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ポルトガルの食べ物、生活、観光情報


by caldoverde
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<   2019年 05月 ( 3 )   > この月の画像一覧

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アズレージョの美しいヴィラ・フランカ駅


リスボンから電車で30分の田舎町、ヴィラ・フランカ・デ・シーラでは毎年7月に「赤いチョッキの祭り」が開催される。この町のあるリバテージョ地方は闘牛の盛んな土地で、赤いチョッキとはカンピーノと呼ばれる牛飼いの着る民族衣装の一部をなすものである。様々なイヴェントが行われるが、特に重要なのはやはり闘牛で、夜に闘牛場で行われるものと、日中に町中に牛を放すストリート闘牛がある。今年は同じリバテージョ地方のトマールで四年に一度の「タブレイロスの祭り」も同時期に開催されるので、2つの重要なお祭りをいっぺんに見られる又とないチャンスとなる。日本からの観光客も見込まれるので、その下見を兼ねて、旅行会社の責任者であるJOJOさんと同町で5月の初めに行われる「闘牛同好会祭り」でその雰囲気を味わってみた。


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女性闘牛士もいます


ヴィラ・フランカの駅前はのどかな田舎町の佇まい。線路の向こうにはテージョ河と大きな中洲が広がる。こんな小さな町に(今はリスボンのベッドタウンとして人口が急増しているが)50以上ものテルトゥリア(サークル、同好会)があるそうだ。活動内容は全て闘牛に関する懇談である。「同好会祭り」では闘牛場に展示コーナーが設けられ、それぞれの同好会のメンバーの写真や活動を紹介している。中にはチラシを作っている同好会もある。リスボンからわずか30分の距離に、バリバリの伝統を大切に守り、自分たちのアイデンティティとしている所がまだあるとは意外であった。広報担当は女性で、本当に誇らしげに自分たちの伝統を説明してくれた。


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たてがみも結い上げて出陣を待つ


彼女の案内で、一般人には立ち入り不可の闘牛場内の牛や馬の控え室を見せてもらった。闘牛は気性が荒く、また夜に行われる競技を控えてナーバスになっている。刺激しないよう牛舎の天井の鉄板の上をそろりそろりと歩き、細い隙間から黒い塊がうごめくのを覗いた。別の牛舎には六頭の白と茶の牛がまとめて容れられている。この白茶の牛たちは、闘いを終えた闘牛がリングから退場する時に誘導する役割を持つ。傷付き興奮している闘牛の周りを取り囲み、出口に導く。赤いチョッキを着た牛飼いが、この牛たちを訓練するのである。


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競技の後は手当を受け、中には種牛として長寿を全うするものも


また厩舎では十頭くらいの馬がブラシをかけられていたり、出陣前の準備をしている様子を見せてもらった。通常は関係者以外は入れないエリアで、ここに入れるのは大変な名誉であると案内の女性は強調した。ポルトガル闘牛では、牛を仕留める(殺してはいけない)事ではなく、牛の至近距離まで近づいて銛を刺し、全力で追いかける牛を巧みにかわしながら逃げ切る、馬術が重要である。だから闘牛士は騎士(カヴァリェイロ)と呼ばれる。まるでダンスを踊っているように、前後左右と軽やかなステップで牛を撹乱し、急発進、急停止して、今にも牛の角で突かれそうになりながら、リングをギリギリに走る様子は、人馬が一体となったケンタウロスが華麗に牛を翻弄するがごとく。またそれぞれの馬には得意分野があり、カヴァリェイロは長さや形状が違う6本の銛で牛を攻撃し、何番目の銛にはこの馬をという風に何頭かの馬を使い分ける。


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美技にはブラスバンドがファンファーレを送る


この日はヴィラ・フランカ・デ・シーラ市のプロモートするワインの試飲もあった。2017年に収穫された葡萄で作られた白2種類と赤1種類がデビューした。テージョ河と鉄橋をイメージに使ったラベルのワインはボディがあり、重めの食事にもよく合いそうだ。町の広報のご厚意により、仮設のレストランで昼食をご馳走になった。モンゴウイカと豆の煮込み、豚肉のシュラスコ、鶏肉のリゾットと3本のワイン(試飲で既に減ってはいたが)を女二人で平らげた。この地方はテージョ河を下る船がリスボンに食糧を運んでいた農業地帯なので、市場が開いていれば、新鮮な肉や野菜や果物が沢山並んでいるはず。今度来るときは、地元の人の闘牛談義に耳を傾けながら闘牛か誘導役の白茶牛(とても美味いそうだ)のステーキを賞味したいものだ。


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豚の丸焼きの薄切り

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鶏肉と米をワインと鶏の血で煮たリゾット

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「だるまさんがころんだ」に似ているペガ(抑え込み)競技

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5〜600kgの牛を8人がかりで素手で抑え込む



by caldoverde | 2019-05-10 23:54 | カルチャー | Comments(0)

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ファイアル島唯一の市、オルタは世界中のヨットが寄港するマリーナが有名


アソーレス諸島に行くのなら、パスポートを取ろう。日本で取得する必要はなく、現地で調達できる。これが無いとアソーレスに入れない事はないが、有るとより楽しくなる。アソーレス・ジオパーク・パスポートは、9島にそれぞれある自然系ミュージアムで2€で販売されており、入館の際にスタンプを押してもらい、その数に応じて景品が貰える、一種のスタンプラリーである。ファイアル島だけで4つのスタンプが集まりそうなので、3日目は予定していなかった隣のピコ島にも足を伸ばし、景品の出る5個のスタンプを集める事を目指した。


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アソーレスのジオパークを紹介する地図とパスポート

日曜日はオルタからピコ島のマダレーナに行くフェリーは4便しかない。10時45分の出港の前に、タクシーで2年前に仕事で行ったオルタの植物園に急ぐ。世界でも2株しか無い稀少な蘭や、アソーレスの固有種が保存されている。蘭は見られなかったが、藤の花が綺麗だった。既にカペリーニョス火山でパスポートを購入しスタンプを押してあるので、ここで2個目をゲット。


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アソーレスワスレナグサ


ピコ島は9島中最も新しい島で、洞窟が非常に多い。中でもトーレス洞窟は5kmにも及びその一部を歩くことができる。しかし洞窟見学は人数制限があり、2日前までの予約が推奨されている。いちかばちかで当日行ってみて、ダメならワイン博物館にしようと思いながら到着すると、やはり12時の回は既に一杯。しかしキャンセルがあるかもしれないので少し待ってみて、と言われ、結局、運良く潜り込むことができた。洞窟の内部では、色々な形状の溶岩を見ることができる。液状の溶岩がロープの様な模様を描いたものはパホイホイ溶岩、ギザギザの尖ったものはアア溶岩と呼ばれる。ハワイ語でパホイホイとは滑らかな、アアとは溶岩を踏んづけた時の叫び声だそうだ。アア溶岩や火山石の積み上がった場所は歩き難いので、しっかりした靴が必要だ。洞窟内にはあちこち亀裂があり、今地震が来たらやばいかも…とちょっと不安になるが、無事地上に出て3個目のスタンプをゲット。


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パホイホイ溶岩が作ったモナリザ


3時のフェリーでオルタに戻り、ホテルからも見えるピム港の水族館+ダブニー邸、鯨工場博物館を見学すれば5個のスタンプが揃う。閉館時間は水族館が5時、他の2つは6時、急がなければ。

ピム湾の水族館は鱈を干物に加工する工場だったが、気候が適さず、後に鯨油を採る工場になった。ごく小規模で飼育される魚の種類も少ないが、ここで上映される、オランダの学者チームが開発した三人乗りの潜水艦で撮影された動画は素晴らしい。実際に半球状のガラス越しに深海魚や、海底温泉に棲む色鮮やかなサンゴや熱帯魚を眺めてみたいものだ。


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水族館に行くと「うまそう」としか思えなくなった今日この頃

水族館の隣は、アメリカ領事としてファイアル島に住んでいたフランス系ファミリーの別荘だったダブニー邸である。ピコ島のワインの輸出などの事業を行い、後にアメリカ領事に任命されたジョン・ダブニーとその子孫は、島の経済や文化、科学の発展に大いに寄与したそうだ。ここで4個目のスタンプを押してもらう。


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左端の海岸から少し上に建つ白と黄色の家がダブニー邸


最後に鯨工場である。ミュージアムとしての名称は婉曲に「海の観測所」みたいな意味だが、その実は鯨を解体し加工を行っていた施設である。昔はピム港は沖で獲った鯨を引き揚げて脂や肉の加工品を作っていた場所で、湾の水は血で赤く染められた。この鯨工場のあるピム港は、タブッキの小品集「島とクジラと女をめぐる断片」の舞台である。次回はこの本を読んでから来よう。


5個目のスタンプが集まった。ところがジオパーク事務所はどうも復活祭休みで閉まっており、何が景品でどこにあるのか誰も知らない。リスボンに帰ったらスタンプのコピーを事務所に送り、請求して下さいと言われたが、果たして何がもらえるのだろうか。


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最期の夜は再びGENUINOで。一昨日は予約で一杯なのを無理やり入れてもらったので、今度はちゃんと予約を入れた。この日も食べたかったセミエビもカサガイもなかったが、ステーキは柔らかくジューシーで、アソーレスの調味料の唐辛子ペーストがピリッとパンチを効かせていた。


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クワの実のアイス。珍しい!


心残りは悪天候でカルデイラ(火山噴火口)が見られなかった事と、セミエビを食べられなかった事である。泊まったアパートホテルは非常に気に入ったので、機会があればまたファイアル島に戻りたい。


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ファイアル島は「青い島」紫陽花の青だが、他にも青い花がいっぱい。

by caldoverde | 2019-05-03 03:01 | ポルトガルの旅 | Comments(0)

午後も山道は霧で覆われ、どうもカルデイラ(火山噴火口)の中を見るのは不可能らしい。その代わりにカルデイラに通じる平坦なトレイルコースをちょろっと歩き、オリジナルに近いファイアル島の自然に触れた。細い水路に沿って歩く道の両側は苔やシダでびっしり覆われている。もし南方熊楠がアソーレスに来ていたら、新種の苔やら粘菌を見つけたのではないだろうか。


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島の北側にあるビーチは緑の砂浜だ。この辺りの火山岩の中には時々綺麗な緑や赤い小石が埋まっている。赤いのはファイアル島で発見された石という意味のファイアライト、緑のは橄欖石(オリーブ石)と呼ばれる。オリーブ石が石英のように細かくなって黒い砂の中で反射し、緑がかって見える。


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微妙に緑色の砂

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砂の緑色の元、オリーブ石

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ファイアル石。アクセサリーにするには小さい


砂を歩くとあちこちに小さな風船の様なものが転がっている。カツオノエボシ、いわゆる電気クラゲである。英語ではポルトガルの軍艦、ポルトガル語ではカラベラ(三角帆の帆船)と呼ばれる。風で帆を膨らませたカラベラ船を彷彿させる事からこう呼ばれる。死んでも虹色に輝くビニール袋の様な電気クラゲは、子供達の格好のおもちゃで、踏みつけるとポン、と音をたてて割れる。


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生きているカツオノエボシは触ってはいけません


ビーチの近くにはペドロさんと彼の弟の別荘がある。ペドロさんの別荘はエンジンが壊れたクルーザーで、トイレや台所が揃い、船室で寝泊まりし、甲板でパーティもできる。弟さんの家は小さな木造でペドロさんも手伝って建築中ということである。


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陸に揚がったクルーザーがセカンドハウス


最後に立ち寄ったのは、空港の西にあるチーズの形をした半島、モーロ・デ・カステロ・ブランコ。白い城の丘という名が示す通り、海中の噴火によって白い火山灰が玉ねぎの皮の様に何層にも重なり、独特の形状を造り上げた。この辺りは野鳥の住処となっており、道端の穴を覗くと鳥の夫婦が卵を抱いている。またアソーレスの代表的な固有植物、ヴィダリア(アソーレスツリガネソウ)が増殖しつつあり、やがては沢山の可憐な花を咲かせてくれる筈だ。


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巨大な軽石、モーロ・デ・カステロ・ブランコ

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この半島の名前をつけたファイアル島のチーズ。超美味!リスボンのアソーレス諸島物産店でも売っている。


今回は霧のためカルデイラは断念したが、砂質の異なる海岸、孤立した環境が育んだ様々な動植物、地震や噴火が残した爪痕、など地理的な観点からファイアル島を見ることができて、非常に興味深かった。なぜこんな色や形が出来るのか、それぞれ理由があるものだと感心した。


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道端の巣穴を覗くと夫婦で卵を抱く海鳥

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アソーレスツリガネソウは世界で唯一の種

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コルヴォ島で見たアソーレスツリガネソウ

by caldoverde | 2019-05-01 04:35 | ポルトガルの旅 | Comments(0)