ポルトガルの食べ物、生活、観光情報


by caldoverde
カレンダー
S M T W T F S
1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
31
a0103335_06255613.jpg
カラフルな鞍でおしゃれしたロバ達


シントラはシントラ王宮、ペナ宮殿、ムーア人の城というお城御三家で有名だが、他にもあまり知られていない、滅多に観光コースに入らないモニュメントがいくつかある。


a0103335_06281695.jpg
出そうです

その一つはシントラの旧市街から歩いて15分の所にあるレガレイラ宮殿。一見中世の魔女の館のような不気味な建物は、20世紀の初頭にブラジル人の大富豪モンテイロさんが建てた個人の邸宅である。コーヒーや鉱物で巨万の富を得た彼はフリーメイソンの会員で、建物や庭には様々なシンボルが仕込まれていて、フリーメイソン会員ならば意味が分かるのだろうが、何の事だか解らない非会員でも十分に楽しめる。あちこちに秘密の通路や洞窟や階段があって、子供が隠れん坊や探検ごっこをするのに絶好の庭園だ。バブル時代は日本の某建築会社が所有していた時期があった。当時イケイケの日本はヨーロッパの城やニューヨークのビルを買いまくっていたが、その会社はレガレイラ宮殿をテーマパークかホテルにするつもりだったのだろうか。

a0103335_06294645.jpg
トンネルを歩くと2つの井戸の底に出る
これは「未完の井戸」

a0103335_06302987.jpg
洞窟の出口は池になっている

a0103335_06305513.jpg
有名な「イニシエーションの井戸」

シントラの森の中の曲がりくねった山道の奥深く入った所に、苔むした古い小さなカプショス修道院がある。庭の石や建物はしっとりとした緑の苔に覆われ、質素な修道院の内装は湿気や冷気を防ぐためにコルクが使われていた。しかし今回はしみじみと侘び寂びを味わうのではなく、隣のロバ牧場でロバと一緒にシントラの山を散歩するために来たのだ。アルガルヴェやアソーレスのグラシオーザ島やミランダ・ド・ドウロでロバを間近に見て、この何を考えているのかわからない頑固者の動物のファンになった。シントラのロバ牧場では事前に予約すれば3才から12才までの子供はロバに乗って散歩する事ができる。ただし一人の子供につき一人の大人の付き添いが必要だ。散歩を含まない見学も可能であるが、やはりロバと一緒に歩いてみたいので、ポルトガル在住の日本人ファミリーに呼びかけてドンキーライディングを申し込んだ。


a0103335_06321313.jpg
気持ちよさそうな素振りは微塵も見せずただひたすら食べる

最初にレクチャーが行われ、馬との違いや寿命、食べ物などについての話を聞いた後、参加者はロバのブラッシングを体験する。子供たちが恐る恐る背骨に沿って、あるいは胴の毛並みに沿ってブラシをかける間、モデルのロバはただひたすら食べて、箱に餌がなくなると、もっと寄越せとばかりに箱の縁をくわえて音をたてる。

講義が終わるといよいよ実際にロバに乗る。身長に合わせて小さいのから大きいのまで、体格の異なるロバが用意されている。ロバの歩みは船のように揺れ、数歩歩いては路肩の草を食べ、また歩いては立ち止まったりするので、遅々として進まない。 普通に歩けば20分程度の距離なのだろうが、約1時間のロバ散歩。よほど信頼関係を築かないとロバは言うことを聞かないようだ。


a0103335_06405856.jpg


シントラには他にも庭の素晴らしいモンセラット宮殿や、ペナ宮殿を作ったフェルナンド2世の後妻さんの別荘など、なかなか行く機会のないお城や屋敷がある。最近マドンナがシントラに別荘を買ったそうなので、また名所が増えるかもしれない。


# by caldoverde | 2018-03-30 06:25 | 動植物 | Comments(0)

ヴィアナに行こう

a0103335_00440899.jpg
ヴィアナの町の「アマリア通り」のプレートとアマリア・ロドリゲスのレリーフ。彼女が歌ったファドに「ヴィアナに行こう」という曲がある。


たまたま格安航空券のサイトを見ていたら、リスボンーポルト間が何と5€というチケットがあった。3月に何も仕事がない週があるので最小の出費で小旅行をと思いたち、数日後同じサイトを見たら、既に15€になっていた。それでも長距離バスよりも安いので、LCCのライアンエアーでポルトまで飛び、そこからポルトガルの最北部の都市ヴィアナ・ド・カステロに行くことにした。

a0103335_00470864.jpg

随分前に8月の有名なヴィアナのお祭りを見に行った事があるが、予約なしで行ったものだから「歩き方」に載っている安宿は満室か、ダブルの部屋のみでカップルでないと、と断られる始末。観光案内所で唯一空室のありそうな宿として紹介されたのが16世紀の貴族のお屋敷ホテルで、初めての日本人客という事で、オーナーに夕食を招待されるという特別歓待を受けた。今考えるとあのゴージャスな雰囲気であの値段は全然高くはなかった。今回は日帰りだが、彫刻の美しい大きな窓のある建物をもう一度見たかったのと、その頃はまだ無かった民族衣装博物館を見学するのが今回の旅の主な目的だ。

a0103335_00480535.jpg
私が最初の日本人ゲストだったお屋敷ホテル Casa dos Costa Barros 

飛行機を使おうがバスや電車だろうが、朝リスボンを発ってヴィアナに着くのはどうしても12時半過ぎになる。博物館も昼休みに入るので、まず腹ごしらえをしなくてはならない。ところが行く前にいろんな人にヴィアナの名物や良いレストランの情報提供を求めても、皆言葉に詰まってしまう。ヴィアナは観光地としてはそこそこ知られているし港町なので、直ぐに名前が出てくるかと思いきや。昔、貴族の館の当主にご馳走になった店はヴィアナ随一のレストランだったが、今は昔日の名声はなくなった模様。駅前の新しいホテルのレストランはなかなか良さげなのだが、入っても従業員も客も誰もいなくて、お値段がどれも1皿15ユーロ以上と、節約旅行の食事にしてはやや高めなのでパスし、街中の適当なところでお昼を取ることにした。数件比較したが、やはりピンとくる所はなく、魚はサーモン、スズキ、鱈とどこにでもあるものばかりなので、路地に入った小さなレストランでミーニョ地方の郷土料理のロジョンイスを食べた。ロジョンイスは角切りの豚肉、豚レバー、チョリソを下味をつけて揚げ煮し、コロラウ(パプリカ)やクミンで香りをつけた料理。田舎のおじさんはよくクミンの臭いを漂わせているが、これを食べるせいかもしれない。ミーニョの地酒といえばヴィーニョ・ヴェルデのしかも赤なのだが、この店には置いていない。ヴィアナで陶器の茶碗に注いだヴェルデの赤を飲もうと思っていただけに、少し残念だった。

a0103335_00505864.jpg
中央の指のようなものは、ゴムのように弾力のある腸詰め

ヴィアナの民族衣装はとても美しく、8月半ばの「嘆きの聖母祭」では、女性たちが赤や緑や黒の華やかな衣装に身を包んだパレードや、数十組のペアが凄い速さのステップで踊るフォークダンスが行われ、その素晴らしさは一生に一度は見る価値がある。まだハイハイをしているような赤ちゃんが同じ衣装のお母さんやおばあちゃんに抱かれていたり、小さな男の子も白いシャツに黒い帽子のいでたちで女の子をエスコートしている姿は本当に可愛く、カメラのメモリーカードやバッテリーは十分に予備を用意しなくてはいけない程。そのお祭りの衣装を集めた博物館は、旧市街の広場の一角にあるのだが、残念ながら内部は撮影禁止で、普段はもちろん民族衣装を来て歩く人はいないので、本物のヴィアネンス(ヴィアナの女性)の盛装姿を撮るにはやはり8月のお祭を見に行くしかない。


a0103335_01261441.jpg

a0103335_00532624.jpg
大きなポスターとレリーフのある民族衣装博物館

民族衣装はスカーフは頭と胸用に2枚、麻のブラウス、ビロードのベスト、ストライプのスカート、ウールの変わり織のエプロン、手編みレースの靴下、エナメルのサンダル、ペチコート、ポシェットからなり、皆刺繍やレースを使ったハンドメイドなので一揃えするとかなりの金額になりそうだ。その上に金のアクセサリーを複数、イヤリングはもちろん、ペンダントは最低三本は着けないと様にならない。親子代々受け継がれたものを誇示するのだ。

a0103335_00562471.jpg
アーチの形が面白い建物

a0103335_00563066.jpg
歴史的な建物の集まるレプブリカ広場

a0103335_00563528.jpg
18世紀の豪壮な邸宅もあちこちに

オフシーズンのヴィアナも素敵だ。大航海時代のマヌエル様式や18世紀のバロック様式の建物がさりげなく銀行や商店になっている。山の上には豪華な薔薇窓のあるサンタ・ルジア教会がそびえ立ち、ケーブルカーで登ると大西洋に注ぐリマ川、クレーンの立ち並ぶ港、白い建物の集まる市街の絶景が一望できる。流石にポルトガル北部で最も美しい町の一つに挙げられるだけある。でも食べ物に決定打がないのが、色気より食い気の私には物足りない。タクシー運転手に聞いてもはかばかしい返事は得られず、別の町のポンテ・デ・リマの方が美味いと言っていた。目にはヴィアナ、舌にはポンテ・デ・リマという事か。今度はポンテ・デ・リマに行こう。


a0103335_00575414.jpg
露天の魚屋さんに集まるお客さんと猫

a0103335_00575933.jpg
町のシンボル、サンタ・ルジア教会

a0103335_00580564.jpg
夏は大賑わいの白いビーチ

# by caldoverde | 2018-03-23 00:43 | ポルトガルの旅 | Comments(8)

ジャルディネイラ

a0103335_09335965.jpg
量は半分でも十分


ペルニル(骨付き豚肉)を食べたいと思いマリア・ピア通りの「タスキーニャ」に行くも、この日も空振りだった。代わりにジャルディネイラを注文した。ヴィテーラ・エストゥファダ・ア・ジャルディネイラがフルネームだが、ジャルディネイロとは庭師のことで、直訳すると庭師風仔牛の煮込み、要するにビーフシチューである。どこが庭師風かというと、角切りにした野菜がたくさん入っていて、花いっぱいの庭のようにカラフルである点だ。日本の家庭で作るビーフシチューに近い。野菜がゴロゴロ入っているので、栄養価も高く、お腹も膨らむ。


12時ちょっと過ぎという、ポルトガルではやや早めの昼ご飯の時刻にも関わらず、席は八割方埋まっていた。ほとんどが男性である。そのうちどやどやとポルシェのロゴの入った赤いトレーナーを着た軍団がやってきた。数軒先の自動車修理工場のおっちゃん達だ。彼らが座る席はもうなかったが、立ったままカウンターでコーヒーを飲んでいった。


先日アモレイラスショッピングセンターの近くに開店した小洒落たレストランの前を通りかかったら、昼のメニューにペルニルの実物が見本としてウィンドウに飾ってあり、その美味しそうな色艶に惹かれて入ったのだが、見かけは美味しそうなのに、味がしない。

実はその日もタスキーニャでペルニルを食べたくて行ってみたら、スタッフの健康上の理由から今週は喫茶部のみ営業しますとの張り紙があり、仕方なく適当な所で適当なものを食べようとしていたので、渡りに船と思ったのだが。


a0103335_09342336.jpg
味がないとゴムみたい

多分風邪をひいて嗅覚が弱くなっていたせいもあったのだろうが、この新しい店の客層はアモレイラスのオフィスや近くの銀行に勤めているような背広姿のサラリーマンや自由業風の人が多く、それで盛り付けや味が上品だったのだろう。値段も11€と毎日ランチを外食するとしたらちょっと高め。


一方「タスキーニャ」のお得意さんは近くの工場の工員や建築現場の職人などガテン系が中心で、家族経営のこの店に長年通っているらしく、互いに挨拶したり、大声で注文を取ったりと気取ったところが全くない。値段は少し値上がりして、セットメニューが8€になったが、パン、オリーブ、スープ、メインディッシュ、デザート、ドリンク、コーヒー、全部付いている。量も現場で働く男衆を満足させるだけのボリュームは十分にある。昔ながらのやや濃いめの味付けだ。私はここでで昼御飯を食べると、夜はごく軽いもので済ませることができるので、経済的だ。北部ミーニョ地方の出身だというオーナー一家は、おそらく故郷の味を大事に守っているのだろう。これからも庶民の店として、健康に気をつけて末永く続けて欲しい。


a0103335_09404463.jpg

タコのかき揚げと豆のリゾットです

# by caldoverde | 2018-03-01 08:26 | 肉料理 | Comments(5)

風邪にはうどん

a0103335_07210165.jpg

リスボンです。


1月の終わりから2月の初めにかけて珍しくずっと風邪をひいていた。まず喉をやられ、声が出なくなった。治りかけの頃、別のウイルスが鼻と気管を攻撃した。去年からポルトガルは干ばつで、雨らしい雨がほとんど降っていないカラカラ天気で、厳しく冷えたかと思えばポカポカ暖かくなるものだから、馬鹿な私でも一人前に風邪をひき、2週間も長引いた。


以前風邪には牛肉が良いというガセネタを仕入れて1週間ステーキを食べ続けたことがあったが、ステーキが効いたのか、自然治癒したのかはっきりしない。多分後者だと思われる。しかしプラシーボ効果というものもあり、効くと信じて摂取すれば、少なくとも気休めになる。


しかし今回はボリュームのあるステーキを食べる気も起こらず、日本人なので、消化の良さそうなうどんやラーメンをふうふういいながら食べれば早く治るのではないかと考えた。しかし高価な日本食品店で仕入れた貴重な讃岐うどんや蕎麦はもう食べ尽くした。バスに乗って買い物をしてまた家に帰って調理する間に新たなウイルスや細菌に感染しないとも限らない。どうせ外に出なくてはならないのなら、外食しよう。


a0103335_07245191.jpg
豚の角煮と青梗菜入り

まずリスボンのチャイナタウンであるマルティン・モニス地区にある中華きしめん店に行った。不愛想な女の子が顎で指図する接客、どのメニューも5€という値段、厨房から中国人の職人が麺を打っているのが見えるといういかにも本場の「大面店」だ。店のお勧めはメニュー筆頭の豚角煮きしめんらしく、これを食べている客が多いので、私も注文した。水餃子も食べたかったのだが、今日はないと言われ、麺だけにした。金属のボウルに盛られた豚角煮きしめんは、大した量でもなさそうに思えたのだが、半分ほど食べて胃が次第に重くなって来た。餃子がなくてよかった。手打ちの麺はコシがあって食べ応えがある。角煮はこってりほろほろ濃厚な味だ。


a0103335_07253781.jpg
コリアンダーやミントがサッパリ感を増す

同じマルティン・モニス地区の別の通りにはベトナムうどんのフォー屋がある。フォーは米の粉で作ったきしめんで喉ごしが良く、牛肉の薄切りとたっぷりのコリアンダーの入ったスープは脂が少なく、それ自体は淡白な味だ。これにもやしや唐辛子、ナンプラーを好みで入れて食べる。馬鹿な私はより暖かくなるかもしれないと思い、普段と同じように唐辛子やナンプラーを全部入れたら、風邪で弱った胃腸には刺激が強過ぎたようだ。


a0103335_07262746.jpg
具は豪華だが、味はB級グルメ

風邪をおして仕事をして、昼ごはんはリベイラ市場の外にあるアジアンフード店に入った。ラーメンというメニューに狂喜するも、今日はないという店員の言葉に落胆した。シーフード焼うどんのようなものがあったので、それを注文した。出て来たものは強烈にトマトケチャップ味のする昭和のナポリタンスパゲティをぶっとくした代物だった。エビやカニが入っているので、結構なお値段(15€位)だった。


結局風邪を治したのは、抗生物質と鼻うがいだった。生姜が良い、ネギが良いと言われているので、最初は生姜の砂糖漬けや、ネギを積極的に摂っていたが、どちらも刺激物なので喉には逆効果と言われ、レモンの皮を煮出して蜂蜜を入れたものに変更した。日本ではレモンは輸入品で、農薬などが使われているのでお勧めできないが、ポルトガルではよく庭先にレモンの木を植えている家があり、形も大きさも不揃いの有機栽培?のレモンが多いので、喫茶店にはレモン茶(シャ・デ・リマゥン、カリオカ・デ・リマゥン)という、熱湯にレモンの皮を入れただけの飲み物がある。風邪をひいている間はコーヒーではなくレモン茶を飲んでいた。


鼻うがい器は、日本で買った100mlのボトルよりも、ヨーロッパで売られている500mlの巨大なのがパワーがあり、驚くほどスッキリした。やはり鼻のでかい人種用に作られているだけある。



# by caldoverde | 2018-02-20 07:19 | インターナショナル料理 | Comments(4)

a0103335_06034990.jpg

サンタ・クルス村の空港。滑走路の先にコルヴォ島が見える。

昨年2017年、アソーレス諸島9島の中、最大の島サンミゲル島に次いで最も観光客の多かった島が、何とフローレス島だったそうだ。これには私も大いに驚いた。フローレス島は人口わずか3千人のヨーロッパ最果ての小さな島であり、リスボンからの直行便はないし、宿泊施設も数える程しかない。しかし心の片隅に納得できる要素もある。私にとってフローレス島はアソーレス諸島の中で最も美しい島だから。しかし必ずしも、美しい=快適、とは限らない。往々にして人を寄せ付けない厳しさこそが美しさを醸し出す要因でもあるからだ。

a0103335_06072125.jpg
アソーレス諸島中、最も水の豊かなフローレス島には沢山の滝がある

今回のフローレス島とコルヴォ島の旅行で、2つの島の印象が7年前と逆転していることに気が付いた。人口400人台のコルヴォ島は、おそらく州政府の補助金が島全体に行き渡っているのだろう。インフラの整備が進み、生活環境は随分向上しているように見受けられる。しかも求職票を出している人がいない、つまり失業者がいないポルトガルでも稀有の自治体である。

a0103335_06121866.jpg
柱状玄武岩のボルドンイス(杖石)は火山が作った芸術作品

一方、フローレス島は観光客の新記録を達成したのは良いが、人手や受け入れ施設が足りないほど来訪者が夏に集中し、それが過ぎると極端に観光客が減ってしまい、島民は2ヶ月間の稼ぎで一年を過ごすことは出来ず、島外に仕事を探さざるを得ない、という矛盾に悩む。フローレス島を訪れるのは主にヨーロッパ、特に独仏英の観光客が多いと思われる。元々フローレス島にはフランス軍駐屯地があったし、格安航空会社ライアンエアーがアソーレスに就航し、旅行しやすくなったと言うのもある。しかしライアンエアーが来るのは、サンミゲル島やテルセイラ島などの主要な島のみのはずだがなぜ?島々を結ぶのはドメスティックのSATAなのだが、何と、ライアンエアーでアソーレスに来ると、他の島へのSATA便がただになるんだそうだ!いつまでそのキャンペーンを続けるのか知らないが、おそらくそれを利用して観光客が怒涛のごとくフローレス島に殺到したのだろう。あるいはフローレス島がマスコミか何かで取り上げられて知名度が急上昇したのかも知れない。

a0103335_06170780.jpg
島の中央部には7つの湖が集まる

フローレス島の美は、人里離れた内陸や、険しい断崖の海岸線にある。2017年はそのような手付かずの自然を求め、欧米の客が大挙してやって来た。町は海岸線に沿って存在し、少し離れた場所には廃村や限界集落がいくつかある。利便性を重視する日本人である私は、公共交通機関のない場所の宿泊はあまり選択肢に入れないのだが、経済的に余裕があり、レンタカーを借りてのドライブやトレッキングを愛好する欧米人にとっては何の障害にもならない。コルヴォ島で同じ宿に泊まっていたイタリア人カップルも、フローレス島で廃村を利用した宿泊施設に滞在すると言っていた。

a0103335_06185751.jpg
廃村になったクアーダ村の家は全てツーリスト向けのコテージに生まれ変わった。欧州のハイキング客に大人気。

フローレス島も酪農が重要産業で、乳製品を生産している。フローレス島のチーズは、アソーレス諸島中最も美味なチーズだと思うが、地元のスーパーでも大メーカーの量産品に押されて遠慮がちに置かれている。夏はチーズ工場がフローレス島内巡りのひとつの目玉になっている事をリスボンに帰ってから知った。ああ~。これまたポルトガルで一番美味いと評判の手造りバターもあるのだが、作る時期があるらしく、滞在中は見なかった。

a0103335_06211247.jpg
左下のコルヴォ島のチーズを除いた3つがフローレス島のチーズ。柔らかでマイルド。

サンタ・クルスでの食事は、港に近いシーフードレストランの「セレイア(人魚)」で、カンタロという赤い魚とピコ島の白ワインのディナー。オーナーが漁師だそうで、カサゴに似たカンタロは新鮮で美味しく、軽くてフルーティなピコワインとよく合った。


a0103335_06235209.jpg

フローレス島の牛肉も大変美味しいということで、翌日は「ライニャ・デ・ビッフェ(ビーフの女王)」でステーキを食べた。肉の上にニンニクを粒ごとのせるのがアソーレス風だ。


a0103335_06243313.jpg
目玉焼きの下も肉です

どちらの店も美味しかったが、値段は高め。冬はほとんどお客さんがいない。一年中コンスタントに観光客が来ればいいんだが…とタクシーの運転手もレストランや宿泊施設のオーナーも望んでいるに違いない。夏以外のフローレス島、コルヴォ島のベストシーズンは9月で、まだ紫陽花の花が見られる。10月はバードウオッチャーがたくさんやって来る。逆に避けた方がいいのは6月で、霧が多くて何も見えない事があるそうだ。

a0103335_06282420.jpg
荒々しい冬のフローレス島もいいと思う



# by caldoverde | 2018-01-10 05:58 | ポルトガルの旅 | Comments(0)