
ポルトガル料理における盛り付けのセンスのなさにはしばしば呆れる。ただ山盛りに盛って量をアピールしただけで、彩りやバランス、器との調和などどうでもいいようだ。逆にこれらの要素が十分配慮された懐石みたいなものは、ポルトガル人には、値段のわりに可食部が少ないと不評を買うであろう。とにかく実質第一だ。腹一杯になることが重要なのだ。
しかしながら食べ物にはそれ自体に食欲をそそる様々な特徴がある。鮮やかな色、香ばしい匂い。立ち上る湯気、じゅっと焼ける音、ふつふつと現れては消えるあぶく。滑らかな表面に反射する光。そのような、味以外のチャームポイントの欠如した食べ物、第一印象で拒絶反応を起こしそうな、見て絶句するような外観の食べ物は世の中に少なからず存在する。そこを何とか取り繕ってお上品に見せるのも料理人の腕なのだが・・・
もっと見栄えがよければより多くの人に愛されたはずのものに、雑炊系の料理がある。と言っても、日本の旅行会社のツアーメニューの常連である蛸リゾットとかシーフードリゾットはまだ良い。海産物のおじやは彩りが良く、食欲をそそり、味も見た目に一致する。
問題は鶏肉、うさぎ、八目ウナギを使ったリゾットだ。これらのリゾットは肉や魚のほかにその血も使う。更に味付けに赤ワインも入れる。それがどのような結果を生じるか想像できるだろうか。
・・・こんなです。

八目ウナギは採れるところがポルトガルでは三つの河川だけだそうだ。昔は王様しか食べることが許されなかった貴重な魚なので、庶民はクリスマスなどの祝い事には本物の代わりに八目ウナギを模ったケーキを食べた。ひょっとするとこちらのほうが美味いかもしれない。
昔、その八目ウナギの棲むモンデゴ河流域の小さな村にある「ミシュラン」推奨のとあるレストランで、その店の名物である八目ウナギのリゾットを食べたことがある。電車やバスを乗り継ぐこと数時間(どこでバスを降りるのか分からず乗り越し、終点まで行って戻った)ようやく星のついたレストランに着き、メニューの中の一番高い料理(当時の値段で約6000円)当店ご自慢のミシュランも推す八目ウナギのリゾットを注文した。待つこと数十分。上品な給仕によってリゾットがうやうやしく運ばれてきた。
陶器鍋に入った、ぐつぐつ音を立てているリゾットは、まるで地獄の血の池だ。ほとんど黒に近いような暗褐色のドロドロの汁の中に米の粒がうごめき、真っ黒なぶつ切りにされたドジョウ程の太さのウナギが見え隠れしている。こんな不気味で高価な料理は後にも先にも食べたことがなかった。なぜ高価かというと、ただでさえ希少な八目ウナギを、地元の最高級ワインで煮たものだからだ。したがってまずいわけがない。これは美味しいものなのだと自分に言い聞かせながら食べた。食べながら、日本のウナギの蒲焼はなんて美味しいんだろうと思った。そしてこんなに小さいうちに捕獲され、最適とは思えない調理法で食われるウナギを不憫に感じた。
もし今同じものを食べたら、また違う感想を持つだろう。ウナギの滑らかなゼラチン質の身の弾力、芳醇なワインの香り、うまみを吸った米に、ああ、これこそが王者の食べ物だと感涙にむせび泣くかもしれない。近所のレストランで「八目ウナギリゾットあります(4切れ入り)25ユーロ(約4000円)」という張り紙を見た。宝くじに当たったら、ウナギをもう4切れ追加して注文するつもりだ。いずれにせよ、見た目をどうにかすれば良いのにという意見は変わらないだろう。

2012年2月12日リスボンのミーニョ地方郷土料理店で食べた八目ウナギリゾット。
不況のため八目ウナギが値崩れしていると漁師は嘆くが、庶民には嬉しい17ユーロでした。




