ポルトガルの食べ物、生活、観光情報


by caldoverde
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城から見たモンサントの村

最近CP(ポルトガル鉄道)のサイトに、歴史村を訪ねるツアーなるものを見つけた。朝リスボンから中部の町のカステロ・ブランコ行きの列車に乗り、そこから車で3つの中世の村を巡るという内容だ。昼食、軽食、ガイド付き、51€でなかなかお得だ。年間毎週土曜日出発ということが書いてある。駅に行って切符を買おうとしたら、窓口の職員はそのツアーを初めて知った様子だった。あらかじめメールや電話で予約が必要らしく、問合せ先の電話番号のメモを渡された。その番号に電話すると、今の時期はやっていないと言う。人数が30人位集まらないと催行されず、冬は気候もイマイチで日没も早いため申し込むグループは殆ど無いので、行きたかった日のツアーはまず出ないということだった。ある程度まとまった数の申し込みがあれば、それに便乗する形でお一人様参加できるそうな。こんなだからCPはどんどん衰退していくんだと納得である。不便なダイヤ、汚い車両、やる気のないサービス。猫を社長にした方がよっぽど良い。だったら同じコースを自力で行こうと思い立った。
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モンサントの観光振興課課長と係長

行きは腹が立つけどやっぱり電車。車窓からテージョ河の中州にそびえるアルムーロル城が見えるのは大きな魅力である。8時15分にリスボンのサンタ・アポロニア駅を出発し11時ちょっと過ぎにカステロ・ブランコ駅に到着した。最近駅のそばにバスターミナルが移転したので、若干便利になった。CPのツアーでは、カステロ・ブランコ駅から貸切バスでイダーニャ・ア・ヴェーリャに行き、教会などを見た後、モンサントを散策し昼食、その後ペーニャ・ガルシアという村のお城を見学し、駅に戻って電車でリスボンという日帰りコースである。しかしお一人様自力コースとなると、イダーニャ行きの公共交通機関はないので、まず路線バスでモンサントに向かい、そこで一泊し、翌日タクシーでイダーニャやペーニャを訪れ、再びモンサントに戻ってカステロ・ブランコ行きのバスに乗り、電車か長距離バスでリスボンに帰るというルートになった。

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どのお家がお好みですか?

モンサントは独裁政権時代「最もポルトガルらしい村」に選ばれた。別の見方では「ポルトガルで最も不便な村」である。標高700mの巨岩のゴロゴロした山の急な斜面に作られた集落で、岩と岩の隙間に人が住んでいるような所だ。巨人が大きな石を屋根に投げ落としたかの様な家もあれば、大きな岩にじわじわと挟まれて縮まった様に見える家もある。内部が一体どんな風になっているのかぜひ見たいものだ。

泊まったホテルはそんな希望を少し叶えてくれた。カーザ・ダ・シャファリス(噴水の家)という名の、18世紀の白壁の建物だが、浴室がこんな事になっている。
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冬は雪が降るというモンサントの村も、今年は暖冬で厚いコートは要らないほど。12月19日は好天に恵まれ、山の頂上の城や村の展望台からは絶景が眺められた。
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観光案内所でこの村の名物料理を聞いた所、特にここでしか食べられないというものはないけれど、今の季節はキノコですねという回答。そこで、キノコが食べられそうなレストランを2軒紹介してもらった。その一軒「ペティスコス&グラニートス」で夕食をとった。キノコはなかったが、2人前から事前に予約すれば、ジビエ料理なども食べられる。田舎道を走るバスの窓からたくさん羊を見たので、骨つきラム肉のグリルを頼んだ。昼食を摂らなかったので、いつもは無視するパンや生ハム・鱈のコロッケなどの前菜セットも食べたら、5€もして、さすが観光地だなあと思った。
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これで5€…生ハムもっと欲しい

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羊は柔らかくて普通に美味しい
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by caldoverde | 2015-12-21 21:27 | ポルトガルの旅 | Comments(4)

廃駅の謎と鯉の家

 カステロ・デ・ヴィーデに着いた日は復活祭、翌日はこの村だけの休日だった。役所や金融機関は4連休になる。路線バスも運休だ。村に2つしかないATMは空っぽになり、私は手持ちの現金15ユーロの範囲内で1日を過ごさなくてはならない。予定していたマルヴァン行きは明日に延期となった。
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 昔、カステロ・デ・ヴィーデから電車でリスボンに移動したことがある。その頃はリュックを担いで「地球の歩き方」を手にして旅をする若者が今よりも多かった。日本の鉄道の便利さや快適さに慣れていた日本人は鉄道を使いたがった。私もそうだった。ポルトガル鉄道(CP)の薄っぺらい時刻表を買い、ダイヤを調べ、乗り換えの駅や休日の運休なども良く確認したつもりだった。しかし駅の周りの環境は地図でおおよその位置が分かるのみで、実際に駅に到着すると愕然とすることがよくあった。町から数km時には10km以上離れた、野原あるいは山の中にある。周囲には店はおろか人家も人影も見当たらない。駅はもちろん無人駅。タクシーを呼ぼうにも公衆電話もない。
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 確かカステロ・デ・ヴィーデ駅もそんな所だった。村人が駅まで10分か15分だと言ったその言葉を信じ、ゆっくり景色を見たり、切符を買う時間の余裕も持たせて1時間前に村を出た。この道を真っ直ぐ行けばいいという言葉に従って。行けども行けども畑ばかりでそれらしい建物も線路も見えてこない。4~50分歩いてようやく道の脇に「駅」という看板が現れた。そこから先は草の生い茂る車のわだち跡のような細い道だった。草を踏み分けて進むとやっと線路があらわれ、数百メートル先に小さな1両の電車が止まっていた。もう出発時刻は過ぎていた。この電車を逃したらその日じゅうにリスボンに帰れない。駅員に手を降りながら線路を必死で走って電車に乗ることが出来た。

 今となっては笑い話だが、村人は駅まで「車で」15分と言ったつもりを私は「歩いて」15分と解釈したのだった。あの時は焦って駅の建物に目をやる余裕はなかったので、どんな駅舎でどんな場所にあったのか確かめたくなった。ゲストハウスのマダムによるとCPカステロ・デ・ヴィーデ駅は今は使われていない。しかし建物はとても綺麗なアズレージョで飾られているという。お昼を食べたら車で連れて行ってあげるというありがたい申し出を受けたが、結果的に自力で行くことができた。
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カステロ・デ・ヴィーデの風景を描いた美しいアズレージョと針のない時計

 途中までの国道は昔に比べ拡張され整備されたようだ。しかし廃線となった鉄道駅に向かう道は、通る車も殆どなく、もちろんすれ違う人も皆無だった。
 何もない草ぼうぼうの原っぱの中と記憶していたが、駅の近くに家がある。犬が数匹いて人が住んでいるのは確かだが、人の気配はなかった。なぜか「いらっしゃいませ」という看板が付けられている。ペンションだったのだろうか。庭先に牛の頭蓋骨が2つ置かれ、塀の上には置物が並べられ、畑の中に立てられたカカシは女の子のマネキン人形で、Tシャツを着せられズボンがずり落ちた状態になっている。非常に嫌な感じの薄気味悪い家だ。庭に煤で黒ずんだかまどみたいなものがありその上に花が置かれている。ヤバイ。この家は若い男女が行方不明となっている「ゴブリン王」事件の被疑者の家の雰囲気に似ていて気持ちが悪くなった。この辺りで電車で来た旅行者が行方不明になったという事件はなかったろうか?
ノスタルジーは恐怖に変わった。
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 それにしてもCPがこのような場所に駅を作ったのはいかなる理由や目的があったのか。人目についてはまずいものを運搬していたのだろうか。それならばこんな辺鄙な場所の駅や信じられない不便なダイヤ、町までのアクセスがない事に納得がゆく。

 何かが起こっても誰にもさとられそうにない場所から、無事にゲストハウスVILA MARIAに生還できた。村からは900m離れているが、庭からの眺めが素晴らしく、朝食も豪華でインターネットのホテル予約サイトでは老舗のホテルを抑えて最高の評価を受けている。女主人は気さくでとても親切だ。実は彼女は、昨日私が羊のモツスープを食べたレストランの経営者だったが、数年前に辞めて、古い家を購入し改装してこのゲストハウスを開いた。インテリアや備品にはもてなし好きのマダムの心遣いがすみずみ行き渡った素敵な宿だった。おやつや朝食に出されたケーキも彼女のお手製である。
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サン・マメーデ山系が目前に
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セーラ・ダ・エストレーラ犬のオスカー君
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食べ切れない朝食付きで1泊30ユーロだった
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ベッドの上にはポルトガルの山岳地方で作られる手織りの毛布

 夕食は村からゲストハウスに向かう街道の途中にある「CASA DAS CARPAS(鯉の家)」というレストランでアシガンという淡水魚のグリルを頼んだ。頼んだ後インターネットで調べると英名ブラックバスだった。少し後悔した。生態系を壊す犯人と見なされているブラックバスは、日本料理の板前さんにはまな板が臭くなると不評だ。この地方の料理によく使われるポエージョという香草のソース添えのブラックバスの塩焼きやいかに?

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「ええっ」と思わず声が出た。開いて凄い大きさになった魚と茹でジャガイモがオリーブオイルと香草とニンニクの緑色のソースにドップリ浸かっている。店の親父はニヤリと笑い「全部食べろ」と言い捨てた。
はっきり言って…美味い!魚は淡白で心配していた泥臭さはない。時折カリッと歯に当たる粗塩が味を引き締める。香草とニンニクをたっぷり使ったソースは魚の臭みをカバーするのみならず、ボイルしたジャガイモにつけて食べるとこれもまたやめられない美味しさ。
 ブラックバスに対する偏見が払拭された一品だった。
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by caldoverde | 2012-04-17 00:51 | ポルトガルの旅 | Comments(6)
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エンリケ航海王子ゆかりの地サグレスは、ローマ時代は世界の果てと考えられていた神聖な場所だった。

 久しぶりに南部のアルガルヴェ地方に行こうと思い立った。数年前サグレス岬で貸し自転車に乗って停車に失敗し2回転んだが、今回は折り畳み自転車を持参しこれでポルトガルの角っこを走破しリベンジを果たす、そしてアルガルヴェでサンマやラパ貝が採れるとの情報を得たのでそれを確認するという重要なミッションを自分自身に課した。また仕事で行く予定もあるので、その下見も兼ねた視察旅行でもある。残念ながら全部自腹である。
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子供用自転車ではありません。愛車のピンクのBROMPTON。

 サグレスまでは、まず電車か長距離バスでラゴスまで行き、そこから路線バスで最南端のサグレスに向かう。長距離の移動は鉄道より安くて時間もそう変わらないバスを使うことが多いが、最果てのサグレスには何となくロマンを感じる鉄道で行こうという気持ちになった。わくわくしながらダイヤを調べ、2日前にリスボンのセッテ・リオス駅でアルガルヴェ行き往復切符を購入した。これが大きな間違いだった。

 10時半にリスボンから電車に乗るとまもなく車掌が改札に来た。彼はxxでバスに乗り換えます、と言っていたようだが、アルガルヴェに入ったらトゥーネスという駅で幹線からローカル線に乗り換えて終点のラゴスまで行くので、そのことを言っているに違いないと自分自身に納得させた。バスと聞こえたのは空耳だろうと。

 リスボンから3つ目の駅セトゥーバルに着いたら、乗客がわらわら降りだした。バスに乗り換え、というのはここでの事だった。アルカサル・ド・スル駅のそばで貨物列車の脱線事故があり、その一つ手前のセトゥ―バルから2駅分バスが代替運行していた。昭和の時代に製造されたのではないかと思うくらい古くて汚いバスだった。1車線の国道を大型トラックに連なるように時速50km位で走る。乗客がなぜ高速を走らないのかと運転手に尋ねると、高速の方が遠くなるという返事だが、怪しいものである。

 グランドラ駅で再び列車に乗り換え。ここで既に予定の到着時間より1時間遅れ。今回は自転車を持って来たので度々の荷物の上げ下ろしにうんざりである。電車がなかなか出発しないので駅員に何時に出るのか聞くと「用意が出来たら」という人を食った返事に呆れた。
 バスも古くて汚かったが、電車も負けていない。リスボンからの電車もそうだったが、窓から景色が見えないくらいガラスが曇っている。窓を掃除することはないのだろう。トイレも昔の日本の国鉄の電車や駅のトイレ並みに汚い。使うと床、便器、衣類のどれかが必ず汚れる構造で作られている。バスから乗り換えた駅のそばのカフェで何か食べてそこのトイレを借りようと思ったのだが、駅員がいつ電車が出るのかも知らないのでは、電車で待機せざるを得ない。一応急行列車なので食堂車があるが、うまくもないサンドイッチなどに普通のカフェの値段の倍払ったあげく、尿意を催し電車のトイレを使うのはまっぴらごめんである。こうなったらうんとお腹を空かせて夜たっぷり食べてやる。
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この日の昼飯は駅の売店で買った生ハム味のポテチ。

 ラゴス行きの各駅停車に乗り換えるトゥーネス駅に着いたのは予定より1時間遅れの3時だった。本来なら5分も待てばラゴス行きの電車に乗り換えることが出来たのに、次のラゴス行は何と2時間後の午後5時である。電車が遅れたら丁寧にお詫びのアナウンスが入り、代わりの電車なりバスなり用意するか、全額払いもどすのが日本だが、ここはポルトガルだ。
 終点のラゴス駅に着いたら帰りの電車の切符をキャンセルし、リスボンへは長距離バスで帰る意思は固まっていたが、腹が立ったのでこのトゥーネス駅でキャンセルの手続きをした。二重に憎たらしいのは払い戻し手数料4.50ユーロを取られたことだ。何もない町の、日に10本ほどしか列車の来ない駅で2時間も無駄に待つ。それでもバールのある駅は特に電車を待っている風でもないご老人達が談笑し、ひと気のない町でささやかな賑わいを見せていた。
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ここにいた人々は誰も電車に乗らなかった。

 ようやく予定より3時間遅れで終点のラゴス駅に着いた。
 ここで重要なことに思い至った。今までなぜ私はバスを好んで使い、鉄道を避けていたのか?地方の鉄道駅は大抵町外れの不便な場所にあり、町の中心まで結構歩いたり、ひどい時はタクシーを呼ばないとどうしようもないものが多いのだ。
 ラゴス駅からサグレス行きバスの発着するターミナルは歩いて5分ほどだが、今回は移動用のバッグに詰めた折りたたみ自転車がある。じゃあ自転車で行けば良いじゃないかと思われるだろうが、このバッグというのが結構かさばるタイプで、小さな、荷台もない我がチャリにつけて運ぶのは不可能だ。初めから往復バスにすべきだったのだ。そうすれば乗換えで移動する必要は全くなかったのだ。13kgの自転車入りバッグを数百メートル引き摺り歩いた後は、腕がしびれていた。

 バスが出発する頃は日没が近づいていた。空が赤く染まり、野山が徐々に暮れなずむ。予定通りに着いていれば、ポルトガルの最南端で海に沈む夕日を観ながら愛を叫んでいるはずであったが、バスに揺られながら心の中で私の夕日を返せ、ポルトガル国鉄の馬鹿、自分の馬鹿と叫んでいた。

 丸1日かけホテルに辿り着いた。朝からまともに食事をしていないので、夕食は豪勢に美味しいものを食べ、恨みを晴らしてくれよう。ホテルのはす向かいのシーフードレストランで、殻にびっしり海藻をつけ身がプックリと大きいラパ貝を前菜にヴィニョ・ヴェルデを飲み、ワラジのようにでかいカジキマグロのステーキを平らげ、デザートはこの地方独特のキャロブという黒い豆で作ったケーキで締めくくり、怒りを鎮火させた。
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コリコリとした歯ごたえ、磯の香りがたっぷりのラパス(笠貝)。
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こってり脂肪ののったカジキマグロにたっぷりオリーブオイルをかけて。
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不気味な黒いキャロブケーキ。あんこと思えば・・・味はいまいち。
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by caldoverde | 2010-11-01 20:47 | ポルトガルの旅 | Comments(5)