ポルトガルの食べ物、生活、観光情報


by caldoverde
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ラボ・デ・ペイシェとは魚の尻尾という意味で、名前の由来は色々あるが、漁港のある湾の形が魚のように見えるから、というのが有力な説の一つである。しょぼい名に相応しく、村はポルトガル国内のみならず、EUで最も貧しい地域という不名誉な称号を受けている。海沿いの漁師町は手造りっぽい小さな家が連なり、ロープにずらりと吊り下がった洗濯物やゴミの散乱する道路、所在無げな男たちがたむろするバールなど、リスボン周辺に(私の家の近所にも)見られる典型的な低所得者層の多い地区の風景だ。住民の多くが漁業に従事し、子供たちは親の仕事を継ぐ。この村はポルトガルでも平均年齢が最も若い自治体で子供が多く、14~15歳で出産する少女たちは社会問題にもなっている。家族の結びつきが強く、伝統を大事にし、必然的にいとこ同士など親類間の婚姻が多い。女性達の容貌やスタイルはリスボンのジプシーの女性達と似通っている。実際、漁師達のルーツはその昔の海賊やジプシーだったらしく、他の住民達との間には格差や差別があり、昔は教会でのミサでも漁師達の席はそうでない住民(特に女性)から離されていたそうだ。


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一方海岸から離れた地区は文字通り山の手の、主に農業を営んでいた家族が住んでいる所で、3日目と4日目に泊まった貸別荘は、この山の手地区にある。18世紀迄はこの辺りはオレンジ栽培が盛んで、ヨーロッパ、特にイギリスに向けて出荷され、オレンジルートと呼ばれるほど大いに栄えていた。ところが病気によりオレンジの木はほぼ全滅してしまい、代わりにサン・ミゲル島では新たな商品作物としてパイナップルが作られるようになった。この地区はかつてのオレンジ農家や果樹園の名残の高い塀や生垣で囲まれた住宅が多く、入り口には〇〇屋敷と書かれたアズレージョ(タイル)の表札が付けられている。


私が借りた家は蜜柑荘(キンタ・ダス・タンジェリーナス)といい、生垣に囲まれた小さな果樹園の中に造られた築6年の一戸建てである。車がやっと通れる細い道の奥にあり、付近にはスーパーも飲食店も何もないので、外食するにも買い出しするにも漁師町の方に降りて行かなくてはならない。


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お一人様には広すぎる3LDK


漁師町と山の手の境目に警察署とロータリーがあり、そこから幹線道路が東西に伸びる。幹線道路を西に向かって数分歩くと、テラス席のあるカフェが現れる。ヨーロッパ最貧の村で生まれたチョコレート専門店「ショコラティーニョ O Chocolatinho」である。ベルギーで修行した若者が、アソーレス産の材料を使ったユニークなチョコを製造販売し、チョコの他にケーキやサンドイッチなどの軽食も出す。ちょっとコーヒーを飲むために立ち寄ったのだが、バナナとパッションフルーツのボンボンも食べてみた。その時は特にどうって事はない、普通のチョコレートに思えたが、地場産品なのでお土産用に9個入りの詰め合わせを一箱買った。それをトランクの中に水平にせずに立てて一晩置いたら、チョコの中の液体が流れ出てしまった様で、箱とトランクがベトベトする。しょうがないなあと自分で食べることにした。


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デザインも可愛い💕



そうしたら…美味い‼︎フルーツの味と香りが口いっぱいに広がりチョコレートと溶け合い、素晴らしい調和を醸し出す。アソーレス産のミルクがフルーツやカカオの刺激をまろやかに中和する。はっきり言ってヘーゼルナッツのプラリネばかり使ったゴディバよりも、ポルトのアルカディアよりもずっと美味しい!昨日はコーヒーの味や香りにかき消されてあまりチョコの印象が残らなかったらしい。ピンクに色付けされたホワイトチョコはてっきりイチゴかと思いきや、塩味の赤いジャム状のものが入っている。アソーレス料理に欠かせないピメントの塩漬けのペーストで、何とも不思議な美味しさである。9個入りの箱はすぐ空になった。


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アソーレスはこんなに色んなものが採れるのかと感心する種類の多さ

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青いのがアソーレスバナナ、奥はパッションフルーツ

バラで売っているボンボンは一個50~60セントから。子供達もコインを握りしめて買いに来る。品質は山の手のお金持ちを満足させ、値段は漁師の子のお小遣いでも買える。リベイラ・グランデに支店があり、リスボンではバイシャ地区のアソーレス物産専門店で若干売っている。もし近くにお店があったら、毎日通っていたに違いない。チョコラティーニョのチョコレートは、私的チョコランキング第一位に輝いた。


by caldoverde | 2018-12-14 03:32 | ポルトガルの旅 | Comments(0)
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ラボ・デ・ペイシェ(魚の尻尾)警察署の看板


寒い日に大きな浴槽でじんわり湯に浸りたいという欲求は、私を旅へとかきたてる。気がつけばアソーレス行きのローコストの航空券とオフシーズンでかなり安くなったホテルを予約していた。エアーチケットはサン・ミゲル島往復50€弱と、電車でポルトに行くよりも安い。海の真ん前の5つ星ホテルは2泊で114€。海を見ながらプールで泳ぐ事もできる。もう一つの宿は庭付きの貸別荘丸々一戸で、2泊60€。場所はサン・ミゲル島の北側、島で2番目に大きな町リベイラ・グランデの隣にある、ラボ・デ・ペイシェ(魚の尻尾)という名の村だ。リベイラ・グランデの近くにカルデイラ・ヴェーリャ(古釜温泉)という天然温泉があるので、その辺りの宿を探していたら、ラボ・デ・ペイシェに見つかったという訳である。


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魚尻村のメインの教会にはXmasの飾りつけ


リスボンの濃霧のためにサン・ミゲル島に着いたのは予定よりも2時間遅れの昼2時過ぎで、雨も降っていたので、首都ポンタ・デルガーダの市内観光はパスし、タクシーでカルヴァン洞窟に向かい、そこで昼食をとった。今年の7月にテルセイラ島の1日ツアーで2つの洞窟に入り、火山の作る様々な造形に感銘を受けたので、サン・ミゲル島でもぜひ洞窟を見たいと思っていた。しかもすぐ隣には良さげなレストランもある。カルヴァン洞窟はポンタ・デルガーダの町外れにあり、午後に3回ガイドツアーが行われる。着いた時は2時半からの英語によるツアーが始まるところであった。ポルトガル人にもわからないサン・ミゲル弁よりはネイティブじゃない英語の方が聞きやすかったかもしれないが、まずは腹ごしらえをしてから1時間後のポルトガル語のツアーに参加することにした。


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本土のタコのオーブン焼きは足2~3本程度だが、この店のは小ぶりながら一匹まるごと、頭も付いている。柔らかくてとても美味しい。付け合わせはタコが抱きかかえた皮付きジャガイモと、青菜と豆とパンのそぼろ(ミガス)で、塩分控えめだがアソーレス料理にお約束の塩漬けのピメントがアクセントを効かせている。


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手前の白っぽいものはタコの頭

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ちゃんと脚が8本ある


カルヴァン洞窟は全長5kmに及ぶが、30分のガイドツアーで歩く距離は短いので体力が無くても大丈夫。溶岩流の造ったトンネルの地面はギザギザに尖った溶岩の塊や大小の火山礫が積み重なり、一方壁や天井はチョコレートが溶けたように滑らかで鈍く光る凹凸を成し、付着したバクテリアが様々な紋を作っている。触りたくなるが、残念ながらタッチ禁止である。


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触りたいけど我慢


サン・ミゲル島は比較的路線バスが多く、ちんたら走るバスに乗るのは私的アソーレスの旅の楽しみの一つなのだが、日曜日は本数は激減するので洞窟からホテルまではタクシーを使わざるを得ない。アソーレスのタクシーは未だにメーターがなく、走行距離に応じた料金が表になった紙を見て請求される。納得いかないが空港と街を結ぶバスもないので、空港からの移動はタクシーかレンタカーしかない。ポルトガルではだいぶUBER(白タク)が普及し、はっきり言ってタクシーより快適なのだが、タクシーの運転手たちが反UBERストを行った結果、むやみに増えないように法律ができた。アソーレスにはUBERはまだ上陸していないようだ。


by caldoverde | 2018-12-08 20:02 | ポルトガルの旅 | Comments(0)
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サン・マテウス港とブラジル山


宿の台所には調理器具が揃っているが、付近に食材を売る店はないし、プールのバールにはハンバーガーの類いしかない。メニューにカサガイが載っていたが、その日は仕入れがなかった。まともな食事は昨日のツアーで食べたアルカトラという郷土料理だけで、後は宿のサービスのクラッカーやリンゴ、飲むヨーグルトなどでしのいだ。という訳で食費が大いに浮いたので、少し贅沢しようと、島で最も良いと評判のシーフードレストランで昼食をとることにした。


10年前にテルセイラ島に来た時は、路線バスに乗りサン・マテウスという漁港で降りて、バス停前のタスカ・デ・サン・マテウスという居酒屋でカサガイとフジツボとウツボを食べた。フジツボは貝の中に汁を残したまま下げられてしまった。隣の客は貝の肉を掻き出した貝殻を口に持っていき汁を旨そうに飲み干していた。すごく損したような気持ちになった。何とかリベンジしたいとずーっと思っていたが、とうとうその日がやって来た!

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前菜のフレッシュ・チーズにはトウガラシペーストが付く


レストラン・ベイラ・マール(海辺)は10年前行った居酒屋のすぐ近くにあり、その名の通り漁港が真ん前で、テラスからブラジル山も見える。店内には様々な種類の魚が並び、どれも新鮮で美味しそうだ。メインは後からまた考えることにして、まずはフジツボとカサガイと白ワインを頼んだ。海藻に覆われたフジツボが計6個に、釣り針のようなものが添えてある。これで貝の中身を掻き出すのだ。身は小さいが 、海の旨味が濃縮されたような味で、牡蠣を海のミルクと呼ぶならば、フジツボは海のエヴァミルクと言ってもいいだろう。もちろん身を食べた後は汁を飲むのも忘れなかった。居酒屋よりもやや高級な店なので、一応人目を気にしながら。焼き網に載せられてじゅうじゅう音を立てるカサガイも最高だ。バターで焼いてレモンをかけて熱々のところに冷たいワインを流し込み口の中を冷ます。コリコリした歯ごたえと磯の香りがなんとも言えない。これも貝汁まできれいにいただく。

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前菜が終わり、メインを何にするか決めようと魚のケースや生け簀を見に行った。生け簀にはロブスターとぺちゃんこに潰れたような海老が入っている。ロブスターの値段を聞くとキロ当たり50€でリスボンよりずっと安い。一瞬心が動いたがぺちゃんこの海老の名前と値段も聞いてみた。カヴァコという海老で本土ではブルシャ(魔女)、日本ではセミエビと呼ばれている種類らしい。

ロブスターよりも美味で値段も60€と高い。しかしロブスターよりも小さいのでそれほど高くはつかないだろうと考え、前の大統領と同じ名前の海老を注文した。茹でるのに30分かかると言われた。港の景色を眺め白ワインを飲みながら大統領の到着を待った。


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縦に真っ二つに割られたカヴァコは、赤い殻から真っ白な身をぷりっと弾き出している。シャコエビ程度しか肉がないだろうと思っていたら、結構食べ応えがある。大味なロブスターよりも甘みと弾力がある。赤いソースが添えてあり、これをかけて食べても旨いが、シンプルに茹でたままのを食べてもいける。ソースはオリーブオイルの中にカヴァコの細かい身、ゆで卵、パセリ、パプリカなどを混ぜたもので、カリッと焼いたパンにのせて食べると、海老の本体よりも美味しいと思う私は貧乏性だ。お勘定はしめて76€、リスボンでは100€は下らないはずだ。またテルセイラ島に来たら、毎日通ってしまいそうだ、やばい…。アソーレスでは大統領と呼ばれる魔女に魔法をかけられてしまった。


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by caldoverde | 2018-07-13 09:33 | ポルトガルの旅 | Comments(4)
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野山に咲く✖︎ベラドンナ◎ジギタリス

朝9時に宿泊先に迎えに来たのは、三菱の四駆車と坊主頭に髭、唇にピアスという悪役プロレスラーの様な風貌ながら、最近生まれたばかりのお嬢さんにメロメロの優しいお父さんであるガイドドライバーのギーさん。アソーレスは英語圏のお客さんが多く、特にテルセイラ島は米軍基地があるので、宿のオーナーもギーさんも英語の方が得意のようだ。というか、アソーレスのポルトガル語は訛りが強くて正直なところ半分も聴き取れなかった。しかし火山に関する基礎知識があれば、どの言語でも、あるいは外国語が全く苦手でも十分楽しめると思う。


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テルセイラ島は緑のパッチワークの島と言われる。たしかに飛行機の窓から見る景色は、つぎはぎの敷物を広げた様な牧場が広がっている。しかしそれはどの島でも見られる珍しくも何ともない風景だろうと思っていたら、その偏見は完全に覆された。沿岸からも良く見える平らに広がったクメ山地は、実は世界だかヨーロッパだかで2番目に大きな火山噴火口(クレーター)で直径15kmもあり、展望台は海抜545メートル、大した高さではないがそこから見下ろす風景は圧巻だ。広大な盆地の中の数百あるいはもっと沢山の、石垣で区切られた四角い牧場が視界いっぱい広がり、ゴマ粒の様な乳牛が点々と見える。まさに巨大なパッチワークだ。クレーターの中はさらに凹凸があり、太古の昔起こった巨大噴火による火山灰が噴火口を塞いだ後も、マグマは出口を求めて地面を持ち上げた、そんな隆起があちこちに見られる。テルセイラ島の第一の景観はどこかと問われたら、世界遺産のアングラ・ド・エロイズムの旧市街よりも、私はこのクメ山地を挙げる。


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海側に目を向ければ、割れた小火山のカブラス(雌山羊)島と、アングラの町と繋がった半島状のブラジル山が見える。カブラス島は自然保護区で船で近づく事は出来るが、上陸は禁止されている。鳥や魚が豊富で、バードウオッチングやダイビングに格好の場所だ。ブラジル山は深い森に覆われた小さな山で、やはり自然公園になっているが、アメリカ、アフリカ、ヨーロッパの富が集まるアングラの町を敵国や海賊から守るための城塞の役割も果たしてきた。


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島の主要産業はやはり酪農。翌日は別の旅行社の主催する牧場ツアーに申し込もうかと考えていたが、ダメ元でチーズ工場を見たいとギーさんに言ったところ、立ち寄ってくれた。テルセイラ島で最古のチーズ工場 Vaquinha ではガラス越しにチーズの製造過程を見学でき、製品の試食もできる。リスボンではなかなか見られないちょっと違うテルセイラチーズを3種類買った。


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ツアーにはローカルなレストランで郷土料理のランチが付いている。島の西端のセレッタという集落にあるTi Choaは、トリップアドバイザーなどでも良い評価を受けている店だ。10年前に来た時も食べたテルセイラ風ビーフシチューのアルカトラを選んだ。素焼きの器にほろほろ崩れるほど柔らかく煮込んだ牛肉をご飯やジャガイモと共に食べると、実に美味しい。陶器のカラフでサービスされたワインはテルセイラ島名産のビスコイトの白。アソーレスのワインは断然白が美味しく、特にビスコイトの最高級ワインは30€以上もするが、ハウスワインでも十分に美味しい。デザートはアソーレスならではのカッテージチーズ(酢で固めたミルクに甘味を加えたもの)。


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日本の三大美林にも匹敵するような杉の巨木の並ぶ道をドライブする。アソーレスの杉は日本杉と呼ばれて日本から輸入された外来植物である。これだけ大きく育つのに100年もかかりそうだが実は30年ぐらいでこんなに大きくなる。アソーレスは湿気が多く寒暖の差が少ないので植物の生育が早く、熱帯から寒帯の幅広い植生が見られる。本来は独特の照葉樹林に覆われていたが、大航海時代に入植が始まると瞬く間に家畜や農業作物が増殖し、今や固有植物は絶滅の危機に瀕している。山道を走るとアソーレス山鳩が飛び立つ。この鳥は島固有の植物を増やすのに貢献しているそうだ。やや小さめのタカの様な鳥はミリャフレと呼ばれ、これがアソーレス(鷹)諸島の名前の由来になったと思われがちだが、イタリア人が青い(アスーリ)島々と呼んだのが語源だそうだ。でもアソーレスの旗に描かれているのはこの鳥がモデルと思われる。


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午後は2つの洞窟を見学する。ひとつはナタル(クリスマス)洞窟、もう一つはカルヴァン(石炭)洞窟。ナタル洞窟は溶岩が凄い勢いで地中を走ってできたトンネルだそうだ。黒くゴツゴツと尖った溶岩が地面に広がり、壁は溶岩の流れた跡が残っている。比較的自然の洞窟の姿そのままに保存してある。天井が低く頭をぶつける高さになる場所もあるので、ヘルメットを着用する。また靴はビーサンやヒールは避け、底の厚い足をすっぽり覆うタイプがお勧め。


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カルヴァン洞窟は世界にも稀な縦に開いたドーム型洞窟だ。火山が爆発すると地中からガスが噴出し、山のてっぺんが吹き飛び噴火口ができるが、完全に吹っ飛ばず、ドーム状の屋根を形成したのが、このカルヴァン洞窟だそうだ。いくつもの部屋があり、天井は丸いドームになっている。底は雨水の溜まった池がある。雨の少ない時期には干上がってしまう。こちらは階段が設けられ、ヘルメットなしでもヒールでも歩けるようになっているが、かなりの深さだ。


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最後は島の北部のクアトロ・リベイラスの展望台から素晴らしい海岸線を眺めた。ギーさんはここが一番好きな景観だそうだ。今回はワイナリーのあるビスコイト地区は以前も行ったのでカットしたが、初めての方には、特にワイン好きの方には必見の場所だ。1日で島の自然モニュメントをほぼ全て見られて、ランチも付くこのツアーは95€とかなりお得。チップ込みで100€払った。


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箒の様な植物はエリカ・アゾリアというアソーレス諸島の固有種

by caldoverde | 2018-07-08 17:00 | ポルトガルの旅 | Comments(2)
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世界遺産の町、アングラ・ド・エロイズモは新世界と旧世界を結ぶ要衝だった


昔はヨーロッパの主都市並みに高くついていたアソーレス諸島の旅も、最近はイージージェット(既に撤退)やライアンエアーの乗り入れにより、SATA(アソーレス航空)とTAP(ポルトガル航空)の寡占状態の時代に比べると随分航空券の値段が安くなった。またしょぼいペンションがリスボンの3つ星ホテルの値段とほぼ同じだったのが、今ではbooking.comやAirbnbのような宿泊施設紹介サイトによって選択の幅がかなり広がった。アソーレス諸島ももはや秘境ではなく、気軽に行ける所になった。嬉しいような、寂しいような…

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本当はSATAの鯨飛行機に乗りたかった


今回は3泊4日(正味2日)でテルセイラ島に行ったのだが、実は昨年末にフローレス島とコルヴォ島を旅行した時に、トランジットで行き帰り数時間ほどテルセイラ島に立ち寄ったし、既に10年前、2度目のアソーレス旅行としてテルセイラ島を訪れていた。なぜまた?昨年のわずかなトランジット時間を利用してアングラの街を歩いている内に、島の中心部にあるアルガール・ド・カルバォン洞窟の存在を知った。アソーレスの訪問も回を重ねるうちに、火山の造った不思議な景観に心惹かれるようになり、教会や宮殿よりもそちらの方が面白く感じられるようになった。そんな訳で今回は洞窟を中心に島の内部に重点を置いた観光をしようと考えた。いつもは空港で拾ったタクシーに適当に観光コースを回ってくれるように頼んでいたのだが、今回はネットで見つけた個人ツアーを請け負う会社の「ジープで周る火山と自然ツアー」に申し込んだ。値段は95€で宿泊先までの送迎と昼食付きで、約8時間。同じようなツアーを組む会社は他にもあるが、催行人数は2人からのところが多く、参加者一人でも出してくれるこの会社を選んだ。


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テルセイラ島に着いたのは午後4時過ぎで、Airbnbで見つけた宿の主人のフランシスコさんが空港に迎えに来てくれた。宿は空港から車で15分ほどの、村はずれの小さな家だ。廃墟になっていたフランシスコさんの親が建てた家を改装し、AL(Alojamento Local 民宿)にし、Airbnbにも登録したそうだ。面積は60平米ちょっとの小さな建物で、昭和の文化住宅くらいの大きさだが、意外と広いロフトがあって、小さな子供2人を持つ夫婦などは余裕で泊まれる。私は一人で貸切だ。


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芝生の広い庭があり、向かいは牛が数頭いる牧場、家の前の通りは直ぐに行き止まりで、その奥には鬱蒼とした森の中に黒い石垣で区切られた極小の畑があって、ちょっとミステリアスな雰囲気。少し歩けば黒い磯の海岸に出て、海岸沿いに歩くと突き当たりにプールとスナックがあり、村人たちが一杯やっている。付近には他に飲食店らしいものはない。滅多に車も来ないし、窓は二重ガラスになっていて静かである。Casa Rustica(田舎風の家)という名前の通り、室内は昔ながらのダサ可愛いインテリアで、オーナーの郷愁と愛がひしひしと感じられる。


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by caldoverde | 2018-07-05 02:42 | ポルトガルの旅 | Comments(0)

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サンタ・クルス村の空港。滑走路の先にコルヴォ島が見える。

昨年2017年、アソーレス諸島9島の中、最大の島サンミゲル島に次いで最も観光客の多かった島が、何とフローレス島だったそうだ。これには私も大いに驚いた。フローレス島は人口わずか3千人のヨーロッパ最果ての小さな島であり、リスボンからの直行便はないし、宿泊施設も数える程しかない。しかし心の片隅に納得できる要素もある。私にとってフローレス島はアソーレス諸島の中で最も美しい島だから。しかし必ずしも、美しい=快適、とは限らない。往々にして人を寄せ付けない厳しさこそが美しさを醸し出す要因でもあるからだ。

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アソーレス諸島中、最も水の豊かなフローレス島には沢山の滝がある

今回のフローレス島とコルヴォ島の旅行で、2つの島の印象が7年前と逆転していることに気が付いた。人口400人台のコルヴォ島は、おそらく州政府の補助金が島全体に行き渡っているのだろう。インフラの整備が進み、生活環境は随分向上しているように見受けられる。しかも求職票を出している人がいない、つまり失業者がいないポルトガルでも稀有の自治体である。

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柱状玄武岩のボルドンイス(杖石)は火山が作った芸術作品

一方、フローレス島は観光客の新記録を達成したのは良いが、人手や受け入れ施設が足りないほど来訪者が夏に集中し、それが過ぎると極端に観光客が減ってしまい、島民は2ヶ月間の稼ぎで一年を過ごすことは出来ず、島外に仕事を探さざるを得ない、という矛盾に悩む。フローレス島を訪れるのは主にヨーロッパ、特に独仏英の観光客が多いと思われる。元々フローレス島にはフランス軍駐屯地があったし、格安航空会社ライアンエアーがアソーレスに就航し、旅行しやすくなったと言うのもある。しかしライアンエアーが来るのは、サンミゲル島やテルセイラ島などの主要な島のみのはずだがなぜ?島々を結ぶのはドメスティックのSATAなのだが、何と、ライアンエアーでアソーレスに来ると、他の島へのSATA便がただになるんだそうだ!いつまでそのキャンペーンを続けるのか知らないが、おそらくそれを利用して観光客が怒涛のごとくフローレス島に殺到したのだろう。あるいはフローレス島がマスコミか何かで取り上げられて知名度が急上昇したのかも知れない。

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島の中央部には7つの湖が集まる

フローレス島の美は、人里離れた内陸や、険しい断崖の海岸線にある。2017年はそのような手付かずの自然を求め、欧米の客が大挙してやって来た。町は海岸線に沿って存在し、少し離れた場所には廃村や限界集落がいくつかある。利便性を重視する日本人である私は、公共交通機関のない場所の宿泊はあまり選択肢に入れないのだが、経済的に余裕があり、レンタカーを借りてのドライブやトレッキングを愛好する欧米人にとっては何の障害にもならない。コルヴォ島で同じ宿に泊まっていたイタリア人カップルも、フローレス島で廃村を利用した宿泊施設に滞在すると言っていた。

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廃村になったクアーダ村の家は全てツーリスト向けのコテージに生まれ変わった。欧州のハイキング客に大人気。

フローレス島も酪農が重要産業で、乳製品を生産している。フローレス島のチーズは、アソーレス諸島中最も美味なチーズだと思うが、地元のスーパーでも大メーカーの量産品に押されて遠慮がちに置かれている。夏はチーズ工場がフローレス島内巡りのひとつの目玉になっている事をリスボンに帰ってから知った。ああ~。これまたポルトガルで一番美味いと評判の手造りバターもあるのだが、作る時期があるらしく、滞在中は見なかった。

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左下のコルヴォ島のチーズを除いた3つがフローレス島のチーズ。柔らかでマイルド。

サンタ・クルスでの食事は、港に近いシーフードレストランの「セレイア(人魚)」で、カンタロという赤い魚とピコ島の白ワインのディナー。オーナーが漁師だそうで、カサゴに似たカンタロは新鮮で美味しく、軽くてフルーティなピコワインとよく合った。


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フローレス島の牛肉も大変美味しいということで、翌日は「ライニャ・デ・ビッフェ(ビーフの女王)」でステーキを食べた。肉の上にニンニクを粒ごとのせるのがアソーレス風だ。


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目玉焼きの下も肉です

どちらの店も美味しかったが、値段は高め。冬はほとんどお客さんがいない。一年中コンスタントに観光客が来ればいいんだが…とタクシーの運転手もレストランや宿泊施設のオーナーも望んでいるに違いない。夏以外のフローレス島、コルヴォ島のベストシーズンは9月で、まだ紫陽花の花が見られる。10月はバードウオッチャーがたくさんやって来る。逆に避けた方がいいのは6月で、霧が多くて何も見えない事があるそうだ。

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荒々しい冬のフローレス島もいいと思う



by caldoverde | 2018-01-10 05:58 | ポルトガルの旅 | Comments(0)

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コルヴォ島2日目の12月28日も村のレストランが休業のため、ヴェラはケータリングのリストを用意してくれたが、私は昨日同様家庭料理を食べたいとリクエストした。イタリア人カップルは冷凍食品であることはほぼ間違いないラザニアを頼んでいた。彼らは北イタリアのトレント出身で、イタリアの山をかなり歩いている登山愛好者で、フローレス島やファイアル、ピコ、サンミゲル島も踏破するらしい。とても物静かな人達で、食事や車のサービスに対しては直ちに支払いをする。リスボンの観光地で出会う喧しいイタリア人グループとはずいぶんイメージが違う。

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昨日は霧と強風でカルデイラン(火山噴火口)内のウオーキングは不可能だった。この風が続けば飛行機や船も出ないのではないかと心配になったが、島民によれば大した風ではなく、この位なら飛行機は飛ぶだろうということであった。ひどい時は2週間も他の島との交通が遮断されたことがあったそうだ。他所から来た人間にとっては、寒さと飢えに耐える孤島の冬、と想像しがちだが、それぞれの家には十分なストックがあり、豚肉の腸詰などは、自家製だそうだ。2日目の夕食はヴェラのホームメイドのチョリソを使ったベイクドビーンズだった。

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黒いブラッドソーセージは私の好物

コルヴォ島最終日の29日は12時10分のSATA機でフローレスに移動する。それまでに霧が晴れて、なんとかカルデイランを見ることができないか、私もイタリア人達も部屋から外に出ては山を見上げていた。消防署でコーヒーを飲んで外に出ると昨日よりは山頂にかかる雲が少ない。晴れ間も広がってきた。チェックインまであと1時間ちょっと。昨日車を頼んだジョアンさんに電話して、再度チャレンジする旨を伝えた。車が走り出すとすぐに、イタリア人カップルが歩いているのを見つけ、一緒に乗らないか声をかけた。おそらく彼らは短い登山道を歩くつもりだったのだろうが、やはりカルデイランが見られなかったのは心残りとみえて、車に乗り込んで来た。



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この日も凄い風
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本当は湖まで降りたかったが、出発時間が迫っていたので、写真だけ撮った。

山頂に近づくと、霧は吹き飛ばされて青空が広がり、緑のすり鉢状の巨大なくぼみが見えてきた。車から出て、足を踏ん張らないと海まで転げ落ちそうな位の突風が襲いかかる中、なんとか噴火口の底が見える場所まで近づくと、ビロードに覆われたような小島や青い湖が見えてきた!イタリア人女性は「パラダイス!」と感嘆の声をあげた。諦めずに来て良かった!7年前の夏に来た時は青い紫陽花が網目模様を作っていたが、冬の様々な階調の緑だけのカルデイランも十分に美しい。

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夏は紫陽花、秋はバードウオッチャーでいっぱい

村に下りて運転手に払おうと財布を出すと、イタリア人男性が5€札を差し出した。彼らは既に払っているのに不思議に思ったら、私の分を払ってくれるそうだ。確かに私が声をかけなかったら、彼らがコルヴォ島に来た意味は半減していた。私はアルピニスト達を救ったのだ。



by caldoverde | 2018-01-07 00:34 | ポルトガルの旅 | Comments(0)
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空港のそばには3つの風車がある。右端の三角の建物は鯨舟が展示されている観光案内所

フローレス島からコルヴォ島までの飛行時間はわずか15分で、乗客は5、6人だった。コルヴォ空港に到着すると、宿の女主人のヴェラさんが車で迎えに来てくれていた。宿から空港まで歩いて数分なのだが、荷物のある旅人にとってはありがたいサービスだ。2泊した「ヴェラとジョーの家」は今年オープンしたばかりの民宿で、ネットでの評価も高い。しかも島のレストランが軒並み休みなので、夕食は家庭料理を7€で提供してくれるという。どこにもある平凡なメニューよりも、コルヴォ島の郷土料理の方が嬉しい。豚肉とキャベツ、ジャガイモ、サツマイモを塩茹でにしたシンプルな料理で、典型的な島の食べ物だそうだ。

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夕食までの時間、島唯一の村であるヴィラ・ノヴァを散歩した。7年前の印象となんか違う。どの道にも「〇〇通り」という真新しいプレートがつけられ、昔はほとんどの家が黒い石でできていたように記憶しているが、白くきれいに塗られている建物が多い。村人の年齢層は思ったより若く、建築中の保育園まである。それぞれの家にはソーラーパネルが置かれている。携帯もインターネットもリスボンより良く繋がる。厳しい気候、狭い土地、乏しい物資の中で細々と暮らす高齢者ばかりの島民、というイメージから脱却している。7年の間にだいぶ状況が変わったようだ。

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今回はコルヴォ島のカルデイラン(火山噴火口)の底を歩く、という大きな目的があったが、天気はかなり荒れそうだった。冬は強風が吹き荒れ、船や飛行機が欠航になることもしばしばだと言う。奇跡を願うも、翌日の朝は風は益々強まり、山頂はしきりに形を変える雲が覆っていた。


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フローレス島が薄っすら見える

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山の中腹にある石の農作業小屋地区

同宿のイタリア人カップルは自力で登るそうだが、私には到底無理っぽいので車を頼んだ。料金は5€である。途中までは緑の美しい牧場や海を見ながらの快適なドライブだったが、登るにつれて雲行きはどんどん怪しくなり、風が咆哮し始めた。視界は白い霧に覆われて、カルデイランの縁に着いた時は、台風の中心にいるような物凄い風が噴火口の底から吹き上げてきて、立っているのがやっとだった。1分も経たず車の中に戻り、村に降りた。

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この先に噴火口があったのだが…

宿でパンにハムとチーズの昼食をとっていたら、イタリア人カップルも憮然とした表情で帰ってきた。どうだったと聞くと、何にも見えなかった、という答え。インターネットで見つけたカルデイランの映像に魅せられ、本格的なトレッキング装備で来た彼らも目的は達成できなかった。

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手造りの硬いチーズ。薄く切って噛み締めるとじんわり美味しい。

午後は、小さな食料品店で夕食用のワインを調達し、おばあちゃんが毛糸の帽子を編んで売っている島唯一の土産物屋で帽子を買い、チーズ販売所を覗いたりと、村をぶらぶら歩いた。最も賑わっている場所は消防署で、バールと宝くじ販売所があるので、消防団員以外の村人もここにコーヒーやビールを飲みに来る。お菓子やつまみになるものは市販のチョコやポテチの類しかないが、それでもおしゃべりをしたり、インターネットを使ったりと島民憩いの場となっている。観光案内所も環境文化センターも休みなので、島のことを知るために図書館に行ったら、ヴェラがいた。彼女は図書館の司書で、代々コルヴォ島に住んでいるファミリーでもあり、いろんな話を聞くことができた。

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カルデイランに入るのは叶わなかったが、代わりに素敵なものを見ることができた。空港の滑走路脇の道路の路肩に、天然記念物のアソーレスツリガネソウを発見した!10月にファイアル島の植物園で見たのは、枯れた枝葉だけだったが、この冬のコルヴォ島で、石垣と側溝の間に一株だけ見事に咲いている。アソーレスの固有植物のシンボル的存在の花が、こんな人や車や飛行機が来るような場所に! 霧と強風で何も見えなかった噴火口の仇は十分にとれた。


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アソーレスにしかない花として絶滅危惧種に指定されている

by caldoverde | 2018-01-04 02:42 | ポルトガルの旅 | Comments(0)

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煙突のある白い建物が昔の鯨工場

7年前に泊まったホテル・ダス・フローレスの隣には、かつての鯨加工工場を利用したミュージアムがあり、何か見たと思うがほとんど印象に残っていない。特に鯨に関心がなかったからだろう。しかし今年のホエールウオッチングや、ピコ島の捕鯨博物館を通じて、アソーレスと鯨は切っても切れない関係である事を再認識し、またほとんど機械に頼らぬポルトガルの捕鯨技術に感銘を受けたので、改めてフローレス島の捕鯨博物館のガイドツアーに参加した。参加者というか見学者は私一人だったので、色々と質問することができた。夏は大忙しだったそうで、シーズンオフの旅はこのようなメリットがある。


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建物の前庭には、輪切りになったマッコウクジラの模型が転がっていて度肝を抜かれる。以前はなかったものだ。その向こうのガラス越しには何やら作業をしている男のマネキン人形が見える。中に入ると、以前は閑散としていた展示室が物で埋まっている。中央には大きな帆を立てた本物の船がリアルなクルーの人形と共に主役を張っている。館内はいくつかのコーナーに分かれ、ドキュメンタリーフィルムやアメリカ映画「白鯨」のハイライトを上映したり、フローレス島の海に現れた鯨を撮影した映像を展示物の背景に使うなど、様々な角度から島と鯨の関わりを解説する。


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鯨ベーコンではなく、灯油を取るための脂肪


ポルトガルの捕鯨の歴史はそれほど古くはなく、18世紀にアメリカの捕鯨船が獲物を求めてポルトガル領のアソーレスやカーボヴェルデまでやって来て島民を船員に雇い、世界中の海で技術を身につけた彼らは故郷に戻り、自分たちの船で捕鯨を始めたのが始まりだそうだ。アメリカの捕鯨船は大きな母船と何隻かのボートからなり、実際に鯨を獲るのは小さなボートで、母船では鯨を解体し加工も行う。最初は安く払下げられたアメリカの小さなボートで捕鯨を行っていたが、次第に船はアソーレスで改良されたものが使われるようになった。水の抵抗が少なく、静かに鯨に近づけるように浅く細長い形になっていく。オールにはそれぞれに定位置があり、全部違う場所で水を漕ぐように工夫されている。より速く陸に戻れるように帆の大きさや形も改良された。フローレスの船は常にピンクに塗られ、船の色によってどの島の船か判別できた。

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変わった色と形のカタバミ。アソーレスにしかない種類か?

監視所が鯨を見つけると、花火を打ち上げて合図をする。すると畑や床屋で仕事をしていた男たちは、それまでの職務を投げ出し、海に走っていく。女子供も夫や父親の弁当を持って海に向かう。合図から30分後には、2隻の手漕ぎボートと曳航用のエンジン付きの船が沖に向かっている。ある程度近づいたら、手漕ぎボートが鯨を追う。ボートのクルーは7人で、船長は最後尾で舵を取り、船首には長い銛を持った射手が獲物を待ち構えている。銛が投げられると、渦巻きに巻かれたロープは凄い勢いで踊るように解かれていく。摩擦で焼けないように時々水をかけられ、船員がロープに絡まった時に直ぐに切るためのナタも側にある。船の中央にはマストが横たわっていて、あっという間に帆をあげることができる。一見すごく単純で原始的なようで、実は長年の間に洗練され完成された漁法なのだった。

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アソーレス諸島内でも屈指の美しい教会

ポルトガルの捕鯨は食用目的ではなかったが、余すところなく加工され利用された。主な製品は鯨油で、石油の発見以前は上質な灯油として大いに需要があった。ミュージアムは陸揚げした鯨を解体し、脂をはじめ様々な製品に加工する作業が行われていた工場だった。捕鯨の歴史の展示の後は、加工のプロセスやメカニズムを紹介する。様々な機械やボイラーは互いにパイプで結ばれ、一つの巨大な生物の内臓のようだ。


アソーレスの人々の鯨に対する感情は、日本人のそれと近いのではないだろうか。多くの人々の生活を支え、地域の産業を生み出してきた捕鯨が、エコロジストによって残虐だと断定されるのは不本意に思っている筈だ。加工品のパッケージにはもう鯨のイラストを使うことはできない、と案内の男性は言外に昨今の動物愛護精神に対する批判を匂わせた。私は学校給食やご飯のおかずに鯨肉が頻繁に登場した世代で、人間が牛や豚を食べるのとどう違うのかと思うのだが、欧米では口に出してはいけないタブーらしい。


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私が乱食して絶滅が危惧されるカサガイ

by caldoverde | 2018-01-02 00:28 | ポルトガルの旅 | Comments(0)

年末年始の仕事がキャンセルになり、たまたま安い切符が売られていたので、今年の最後もアソーレスで過ごす事になった。フローレス島(花島)とコルヴォ島(烏島)は2010年の夏にパッケージツアーで訪れた時は非常に楽しめたが、コルヴォ島はフローレス島からボートでの日帰りだったので、ぜひ宿泊してみたいと常々思っていた。最近はポルトガルは異常なほどの観光ブームで、ユネスコの自然遺産に指定されたコルヴォ島のカルデイラン(火山噴火口)も、このまま観光客が増え続ければ入山が制限されるかもしれない、その前に、という危惧も大きな理由だ。

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烏島ことコルヴォ島

リスボンとフローレス島、コルヴォ島を結ぶ直行便はない。サンミゲル島あるいはテルセイラ島での乗り換えとなる、今回はテルセイラ島で約6時間のトランジットがあるので、ユネスコ世界遺産にも指定されているアングラ・ド・エロイズモの町を散策する事にした。

以前訪れた時は、世界遺産にしては、派手な描き割のような街だなあという印象だったが、現在は更にポップ感が増している。

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窓から大きな瞳で見つめられる
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壁だけ残った建物はカラフルにペイントされ、内側が駐車場になっている
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コマドリが至近距離までやってきた

公園で小鳥と仲良くなり、猿の腰掛けやら苔などリスボンでは滅多に見ない植物を観察した後、隣接の博物館を見学した。建物は18世紀のフランシスコ会の教会で、白壁に濃いピンクの縁取りというテルセイラ島ならではのデザインだ。他の島の建物は白壁に黒い溶岩の縁取りというモノトーンがほとんどである。色彩の派手さはかつての島の繁栄を表しているのだろう。オレンジや小麦の輸出、それに付随する運送業などで財を成したヴァスコンセーロス家という島の有力者についての展示コーナーもあった。


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空港からアングラまで運んでくれたタクシーの運転手は、2軒のお勧めレストランを紹介してくれたが、クリスマス時期なのでどちらも閉まっていた。仕方がないのでその辺の開いている喫茶店兼食堂で、ビュッフェの昼食を食べた。好きなものを好きなだけ取って量りで料金を取るシステムで、豚肉の薄切り(ビファナ)にご飯と野菜、グラスワインで5.55€だった。味は悪くなかった。

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アソーレスの島々を結ぶコミューターは、ボンバルディア社のプロペラ機で、フローレス島までの飛行時間は約1時間。座席は自由席である。窓から見るテルセイラ島は緑の格子模様の敷物をふんわり広げたような、なだらかで穏やかな地形なのに、フローレス島は周りが黒い溶岩の切り立った崖で、海岸線からさほど離れずに急に起き上がったような山が迫る。


今回はまずフローレス島で一泊し、翌日コルヴォ島に飛び2泊し、再びフローレス島に戻り2泊というスケジュール。冬は気候が不安定なので、欠便になった場合も考えて、1月の初めの週は仕事を入れていない。最初の宿泊は、空港から徒歩5分、海が目の前というロケーションは最高であるが、設備はイマイチの3つ星ホテルである。一泊だけなら、以前泊まった4つ星のオーシャンビューの部屋をとりたかったのだが、年末年始は休業ということで、必然的にイケテない方を選んだ。現在は民泊も増えたようだが、やはりクリスマス時期は選択肢がせばまる。

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カリッと熱々のアソーレスの白身魚のフライ

フローレス島に着いたのは午後4時過ぎだったので、ミュージアム関係は翌日以後に回し、周辺を散歩しながら夕食をとるレストランを探したが、閉まっている店が多く、結局ホテルで食事する事にした。何の期待もせずアブロテイアという魚のフライを頼んだ。冷凍と思われるが調理や盛り付けがホテルのレストランらしく上品かつ美味しく仕上がっていて、付け合わせがさつまいもという地方色もプラスされ、大いに満足した。



by caldoverde | 2017-12-29 04:20 | ポルトガルの旅 | Comments(0)