ポルトガルの食べ物、生活、観光情報


by caldoverde
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ラボ・デ・ペイシェとは魚の尻尾という意味で、名前の由来は色々あるが、漁港のある湾の形が魚のように見えるから、というのが有力な説の一つである。しょぼい名に相応しく、村はポルトガル国内のみならず、EUで最も貧しい地域という不名誉な称号を受けている。海沿いの漁師町は手造りっぽい小さな家が連なり、ロープにずらりと吊り下がった洗濯物やゴミの散乱する道路、所在無げな男たちがたむろするバールなど、リスボン周辺に(私の家の近所にも)見られる典型的な低所得者層の多い地区の風景だ。住民の多くが漁業に従事し、子供たちは親の仕事を継ぐ。この村はポルトガルでも平均年齢が最も若い自治体で子供が多く、14~15歳で出産する少女たちは社会問題にもなっている。家族の結びつきが強く、伝統を大事にし、必然的にいとこ同士など親類間の婚姻が多い。女性達の容貌やスタイルはリスボンのジプシーの女性達と似通っている。実際、漁師達のルーツはその昔の海賊やジプシーだったらしく、他の住民達との間には格差や差別があり、昔は教会でのミサでも漁師達の席はそうでない住民(特に女性)から離されていたそうだ。


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一方海岸から離れた地区は文字通り山の手の、主に農業を営んでいた家族が住んでいる所で、3日目と4日目に泊まった貸別荘は、この山の手地区にある。18世紀迄はこの辺りはオレンジ栽培が盛んで、ヨーロッパ、特にイギリスに向けて出荷され、オレンジルートと呼ばれるほど大いに栄えていた。ところが病気によりオレンジの木はほぼ全滅してしまい、代わりにサン・ミゲル島では新たな商品作物としてパイナップルが作られるようになった。この地区はかつてのオレンジ農家や果樹園の名残の高い塀や生垣で囲まれた住宅が多く、入り口には〇〇屋敷と書かれたアズレージョ(タイル)の表札が付けられている。


私が借りた家は蜜柑荘(キンタ・ダス・タンジェリーナス)といい、生垣に囲まれた小さな果樹園の中に造られた築6年の一戸建てである。車がやっと通れる細い道の奥にあり、付近にはスーパーも飲食店も何もないので、外食するにも買い出しするにも漁師町の方に降りて行かなくてはならない。


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お一人様には広すぎる3LDK


漁師町と山の手の境目に警察署とロータリーがあり、そこから幹線道路が東西に伸びる。幹線道路を西に向かって数分歩くと、テラス席のあるカフェが現れる。ヨーロッパ最貧の村で生まれたチョコレート専門店「ショコラティーニョ O Chocolatinho」である。ベルギーで修行した若者が、アソーレス産の材料を使ったユニークなチョコを製造販売し、チョコの他にケーキやサンドイッチなどの軽食も出す。ちょっとコーヒーを飲むために立ち寄ったのだが、バナナとパッションフルーツのボンボンも食べてみた。その時は特にどうって事はない、普通のチョコレートに思えたが、地場産品なのでお土産用に9個入りの詰め合わせを一箱買った。それをトランクの中に水平にせずに立てて一晩置いたら、チョコの中の液体が流れ出てしまった様で、箱とトランクがベトベトする。しょうがないなあと自分で食べることにした。


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デザインも可愛い💕



そうしたら…美味い‼︎フルーツの味と香りが口いっぱいに広がりチョコレートと溶け合い、素晴らしい調和を醸し出す。アソーレス産のミルクがフルーツやカカオの刺激をまろやかに中和する。はっきり言ってヘーゼルナッツのプラリネばかり使ったゴディバよりも、ポルトのアルカディアよりもずっと美味しい!昨日はコーヒーの味や香りにかき消されてあまりチョコの印象が残らなかったらしい。ピンクに色付けされたホワイトチョコはてっきりイチゴかと思いきや、塩味の赤いジャム状のものが入っている。アソーレス料理に欠かせないピメントの塩漬けのペーストで、何とも不思議な美味しさである。9個入りの箱はすぐ空になった。


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アソーレスはこんなに色んなものが採れるのかと感心する種類の多さ

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青いのがアソーレスバナナ、奥はパッションフルーツ

バラで売っているボンボンは一個50~60セントから。子供達もコインを握りしめて買いに来る。品質は山の手のお金持ちを満足させ、値段は漁師の子のお小遣いでも買える。リベイラ・グランデに支店があり、リスボンではバイシャ地区のアソーレス物産専門店で若干売っている。もし近くにお店があったら、毎日通っていたに違いない。チョコラティーニョのチョコレートは、私的チョコランキング第一位に輝いた。


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# by caldoverde | 2018-12-14 03:32 | ポルトガルの旅 | Comments(0)

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ホテル・ぺドラス・ド・マール(海の石ホテル)は集落から離れた海岸に位置し、火山石と杉の木というアソーレス特有の建材をふんだんに使った建物で、3年前にオープンしたばかり。浴室がガラスで仕切ってあり、大きくとった窓の景色が入浴しながら楽しめる。ネットで見た写真はオーシャンビューだったので、それに惹かれて選んだのだが、安いだけあって反対側のマウンテンビューの部屋だった。海側に変更するには12€のエキストラ料金がかかる。到着日はあまり天気も良くなかったので部屋はそのままにしたが、翌日はやはり海が見える部屋に替えてもらった。


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ホテルの後ろは牧場、前は海岸


二日目は温泉入浴を含むフォーゴ湖半日ツアーを申し込んだ。ガイド兼ドライバーのペドロさんがホテルに迎えに来てくれた。客は私一人で、料金は40€である。以前は普通のタクシーに適当に名所を回るよう依頼し、3~4時間で60€払っていた。現在はツアー会社が沢山あり、グーグルマップやトリップアドバイザーなどで簡単に見つけることができる。半日、一日のコースが色々あり、値段もそれほど高くないのでお勧めだ。ラボ・デ・ペイシェ村、リベイラ・グランデの旧市街とリキュール店、カルデイラ・ヴェーリャ温泉、フォーゴ湖を周る。


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リベイラ・グランデの旧市街は白壁に黒い石で縁取った美しい建物が多い。

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アソーレス産の果物やミルクを使った様々なリキュール。可愛い陶器の人形やミニチュアボトルもある。


主目的のカルデイラ・ヴェーリャ(古釜)温泉は初めてアソーレスに旅行した時に、帰り際にタクシーで立ち寄ってもらったが、その頃はまだ温泉としての設備(入場券を売る入り口やロッカー)が無かったように思う。現在は道がきれいに整備され、敷地内にはサン・ミゲル島の自然を紹介する小さな環境センターがあり、土産やコーヒーも売っている。鬱蒼とした巨大シダや杉の木に囲まれた温泉には3つほど露天風呂があり、若いカップルや熟年夫婦が38度の赤っぽい湯でまったり寛いでいる。風は唸り声を上げて杉の枝を揺すぶるが、温泉は谷底にあるので、寒くはない。シーズンオフなので入浴客は10人もいなかったが、夏は2時間待ちだそうだ。1時間半の滞在時間はあっという間に過ぎてしまった。


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よく見ると入浴客の手や頭が見えます


ツアーはラボ・デ・ペイシェ村にある農業協同組合のレストランで終了した。月曜日は魚をメインにする店は鮮魚の仕入れがないので休みの可能性が大で、肉がメインの農協レストランが良いでしょうとのペドロさんのアドバイスに従った。アソーレスは牛肉も有名で、リスボンのアソーレスレストランで食べたトカゲステーキは今まで食べたステーキの中で最も美味しいものだった。しかし実際にアソーレスで食べたステーキにはハズレも何度かあった。店は選ばないといけない。この農協レストランRestaurante da Associação Agrícola はサン・ミゲル島内のみならず、全国的にその名声を博している。ステーキは色々な種類のソースがあり、それぞれ大きさと部位が3種類づつある。私は最もシンプルかつアソーレスらしいレジオナル・ステーキ(地元のステーキ)の小を、テンダーロインのミディアムで注文した。地元ステーキとはピメントの塩漬けとニンニクがのっているもので、ソースもピメントのペーストと白ワインが使われる。肉の旨さもさることながら、ソースの浸みたフライドポテトが激ウマで、芋の種類が違うのか中がとろけるようにクリーミィで、完食してしまった。デザートはお茶のプリン。日本の抹茶プリンを彷彿とさせるこのデザート、リスボンではアソーレスレストランにもあるかどうか微妙なので、ヨーロッパ唯一の茶畑のあるサン・ミゲル島に来たらダイエットを中断しても是非味わいたい。


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# by caldoverde | 2018-12-10 04:53 | ポルトガルの旅 | Comments(0)
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ラボ・デ・ペイシェ(魚の尻尾)警察署の看板


寒い日に大きな浴槽でじんわり湯に浸りたいという欲求は、私を旅へとかきたてる。気がつけばアソーレス行きのローコストの航空券とオフシーズンでかなり安くなったホテルを予約していた。エアーチケットはサン・ミゲル島往復50€弱と、電車でポルトに行くよりも安い。海の真ん前の5つ星ホテルは2泊で114€。海を見ながらプールで泳ぐ事もできる。もう一つの宿は庭付きの貸別荘丸々一戸で、2泊60€。場所はサン・ミゲル島の北側、島で2番目に大きな町リベイラ・グランデの隣にある、ラボ・デ・ペイシェ(魚の尻尾)という名の村だ。リベイラ・グランデの近くにカルデイラ・ヴェーリャ(古釜温泉)という天然温泉があるので、その辺りの宿を探していたら、ラボ・デ・ペイシェに見つかったという訳である。


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魚尻村のメインの教会にはXmasの飾りつけ


リスボンの濃霧のためにサン・ミゲル島に着いたのは予定よりも2時間遅れの昼2時過ぎで、雨も降っていたので、首都ポンタ・デルガーダの市内観光はパスし、タクシーでカルヴァン洞窟に向かい、そこで昼食をとった。今年の7月にテルセイラ島の1日ツアーで2つの洞窟に入り、火山の作る様々な造形に感銘を受けたので、サン・ミゲル島でもぜひ洞窟を見たいと思っていた。しかもすぐ隣には良さげなレストランもある。カルヴァン洞窟はポンタ・デルガーダの町外れにあり、午後に3回ガイドツアーが行われる。着いた時は2時半からの英語によるツアーが始まるところであった。ポルトガル人にもわからないサン・ミゲル弁よりはネイティブじゃない英語の方が聞きやすかったかもしれないが、まずは腹ごしらえをしてから1時間後のポルトガル語のツアーに参加することにした。


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本土のタコのオーブン焼きは足2~3本程度だが、この店のは小ぶりながら一匹まるごと、頭も付いている。柔らかくてとても美味しい。付け合わせはタコが抱きかかえた皮付きジャガイモと、青菜と豆とパンのそぼろ(ミガス)で、塩分控えめだがアソーレス料理にお約束の塩漬けのピメントがアクセントを効かせている。


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手前の白っぽいものはタコの頭

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ちゃんと脚が8本ある


カルヴァン洞窟は全長5kmに及ぶが、30分のガイドツアーで歩く距離は短いので体力が無くても大丈夫。溶岩流の造ったトンネルの地面はギザギザに尖った溶岩の塊や大小の火山礫が積み重なり、一方壁や天井はチョコレートが溶けたように滑らかで鈍く光る凹凸を成し、付着したバクテリアが様々な紋を作っている。触りたくなるが、残念ながらタッチ禁止である。


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触りたいけど我慢


サン・ミゲル島は比較的路線バスが多く、ちんたら走るバスに乗るのは私的アソーレスの旅の楽しみの一つなのだが、日曜日は本数は激減するので洞窟からホテルまではタクシーを使わざるを得ない。アソーレスのタクシーは未だにメーターがなく、走行距離に応じた料金が表になった紙を見て請求される。納得いかないが空港と街を結ぶバスもないので、空港からの移動はタクシーかレンタカーしかない。ポルトガルではだいぶUBER(白タク)が普及し、はっきり言ってタクシーより快適なのだが、タクシーの運転手たちが反UBERストを行った結果、むやみに増えないように法律ができた。アソーレスにはUBERはまだ上陸していないようだ。


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# by caldoverde | 2018-12-08 20:02 | ポルトガルの旅 | Comments(0)
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トゲトゲです


11月16日はポルトガルに2人しかいないノーベル賞受賞者の一人、作家のジョゼ・サラマーゴの誕生日という事で「くちばしの家」に行ってみた。テージョ河に面したこの建物は16世紀の貴族の館で、ファサードを覆うダイヤモンドのような尖った石が鳥のくちばしを連想させることからこの名前で呼ばれている。現在は更孫財団と建物の床下にあるローマ遺跡を保存する考古学館となっている。風変わりな監獄のような外観とは異なり、中は超モダンで、半分ほど吹き抜けになっていて床面積が意外なほど少なく、ふんだんに大理石を使った贅沢な作りである。ポルトガルの建築家は空間のための空間が好きだ。11月は更孫先生の誕生日ともう一人の20世紀の大詩人のペッソーアの命日もあるので、関連イベントが行われ、記念日の入場料は無料ということだ。


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サラマーゴの資料館、図書館、書店がある

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ローマ時代はここでナンプラーを作っていた



サラマーゴの本は何冊か入手したが、あのだらだらした文体が腹立たしく、数行読んで人にあげたりしていた。一体どこで読点が打たれてこの文章が終わるのか、時には改行もなく数ページにも及ぶ。よく読むと途中に括弧なしで違う登場人物の会話が混じって何が何なのかわからなくなる。原書を国費留学生のブラジル人に進呈したら、その人でさえ難しいと言っていたので、私には当然だ。日本語に翻訳された「修道院回想録」は二度途中で投げ出し、三度目のチャレンジで完読した。しかし最後のページでものすごいカタルシスを得た。小説を読んでこれほど感動したことはなかった。


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世界中で出版された「修道院回想録」


そんなに感動したのに、増え続けるモノを減らすため、これもバザーに出してしまった。(元々只で手に入れた)数年後もう一度読みたくなり、日本に帰った時にアマゾンで中古本を購入した。何しろ新刊だと4000円以上もするし、20年前に出版されたきり再版されていない。改めて読むと、以前は退屈に感じた固有名詞の羅列も具体的な形を取ってイメージできるようになっていた。ポルトガルに住んで20年も経つと、地名や聖人の名前が実在の場所や絵画彫刻としてある程度思い浮かべられる。18世紀の絶対王政の元、壮麗な建造物や豪華極まりない典礼の陰で、惨めに使い捨てにされる民衆の姿が強烈な対比をなす。虚構と史実が絢爛たる言葉で綴られた、まさにバロック的な作品だ。主人公は七太陽と七月の異名を持つ夫婦、バルタザールとブリムンダ。陰と陽、外界と内面、肉体と精神のような相反し補完し合う2つの概念を象徴する。


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登場人物の一人、ジョアン五世のマイカー


アマゾンで「あらゆる名前」という本も買った。旧態依然としたお役所のしがない一職員を主人公にした小説だ。社会の中で無名化、記号化された人間がその尊厳を取り戻す過程を描いた作品、という解説だが、私にとっては結構面白いユーモア小説で、何回も声をたてて笑った。文体は相変わらず回りくどく理屈っぽい、括弧なしで独白や会話が紛れ込む例のスタイルなのだが、どこか哲学者の土屋賢二氏や漫画家の東海林さだお氏のエッセイに共通するものがある。堅苦しい、真面目くさった表現でありふれたものを描写すると、その仰々しさがすごく可笑しく感じられる。また主人公の小市民っぷり、小心者っぷりは、自分自身はもちろん、知り合いや過去に出会った実在の人物の中にも見出すことができるほどだ。職権を濫用した主人公が自分のしでかした事とその影響を想像しては悩みキョドる姿には、昔職場にいた某課長を思い出して笑った。


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「修道院回想録」は誤植や表記の間違いがあるので改訂が待たれる


「複製された男」や「白い闇」はアメリカで映画化され、なかなか面白いスリラー映画となっている。できれば「修道院回想録」を18世紀のポルトガルを再現したセットで映像化して欲しいものだ。バルタザールはすぐに思い浮かばないが、ブリムンダはナタリー・ポートマンが良いかな。あ、バルタザールはハビエル・バルデムで、ブリムンダはペネロペ・クルスで決まり。


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アズレージョに描かれたバルタザールとブリムンダ



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# by caldoverde | 2018-11-19 22:37 | カルチャー | Comments(0)

南蛮鴨

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吹く風が冷たくなり、熱々のうどんや鍋が恋しくなる今日この頃、いかがお過ごしでしょうか。


エネルギーを消耗する仕事の後、家には最近買った無印良品のレトルトカレーがあったにも関わらず、ご飯が炊けるのを待ちきれないと、近所のレストラン「カーザ・ドス・パッサリーニョス(小鳥の家)」で倒れ込むがごとく昼食を取った。いつもピーク時は満席の事が多く、時には入り口で順番待ちをしている客も見られるが、一人だと案外空いている席に滑り込む事ができる。


その日のおすすめが店頭のボードやメニューの先頭に手書きで書かれ、早々売り切れるものもある。時々登場するものもあれば、本当にその日にしか無い幻のメニューもある。私が選んだのは、その日のおすすめの一つで、ここで食べるのは2度目の「鴨のオーブン焼き」であった。


ポルトガルの鴨料理というと代表的なものはアロース・デ・パト(鴨飯)であろうす。これは家庭で作ろうとすると結構手間のかかるものだ。まず鴨肉を茹でて、細く裂かなければならない。スーパーには既に裂いてある鴨飯用の鴨肉が売っており、これを使っている飲食店もあろう。しかし鴨の茹で汁にこそ鴨の旨味が抽出され、これでご飯を炊くからこそ美味いのだ。出来合いの細切鴨肉を使ったのでは、出汁ガラで調理するのと同じである。従ってちゃんと手順を踏まずに調理済みの鴨肉を使った鴨飯はあんまり美味しくない。また平皿にしゃもじでよそった様なものも反則だ。本物の鴨飯は、炊いたご飯を陶器の皿に盛って卵の黄身で色を付け、チョリソやベーコンを上に散らしてオーブンで焼かなくてはいけない。


正しいヴィゼウの鴨ご飯



そんな訳で、美味い鴨飯は旧式のレシピを守っている田舎で食べた方が美味しい。一応都会であるリスボンではじっくりと時間をかけて調理した鴨飯をゆっくり味わう暇がない人も多いので、もっとスピーディにできる鴨料理が主流?とならざるを得ない。多分。


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「小鳥の家」の鴨のオーブン焼きは、それ程待たずに出てきて、しかも鴨の肉にご飯が付いているので、見た目は違えど腹の中では鴨飯になり、おまけに皮付きのジャガイモの素揚げも添えてあり、なんか得した気分になった。


鴨肉は醤油を使わない蒲焼き風とでも言おうか、甘辛系の味付けで脂ののった鴨によく合う。ご飯はレーズンやナッツを入れてスパイスを効かせた、辛くないアジアンテイストの香ばしいライス。ひょっとするとマカオやアジアの料理から影響を受けたレシピかも。大航海時代に日本にやって来たポルトガル人達は南蛮人と呼ばれたが、南蛮という言葉には広くアジアや異国から来たというニュアンスも含まれる。リスボンで食べた鴨のオーブン焼きにはそんな香りが感じられた。鴨南蛮ならぬ、南蛮鴨である。




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# by caldoverde | 2018-11-11 05:20 | 肉料理 | Comments(3)