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by caldoverde
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タグ:ファイアル島 ( 8 ) タグの人気記事

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ファイアル島唯一の市、オルタは世界中のヨットが寄港するマリーナが有名


アソーレス諸島に行くのなら、パスポートを取ろう。日本で取得する必要はなく、現地で調達できる。これが無いとアソーレスに入れない事はないが、有るとより楽しくなる。アソーレス・ジオパーク・パスポートは、9島にそれぞれある自然系ミュージアムで2€で販売されており、入館の際にスタンプを押してもらい、その数に応じて景品が貰える、一種のスタンプラリーである。ファイアル島だけで4つのスタンプが集まりそうなので、3日目は予定していなかった隣のピコ島にも足を伸ばし、景品の出る5個のスタンプを集める事を目指した。


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アソーレスのジオパークを紹介する地図とパスポート

日曜日はオルタからピコ島のマダレーナに行くフェリーは4便しかない。10時45分の出港の前に、タクシーで2年前に仕事で行ったオルタの植物園に急ぐ。世界でも2株しか無い稀少な蘭や、アソーレスの固有種が保存されている。蘭は見られなかったが、藤の花が綺麗だった。既にカペリーニョス火山でパスポートを購入しスタンプを押してあるので、ここで2個目をゲット。


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アソーレスワスレナグサ


ピコ島は9島中最も新しい島で、洞窟が非常に多い。中でもトーレス洞窟は5kmにも及びその一部を歩くことができる。しかし洞窟見学は人数制限があり、2日前までの予約が推奨されている。いちかばちかで当日行ってみて、ダメならワイン博物館にしようと思いながら到着すると、やはり12時の回は既に一杯。しかしキャンセルがあるかもしれないので少し待ってみて、と言われ、結局、運良く潜り込むことができた。洞窟の内部では、色々な形状の溶岩を見ることができる。液状の溶岩がロープの様な模様を描いたものはパホイホイ溶岩、ギザギザの尖ったものはアア溶岩と呼ばれる。ハワイ語でパホイホイとは滑らかな、アアとは溶岩を踏んづけた時の叫び声だそうだ。アア溶岩や火山石の積み上がった場所は歩き難いので、しっかりした靴が必要だ。洞窟内にはあちこち亀裂があり、今地震が来たらやばいかも…とちょっと不安になるが、無事地上に出て3個目のスタンプをゲット。


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パホイホイ溶岩が作ったモナリザ


3時のフェリーでオルタに戻り、ホテルからも見えるピム港の水族館+ダブニー邸、鯨工場博物館を見学すれば5個のスタンプが揃う。閉館時間は水族館が5時、他の2つは6時、急がなければ。

ピム湾の水族館は鱈を干物に加工する工場だったが、気候が適さず、後に鯨油を採る工場になった。ごく小規模で飼育される魚の種類も少ないが、ここで上映される、オランダの学者チームが開発した三人乗りの潜水艦で撮影された動画は素晴らしい。実際に半球状のガラス越しに深海魚や、海底温泉に棲む色鮮やかなサンゴや熱帯魚を眺めてみたいものだ。


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水族館に行くと「うまそう」としか思えなくなった今日この頃

水族館の隣は、アメリカ領事としてファイアル島に住んでいたフランス系ファミリーの別荘だったダブニー邸である。ピコ島のワインの輸出などの事業を行い、後にアメリカ領事に任命されたジョン・ダブニーとその子孫は、島の経済や文化、科学の発展に大いに寄与したそうだ。ここで4個目のスタンプを押してもらう。


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左端の海岸から少し上に建つ白と黄色の家がダブニー邸


最後に鯨工場である。ミュージアムとしての名称は婉曲に「海の観測所」みたいな意味だが、その実は鯨を解体し加工を行っていた施設である。昔はピム港は沖で獲った鯨を引き揚げて脂や肉の加工品を作っていた場所で、湾の水は血で赤く染められた。この鯨工場のあるピム港は、タブッキの小品集「島とクジラと女をめぐる断片」の舞台である。次回はこの本を読んでから来よう。


5個目のスタンプが集まった。ところがジオパーク事務所はどうも復活祭休みで閉まっており、何が景品でどこにあるのか誰も知らない。リスボンに帰ったらスタンプのコピーを事務所に送り、請求して下さいと言われたが、果たして何がもらえるのだろうか。


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最期の夜は再びGENUINOで。一昨日は予約で一杯なのを無理やり入れてもらったので、今度はちゃんと予約を入れた。この日も食べたかったセミエビもカサガイもなかったが、ステーキは柔らかくジューシーで、アソーレスの調味料の唐辛子ペーストがピリッとパンチを効かせていた。


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クワの実のアイス。珍しい!


心残りは悪天候でカルデイラ(火山噴火口)が見られなかった事と、セミエビを食べられなかった事である。泊まったアパートホテルは非常に気に入ったので、機会があればまたファイアル島に戻りたい。


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ファイアル島は「青い島」紫陽花の青だが、他にも青い花がいっぱい。

by caldoverde | 2019-05-03 03:01 | ポルトガルの旅 | Comments(0)

午後も山道は霧で覆われ、どうもカルデイラ(火山噴火口)の中を見るのは不可能らしい。その代わりにカルデイラに通じる平坦なトレイルコースをちょろっと歩き、オリジナルに近いファイアル島の自然に触れた。細い水路に沿って歩く道の両側は苔やシダでびっしり覆われている。もし南方熊楠がアソーレスに来ていたら、新種の苔やら粘菌を見つけたのではないだろうか。


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島の北側にあるビーチは緑の砂浜だ。この辺りの火山岩の中には時々綺麗な緑や赤い小石が埋まっている。赤いのはファイアル島で発見された石という意味のファイアライト、緑のは橄欖石(オリーブ石)と呼ばれる。オリーブ石が石英のように細かくなって黒い砂の中で反射し、緑がかって見える。


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微妙に緑色の砂

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砂の緑色の元、オリーブ石

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ファイアル石。アクセサリーにするには小さい


砂を歩くとあちこちに小さな風船の様なものが転がっている。カツオノエボシ、いわゆる電気クラゲである。英語ではポルトガルの軍艦、ポルトガル語ではカラベラ(三角帆の帆船)と呼ばれる。風で帆を膨らませたカラベラ船を彷彿させる事からこう呼ばれる。死んでも虹色に輝くビニール袋の様な電気クラゲは、子供達の格好のおもちゃで、踏みつけるとポン、と音をたてて割れる。


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生きているカツオノエボシは触ってはいけません


ビーチの近くにはペドロさんと彼の弟の別荘がある。ペドロさんの別荘はエンジンが壊れたクルーザーで、トイレや台所が揃い、船室で寝泊まりし、甲板でパーティもできる。弟さんの家は小さな木造でペドロさんも手伝って建築中ということである。


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陸に揚がったクルーザーがセカンドハウス


最後に立ち寄ったのは、空港の西にあるチーズの形をした半島、モーロ・デ・カステロ・ブランコ。白い城の丘という名が示す通り、海中の噴火によって白い火山灰が玉ねぎの皮の様に何層にも重なり、独特の形状を造り上げた。この辺りは野鳥の住処となっており、道端の穴を覗くと鳥の夫婦が卵を抱いている。またアソーレスの代表的な固有植物、ヴィダリア(アソーレスツリガネソウ)が増殖しつつあり、やがては沢山の可憐な花を咲かせてくれる筈だ。


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巨大な軽石、モーロ・デ・カステロ・ブランコ

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この半島の名前をつけたファイアル島のチーズ。超美味!リスボンのアソーレス諸島物産店でも売っている。


今回は霧のためカルデイラは断念したが、砂質の異なる海岸、孤立した環境が育んだ様々な動植物、地震や噴火が残した爪痕、など地理的な観点からファイアル島を見ることができて、非常に興味深かった。なぜこんな色や形が出来るのか、それぞれ理由があるものだと感心した。


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道端の巣穴を覗くと夫婦で卵を抱く海鳥

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アソーレスツリガネソウは世界で唯一の種

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コルヴォ島で見たアソーレスツリガネソウ

by caldoverde | 2019-05-01 04:35 | ポルトガルの旅 | Comments(0)

ファイアル島2日目は、車で島を一周するツアーを依頼した。トリップアドバイザーでエージェントを探し、メールで希望する日時やツアーの種類、こちらの要望などを伝えてあった。当初はカルデイラ(火山噴火口)を降りるウォーキングツアーを考えていたのだが、上級者向けのコースで、登山どころか3階に行くのにエレベーターを使う様な自分には無理っぽいので、車によるツアーを勧められた。アソーレスの固有植物を見たいので、その分野に詳しいガイドを希望した。


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OurIsland という旅行会社でファイアル島・ピコ島の

個人ツアーを請け負います。英語OK。


人懐っこい笑顔のペドロさんはファイアル島出身の30歳、同年代の仲間と3人で、マウンテンバイクやカヌーなども含むアクティブなツアーを企画している。運動の嫌いな私にはセダンで島を案内してくれる。この日はあいにく小雨や霧のたちこめる天気であったが、昨日のバスと同じく、北回りで島の周遊をスタートした。


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まだら模様が綺麗なウツボ


オルタのフェリー乗り場の東にサラサラの黒い砂の海岸がある。砂の粒が細かいほど古い海岸で、砂の色は元の石の種類によって変わるそうだ。黒い溶岩が固まった磯もあり、天然プールになっている。岩場には蟹やウツボ、様々な種類の海藻などが見られる。ペドロさんが太い指先に長さ5mm程の細い海藻をつまみ、これは食べられるよと目の真ん前に持ってきた。こんな小さな海藻の一片から豊かな磯の香りとピリリとした刺激が口の中に広がる。信じられない!海水が浸る辺りを何かゴソゴソと探っていた彼が差し出したのは、何と私の好物のカサガイ。もう一個の殻をナイフ代わりに殻から身を剥がしてもらい、生のカサガイをいただく。牡蠣と鮑の中間のような味と歯ごたえだ。


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食べられる海藻を探すペドロさん

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バター焼も良いが生はもっと美味、カサガイ

バスの窓からも見えたが、島には廃虚になった教会や灯台がいくつかある。ファイアル島はカペリーニョス火山の噴火の他に、何度か大きな地震に見舞われている。島の東はいくつかの活断層が平行に走っており、被害の多い集落は活断層の近くにある。活断層に挟まれた土地には小川が流れ、畑が作られ人々の生活が営まれるが、地震が起これば激しく揺れる。石や鉄骨入りのブロックの頑丈な建物も自然の力には敵わなかった。むしろ日本家屋の様な木造だったら持ちこたえたかもしれない。


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地震で破壊された灯台。灯台守の家も全壊。


昼食はペドロさんの実家のあるセドロスという村のレストランで。前菜はフレッシュチーズに唐辛子ペーストと、タコのサラダ。タコサラダをちょっと食べたペドロさんは、もっと酢を効かせた方が美味いよ、とビネガーを頼んだ。彼は子供の頃から父親に付いて磯釣りをし、蟹や貝や果物を獲って遊び、親戚同士で収穫物を分け合って食べてきたので、食べ物にはなかなか詳しい。メインは私はアソーレスの白身魚フライ、ペドロさんはマグロのステーキを注文した。彼はマグロの大物を釣り上げて刺身や寿司にして食べた時のことを楽しそうに語った。食後に彼のご母堂の住む実家に立ち寄り、花いっぱいの庭を見せてもらった。


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島のフレッシュチーズ(ケイジョ・フレスコ)と
タコのサラダ

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多分アブロテイアだったと思います

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マグロも美味しいが、照り焼きだともっと…

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自家製キャラメルアイス

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名前は聞くそばから忘れる

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黒いカラー

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おしべしか無い花?

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アソーレスのバナナは美味いよ

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黒っぽい花はクロバナロウバイの様です。りんごに似た芳香があるが毒があるので注意。


by caldoverde | 2019-04-29 06:17 | ポルトガルの旅 | Comments(0)
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ピム港からピコ島を臨む


今年のゴールデンウィークは10連休で、ポルトガルにも日本のお客様が怒涛の如く押し寄せて来るはずだが、その嵐の前の静けさだろうか、4月半ばは私のスケジュールは凪の様に静まり返っている。家にいるとだらだらとYouTubeなどで日がな一日過ごしてしまうので、またまたアソーレス諸島に行く事にした。2年前仕事でアソーレスに行った時に、現地ガイドから色々な情報を得ることができた。特にファイアル島の火山噴火口と固有植物に興味を持ったので、その2つを主な目的に、3泊4日の旅に出た。

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飛行機の窓から見るピコ島の山頂


リスボン~ファイアル島間はアソーレス航空の直行便。最近はイージージェットやライアンエアーなどのLCCばかり使っていたので、2時間半のフライトで軽食も出るのは新鮮だ。席を選んでも追加料金がかからない。行きは2列目、帰りは3列目のAを予約したが、素晴らしい眺めが堪能でき、飛行機に乗っただけでも十分満足する程であった。


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カラフルな家の並ぶオルタの町


空港からタクシーでオルタのホテルに行き、荷物を降ろした後、路線バスでカペリーニョス火山に向かった。火山は島の西端にあり、島を一周する路線バスが近くを通る。予算の関係もあるが、路線バスに乗るのが好きなので、既に2回訪れたカペリーニョス火山に「路線バスで」行くのが希望である。私が乗ったのは北回りのバスだったので、帰りは南回りでタクシーでオルタに戻り、半日でファイアル島を一周してしまった。途中から乗客は私一人となり、時間調整なのか、南回りのバスとすれ違うためなのか山の中の停留所で10分停車する。誰も乗らない。1時に火山センターのガイドツアーを予約していたのでさっさと出発してくれと焦ったが、火山には何とか5分遅れで到着できた。


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息を呑む光景


カペリーニョス火山は何度見ても見飽きない。その奇観には口あんぐりである。1957年に海中で噴火が起こり、火山礫や火山灰が降り注ぎ、新島とファイアル島を繋いでしまった。噴火が収束するまで、火山は形がどんどん変わり、今も風雨や波により刻々と侵食されている。一方で火山灰によって不毛の地となった周辺の土地には緑が復活しつつある。地球は生きていることが実感できるのがアソーレスの魅力である。


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灯台に登るとこれまた唖然とする景色が見渡せる。この灯台の下には建物があったのだが、すっかり灰の中に埋もれている。それが火山センターの展示室の一部となっている訳だが、やがて火山灰が吹き飛ばされて再び陽の目を見る日が来るかもしれない。


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センターや灯台の見学の後は、火山灰の丘に登ってみた。歩いてみると地面は荒い砂のようで本当にもろい。あちこちに人の拳大のヤシの実型の石が転がっているが、火山弾だ。こんなものが直撃したらひとたまりもない。センターには噴煙を上げる火山をバックにした家族や子供の写真が展示されている。危ないのに皆ニコニコ楽しそうである。その下にはやむなくアメリカやカナダに移民した人々の家や畑が埋まっているのだ。


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一泊40€で大満足


オルタの宿はまだ新しいアパートホテルで、事前にクイーンサイズのベッドの部屋を希望したら、ピム港の真ん前で、ピコ島も見えるという素晴らしい眺めの部屋だった。火山灰の丘を歩いて筋肉痛になった身体を十分伸ばせて、どんなに寝相が悪くても絶対落ちる心配のないベッドと、同じく手足を伸ばせるバスタブがある清潔な部屋だ。調理器具を備えた台所と、バーベキューのできる吹き抜けの中庭がある。町の中心部までは歩いて10分もかからない。


夜は2年前の仕事で来たことのある元ヨットマンの店「GENUINO」で食べた。当時はガイドである私の席はなかったのでリベンジだ。その時のメニューは地元名産の聞きなれない名前の海産物で、旅行会社でも何なのか調べようと一生懸命だったが、旅行後にセミエビという高級品であることを知った。茹でるのに結構時間がかかるので、10人を超えるグループには冷ましたものが出されたが、茹でたてでない、と不満を述べる方がいらっしゃった。何とかセミエビの名誉を回復させようと、去年のテルセイラ島でセミエビを食べ、あまりの美味さに感動した。あの味を再びと期待に胸を膨らませていたのだが、残念ながら4月はセミエビはなく、また旬でも予約注文が必要である。仕方なくお勧めの魚のペイシャン(大魚)という黄色い鯛のような魚を食べた。去年12月にサン・ミゲル島でも食べたが、こちらの方は更に大きく、新鮮で美味であった。さすが島民誰もが推薦する店だけある。


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前菜は島のフレッシュ・チーズと唐辛子ペースト、ワインはピコ島の白。

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付け合わせの野菜やじゃがいもも美味しい

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さつまいものプディング





by caldoverde | 2019-04-26 17:05 | ポルトガルの旅 | Comments(0)
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ファイアル島から見たピコ島の勇姿

遂にこの秋日本とポルトガルを結ぶチャーター機が飛ぶことになった。今まで何万人の日本人がポルトガルは遠いと嘆いていたことだろう。東京からリスボンに昼過ぎに到着、しかもアソーレス諸島も訪れるツアーができるとは‼︎ 

リスボンに2泊、アソーレスのファイアル島2泊、サンミゲル島2泊、ポルト2泊という、珍しい行程で、更にピコ島の日帰り観光も入るという、アソーレス大好き人間の私にとっては夢のような旅だ。今回はツアーガイドとして行くので責任重大である。


飛行機からファイアル島に近づくと、どうしても隣のピコ島に眼が釘付けになる。ポルトガルの最高峰でもあるピコ島は、雲海の中に尖った山頂を見せて旅人を歓迎する。特に日本人にとっては感動的な光景だ。ファイアル島のオルタ空港では若いベルギー人のガイドのマリーさんがお迎えに来ていた。彼女は半年祖国の旅行代理店のオフィスで働き、半年オルタでガイドをするという素敵な生活を送っている。オルタに住むようになってたった4年だそうだが、歴史や地理に精通しているばかりではなく、島民にもかなり顔がきくようである。私が個人でアソーレスに行くときは英語のガイドブックとタクシーの運転手を頼りにしていたが、次回からは島のガイドさんを依頼するのも視野に入れようと思う。


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世界中のヨットマンが集まるオルタ港

ファイアル島に着いたのは月曜日の午後で、定休日にもかかわらずフラメンゴ地区の植物園はほぼ地球の裏側からやって来た私たちのために開けてくれた。入ると懐かしい湿った土の匂いがする。リスボンでは嗅ぐことのない匂いだ。学芸員から聞くアソーレス諸島の固有種や人間が島に持ち込んだ植物の話は興味深く、花の沢山咲く時期にぜひまた訪れたいと思った。またここには最近発見された世界に2株しかない新種を含む素晴らしい蘭のコレクションがあり、蘭の愛好家には必見だ。

ファイアル島中央のカルデイラ(火山盆地)には固有植物80種のうち50種があり自然保護区になっている。許可を得て専門のガイド同伴でないと入れないので、機会があればぜひ行って見たい。


翌日はホエールウオッチングを兼ねたボートでピコ島に渡り、捕鯨博物館と世界遺産のワイナリーを見学というプログラムだ。船を操縦するのはファイアル島に知らない人はないという島の有名人、ノルベルト船長である。ヒッピーがそのまま年取ったような、海賊のような風貌の船長は、ファイアルを捕鯨の島からホエールウオッチングの島へと転換させた立役者だ。船長は他の船と連携しながら鯨のいる場所を探し当て、私達はマッコウクジラの潮吹きと水上に飛び出した尻尾を2回も見ることができた。マイルカやマダライルカがシンクロ水泳のように2頭一緒に海面に顔を出してはくるりと潜ったり、船と競争するかのように一緒に泳ぐのを見るのも愉快だ。


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クジラやイルカを撮るには良いカメラと腕が必要なので、停止中の船しか取れず

ポルトガルはかつてマッコウクジラを捕って鯨油や肥料を作っていた。日本の捕鯨と異なるのは食用目的でない事と、手漕ぎのボートから手で投げる槍で仕留めるという伝統的な手法で行われた事だ。今は捕鯨博物館となった鯨加工場の前に立つ鯨捕りの彫像には、地球上最大の動物に原始的な道具で立ち向かっていたアソーレスの男たちの勇気がしのばれる。


世界遺産になっているピコ島のワイナリーでは、数世紀に渡り火山岩を積み上げて作った石垣に囲まれたわずかな区画に一本一本ぶどうの木を植え、手で摘み取り運ぶという気の遠くなる作業に思いを馳せ、不毛の地と格闘してきた先人の汗と知恵が作り上げた景観に感動せずにはいられない。ピコ島醸造組合でそのエッセンスである高貴な香りのピコワインに舌鼓を打った。

機械化による効率主義や大量生産といった文脈から離れて細々と継承され、数世紀の間アソーレスの経済を支えてきたこの二つの産業は、反捕鯨の潮流やブドウの病気や自然災害などのカタストロフに打ちひしがれても再び立ち上がるアソーレス人の不屈の精神を反映している。


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アソーレスの人々がしばしば直面したカタストロフは、火山の噴火と地震である。ファイアル島のカペリーニョス火山は自然の威力をまざまざと見せつける、恐ろしくも美しいモニュメントだ。火山灰に埋もれた灯台の下は、アソーレス諸島で最も人気の高いミュージアムの火山センターとなり、1957~58年の大噴火の映像記録や、火山の成り立ち、種類などを解説している。火山の噴火によって島の茶畑とオレンジ畑が全滅し、多くの人々がアメリカ大陸に移民した。当時のケネディ大統領が特別にヴィザを発給し、カナダも米国に倣ったという事だ。


3日目はファイアル島からサンミゲル島にプロペラ機で移動。小さな飛行機は座席が自由席である。空港からサンミゲル島のガイドのマヌエルさんと共に、島に2つしかない海の見えない村の一つのフルナスに向かう。ここは去年の冬に湯治にきた所である。フルナス湖のほとりは硫黄の匂いと湯気のたちこめる温泉で、そこでは地熱によって有名な鍋物のコジード・デ・フルナスが作られる。今回は時間の関係で残念ながらツアーのメニューには入っていなかったが、サンミゲル島に来たらぜひ食べてみるべき料理だ。その代わりもう一つのフルナス村の温泉地のカルデイラス(お釜)で、名物のボーロ・レヴェドという薄甘いパンをお土産に買った。温泉で茹でたトウモロコシも有名だ。あちこちから湧き出る鉱泉水はそれぞれ微妙に味が違い、村人はペットボトルに好みの水を詰めて持ち帰る。


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茶摘みは機械で行うので茶畑は平ら

フルナス村では世界の名庭ベスト100にも選ばれたテーラ・ノストラ・ガーデンを散策し、その後にゴレアナ茶園の茶畑と製茶工場を見学した。紅茶とともに緑茶も生産しているが、よりシンプルな中国伝来の製法で作っており、日本茶と一味違う素朴な味わい。農薬は使用せず、除草係はヤギという、自然農法で栽培されている。


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奥が青湖、手前が緑湖

最後の日は、サンミゲル島の湖を巡る旅。神秘的な青と緑の湖のあるセッテ・シダーデス村、小高いすりばち状の噴火口にできたサンチャゴ湖、島で最も自然の姿を残すフォーゴ湖と、それぞれ異なる特徴を持つカルデラ湖をとても良いコンディションで見ることができた。


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島で最も澄んだ湖水のフォーゴ湖

この後一行はサンミゲル島からポルトに飛んで、ポルトからANAのチャーター機で日本に帰るのだが、10月にしては好天に恵まれ、アソーレスで雨具を使わずに済んだのはほとんど奇跡と言って良いと思う。ところが翌週はなんとアソーレスに台風がやって来てピコ島を荒らして行った。島への旅は、主催者も参加者もある程度気候条件による旅程の変更も念頭に入れておくべきだ。飛行機や船が欠航になるのはどの季節でも十分にあり得るのだから。










by caldoverde | 2017-10-21 18:54 | ポルトガルの旅 | Comments(2)
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 午後からは天気もやや回復し、オルタの町の観光スポットを訪ね歩いた。オルタはテルセイラ島のアングラ・ド・エロイズモと同じように、噴火で出来た半島がぴょこっと飛び出している。欠けた輪のような形の小山で、島と皮一枚でつながっている。つながっている首のところにかつての鯨の加工工場、現在は海洋センターとなっている建物がある。
 アソーレスはかつて捕鯨基地だったが、30年ほど前にポルトガル政府が捕鯨を禁止した後は、ホエールウオッチングを観光の目玉として前面に押し出し、欧米からの観光客を獲得することに成功した。私は外国人と鯨で議論するのは避けたいし、確実に鯨が見られるか疑わしいのでホエールウオッチングボートには乗らなかった。
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 しかしポルトガル人がどのように鯨を捕まえどのように利用していたのかは幾分興味があったので、海洋センターに行ってみた。ピム湾に引き上げられた鯨は、頭を化粧品に、脂肪を石鹸に、骨は工芸品に、肉はなんと畑の肥料に加工されていたそうだ。ああ、もったいない。ポルトガル人にとって鯨肉は硬くて不味かった。ま、他に美味しい牛や豚や羊がいるので、無理に鯨を食わなくても良かったのかもしれないが。
 かつて鯨の血で赤く染まったピム湾は、今では穏やかな海水浴場になっている。ファイアル島では珍しいベージュ色の砂浜だ。

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 世界中のヨットが集うマリーナは、寄港記念にヨットマンが描いたカラフルな絵で彩られ、白いマストの林の向こうからピコ島が見える。港の近くには有名な「ピーターズ・カフェ・スポーツ」があり、観光客がビールを飲みながら歓談している。二階はスクリームショウという、鯨の骨に精巧な絵をかいた工芸品を展示する小さな美術館がある。高さ10cmほどの鯨の牙?にアソーレスの人々の生活を描いたもの、精巧な小さな彫刻など興味深いものが並んでいる。カフェの隣には同じ名前のギフトショップがあって、ここのTシャツはいいよと友達に教えてもらった。確かにデザインは可愛いし値段も手ごろだ。ただし鯨の骨細工はとても高い。
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 そのほか市内で興味深いところというと修道院の中にあるオルタ市立博物館。ここには珍しいイチジク細工のコレクションがある。私も初めてそのような工芸品の存在を知った。この島で生まれた人物がイチジクの枝の中身の白い部分を使って非常に精巧な船の模型や建物、人物や植物のミニチュアを作り、その作品のいくつかは万博で賞をとった。髪の毛とほとんど同じ太さのロープや網、紙のように薄い植物の葉1枚1枚が再現された、気の遠くなるような根気の要る仕事だ。博物館は撮影禁止なので、どんなものかお見せできないのが残念。

 モダンな州議会議事堂も見学ができる。若い女性が建物を案内し、一般的な質問にも答えてくれる。建物のデザインや材質、議会室のカーペットや絵画は全てアソーレスの地理、歴史、文化を表しているのだそうだ。当然島の間には経済格差があるだろうと思い、テルセイラ島に比べるとファイアル島はちょっと沈んでますね、と正直な感想を述べると、彼女は、テルセイラの人はアソーレス一陽気で、建物もあんなに派手で、闘牛や祭りも盛んなのです、と答えた。もしかすると彼女はファイアル島出身かもしれないので、ここがなぜうらぶれた感じがするのか突っ込むのは遠慮してしまった。

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 それはおそらく火山の噴火の影響だろう。1957年から58年にかけてファイアル島西部は活発な火山活動に見舞われた。海の中から蒸気が噴き上がり火山が現れ、溶岩が流れ、火山灰が降り注いだ。付近の集落は灰に埋もれ、家も農地も失った人々は故郷を捨ててアメリカやカナダに移住した。この噴火によってファイアル島は島民の数が半減し、以来失われた人口を回復することはなかった。
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 その自然の驚異をまざまざと見せてくれるのが、島の西端のカペリーニョス火山。ほとんどが緑に覆われたファイアル島の先端に、黒い砂丘が突如出現したような、巨大な鯨が陸に揚がったような、とてつもなくシュールな風景である。火山灰の小山のそばには砂に半分埋もれた灯台の廃墟が残っている。実はこの下に火山センターがあり、地球の誕生から大陸の形成、なぜアソーレスには火山が多いかなど説明する映写室や展示室があって、非常に興味深い。もちろんカペリーニョス火山の誕生も克明に記録されている。不幸中の幸い、この噴火による死者はなかったそうだ。
 財産を全て失い、生きるために故郷を後にしたアソーレスの人々は、大航海時代、荒波を漕ぎ出し未知の土地を目指した勇敢なポルトガルの船乗りのDNAを確実に受け継いでいる。
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by caldoverde | 2009-07-27 07:21 | ポルトガルの旅 | Comments(3)
  あんなに美しいピコ島を拝むことができたのだから、翌日も良い天気になるだろうという漠然とした信頼は、明け方の激しい雨音によって打ち砕かれた。アソーレス諸島はいつでも曇り時々晴れ、所によってにわか雨と何でもありの天気であるが、出発前にインターネットで私が滞在する週の予報を見ると珍しくオール晴れ。傘は持たず代わりに軽くて小さくたためるナイロンのパーカを用意し、機内は寒いかもしれないと考えて長袖のTシャツを着て出かけ、リスボンで常用する薄いTシャツばかりを着替えに持っていった。ところがやはりアソーレスはリスボンより気温が低い。何か1枚カーディガンのようなものを持って来るべきであった。
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  昨日はくっきりと二等辺三角形の稜線を見せていたピコ島は雨雲に隠れて全く見えない。このような日は博物館などインドア系の観光に焦点を絞らざるを得ないが、傘なしでは出歩く気も起きないので、まずはあまり濡れずにすむ宿の隣の市場をのぞく。マデイラ島の華やかで活気に満ちた市場に比べると、なんともしょぼい市場だ。野菜や果物の品揃えは、リスボンの小さな八百屋よりも貧弱だ。魚部門はひとつの業者しか店を出していない。リスボンでもおなじみの太刀魚やペスカーダ、クエ、鯛の仲間が2,3種類、去年テルセイラ島で食べた、のどぐろという赤い魚にウツボ、ロカスというカサゴの仲間らしい鮮やかな赤い体に金色の目を持つ体長40cmほどの魚が売られていたが、寂しい品揃えだ。ここは島で、島の主要な産業といえば漁業ではないのか?唯一の魚屋の奥さんに、市場はいつもこんなんですか?と訪ねると、そうよ、という答えだった。
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  それにしてもあの大きなカサゴは美味しそうだった。宿にキッチンがあったら買って料理するところであった。私は魚をさばくのは全くだめだが、ポルトガル流なら出来る。煮立ったお湯に塩を入れ魚を茹でて、オリーブオイルをかけて食えばいいのだ。でも出来れば炭火焼が食べたい。カサゴの炭火焼を食べさせてくれるレストランはないだろうかと、付近のレストランを覗いてみたが、どこにもROCAZをメニューに入れているところはなかった。なければ何か変わったものがあればいいのだが、リスボンでも食べられるCHERNE(クエ)ばかりで、特に食指をそそるものがない。地元の人たちで賑わう安くて美味い大衆食堂だったら理想的なのだが、町にいくつもない飲食店はどこも暇そうな活気のない様子で、私のハートをがっちりと掴むような魅惑的な店はなかった。

  結局、空港から乗ったタクシーの運転手が「値段を問わないのなら」と言いながら推薦したBARÃO PALACE というレストランに行ってみた。町はずれの黒い海岸のすぐそばにある田舎の結婚式場みたいな建物である。ここがオルタで一番いいレストランだそうだ。昼はビュッフェ形式で前菜、肉料理、魚料理が数種類あり、好きなものを自分で取って食べる。品数は歓声をあげるほど多くないけれど、悪くなさそうだ。
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  まず前菜。ファイアル島名物素揚げの里芋と鱈のコロッケ。スープもある。
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  サラダのビュッフェにはトマトのサラダやグリーンサラダのほかに、鱈とヒヨコマメのサラダ、白身魚とグリーンピースのサラダ、ツナとマカロニと桃缶のサラダなどボリュームのあるものが。前菜の食べすぎに注意!
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  肉料理は豚の骨付きあばら肉、アレンテージョ風のミガスを添えた豚ロース、プラムと粒胡椒をアクセントにした豚ヒレと豚肉ばかり選んだ。他に鶏か羊もあったと思うが、美味しそうだったのはこの三つの豚肉料理だった。
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  魚はマグロのグリル、鱈の玉葱ソース、赤魚のフライ、クエ?にカニソースをかけたもの。どれもそこそこ美味しい。一番美味しかったのは鱈の玉葱ソース。鱈料理はポルトガル全国で食べられるが、ほんとに美味しいものに出会うことはめったにない。赤魚はもっと大きく切って欲しかった。オリーブオイルがちょっとしつこい。逆にマグロはあっさりしすぎなので、テリヤキソースが欲しいところ。白身魚にのっている赤いものはカニカマかと思ったら、本物のカニでした。
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 食事はデザートをとるためにある。プリン4種、チーズケーキ1種。チーズケーキはなんとなくチーズケーキの素を使用している感じなので敬遠し、プリンに的を絞る。
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 チェリーが飾られているのはココナッツプリン、奥はアーモンドプリン。
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  手前はフィラデルフィアクリームチーズ・プリン(こちらの方がたぶんチーズケーキらしい味)、黒っぽいのは郷土色たっぷりの蜂蜜プリンで1日分の糖分・カロリーはおつりがきそう。
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  ビュッフェは食事6,50ユーロ、デザート3ユーロ、コーヒー1ユーロ、一番高いのがワインで7ユーロ、合計17,50ユーロだった。6,50ユーロで食べ放題は安いし、味も良く、眺めも良く、サービスも感じが良い。夕食も食べてみたかったが、次の日の夜まで持ちこたえられるほど食べてしまい、再びこのレストランに訪れるチャンスはなかった。
by caldoverde | 2009-07-23 18:28 | ポルトガルの旅 | Comments(0)
 二年連続でアソーレス諸島を訪ね、温泉に漬かりたらふく食べた私は、いつしか九つの島全てを征服する野望を抱くようになった。サン・ミゲル島やテルセイラ島にあんなに色んなうまいものがあるのなら、他の島にも珍しい魚やお菓子があるに違いない。ぜひ行って確かめたい。その衝動は5月にインターネットで7月の航空券を購入、しかも5泊6日という、節約中の私にとって長期の旅行になる切符を買ってしまうという暴挙を取らせた。約180ユーロという比較的安い切符を見つけたときは「ラッキー!」とばかり即予約し、宿のことは全く念頭になかった。後から考えたら、まともなホテルに泊ろうと思えば最低1泊80ユーロ、5泊で400ユーロかかるではないか。食事代や島内を移動する交通費も必要だ。旅行会社が扱うパッケージツアーの値段をはるかに越えてしまう。何とか安い宿泊施設を見つけ、浮かした分を食費に充てなくては。たまたまインターネットで1泊25ユーロ(3000円ちょっと)という破格のペンションを見つけたのでとりあえず二泊予約し、それ以降は成り行きで探すことにし、月曜日の朝8時の便でリスボンからファイアル島のオルタに向かった。



噴火口の上に更に小さな山のあるポルトガルの最高峰ピコ。

 高いところもスピードも好きでない私は、当然飛行機は苦手で、座席は基本的に景色の見えない通路側を選ぶ。しかしアソーレスに行くなら絶対窓際に限る。ファイアル島に近づくと、隣のピコ島の勇姿が現れる。日本人なら「あ~たまをく~も~のう~えにだ~し~」と心の中で歌わずにはいられない。この感動的な光景を見るためにオルタ行きの飛行機に乗る価値は十分ある。
 下に見えるファイアル島は様々なトーンの緑で継ぎはぎされたような牧場で覆われ、大地のにきびのような大小の噴火口跡は数え切れない。街道に沿った家並みがおもちゃのように愛らしい。
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 空港からオルタの町までは基本的にタクシー。話好きの女性ドライバーは途中に見える集落や海岸、山を紹介しながら、オルタの街はずれにある1泊25ユーロの安宿に送ってくれた。一応色んな店の並ぶ商店街に面し、そばに市場、薬局、ATM、タクシー乗り場、食料品店、カフェ、レストラン、地場産品を売る店などがあり、まあまあ便利な場所にある。入り口から数十メートルで海、それもピコ島がヨットハーバーに遮られずきれいに見える。街の外に向かって歩けば突き当たりの断崖の下に黒い砂の海水浴場がある。
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黒い砂のコンセイサン海岸から夕日を浴びるピコ島を望む。
まさに赤富士。

 25ユーロの宿は、建物に囲まれた中庭のような空間に、周りの建物の壁を利用して建てた長屋のような部屋が4棟づつ向かい合っている。中央はアジサイの植えられている花壇があり、各部屋の軒下は物干しになっており、宿で使うタオルやシーツが干されている。当然日当たりも風通しも悪く、部屋は梅雨時期の締め切った家のような淀んだかび臭い匂いがする。
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 写真ではキレイに見えるが、家具はいかにも安物の合板製。開いた箪笥の奥が壁の色と同じなのは箪笥の裏側に板は張っていないということだ。毛布もシーツも色あせた相当古いもので、タオルに至っては穴が空いていた。それでもベッドはダブルで、テレビも付いている。洗面所のシャワーはアクリルのドアで仕切られタイルのたたきの付いた、比較的広いシャワー室で、床が洪水になる心配はない。管理人はいつも不在で代わりに気性の荒い猫が番をしている。リュックを背負って地球の歩き方を片手に鉄道やバスで旅をしていた20世紀の若者には上等な宿だが、繊細で潔癖症の平成時代の若者にはお勧めしない。
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 ちょうど昼頃オルタに着いたので、さっそくファイアル島の郷土料理の昼食をとるべく、レストランを探しに通りに出た。宿から50mくらい離れたところに居酒屋風のレストランがあり、そこで島名物の血のソーセージ里芋添えを食べた。といってもリスボンで食べる血のソーセージと味は大差ない。じゃがいもの代わりに揚げた里芋が添えられているところがアソーレス風なのだ。里芋は粘りは無いがほくほくして旨い。しかしあくまで腹を膨らませるための肉のつけ合わせといった位置づけで、独立した里芋料理はないようだ。里芋の煮ころがし、イカと里芋の煮物、豚肉・里芋・千切りのごぼう・人参・大根・糸こんにゃくを味噌仕立てにした豚汁、美味いのになあ~!
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パンはアソーレス特有のとうもろこしから作る平べったいパン。美味しそうだったが腹が膨れるのでパス。
ワインは自家製のハウスワインだが・・・まずい。ビンに入ったワインを飲むんだった。

by caldoverde | 2009-07-22 04:00 | ポルトガルの旅 | Comments(4)