のリスボン海洋水族館、オセアナリオである。食卓に上る前のお魚が自然に近い形で展示されていてとても面白い。1998年のオープン以来ヨーロッパでも有数の規模を誇る回遊式水族館であったが、最近なんと旅行情報サイトのトリップアドバイザーで、世界の水族館ベスト1に選ばれた。
オセアナリオという名称がオーシャン(海洋)から来ている通り、世界の海の生き物が地域ごとに展示されている。
a0103335_17455405.jpg

私はマンボウが好きで、昔松島にあった水族館にマンボウを見に行った事がある。マンボウは巨体でしかもデリケートなので、飼ってもすぐに死んでしまうケースが多かった。松島のマンボウは狭い水槽の壁に張り巡らされた緩衝用のビニールにぶつかってはUターンを繰り返し、かわいそうだった。リスボンのオセアナリオでは2匹のマンボウが悠々とストレス無さそうに泳いでいる。
a0103335_17455438.jpg
ゴツゴツしています

ペンギンの水槽には氷もあり、飼育員からシシャモかワカサギのような魚を餌にもらっていた。贅沢な…
a0103335_17455592.jpg
私もシシャモやワカサギが食べたい

オセアナリオの一番の人気者はラッコのカップル。初代はアマリア(ファド歌手のアマリア・ロドリゲスから)とエウゼビオ(サッカー選手)と名付けられたが、今は代替わりしている。
a0103335_17455563.jpg
ほのぼのとします

とぼけた顔のサメがガラスにぴったりと寄りかかり、見学客の人気者となっていた。
a0103335_17455536.jpg
みんな写真に撮っていた

ポルトガル語でオオカミウナギという名前だが、日本名はウナギ犬に違いない。
a0103335_17455640.jpg
こう見えても恥ずかしがり屋なんです

カニはよく街中でも見るが、タカアシガニはさすがにレストランの生け簀には入きれない。
a0103335_17455650.jpg
美味そう…

砂に隠れたカレイやヒラメ。何匹いるでしょう?
a0103335_17455630.jpg
5匹はいます。見つけましたか?


a0103335_17455736.jpg

現在、特別展として日本の水景クリエイターでネイチャー写真家の天野尚(あまの たかし)氏の製作した、世界最大の淡水魚の水槽が展示されている。
自然の生態系を忠実に再現した、全長40mの水槽は、展示室を巡るように設営されている。暗い展示室に足を踏み入れると、京都の古寺の庭か、大名の城の大広間の障壁画のようなパノラマが展開する。自然を再現しながらも、洗練を極めた典雅な理想郷を描いた芸術作品である。この水中庭園が公開されてわずか数ヶ月後の8月4日、天野氏は逝去された。氏の最後の作品がオセアナリオを世界一の水族館に押し上げた要因の一つであることは間違いない。このネイチャーアクアリウムは、2年間展示されるそうだ。魚の好きな方はぜひ会期中にリスボン海洋水族館を見学されたし。






by caldoverde | 2015-09-16 17:18 | カルチャー | Comments(0)

リスボンを聞く

a0103335_21383409.jpg


帰省中の仙台で、リスボンを舞台とした映画を見る機会があった。ポーランドの監督による「イマジン」は、英国、ルーマニア、ポルトガルのキャストで、全編リスボンで撮影が行われた。ドラマチックな展開や、情熱的なシーンがある訳でない、どちらかというと地味な映画だが、ジワジワ来るものがある。観光地として有名なアルファマ地区やバイシャ地区、名物の市電28番が頻繁に登場するが、それらはポルトガルの旅に誘う魅力的な風景としてではなく、生死を分かつ危険をはらんだ戦場のような所として扱われている。主人公たちは何があるのか、何が起こるのかわからない戦場への冒険を試みる。

この映画の主な舞台は、リスボンのとある盲学校である。白い塀に囲まれた、古い修道院の建物を借りた盲学校兼クリニックに、全盲のイギリス人の助手が赴任する。彼は、指や舌を鳴らし、その反響音によって、周囲にどんなものがあるか知ることのできる「反響定位」というテクニックで、白杖を使わずに歩くことを試みる男だ。

a0103335_21383481.jpg


責任者の医師は、生徒を決して危険に晒さないように指導することを、厳しく英国人助手に言い渡す。はじめ生徒たちは杖を使わないで歩くこの男を信用せず、実は目が見えるのではないかと様々なイタズラを仕掛けるが、次第に心を開き始め、外の世界を知りたいと願うようになる。

ある日、英国人助手は隣の部屋の美しいドイツ人女性と健常者同士のカップルを装い、杖なしで街に繰り出す。下町のバールの、地元の老人や観光客やボーイとのたわいない会話から、彼女は塀の外の未知の世界へと想像の翼を羽ばたかせる。

a0103335_21383508.jpg


教会の鐘の反響を聞いて、大きな船が来ていることを知った英国人助手は、生徒の一人と共に夜の港に出かける。彼らは一歩間違えば海に落ちる岸壁ギリギリに沿って歩きながら、正確に船を探しあてるが、小石を投げながら歩く2人の男を不審に思った警官によって連行される。

白杖を使わないことによって自らも幾度も怪我をし、生徒にとって危険だと判断された英国人助手は、盲学校を去る。塀の外に出た助手を、ドイツ人女性が杖なしで追う。車や市電が行き交う段差のある道を横断し、歩道に設置された変圧器や鉄棒などの様々な障害物を避けながら、彼女は英国人助手とコーヒーを飲んだ階段下のカフェに行き着く。古いアパートの建て込む狭い路地の向こうに、リスボンを出港する巨大な船が横切っていく。教会の鐘が鳴り響く。市電の警笛も、車の騒音も、人の話し声も石畳の道に響き、反響する。すぐそばのテーブルには追っていた英国人助手が…

映画の宣伝では、盲目の男女のロマンスとして扱われているが、私には目の見えない人々の知覚が捉える世界を、そして私たちにとってごく普通の環境が、彼らにはいかに過酷で危険であるかを、垣間見ることのできる興味深い作品だった。
盲目=闇というイメージは、舞台となる修道院の真っ白い壁や眩しすぎるリスボンの陽光によって揺らぐ。視覚を持たずに生まれてきた人々の、意外なほどの敏捷さや鋭敏さ。音に集中することで様々なものが形をなすという驚き。「見える人は見ようとしない」主人公の英国人助手の言葉は示唆に富む。時には「目を閉じて」何かを見ようと試みるのも大事なことだ。

オフィシャルサイト http://mermaidfilms.co.jp/imagine/

by caldoverde | 2015-08-05 21:31 | カルチャー | Comments(2)
a0103335_08122289.jpg

王女さま? 巡礼者姿の幼子イエスです

子供の頃読んでいた少女漫画の主人公は、大きな瞳に星がきらめき、ゴージャスな巻き髪、背景にはバラの花が咲き誇っていた。それが少女の理想とする「美」であった。このようなキャラクターは日本の専売特許かと思っていたら、実はすでに17世紀のポルトガルに存在していた。日本よりも300年も早く少女漫画的造形スタイルを確立したのは、ジョゼファ・ド・オビドス先生だ。

a0103335_08122214.jpg

聖アントニオもこんなに麗しく

ジョゼファは、ポルトガル人画家の父とスペイン人の母の間にセビリアで生まれたが、幼少時に父の出身地であるポルトガルのオビドスに移住し、そこで生涯を終えた。父の元で絵を学び、少女時代からその才能を顕した。17世紀という時代において非常に稀な職業婦人で、54才で亡くなった時は、かなりの遺産を残した。

a0103335_08122272.jpg

スイカがみずみずしい

17世紀のヨーロッパは、光と影の対比により劇的な効果をねらうバロック様式の時代。苦悶するキリストや恍惚とした表情の殉教者を描いた宗教画、暗い背景から顔だけ浮かび上がる黒衣の人物画、果物や狩の獲物を写真のように描いた静物画などが、イタリア、スペイン、フランドルで盛んに制作された。ジョゼファの父はセビリアの著名な画家に学んだのだが、スペインではいまいち芽が出ず、ポルトガルに戻った。はじめ娘は父を手伝っていたが、そのうちに作品に自分のサインを入れるようになった。教会や有力者、そして王室からも注文が来た。結婚して家庭を持つ暇がないほど忙しかったと思われる。

a0103335_08122323.jpg

代表作「神秘の子羊」

救世主や聖母、聖人は現実の人間を超越しなくてはならない。その理想形が大きな瞳にバラ色の頬、その周りを取り囲む花々、繊細優美を極めたレースやチュールの衣装で表現される。まさに少女漫画のキャラクターである。

a0103335_08122354.jpg

これも幼子イエスです

ジョゼファの作品は二重の意味で甘美である。彼女は静物画もよくしたが、特に秀逸なのは口の中によだれが湧いてくるような果物やお菓子を描いた作品だ。カステラ、金平糖、ケイジャーダ、復活祭用の卵入りパンなどは、その味や質感まで見事に表現されている。もし彼女が現代に生きていたら、さぞかしお菓子屋や喫茶店から注文が殺到しただろう。

a0103335_08122380.jpg

カステラ‼︎

2015年9月6日までリスボンの国立古代美術館にて「ジョゼファ・ド・オビドス展」開催中

by caldoverde | 2015-07-06 07:53 | カルチャー | Comments(10)
世界最高齢の映画監督、マノエル・ド・オリヴェイラが、4月2日、ポルトで死去した。106歳。昨年まで制作を続け、生涯に残した映画は70本以上に及ぶ。この日のTVニュースはずっとこの偉大な監督の業績をたたえ続けいる。
オリヴェイラ監督の独特のスタイルは、国内外の評論家に高く評価されている。日本でも「芸術映画」専門の独立系映画館で特集されたり、NHKの衛星放送でも放映されたので、インテリな映画好きの間では知名度は高いだろう。では、ポルトガル国内での人気はどうだったのだろうか。
a0103335_7205167.jpg
「アブラハム渓谷」

新作が発表されるとリスボンの1、2の映画館で長くて3週間上映される程度で、とても大ヒットとは言えない。ポルトガル人でさえ、オリヴェイラ監督の映画は退屈だ、という人が多い。私も何本か見たが、動きの極端に少ない画面で主人公のモノローグが延々10分も続く演出に、イライラするか爆睡するかのどちらかだった。リアリズムとはちょっと違う様式美というか、演劇的な要素が多分にあり、また文学作品や史実などを独自に解釈した作品が多いので、教養のない私にはさっぱり面白くないのだった。それでも映像の美しさは抜群だ。



しかし一般大衆受けするような「解りやすい」映画もある。初期の「ドウロ河」「アニキ・ボボ」などは、イタリアのネオ・リアリズモの影響を受け、ポルトの庶民の生活を力強く、愛情を込めて描いている。



オリヴェイラ監督はポルトのブルジョアの家庭に生まれ、若い頃はスポーツ万能で、カーレースに出たり飛行機を操縦したり、棒高跳びの選手でもあった。俳優としてポルトガルの喜劇映画にも出演している。ヴィム・ヴェンダース監督の「リスボン・ストーリー」ではチャップリンの真似をして軽やかな足さばきを披露しているが、この時すでに80歳を超えている。



リスボンのアルファマ地区を舞台にした「階段通りの人々」では、しみったれた、しかしどこか憎めない小市民の姿を描く。リアルなポルトガル人の生活や内面をバラしてしまったこの作品は、ある人には不快に感じたようだ。これも解りやすい作品。



一般的な商業映画にはない、ゆったりしたテンポ、暗示的な描写を多用した映像美、詩を読むようなセリフの言い回しなど、独特の世界を築き上げたオリヴェイラ監督。その作品はポルトガルのみならず、世界の映画芸術における宝となるだろう。
by caldoverde | 2015-04-03 06:34 | カルチャー | Comments(2)
a0103335_15231.jpg
あるレストランの黒豚のグリル。日本人の感覚では茶碗1杯のご飯に肉1枚あれば十分ですが、8枚ありました…

今週の大ニュースは、一つは前首相ジョゼ・ソクラテスの逮捕とエヴォラ刑務所への拘留、もう一つはエヴォラを州都とするアレンテージョ地方の伝統音楽、カンテ・アレンテジャーノがユネスコの無形文化遺産に選定されたことである。どちらも普段はのんびりしたアレンテージョのみならず、ポルトガル中を湧き立たせている。




アレンテージョ地方の各市町村の農民や職人、消防隊、炭鉱労働者で組織されるコーラスグループは地元のバールが活動場所。今では学校でも「カンテ」(歌)を教え、伝統の継承に努めている。

数年前、ファドがユネスコの無形文化遺産になったが、今度は国際的にはほとんど知名度の無さそうなアレンテージョ民謡が快挙を成し遂げた。地元では無形文化遺産への登録申請の動きは以前からあったが、文化省がユネスコに申請するのを忘れたりして、ようやく今年悲願を果たした。

他にポルトガルのユネスコ無形文化遺産としては、ポルトガル料理が地中海料理として登録された。オリーブオイル、食物繊維、魚介類、果物、ワインなどを多用し、動物性たんぱく質や動物性油脂の割合が比較的少ない、バランスのとれたヘルシーな食生活が評価されている。味もなかなかである。

a0103335_152436.jpg
アレンテージョのお茶漬け、アソルダ(ソパ)・ア・アレンテジャーナ。5分でできます。

今日はユネスコ無形文化遺産登録を祝って、アレンテージョ料理を作った。超ローコストなアレンテージョ風スープと、レストランで食べた黒豚の食べ残しを持ち帰って再利用した、これまたローコストなアレンテージョ風ポーク(アサリ豚)、ワインは安いが飲みやすいアレンテージョワインで。
a0103335_152593.jpg
本当はラードで豚肉やじゃがいもを揚げるのですが、手抜きで玉ねぎと赤ピーマンを炒めたものに揚げていない肉や芋を入れて圧力鍋で煮た。コリアンダーは必須です。

わずか1千万人の人口の小さな国だが、地方には意外なほど固有の文化が残されている。リスボンやポルトなどの都市も魅力的だが、田舎にこそ豊かな伝統やそれを守る人々の誇りや愛情が感じられるポルトガルである。
by caldoverde | 2014-11-30 00:46 | カルチャー | Comments(16)